オーパーツ・ディストラクション─君が背負うもの─

石田空

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襲撃

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【オーパーツ、人体に落下。浸食開始しました】

「真壁さん、既に浸食はじまってます! もうちょっとスピード出せませんか!?」
「これ以上出したらお前落ちるぞ」
「落ちませんよ!」
「ちっ、そうかよ。飛ばすぞ。舌噛むんじゃねえぞ」
「噛みませんよ……ひゃっ」

 長瀬がそう大見得を切った途端に加速した。長瀬が必死に真壁にしがみつかなかったら振り落とされてミンチになりそうなスピードだった。
 本来ならば、この速度はスピード違反でしょっ引かれても仕方がないが、それを考えて警察からの出向を招き入れているのだ。宇宙防衛機構の使用している乗り物には特殊回線が仕込んであり、パトカーが回線内に入ったら【追及厳禁】のアナウンスを送っている。よって宇宙防衛機構のエージェントはスピード違反で逮捕されることはない。
 朝のバイク。
 空がうっすらと色付き、空気も澄んでいる。
 この時刻は本来ならば通勤時間であり、車道にはもっと車が走っていてもおかしくはないのだが。既にアラートが鳴ったせいで、通勤するはずだった人々も慌ててシェルターに逃げ込んでいるため、道路があり得ないほどに車もバイクも自転車すら走っていない。今走っているのは、アラートが鳴っても止めることができない運輸系の業者か、公務員、そして宇宙防衛機構のエージェントだけである。
 だんだん煤けたにおいが漂ってきた。
 道路の一部が崩れ、未だ撤去されることのない電柱が倒れている。

「触手が! 触手が!」
「どうして……!」
「うちの子知りませんか!? 今朝から見当たらないんです!」

 シェルターに逃げ遅れた人々、子供とはぐれてしまった親が必死に走っているのが目に入る。そして、彼らが逃げ惑っているもの。海藻のようなものがアスファルトを覆っているが、よくよく見るとそれは海藻ではないことに気付く。それは人毛であった。

「ああっ……!」

 ひとりが転び、人毛に絡み取られていく。そして人体から聞こえてはいけない音が聞こえ、悲鳴が響く中、真壁は「ちっ」と手袋を外した。手で水鉄砲の形を取ったと思ったら、人毛がぐずついたにおいを漂わせて人が落ちていく。
 長瀬は慌てて駆け寄り、「大丈夫ですか!?」と肩をぶらぶらとさせている人に、腰のポーチから固定具を取り出すと、服の上からなんとか固定する。

「立てますか?」
「……ちょっと、動けなくって……」
「真壁さん、私この方をシェルターまでお連れします」
「そうしろ。ついでにそいつらさっさと邪魔だからどっかに避けろ」

 避難しようにもシェルターが定員オーバーになってしまったのか、はたまた連れが逃げられなかったのか、立ち往生している人々を真壁は指差し、さっさと人毛を蠢かせている方角へと走っていく。
 長瀬はそれを「もう!」と悪態をつきながらも、「立ちますね」と応急処置をした人を肩を貸すと立ち往生している人々に声をかけた。

「こちら宇宙防衛機構です! まだ定員オーバーになってないシェルターまで案内しますから、落ち着いて付いてきてください!」

 長瀬は音声で「今空いてるシェルターの場所の地図を出した上で、音声で案内してください」と端末で素早く検索をかけると、人々を先導して空きのあるシェルターまで走って行った。

****

 真壁は人毛を追っていた。
 それは意思を持った触手のように蠢いて、立て看板を、標札を、信号機を薙ぎ払っていく。既にこの場に残っていた人々は長瀬の先導で一緒に行ったらしく、ここにはいない。
 真壁は「ちっ」と舌打ちしながら手を再び水鉄砲の形を取って構える。

「いい加減にしろ」
「た、しゅ、けて……」

 か細い声で嘆願の声が聞こえた。その声でますます真壁は苛立つ。

【深度2。浸食率は一時低下しています】
「そうかよ」

 端末の声に何度目かの舌打ちをしてから、真壁は人差し指に粘液を集中させると、その粘液を触手に向けて射出した。触手は「ジュッ……」という音を立て、焦げ付いたにおいを漂わせながら溶けていく。

(触手に回復能力はなし。ただ迷惑で力が強いだけ……と。ならいけるか)

 粘液を使って穴を穿つことで触手をかいくぐり、触手を伸ばしている最奥にまで到達する。その触手の奥には、勝手に髪の毛が伸びて震えきった少年がいた。
 少年はまだ小学生らしく、手足が細いだけで肉も身もあまり付いていない。他の異形はオーパーツに取り込まれた影響か皮膚が鉱石で覆われて硬化するのだが、彼にはその兆候が見受けられなかった。

(……俺のときと似てるのか、このガキは)

 真壁はまたしてもイラッとしたものの、少し呼吸をして気を鎮める。

「おい」
「っっ……!」

 真壁に声をかけられ、少年は恐怖で凝り固まった顔を上げる。

「殺さないで!」
「殺さねえ。聞きたいことがある」
「な、なに……?」
「お前、封鎖地区の人間か? この間の高校生もそうだったが」

 長瀬の手配で既に病院で入院している少女のことが、真壁の脳裏を掠めた。髪を伸ばした少年は脅えながらも答えた。

「ふうさ……引っ越したって、お父さん言ってた!」
「そうかよ。動くなじっとしてろ」

 少年の首筋に粘液を滑らせると、人体からにおってはいけないぐずついたにおいが放たれ、少年は「いだいいいいいいいい!!」と悲鳴を上げる。
 その中で大きなオーパーツの破片が出てきて、それを真壁は黙ってロケットペンダントの中に突っ込んだ。

「おいじっとしてろ。その伸びきった髪、引っこ抜く」
「いだいいだいの、やだ……」
「ヤじゃねえ。こんな長いもん放っておけるか」

 真壁は手袋を駆使して、今度は少年の皮膚を焼かないように努めながら粘液で髪を断ち切ると、粘液をばら撒いて可能な限り伸びきった触手を蕩かしていった。
 辺りは煤けたにおいで充満した。真壁は解放された少年を抱えていると、「真壁さん!!」と長瀬が走ってきた。

「避難誘導済みました」
「そうかよ」
「その子は? 先程親御さんがお子さんが朝からいないと探し回ってたのをなんとかシェルターに連れて行きましたが」
「オーパーツに浸食されかけたガキだ。既にオーパーツは回収したから、そのガキ病院に運んでいけ」
「わかりました。あと、ここの作業員呼ばないとですね」

 道路はぐしゃぐしゃ、電柱や信号機、標札まで倒れていて、バイクならともかく車は走らせることもできない。おまけに触手のような髪の毛も溶かせる分は真壁が溶かしたものの、全ては溶かしきってはいない。
 
「そっちは任せる」
「真壁さんはどちらに?」
「……封鎖地区の下見」

 それに長瀬は悲鳴を上げる。

「あそこ、行くとは早乙女さんも言ってましたけど! さすがにひとりで行かせる訳には!」
「そのガキもこの間入院させた高校生も。封鎖地区のガキだった」
「え……?」
「あそこでなにか起こっているのかもしれねえ。下見だけしてすぐ戻る」
「……お気を付けて」

 長瀬の硬い言葉に真壁は答えることなく、手袋を嵌め直すとさっさとバイクの元に向かう。ヘルメットを被ると、さっさとスピードを上げて走りはじめた。
 今はすっかりと封鎖地区の名前だけが広がり、本来の名前が忘れられた場所。
 そこが真壁の故郷であった。

****

 封鎖地区。既に本来の名前は忘れられ、そこは今もイエローテープと金網により封鎖表面上は災害による避難になっているが、実際は違う。
 オーパーツは天文台では観測できない。この数年でやっと予測が立てられるようになったものの、未だに外宇宙からの飛来を完全観測する術がないのである。
 だから、20世紀の面影を大きく残したその街が瓦礫の山と化し、住んでいた人々がいきなり故郷を奪われたのも、突然であった。
 このネット全盛期で未だに誰もが口を閉ざしている理由。
 ひとつ。自分の家族が目の前で異形と化し、それを信じられなくて心が壊れてしまい、未だに精神病棟に入れられてしまっている。
 ひとつ。いきなり故郷が奪われたショックで、口を閉ざしてしまっている。
 そして最後のひとつ。彼らは未だに、この荒れ果てた地に住んでいる。

「あぁ……やっぱり適合者はそんなに出ないんだねえ」

 この瓦礫の山でも、ギリギリオーパーツの落下ポイントからずれ、完全崩壊を免れた商店から機材を取ってくればネット回線もかろうじて生きてくる。この状態でネットを繋ぐには技術が必要だが、それらができる人間もまだこの数年封鎖されてしまった土地に残っていたのだ。

「仲間できなくって寂しい?」
「寂しいっていうより悔しい。オーパーツに人格を完全に書き換えられるか、ボクたちみたいに人格は助かるはさ、一種の賭けだからさぁ」

 ひとりは本来ならば高校に通っていてもおかしくはない年頃の少年だった。ベビーフェイスともいうべき幼い顔で、ぶかぶかのジャージを着て、瓦礫の山でノートパソコンを繋ぎ、画面を覗き込んでいる。
 その隣にいる青年は、本来ならば既に働いている年頃だろうが、少年と一緒にパソコンの画面に視線を送っていた。服は煤けたトレーナーにデニム。本来ならばヴィンテージの高いデニムではあるものの、この瓦礫の中での生活で、本来の作業服としての使い道を思い出したかのように、煤けた色になってしまっている。
 外からの人間からしてみれば信じられないような光景の中、普通にふたりは生活を営んでいた。

「でも宇宙防衛機構に行くのもヤなんでしょ?」

 青年は少年に尋ねると、少年はプラプラと脚を揺らして頷く。

「行きたくないなあ……だって、隔離されてるだけじゃん。あんなとこにいたら、ボク絶対にストレスでハゲるよ」
「お前は周りをストレスでハゲさせる性分だけどね」
「あっ、十円ハゲ」
「俺、先祖代々剛毛の家系でハゲチャビンはいないのよ」

 ふたりはそう暢気にしゃべっていた。
 瓦礫の中で、まともじゃない生活を送っているにしてはあまりに毒気の抜かれたような、剣呑としているような会話であった。彼らは既にそれが日常と化している。
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