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デートのために採寸する

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 人形のメンテナンス。
 普段は店舗で行うそれは、ときどき出張で出かけて行うこともある。今回はラモーナ様にデートの許可の報告も兼ねて、彼女の邸宅で行うこととなった。
 彼女の自室は、はっきり言ってうちの店舗とほぼ広さが変わらない。分厚い布のカーテン、上質な調度品、そしてなんの匂いかは全然わからないけれど、ずっといい匂いが漂ってくる。
 これが貴族か。人形師の家とは大違い。
 そんなことが顔に出ないよう、私はラモーナ様に通された部屋で作業をはじめる。
 人形をバラバラに分解してひとつひとつを丁寧に磨く。さすがに恋人をバラバラ殺人事件されているのは見たくないだろうと、私はメイドさんたちに敷居を用意してもらい、その中で作業を行う。私が作業をしながら、シリルさんから了承取れた旨を伝えたら、ラモーナ様は歓声を上げた。

「……夢みたいですわ! 王子様とデートだなんて!」
「そうですねえ、よかったです。ラモーナ様」
「ええ! ええ! 卒業まで既に半年を切っていますもの。王都を出るまでに、諦めなければと思っていましたものね……」

 そうラモーナ様は言う。
 彼女ははっきり言って傍迷惑なお客様であり、あれだけラフ画を描いたことも、人形の材料調達に難儀したこともなかった上に、シリルさんそっくりな人形になり過ぎて私が怒られる羽目になった。
 しかし彼女の不幸を思うと、あんまり怒れないところがある。はげちゃびんで自分と同い年の息子のいるところに後妻業は、普通につらい。
 だから私は尋ねた。

「でしたら、どうなさいますか? 王子様に用意する服は、向こうで用意しておきますか? こちらで調達しますか?」
「で、でしたら……ぜひとも着て欲しい服がございますの。用意できますか?」
「さすがに衣装代は調達しますが……」
「そりゃもちろんですわ。ええっとですね……」

 そう言いながら、ラモーナ様はいそいそと服の用意をし出した。
 それは最近王都で流行の舞台の主人公の服だ。あらすじは王子がお城から騎士の紛争をして王都を散策し、そこで巻き起こる事件を解決するというものだ。王都の女の子たちは謎の騎士に皆夢中だが、王子だからそれらの愛を受け入れる訳にはいかないという痛快活劇。
 王子の考えた騎士の服であり、白いジャケットの下に黒いシャツ、ジャケットにもシャツにもレースがひらひらと付き、花飾りをあしらっている。
 あまりにも舞台向けな衣装で、着る人も舞台俳優レベルで顔立ちがくっきりとしていなかったら似合わないものだけれど。これは普通にシリルさんは似合いそうだなあと思った。

「わかりました。なら衣装完成時期を、デートの日にしましょう」
「ええ! わかりましたわ。衣装完成と当日を楽しみにしていますわ」

 私は人形をもう一度組み立て直してから、自律稼働の魔法のメンテナンスを施して、衣装を着替えさせる。
 彼はたしかにシリルさんそっくりだけれど、シリルさんよりも王子らしい立ち振る舞いだ。

「メンテナンス終了しました」
「ええ。よかったですわ」

 私は出張料をいただいてから、衣装のための採寸について考えないといけないなと思った。
 人形を触っていて気付いたけれど、私は聞かれるがまま人形をつくったけれど、人形とシリルさん、もしかして体型が違うんじゃないかと気付いたからだ。

****

 それから、私はシリルさんがうちにいつ来るのかなとそわそわしながら待っていた。採寸。採寸。採寸……。
 はっきり言って、男性用衣装制作で、ここまでノッたのは初めてだ。
 だって、可愛くないし。だって、地味だし。そりゃ王都に住まう平民と比べればだいぶ派手ではあるものの、私の中のフリルやレースを触りたい欲を満たしてくれるものではなかった。その点、ラモーナ様からのリクエストは完璧だった。
 騎士のような王子様であり、王子様のような騎士なんだから、そりゃもうこっちも腕によりをかけてレーシーに仕上げなければと、夢がむくむくと膨れ上がっていく。
 やがて、いつもの聞き慣れた足音が響きはじめた。

「エスター、ラモーナ嬢との出かける日付は決まったか?」
「まだでーす。というよりも、衣装制作のために、それが完成し次第ですかね」
「……はあ?」

 またしてもシリルさんは端正な顔をひん曲げる。もったいない。
 シリルさんは不愉快そうに口の端に皺をつくりながら、私を睨み付けた。

「人形の服を直接着せればいいんじゃないのか?」
「着るのはシリルさんですよー。ですけどねえ、私、ラモーナ様に言われた通りに人形をつくったし衣装も用意してたんですけど。こう……肩幅が少し違う気がしたんですよねえ。あのですね、一旦採寸していいですか?」
「……ジャケットを脱いだほうがいいのか?」

 シリルさんはいつもの通り、騎士団の制服姿だ。たしかにそのほうがよさそう。私は「お願いします」と言って脱いでもらい、ハンガーに引っ掛けてから採寸をしはじめた。
 あまり人にペタペタ触られたことがないんだろうか。シリルさんは私が採寸紐を持ってきてくるくると巻き付けたり計ったりするたびに、耳から首筋までがサァーッと赤くなる。

「……近過ぎやしないか?」
「そんなことないですよぉ。はい、終わりました……んーんーんーんー」

 私は出来上がった採寸表と、ラモーナ様に発注されたときの採寸表を確認する。

「……シリルさん着痩せするタイプですね。採寸したら、肩幅全然違いました」
「そりゃそうだろう。騎士の職務は鍛えないと厳しいのだから」
「そういえば、結構ムッチリしてますねえ。太いって感じではないんですけれど」

 私がシャツの上からペタペタと触ると、途端に「触る必要があるのか!?」と叫び出す。

「いやですねえ。そんなパッツンパッツンの格好させる訳にはいかないじゃないですかあ。布地にゆとりを持たせないと、綺麗に着せられません。ああ、そうだ。シリルさん。騎士団服のジャケットも、採寸させてもらってもよろしいですか?」
「それで、いいのなら」

 彼は不器用に視線を逸らしてしまった。女性に慣れてないんだろうか。

「あのう……もしかして、女性に慣れてませんか?」
「……どうしてそうなる」
「いや、シリルさん。さっきから顔が赤いんで。もしそうだとしたら、ラモーナ様との約束ですけど……」
「……既にお金はもらっているんだろう、エスター?」
「ええっと。衣装代は後で請求します。メンテナンスとかもろもろはいただいてますけど、そんなお金のことは……」
「エスター、信用問題にならないのか? やっぱり辞めますと言って、貴族連中から信用を無くしたら、仕事に差し支えるんじゃないのか?」
「そりゃ、まあ……言い出しっぺ私ですし……」
「……なら、俺がデート行かなくては駄目だろう。どうせ一度だけなんだから。それに、俺は別に女性が苦手ではない」
「はい?」

 そうだったの? という顔でしばしシリルさんを眺めていたら、シリルさんは続けた。

「単純に、女性運がないだけだ。見合いの話は上司経由でいただいたが、全部破談になった」
「うわあ」
「うわあとか言うな」

 シリルさんにピシャンと言われ、私は小さくなる。
 そりゃそっかあ。この人結婚適齢期なんだから、お見合いのひとつやふたつあるかあ。私とは大違いだ。
 騎士だもんなあ、国に仕えてるんだもんなあ、すごい人なんだよね、本当に。
 私はそう思いながら、「わかりました」と言って、採寸紐を片付けた。

「とりあえず、衣装つくりますから。ときどきうちに着て、試着してください」
「……完成したものを着るんじゃないのか?」
「そりゃ人形でしたら、それでもかまわないんですけど。今回はシリルさんに人形のふりをしてもらわないといけませんから、それっぽいシルエットにならないと駄目じゃないですかあ。仮縫いしたのとか、着てくださいよ」
「ふむ……わかった」
「ありがとうございます」

 私がニコリと笑いかけると、そっとシリルさんは視線を逸らしてしまった。
 ……怒らせてしまったんだろうか。

「あの……うるさい面倒臭いとか、思いましたか?」
「はあ、どうしてそうなる」

 シリルさんはやっとまともな表情になった。
 端正な顔立ち。綺麗な碧い瞳には自信が満ち溢れ、金色の髪はつやつやと光輪を乗せている。

「最初から面倒臭いなんて思ってない」
「……ありがとうございます」

 そう言って、シリルさんはジャケットを羽織り直すと、そのまま帰って行った。
 思えば、自分の服以外、人の服を縫うのは初めてだった。

****

 白い絹の布地を分厚く重ね合わせ、それを慎重に縫い進めていく。仮縫いだから気軽にとは言っても、ツルンツルンと絹地に針を進めていくのは緊張する。
 白いジャケットには銀色の刺繍飾りを施し、赤い造花を添える。そして同じ色のスラックスにも刺繍飾りを縫い付けなくてはならない。そしてそのジャケットにレースを添える。
 デザインが難しい上に、足踏みミシンでは滑って縫えないため、全部手縫いで仕立てないといけないのは、手が痛いし目も痛いし、腕が腱鞘炎のようにベコンベコンになってしまう。
 他の人形の作業を終えたら、シリルさんの衣装制作をはじめるという作業を続けてから、もう本当にあちこちが痛くてたまらなかった。でも。
 いつもと比べると遅い歩みの衣装制作ではあるけれど、それが少しずつ完成に近付いていくのは、見ていて心が躍った。
 男の人の衣装なんて、いつもつまらないとか、花がないとか、さんざんに言っていたのに。こんなに楽しみながら縫ったのなんて、今までで初めてだ。

「……はあ」

 私は今日のノルマを終え、針山に針を突き刺してから伸びをする。同じ姿勢で凝り固まっていたせいで、肩とか腰とかが、あり得ないほどバキバキという音を立てる。
 シリルさんがこの衣装を着ているところを想像して、ほっこりとした。
 彼とラモーナ様が並べば、さも美男美女でお似合いだろう。私はそれを遠くから見守れたらいいなと思っている。
 人形師なんだから、人形を預からないといけないんだしなあ。
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