かつて勇者の反逆令嬢

石田空

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プロローグ 前世の記憶

1話

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 火山口からは、マグマが噴きこぼれている。吹き抜ける風は熱を孕み、それは魔王の怒りか最後の悪あがきかは、判別が付かない。
 最後の戦いがはじまるまでに、いったいどれだけの犠牲があっただろうか。
 勇者パーティーを歓迎してくれた村は、一夜にして魔王軍に襲われ、男たちは殺され、女子供は連れ去られた。
 勇者と聖女を先に進ませるために、剣士バルドリックがしんがりを務めて遂に戻ってくることはなかった。勇者と聖女の旅を見届けたいと言った吟遊詩人ラウラは、魔王に目を付けられないようひっそりと暮らしているエルフの隠れ里に、聖女の魔力を込めたアミュレットと引き換えに預けてきた。盗賊コニーは侵入口の暗号を突破するのと引き換えに、火山口へと落ちていった。
 これだけの犠牲を払って進んできたのだ。ここで全てを終わらせなくて、どうするというのか。
 勇者アビーの持つ剣がきらめいた。今まで長く険しい旅の中で鍛えられたその剣は、勇者の魔力を吸い続けて成長するものだった。精神的にも肉体的にも成長を果たしたアビーの魔力を吸い続けた剣は、幾億の星の光を溜め込んだかのように、燦然と光り輝いている。

「魔王──! ここで全てを終わらせる! 俺たちはそのために来たのだから──!」
「ほう……いったいどれだけ待ちわびたか、勇者よ。それに」

 アビーは自然と彼女を背にかばった。
 常人であったら、誰もが魔王の瘴気に当てられて命を落とすか、火山口から吹き抜ける灼熱の風で水分を奪われてミイラと化しているかだが、そのどちらも影響を受けていないように見える。
 聖女エデル。彼女には戦う力こそひと欠片も持ち合わせてはいないが、場を整えるという面においては神殿にいる全ての神官を束ねてもなお、それよりも優れているという、この大陸最高峰の結界の使い手である。
 アビーとエデルは、旅の仲間たちに守られて、たったふたりで魔王と対峙しているのだ。
 もし違う大陸の者たちが見たら、「こんな子供たちに世界の命運を託すなんて……!」と悲鳴を上げるだろうが。少なくとも、この大陸に住まう者は誰ひとりとして、このふたりを侮ることはない。

 勇者アビーと聖女エデル。
 最高にして、最後の勇者と聖女。
 魔王はそれに満足げに、自身の力を解放した。
 途端に、ぶわりと風の孕んだ熱が更に高くなる。結界で守られているとはいえど、常人であればミイラどころか砂塵と化すほどの熱だ。
 魔王は自身の宝物の剣をすらりと抜くと、勇者に構えた。

「さあ、遊んでやろうぞ」
「……お前にとっては遊びだろうさ。だがな、俺たちは、お前の玩具になった覚えなんて、一度たりともないんだ……!」

 勇者の聖剣。魔王の魔剣。
 刃が重なり合った途端、衝撃波が放たれた。
 火山口から噴きこぼれるマグマの量は増え、最後の戦いを遠くから見守っている人々は、おそらくは悲鳴を上げていることだろう。
 しかし、この場にいる何人たりとも、火傷ひとつ追うことなく立ち続けていた。
 鍔競り合いは続き、ひと太刀振るうごとに暴風が、熱風が、落雷が、衝撃波が吹き荒れる。そのたびに地面が割れ、裂け、足場もどんどん減っていくが。そのたびにエデルが無言で錫杖を振るった。
 魔王と勇者の戦いを有利に進めるため。暴風を相殺し、結界を張って灼熱地獄を避け、落雷や衝撃波の威力を殺し続けていた。勇者アビーはただ、魔王と戦うことと背後にいるエデルを守ることのふたつにだけ、集中することができた。
 このふたりはどちらも黙っていたが、なにも相思相愛ゆえに黙って戦っていた訳ではない。

【衝撃波がそっちに行った……! エデル頼む!】
【大丈夫よアビー、それくらい総裁できるから。そっちに集中して】

 伝心テレパス
 初期中の初期神殿魔法で、遠方でも同時に使うことで対話が可能というそれは、ふたりの相性も相まって、無言の連携をつくり出していたのだ。
 アビーの体力が削られれば、エデルがそれを回復し、魔王の剣がエデルを狙えば、アビーがその攻撃をいなして守る。
 その速過ぎる戦いは、生きていれば剣士バルドリック以外に目で追うことなど不可能であろう。しかし戦いがはじまれば、いずれは終わる。
 魔王との最後の戦いは、とうとう最後の足場が崩れ、魔王かアビー、どちらかひとりの分しかない、というところまで来たときだった。
 アビーはその判断で、魔王の膝関節に自身の渾身の蹴りを炸裂させた。それは火山に消えた盗賊コニーがもっとも得意としていた不意打ちであった。

「ぐっ……」
「俺の……俺たちの……勝ちだ……!」
「くっくっく……はっはっはっはっはっは……っ!」

 マグマが噴き出す。それは魔王の最後を嘆くかのように。最後の戦いの終わりを告げる時報のように。今までよりもより多くのマグマが噴出した。

「ああ……勇者と聖女よ。その絆、たしかに見せてもらった……貴様らの力、たしかに受け取ったぞ?」

 だんだんとマグマに沈んでいく魔王は、最後に魔剣を掲げた。
 意味がわからず、アビーはとっさにエデルを庇うが、それよりも早く、剣からなにかが噴き出た。それは暴風でも衝撃波でもなく、光であった。慌てて体を触るが、それはなにも傷ついていないように思える。

「いったい……なにをした?」
「最後の手土産だ……貴様らの輪廻に呪いを刻んだ。貴様らは出会えば最後、魂が摩耗し消滅するまで、何度でも殺し合う。殺し合え。そして世界と心中するがいい……! 貴様らの怨嗟の連鎖を、地獄の特等席から見物させてもらおうじゃないか……! ははは……はぁはっはっはっはっは…………!!」

 途端に魔王は膨張した。
 自爆。自分が死ぬのと引き換えに、アビーとエデルを巻き込もうとしているのだ。

「エデル……!」

 彼女の結界の張り替えが間に合わない。魔王との勝敗を決したと安堵した、本当にわずかな隙を付け込まれたのだ。
 今まで結界でかろうじて塞き止められていた、灼熱の温度と光の暴力が襲う。
 死ぬ。それがわかっていても、アビーは不思議と落ち着いていた。
 魔王の最後の言葉の意味はわからない。だが。少なくともあの言い方からして、転生して次の人生は送れるらしい。
 またバルドリックと剣の勝負ができるだろうか。またラウラの美しい歌を聞けるだろうか。またコニーと食堂で大食い競争ができるだろうか。
 脳裏を横切るのは、狂おしいほどの喪失ではなく、温かく優しい思い出ばかりだった。
 だんだん、体が熱すら感じなくなっていく。もうそろそろ命が途切れるのだ。

「エデル……」

 彼女に手を伸ばしても、もう視界がぼやけ、体の全ての感覚がわからず、彼女がどこにいるのかがわからない。
 最初から最後まで隣にいてくれたのは、彼女だけだった。そして、全てが終わったら故郷に一緒に帰ろうと約束していた、将来を誓い合った仲の彼女。
 生まれ変わったとしても、再び彼女と共に生きて、共に死にたい。

「────……」

 愛している。
 その最期のひと言すら声にすることができず、そこでアビーの記憶は途切れた。

   ****

 柔らかなスプリングの利いたマットレスの上に、天蓋の施されたベッド。安宿のガタつく安物のベッドとは大違いだ。
 自分の記憶よりも長い髪は傷みひとつなく真っ直ぐに伸びた黒い髪。そして。

「……よりによって、今思い出したのかよ」

 そうひとり毒づいたアビーの声は、自分の覚えているものよりも、一オクターブ高かった。
 寝間着で身を包んだ体は柔らかな曲線をつくり、とてもじゃないが剣を握り続けて筋張った男の体とは訳が違う。
 勇者アビー……今代の名前はレニー・クラウゼ。
 クラウゼ公爵家の末娘であり、もちろん武道の手解きとは無縁の、箱入り娘であった。
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