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還俗させられ飛ばされて
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シンプルだった神殿装束から、やたらと体に貼り付くドレスに着替えるのはいつぶりか。結局のところはお父様に押し切られ、私は渋々馬車に乗せられて、問題の呪われた伯爵領に行くことになったのだ。
私は神官長と巫女長に還俗の許可と嫁ぐ旨を伝えたら、心底心配されてしまった。
「呪いですか……うちは聖女様も擁してないところですから、呪い避けなどは使えませんが」
「シルヴィ、本当に大丈夫ですか?」
十年近く面倒を見てくれていた人たちだから、その人たちに心配させてると思うと、心底申し訳ない。
「大丈夫だとは思いますけど……私が化石病疾患していた旨を聞いて、怒らせないかが心配です」
今でこそそばかすで誤魔化せるくらいには斑点も薄くなったけれど、それでも日の光によれば赤い斑点が見えてしまうし、それでお父様は実家に害が及ばないといいのだけど。
せめてもと、巫女長は庭のブドウでつくったブドウ酒と、贅沢な材料でつくったバターケーキを包んでくれた。商人さんに売れば、かなりいい値が付き、向こう一週間のうちの神殿の経費を賄えるほどの価値がある。
「わ、わ。こんなのなかなかいただけませんよ」
「でも伯爵様のところに嫁ぐのに、なにも持っていかないのも困るでしょう? さすがに神殿からでは、服や家具一式を用意することはできませんが、せめて旦那様にご挨拶にお出しするのはどうでしょうか?」
「そうですねえ……」
正直、呪われた伯爵領の呪われ具合も全く知らないため、これを持っていったところで貢ぎ物になるかも怪しい。
そもそもお姉様はなにか嫌なことがあったらすぐ仮病を使う人だからあんまり宛にならないけれど、お父様がおじい様の遺言書を反故にできず、向こうも神殿育ちが欲しいと行っている以上は、行くしかないだろう。
……斑点のこと、とやかく言われないといいなあ。私は荷物をまとめ、何度も何度も皆に挨拶をしてから、実家の馬車に乗り込むことにした。
保護している子供たちは泣いて手を振ってくれ、一緒に奉仕活動をしていた巫女たちは私の唐突な嫁入りにびっくりしていたものの「お気を付けて」と巫女長様同様、商人に売るようなお菓子をひとつひとつこっそりとくれた。
「本当にくじけそうになったときに食べてね」
そう言いながらドロップクッキーをくれたり。
「いつもお世話になりましたから。どうかお元気で」
そう言いながらキャンディーをくれたり。
私、十年もここにいたから、結構皆が古株だと思って心配してくれているみたい。
皆に何度も「ありがとうございます、ありがとうございます」と言いながら、私は馬車に乗り込んだ。
ガタガタと揺れる馬車は、だんだんと舗装のされていない荒道を突き進んでいく。
クレージュ伯爵領。結構荒れ果てた領地を開墾して、今だと農業の地だと商人さんたちが教えてくれた。あそこから仕入れた野菜は、何時間でも煮込まないと固くて食べられない代わりに、どれだけ煮込んでも野菜が崩れず、しかも味がいい。
だんだん荒れた道の先に鬱蒼とした畑が見えてきた。
「うわあ……」
緑の艶々とした葉っぱが見える。それに紫色の綺麗な花が咲いていて、野菜の花は案外綺麗なんだなと思った。花売りが売っているようなわかりやすく綺麗な花ではなく、どこか野性味の残った小ぶりだけれど姿のいい花たち。
そこを一生懸命作業しているのが、クレージュ領の農民たちなのだろう。皆一生懸命畑を耕している。畑の隙間を縫うように小さな家が建ち並び、その向こうにひときわ大きな屋敷が見えた。
「ここです」
降ろされた先に、私は荷物を持って立つ。
いったいどこに言えばいいのだろう。私はうろうろとしていたところで、メイドの女性が声をかけてきた。
「どうなさりましたか?」
「あの……私ここに嫁ぐように言われたシルヴィ・オリオールと申しますが。言われただけで、それ以外はなにも知らされず……」
「ま、まあ……!」
洗濯物を干していたらしいメイドさんは、ぱっと洗濯物を離してしまった。ああ、折角綺麗にした洗濯物が駄目に……。
「大変に申し訳ございません! 旦那様は、現在畑に出てまして……!」
「畑ですか……大変ですね」
そりゃ農業を生業にしている土地なのだから、視察だって、治水工事の指揮だって、いろいろあるのだろう。私はそう思っていたものの。メイドさんは「い、いえ……!」とプルプルと首を振った。
「旦那様は、現在畑で作業中です! 今のうちにイモの畑をきちんと世話しておかないと、
農民たちに混ざっているのです! ああ、まさか奥様がいらっしゃる日が今日だったなんて、聞いてませんけど!」
「え、ええ……」
思わずずっこけてしまった。
貴族が趣味で中庭で家庭菜園を楽しむという例は聞いたことがあれども、農民たちに混ざって作業をしている領主というのは、私もあまり聞いたことがない。
でもなあ。私は手に持っていたお菓子を、メイドさんに差し出した。クッキーだ。
「あ、あの?」
「これ、私がしばらくの間お世話になっていた神殿のお菓子です。どうぞ召し上がってください。私も旦那様を探して参りますから」
そう言って、畑へと走って行った。それにメイドさんは悲鳴を上げる。
「お、奥様まで混ざらなくても結構ですよ! お召し物が汚れてしまいます!」
「汚れ仕事には慣れてますから、お気遣いなくー!」
それにしても。私はあたりを見回した。
ふくよかな土は黒々としていて、しかもよく耕してあるためにふかふかだ。荒れた土地の土は固いのだ。クレージュ伯爵……お父様のおっしゃっていた先々代、つまりは伯爵様のおじい様だ……が開墾をするまで、このあたりはとてもじゃないけれど人が住めたものではなかったと聞いていたのに。
「……呪われてるって、結局なんだったの?」
脅し? お姉様は嫌がって引きこもってしまったのに。
私も外のことについては、神殿のお菓子を買い取りに来てくれている商人さんから聞く以外に情報収集手段がなかったから、当然ながらクレージュ伯爵領の呪いの詳細なんて知らない。
ただ、私はここの土地の匂いが気に入ってしまった。ふかふかとした匂い。土埃だけでなく、命の匂いがする。
もし呪いがあるんだったらなんとかしたいし……まあ、私も神殿の奉仕活動時代が長かったけれど、聖なる力なんて持ってないから、ぶっつけ本番でなんとかするしかない……もしも呪いが風評被害ならば、それらを乗り越える術を探したい。
とにかく、今は旦那様を探さないと。私は畑を駆けていった。
私は神官長と巫女長に還俗の許可と嫁ぐ旨を伝えたら、心底心配されてしまった。
「呪いですか……うちは聖女様も擁してないところですから、呪い避けなどは使えませんが」
「シルヴィ、本当に大丈夫ですか?」
十年近く面倒を見てくれていた人たちだから、その人たちに心配させてると思うと、心底申し訳ない。
「大丈夫だとは思いますけど……私が化石病疾患していた旨を聞いて、怒らせないかが心配です」
今でこそそばかすで誤魔化せるくらいには斑点も薄くなったけれど、それでも日の光によれば赤い斑点が見えてしまうし、それでお父様は実家に害が及ばないといいのだけど。
せめてもと、巫女長は庭のブドウでつくったブドウ酒と、贅沢な材料でつくったバターケーキを包んでくれた。商人さんに売れば、かなりいい値が付き、向こう一週間のうちの神殿の経費を賄えるほどの価値がある。
「わ、わ。こんなのなかなかいただけませんよ」
「でも伯爵様のところに嫁ぐのに、なにも持っていかないのも困るでしょう? さすがに神殿からでは、服や家具一式を用意することはできませんが、せめて旦那様にご挨拶にお出しするのはどうでしょうか?」
「そうですねえ……」
正直、呪われた伯爵領の呪われ具合も全く知らないため、これを持っていったところで貢ぎ物になるかも怪しい。
そもそもお姉様はなにか嫌なことがあったらすぐ仮病を使う人だからあんまり宛にならないけれど、お父様がおじい様の遺言書を反故にできず、向こうも神殿育ちが欲しいと行っている以上は、行くしかないだろう。
……斑点のこと、とやかく言われないといいなあ。私は荷物をまとめ、何度も何度も皆に挨拶をしてから、実家の馬車に乗り込むことにした。
保護している子供たちは泣いて手を振ってくれ、一緒に奉仕活動をしていた巫女たちは私の唐突な嫁入りにびっくりしていたものの「お気を付けて」と巫女長様同様、商人に売るようなお菓子をひとつひとつこっそりとくれた。
「本当にくじけそうになったときに食べてね」
そう言いながらドロップクッキーをくれたり。
「いつもお世話になりましたから。どうかお元気で」
そう言いながらキャンディーをくれたり。
私、十年もここにいたから、結構皆が古株だと思って心配してくれているみたい。
皆に何度も「ありがとうございます、ありがとうございます」と言いながら、私は馬車に乗り込んだ。
ガタガタと揺れる馬車は、だんだんと舗装のされていない荒道を突き進んでいく。
クレージュ伯爵領。結構荒れ果てた領地を開墾して、今だと農業の地だと商人さんたちが教えてくれた。あそこから仕入れた野菜は、何時間でも煮込まないと固くて食べられない代わりに、どれだけ煮込んでも野菜が崩れず、しかも味がいい。
だんだん荒れた道の先に鬱蒼とした畑が見えてきた。
「うわあ……」
緑の艶々とした葉っぱが見える。それに紫色の綺麗な花が咲いていて、野菜の花は案外綺麗なんだなと思った。花売りが売っているようなわかりやすく綺麗な花ではなく、どこか野性味の残った小ぶりだけれど姿のいい花たち。
そこを一生懸命作業しているのが、クレージュ領の農民たちなのだろう。皆一生懸命畑を耕している。畑の隙間を縫うように小さな家が建ち並び、その向こうにひときわ大きな屋敷が見えた。
「ここです」
降ろされた先に、私は荷物を持って立つ。
いったいどこに言えばいいのだろう。私はうろうろとしていたところで、メイドの女性が声をかけてきた。
「どうなさりましたか?」
「あの……私ここに嫁ぐように言われたシルヴィ・オリオールと申しますが。言われただけで、それ以外はなにも知らされず……」
「ま、まあ……!」
洗濯物を干していたらしいメイドさんは、ぱっと洗濯物を離してしまった。ああ、折角綺麗にした洗濯物が駄目に……。
「大変に申し訳ございません! 旦那様は、現在畑に出てまして……!」
「畑ですか……大変ですね」
そりゃ農業を生業にしている土地なのだから、視察だって、治水工事の指揮だって、いろいろあるのだろう。私はそう思っていたものの。メイドさんは「い、いえ……!」とプルプルと首を振った。
「旦那様は、現在畑で作業中です! 今のうちにイモの畑をきちんと世話しておかないと、
農民たちに混ざっているのです! ああ、まさか奥様がいらっしゃる日が今日だったなんて、聞いてませんけど!」
「え、ええ……」
思わずずっこけてしまった。
貴族が趣味で中庭で家庭菜園を楽しむという例は聞いたことがあれども、農民たちに混ざって作業をしている領主というのは、私もあまり聞いたことがない。
でもなあ。私は手に持っていたお菓子を、メイドさんに差し出した。クッキーだ。
「あ、あの?」
「これ、私がしばらくの間お世話になっていた神殿のお菓子です。どうぞ召し上がってください。私も旦那様を探して参りますから」
そう言って、畑へと走って行った。それにメイドさんは悲鳴を上げる。
「お、奥様まで混ざらなくても結構ですよ! お召し物が汚れてしまいます!」
「汚れ仕事には慣れてますから、お気遣いなくー!」
それにしても。私はあたりを見回した。
ふくよかな土は黒々としていて、しかもよく耕してあるためにふかふかだ。荒れた土地の土は固いのだ。クレージュ伯爵……お父様のおっしゃっていた先々代、つまりは伯爵様のおじい様だ……が開墾をするまで、このあたりはとてもじゃないけれど人が住めたものではなかったと聞いていたのに。
「……呪われてるって、結局なんだったの?」
脅し? お姉様は嫌がって引きこもってしまったのに。
私も外のことについては、神殿のお菓子を買い取りに来てくれている商人さんから聞く以外に情報収集手段がなかったから、当然ながらクレージュ伯爵領の呪いの詳細なんて知らない。
ただ、私はここの土地の匂いが気に入ってしまった。ふかふかとした匂い。土埃だけでなく、命の匂いがする。
もし呪いがあるんだったらなんとかしたいし……まあ、私も神殿の奉仕活動時代が長かったけれど、聖なる力なんて持ってないから、ぶっつけ本番でなんとかするしかない……もしも呪いが風評被害ならば、それらを乗り越える術を探したい。
とにかく、今は旦那様を探さないと。私は畑を駆けていった。
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