オーパーツ・ディストラクション─君が背負うもの─

石田空

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襲撃

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 くうくうと腹が減る。
 もっとも、真壁の腹が満たされたことは、この数年全くない。早乙女から手渡されたパウチを潰れるまで握って栄養ゼリーを補給するが、それで腹が満たされることはない。

「……ちっ」

 真壁は舌打ちをしてから、ベッドに転がった。
 宇宙防衛機構の一画に彼の居住スペースが存在し、その部屋以外で寝起きすることは一切禁じられていた。
 特殊加工された布のシーツに特殊素材の床。彼の使うシャワールームも洗面所も全て特殊加工が施されている。彼の着衣から下着に渡るまでもそうだ。
 それらがなかったら、真壁は生活することすらできない。
 柏葉は真壁をうっすらと嫌っているが、それと同時に真壁も柏葉に憎悪を向けている。向ける相手が違うとわかっていても、他に向ける相手がいなかったのだ。幼稚な八つ当たりだということは百も承知だが、当たらずにはいられなかった。
 真壁は柏葉のことを警察からの出向だからと「犬」と呼んでいるが、実際のところ。真壁は生きるためには、宇宙防衛機構に所属する以外の選択肢はなかった。他では食事を摂ることはできない、シャワーを浴びることはできない、人として生きるためのありとあらゆることができない。

「……どっちが犬だかな」

 愛玩以外の一切を与えられていない犬は、たとえ昔は番犬だったとしても、野に放たれて生きることはできない。
 飼い犬として宇宙防衛機構に飼い慣らされている自分に、一番嫌悪していた。

****

 朝からシャワーを浴び、髪を乱暴に拭いてから、ライダースーツに着替える。手袋も嵌める。ダストボックスに流された服は、宇宙防衛機構のほうで解析されて、あらゆるデータが取られるらしい。いい加減データは取り尽くされたと思っているが、真壁がここの所属に入ってから、この習慣は消えることなく続いている。
 届けられたパウチの栄養ゼリーをちうと吸うと、ダストボックスに捨て、ミーティングへと向かう。
 宇宙防衛機構のエージェントたちは、あと一時間ほどで集まってくるだろうが、大概は真壁は早めに来ている長瀬と、ここにほぼ泊まり込みで仕事をしている早乙女と早めにミーティングを済ませて、早めに任務に出ている。
 長瀬は既に来ていた。眠そうな顔でコーヒーを飲みながら。
 真壁を顔を見た途端に慌ててコーヒーを全部飲み干そうとして、火傷して「あっちあっち!」と悲鳴を上げていた。

「……なにやってる?」
「真壁さん来ましたから! というか、なんなんですか。私のほうが先輩のはずなのに、いっつも真壁さんのほうが偉そうで」
「うるせえ」
「もう!」

 いつものやり取りだった。それを「仲良きことは美しきかな」と適当なことを言いながら早乙女が現れた。

「おはようございます!」
「おはよう、長瀬くん。真壁くんもよく眠れたかな?」
「……うるせえ」
「うん、元気そうでなによりだ。ところで、昨日中断した話だけど。これはもう、他のエージェントたちだったら刺激させそうだから、君たちだけで単独で行ってほしいのだけれど」
「あれ……オーパーツ関係ないんですか?」

 普段、オーパーツ襲来の予測を立ててそちらに向かい、オーパーツの回収を行う。人体を浸食しはじめれば異形化した人々からオーパーツを摘出するし、オーパーツがそのまま地面を浸食しはじめれば地面を抉って回収する。
 単独で出かけることはよくある話だが、他のエージェントたちに言わずに出かけるというのに、真壁も長瀬も違和感を覚えた。なによりも、この話を真壁抜きではしなかったことに。
 早乙女はにこやかに続けた。

「うん。封鎖地区に行ってほしいんだよね」
「…………っ!」

 真壁が目を見開く。それに長瀬はおろおろとして、早乙女に尋ねる。

「ええっと……早乙女さん。封鎖地区って、たしか三年間封鎖しっぱなしで、未だにあそこ避難指示解除されてない場所ですよね? そこに行くって……こう。柏葉さんたち出向組には許可は……?」
「取った取った。というよりもねえ、あそこ行かないと駄目なのに、政府も頑固過ぎて、交渉に相当骨折ったから! 交渉手伝ってくれた柏葉くんには、感謝したほうがいいよ……」
「もう行っていいか?」

 早乙女の言葉を遮り、真壁が言う。喉の奥からの唸る声に、長瀬は「真壁さん!」と悲鳴を上げる。

「どうして行かないといけないのか、任務内容まだ聞いてないじゃないですか!」
「うん、長瀬くんありがとう。この任務内容だけどね、封鎖地区の人たち回収してきてくれないかな? 彼らに協力仰がないと、いい加減いろいろと無理が生じてるからね」
「あれ? 封鎖地区は数年単位で避難指示出てるのに、人なんて……」
「いる」

 長瀬の疑問に、真壁はきっぱりと答える。

「あそこの連中は、避難指示を受けてすぐ引っ越す奴らだけじゃねえ」
「ええ……でも、あそこほとんど廃墟……」
「人が住んでるのに廃墟な訳あるか」
「……すみません」
「……早乙女。あいつらまで俺みたいに人体実験に使うつもりか?」

 真壁は早乙女をギロリと睨む。それに早乙女は「やだなあ」と首を振った。

「言っただろう? 封鎖地区に行ってきてほしい。封鎖地区の人たち回収してきてほしい。封鎖地区の人たちに協力仰ぎたいって。勝手に先読みして、封鎖地区の人たちを人体実験に使いたいなんて言わないでくれるかな?」
「……チッ」

 真壁の舌打ちに、長瀬はおずおずと口を挟んだ。

「あのう。それで。封鎖地区の人たちに協力を仰ぐというのは……?」
「封鎖地区の土成分を徹底的に調査させてほしいというのがひとつ、あそこの人たちほぼ適合者だろうから、真壁くんみたいな力あるかもしれないから、異形になってしまう人たちとなにがどう違うのかデータを取らせて……」

 早乙女が言い終わる前に、真壁がガンッと壁を殴った。長瀬は「真壁さん!」と悲鳴を上げつつも、早乙女に抗議の声を上げる。

「今のは真壁さんの態度が悪過ぎますけど! それはいくらなんでも私も無理だと思います! それ、普通に人体実験では!?」
「んー……AIの予測をもう少し底上げしたかったんだけどねえ。あとね。これはまあ、柏葉くんとかには内緒で、ここだけの話だけど」
「まだなにかあるんですか……」

 長瀬は、今にもイライラして真壁が暴れるんじゃないかとハラハラしながら、早乙女の次の言葉を待った。

「もうそろそろテラフォーミングの第二弾がはじまるんじゃないかと思ってね。はじまってしまう前に食い止めたいんだけど、その鍵になりそうなんだよねえ。封鎖地区は」

 早乙女の言葉に、とうとう真壁は手袋を外そうとしはじめたのを、慌てて長瀬が止めた。

「駄目です長瀬さん! 怒る気持ちはわかります! わかりますけど、それだけは絶対に駄目です!」
「離せ」
「嫌です! 私は真壁さんには封鎖地区の人たちの味方でいてほしいんです! 早乙女さんが人でなしだからって、殺すのだけは絶対に駄目です!」

 長瀬の涙目の訴えと、非力な羽交い締めを受け、真壁は「チッ」と舌打ちをして手を降ろした。
 降ろした途端にアラートが鳴る。

【オーパーツ出現! 方角は──】

「あーあー……予測の時点では、今日は少し治まるはずだったんだけどね。まだAI予測も占いくらいにしか使えないねえ。それじゃあ、今はエージェントで来てるの君たちだけだし、頑張って!」
「……わかりました。失礼します。真壁さん、真壁さん。行きますよ」
「チッ」
「機嫌悪くていいですから! オーパーツ、回収しましょう。ねっ?」

 長瀬は必死に引きずるようにして、真壁を掴んでいった。真壁の苛立ちが止まることはなかった。

****

 封鎖地区。本来ならば正式名称があったはずなのだが、この三年間は住民たちに避難勧告を出して放置されている。
 日本はオーパーツ災害の際の被害が最小限だった。そう言われているのはマスコミにより作り出された虚像であり、実像はやや異なる。
 早乙女の提唱した地球免疫説。オーパーツは地球をオーパーツを放ってきた外宇宙の人類により最適化されようとしているという事実は、さすがにこの三十年ほどで学会でも定着した説だが、これ以降は情報規制により一般人には情報が流れていない。
 地球は数年単位でテラフォーミングによる大型オーパーツの被害を受けている。未だに各国天文台の観測に引っかからない理由を調査しているが、現在の地球より科学力が高く、地球に存在する観測技術に引っかからない技術を使って地球に落下しているというのが、現状わかっていることだった。
 そして三年前。日本は地震により大被害を受け、一部の地区は閉鎖されてしまった……とされているのが、現状の封鎖地区の情報だが、実際は違う。
 巨大オーパーツの被害を受け、その地区は壊滅してしまったのだ。本来ならば20世紀の面影が未だに残る風情の街並みは、たった一日で瓦礫の山となってしまった。
 ここの住民たちを移動させれば、オーパーツの調査は進む。そう宇宙防衛機構は踏んで、閉鎖した後に解析をするはずだったのだが。過半数の住民たちは避難指示に従って引っ越したものの、残った住民たちが抵抗したのだ。
 エージェントたちがその都度交渉に向かったのだが、彼らに追い返される。瓦礫の中でも、彼らは引っ越してくれない。それどころか、その場にしがみついてテコでも動かない。
 なによりも。
 抵抗に抵抗を重ねる人間たちは、異形の姿になっていないにもかかわらず、明らかに異形と同じ力を使って、エージェントたちを追い払いはじめたのである。
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