へっぽこ人形師は完全無欠な彼氏が欲しい

石田空

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そういえば名乗りを上げていなかった

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「わたくし、学校を卒業しましたら結婚して王都を離れますの」
「はあ……それは大変ですね」

 この間、うっかりと騎士さんをお持ち帰りしてしまったラモーナ様はそうおっしゃる。私は相槌を打ちながら、知り合いそっくりの人形のメンテナンスを行っていた。
 そうは言っても、出来上がった人形に油が必要な訳ではなく、ラモーナ様のおっしゃる通りに自律稼働のシステムを調整しているのだ。

「話してみて」
「ごきげんよう、ご主人様」

 最近顔見知りになった騎士さんの慇懃無礼な言動に思いを馳せる。
 ラモーナ様はとかくこの人形に求めるのは「王子様感」であり、騎士さんの騎士っぽさとか、ましてや俺様な言動は全く求めていなかった……その辺りは、あの騎士さんがちょっぴりだけ気の毒に思える。
 私の歯車の調整はさておいて、ラモーナ様は続ける。
 残念ながら私は貴族のご令嬢に出せるようなお菓子なんて用意できず、麦湯くらいしか用意ができなかったが、彼女からしてみれば物珍しかったのか、それをおいしそうに飲んでくれていた……うちの売上だと、紅茶みたいなお高いものはそう簡単に手に入らない。

「この間、卒業前に体面くらいしたほうがいいだろうと、顔を合わせましたの。はげちゃびんでしたわ」
「はげちゃびん」
「わたくしと年の変わらない息子がおられる方ですのよ。そこに後妻に入るのです」
「後妻……」
「わたくし、恋をしたことがございません。ですから、せめて人形を買おうと思った中で出会いましたのよ……素敵な王子様に……人形、大変素晴らしい出来でしたが、まさか王子様と人形を間違えてしまうなんて、わたくしのうっかりさん」
「はあ……」

 王子様……王子様……?
 ラモーナ様の語彙の豊かさにびっくりしながら、私は日頃の騎士さんの言動に思いを馳せる。いい人なのか悪い人なのかはわからないけれど、私は通り過ぎる人通り過ぎる人、誰もが振り返るほどの美貌を持ちながらも、本人は全くそれを武器にしない、大変にお口の悪い人っていう印象が先に出てくる。
 でもなあ。はげちゃびんの再婚相手になって悲観に暮れているラモーナ様を見ていると、「あの人全く王子様じゃないですよ。目を覚ましてください」なんてひどいことは言えない。私だって言っていいことと悪いことの区別くらいはついている。
 そしてラモーナ様はもじもじしながら麦湯をちびちび飲みつつ続ける。

「……あの方と少しでもお話しができてよかったわ。これでわたくしも、あと数ヶ月で卒業ですが、思い残すことは……」
「もういっそのこと、私が人形を預かりますから、騎士さんとデートしたらいかがですか?」
「えっ」

 ラモーナ様はびっくりしたように、麦湯のカップを傾け過ぎた。
 それで床がびちゃびちゃになるので、慌てて私は雑巾を持ってきて床を拭くと、ラモーナ様は申し訳なさそうな顔をする。

「申し訳ございません! で、ですけど……王子様とデ、デートだなんて……それに、これは恋愛禁止条例に違反するのでは……?」
「人形とデートする人をとやかく言う人なんていませんよ。実際に私のつくった人形と騎士さんをラモーナ様が間違えるくらいなんですから、そっくりなんでしょう?」
「ま、まあ……たしかに……ですけど……王子様は了承してくださるでしょうか……?」

 ラモーナ様はそりゃもう、もじもじしている。
 可愛らしい方だなあと思う。それと同時に羨ましい。私には、こんなに可愛らしい時も、綺麗だった時もないのだから、貴族というだけで恋愛ができないのは可哀想だなあと思う。

「あの人たまに見かけますから、そのときにお話ししておきますよ。はい、メンテナンス終わりました」

 そう言いながら、服を着せてあげると、人形は立ち上がってラモーナ様の元へと向かっていった。

「お待たせしました、ご主人様」
「ええ……ありがとうございます。またお願いしますわね」
「ありがとうございます」

 銀貨を回収しながら、私はふたりが去って行くのを見送った。
 今日は店の受付はそろそろ終了だし、今のうちに足踏みミシンで人形の服をつくっておこうかなあ。私はそんな段取りを考えていると、この数日ですっかり耳に馴染んだドタドタとした足音が耳に入ってきた。

「おい、また俺の人形を売ったのか!?」
「こんにちは。売ってませんよ。メンテナンスをしていただけです」
「メンテナンス?」
「人形のお世話って、定期的にしないと駄目になってしまうんですよ。可愛いはつくらないと可愛くはならないのとおんなじです。おめめの交換とかかつらの処理とか、まあいろいろあるんですよ。そういえば、騎士さんデートしませんか?」
「……はっ!?」

 途端に顔を真っ赤にした。この騎士さんは偉そうなしゃべり方な割には、妙に喜怒哀楽がはっきりした人だなあと思う。そして、プルプルと震えはじめた。

「……名前も名乗っていない者とデートなんて、まずいだろう」
「あら、じゃあ騎士さんお名前教えてくださいよ」
「……シリル・ハンフリーズだ」
「シリルさんですね」
「おい、貴様の名前は……?」

 なぜ私の名前を教える必要があるのだろう。そうは思ったものの、ラモーナ様とデートをしてもらえるよう頼むのだから、こちらも仲介人として名乗らないと駄目だろうか。

「私はエスター・アップルヤードですよ」
「そうか。そして予定は?」
「あら、乗り気なんてすか。ありがたいです」

 普段の慇懃無礼な態度がなりを潜めて、やたらと顔を真っ赤にして尋ねるのが不思議だけれど、この人も恋愛禁止条例のせいで恋愛が禁止なのかもしれない。たしか恋愛禁止条例に該当するのは爵位持ちだから、シリルさんも爵位があったら引っかかるんだよなあ。
 私は説明をしはじめた。

「まだ相手の方と予定の相談ができていませんから、それからになりますね?」
「……はあ?」

 途端にシリルさんが怒り出した。どうして。デート嫌だったのかしら。それとも恋愛禁止条例違反を思いっきりしようとしているのだから、法律は守れってことかしら。

「貴様とデートではないのか?」
「私ですか? 違いますよぉ。私はただあと数ヶ月で再婚しないといけない方に、最後の想い出を人形をお買い求めてくださった方に提供したいだけです。アフターサービスという奴ですね」

 私の言葉に、シリルさんは眉間にずっぽりと指が突っ込めそうなほど皺を寄せながら、考え込んでしまった。普段の言動さえ知らなかったら格好いい人だなあと思ったりする。やがてシリルさんは口を開いた。

「……その人、この間俺を間違って買っていたラモーナ嬢か?」
「ああ、わかりますか? そうですよ。恋愛禁止条例に引っかかってますので、王都での最後の想い出で……」
「……たしかに、彼女は気の毒だ」
「じゃあ!」

 早速ラモーナ様に報告しないとなあと思っていたら、シリルさんが思考を遮る。

「ただし、条件がある」
「はあ……まあ、そうですよねえ。シリルさんのお時間をいただかないといけませんからね。デート代は私が出すとしても、貴族の方ほど派手な使い道できるほどのお金はご用意できませんよ……」
「違う。エスター、貴様の店の営業してない時間はないのか?」

 そう尋ねられて、目を瞬かせる。
 そんなこと言われてもなあ、と思う。

「店は営業してなくっても、貧乏暇なしで仕事してますよ?」
「仕事……人形づくりにはそれほど時間がかかるのか」
「そりゃそうですよ。岩絵の具の材料いただきに山に入ったりとか、人形に着せる服を縫ったりとか、いろんな材料を買いに行ったりとか……店休みの日は、たいだいそんなんに時間を使っていますし」

 なぜかシリルさんは頭が痛そうな顔をした。この人、人形を馬鹿にしていたみたいだから、人形師の仕事はもっと簡単だと思っていたのかな。
 やがて、シリルさんは溜息をついた。そしてひと言。

「……わかった。ラモーナ嬢とデートには行く。その代わりエスター、貴様、次仕事で出かける際に俺を荷物持ちとして同行させろ」
「はい? そりゃ願ってもないですが」

 なんでもかんでも、量をいっぱい買うと重い。ひとりでカートに載せて運べる道だったらいいけれど、岩絵の具をいただきに行く際には山登りをしないといけないから、行きはよくても帰りは泣き言言いながら帰っているしなあ。
 私の返事に、シリルさんは「ふんっ」と鼻息を立てた。とりあえず私は言ってみる。

「ええっと……ラモーナ様とのデートの日取りはまた後日報告しますけれど、せめてもう少しだけ人形っぽい言動は心がけてもらってもいいでしょうか?」
「なんでだ」
「人形とデートって名目じゃなかったら、ラモーナ様婚約内定しているのに、捕まっちゃうじゃないですかあ。そういえばシリルさんは捕まるんですかね?」
「俺には爵位がないから、恋愛禁止条例には関係がない」
「ああ、そうですか。とりあえず、デートの日までうちに来てくださいよ。私も仕事しながらになりますけど、人形の心がけ教えますから」

 途端に顔を真っ赤にしてしまった。
 ……この人、別に女の人が苦手な訳ではないよなあ。私は首を捻りながらも「お願いしますねー」と手を振ることにした。
 よし、ラモーナ様に連絡取らないと。
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