へっぽこ人形師は完全無欠な彼氏が欲しい

石田空

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人形の心の内を探る

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 シリルさんは私から一部始終の説明を聞き、しくしくと泣いているエリノア様を眺めていた。

「たしかカニングハム家は、代々王都に根ざしている貴族で、婚姻統制で財を成している家系だったな」

 その言葉に絶句した。
 たしかに婚前恋愛禁止条例が発令されたのだって、婚姻統制している側が大損するようになったクレームが原因だった。でも婚姻統制だって大昔よりは緩く、新興貴族だってそこそこいるご時世なのだから、そこまで感覚にカビが生えている家系であったら、エリノア様の気持ちだってわかりようがない。
 どうしよう、と私はシリルさんを見上げる中、「エリノア嬢」と彼はエリノア様に声をかけると、彼女はぱっと彼を涙を溜めたまま見上げた。

「一応しばらく家出ということでしたら、騎士団の寮でも女性寮はございますので一日くらいならば匿えるかと思います。が、それ以上は我々も任務に支障を来すために難しいです」
「……エスターさん家は駄目ですの?」
「彼女は夜間も仕事をしている手前、人を匿える場所がございませんので、勘弁してあげてくれませんか?」

 そういえばシリルさんは、普通に私が倒れたときに家の配置を見ている訳だから、人を泊めるスペースがこれっぽっちもないことくらいは知ってるもんなあ。
 ありがとうございます……。
 内心心よりお礼を言いつつ、私は尋ねた。

「ですが、お父様とお話しはなさったほうがよろしいのでは。現在、エリノア様の心境が落ち着いているとは言いがたいですし。大切な恋人を壊されてしまったのですから、無理もないかとは思いますが」
「……そうですね」
「ちゃんと温かくして、よく食べてよく寝てくださいね。ああ、そうだ。シリルさんシリルさん」
「なんだ」

 私は台所に飛び込むと、ハーブティーを差し出した。本格的な薬草の調合は魔法医の管轄だから怒られてしまうけれど、オーソドックスな民間療法レベルのものならば私でも用意できる。

「これは?」
「麦に安眠用のハーブを足したハーブティーです。矢車草、カモミール、メリッサ……多分エリノア様も動揺しておられますから、寝る前に淹れてあげてください」
「わかった」
「エリノア様のこと、どうぞよろしくお願いしますね……ダミアンは今晩中に修繕を終えておきますから」
「……どうぞよろしくお願いします」

 エリノア様は、シリルさんに連れられて騎士団の寮へと向かっていった。
 私は溜息を付きながら、カーテンの向こう側のダミアンを見た。今は彼女に必要なのは落ち着きだ。そしてダミアンも歯車を嵌め直せばもう修繕完了なんだけれど。
 駆け落ちしようとまで思い詰めている彼女に、直ったとすぐに引き渡しては、カニングハム家と第二ラウンドで揉めてしまう。それでは根本的解決にはならないだろう。
 どうしたものか。
 たまに巻き込まれるお家騒動のトラブル。今回はシリルさんも巻き込んでしまった以上は早急に解決をしなければならないと、私は頭を抱えた。

****

 他の人形作成の作業を終え、私はダミアンの自律稼働の歯車の魔法を紐解いてみる。
 基本的に、人形は人間の形を取っていても、心までは人形師でもつくることができない。ただ、主人の生活環境に合わせて学習機能は備わっている。
 極端な話、社交的な主人とはサロンで主人が一番に輝けるようにとすべらない話題の情報収集能力が拡張されたり、病弱な主人は看病の際に絶対に失敗しないよう、民間治療や療養法の情報収納機能が追加したりする。
 このあたりの学習機能は人形師でもよっぽどのことがない限り介入しないから、紐解いて中身を見ることはあまりしないのだけれど。

「このままじゃ、貴族令嬢が世捨て人になっちゃうし……」

 生活能力がある人だったら故郷を捨てて、あっちこっちで自活できるし、実際に故郷を捨ててあっちこっちで根無し草になっている旅人だって、現在でも存在しているけれど。
 箱入り娘のエリノア様では、王都から出た途端に死んでしまう。郊外は余所者には優しくない以上、特技がないと生き残れない。魔法の使える魔女ですら石を投げつけられて命からがら隠れ回らないといけないというのに、貴族令嬢のエリノア様では、石を投げつけられた途端に打ち所が悪くて死んでしまうかもしれない。
 そう考えたら、駆け落ちしようなんて軽く提案なんてできないんだ。やがて、私の魔力がダミアンの学習機能に触れた。

「月の下、真実をさらけ出せ、鋼の心臓──……」

 私が魔方陣の上に歯車を置いてそう唱えると、魔方陣はひとつの活動写真を浮かび上がらせた。ダミアンの学習機能を活動写真として確認するのだ。制作者である人形師であったとしても、この部分を見ることはできても、介入することはできない。いくら人形とはいえど、学習した部分は人間で言うところの記憶なんだから、おいそれと触ったらどんな影響があるかわからない。
 映りはじめたのは、シクシクと泣いているエリノア様だった。

『お父様ったらひどいの。婚約を決めましたのよ……もちろん、婚約するのは覚悟の上でしたが……話が全く合わない人ですの』

 よくある話と切って捨てるには、彼女はあまりに若かった。それをダミアンが慰めているようだった。
 元気を出して、大切な人。話はいくらでも聞いてあげるから。ダミアンに抱き締められながら、エリノア様は言葉を続けた。

『人形は下品だから捨てるべき、妻は外を出歩かずに家にいるべき、そして屋敷の一切合切全ての面倒を見るべき……あの方とはやっていける自信がございません』

 その言葉を聞いて、私は思わず額に手を当てて考え込んでしまった。
 嫁ぎ先の屋敷の面倒を見るのは女主人の役割。それはごくごく普通の貴族の感性だけれど、極端な話カニングハム家は彼女にそんな教育を受けさせていなかったらしい。婚姻統制で家を守ってきた一族にしては、圧迫面接だけで全部やってきたんじゃ、そりゃエリノア様みたいな内向的な人間が駆け落ちだって衝動的にしたくもなるだろう。
 でも……これは本来なら人形さえ持って行ければ解決する話なのでは、とも思ってしまう。執事機能を付ければ、女主人としての仕事の補佐だって普通にできるだろう。なのに彼女の嫁ぎ先はそれすらも奪おうとしている。

「これ、どうしたらいいんだろう」

 ひとまず私は、歯車をダミアンに付け直してあげた。そして新しい服を着せてあげる。先に着ていた貴公子の服装はあまりに悲惨に引き裂かれていたから、服は控えめな執事の格好にしてあげた。
 明日はまず、シリルさんとお話しをして、この先のことを決めないと。なによりもエリノア様を落ち着かせないことには、どうすることもできないだろう。
 私がそう思っていたときだった。

「……私の大切な人は?」

 ダミアンがこちらに話しかけてきた。それに私は目を瞬く。

「今は騎士団の元に保護されていますよ。明日以降、身の振り方を考えましょうね」
「……彼女はあまりに気の毒だ」
「ええっと?」

 さすがに私も、学習部分を紐解くことはできても、人形の深層心理の部分にまでは触れてはいない。記憶部分を弄ってしまったら、いくら人形師とはいえど元に戻せないからだ。
 ダミアンは苦しげに言った。

「私の愛しい人は、学校に行くこともできず、孤独な毎日を送っていた。彼女には余計な知識はいらないと、外の楽しいことはなにひとつ知らずに、隔離されてバラの手入れだけして育ったのだから」
「……それは」

 あまりにも時代錯誤な考えに絶句した。
 箱入り娘だ箱入り娘だとは思っていたものの、それじゃ鳥かごに閉じ込められているまんまじゃないか。
 それにしても。私はダミアンをここまで心がある風に振る舞うようにつくった覚えはない。人形師は魔女だからと言って、心まではつくり出すことはできないんだから。
 私は彼の言葉を黙って聞いていた。

「気の毒に思ったのは、新しく入ってきたメイドでした。メイドが王都の最新情報を毎日教えたのです。おかげで私の愛しい人は、こっそりと王都に降りたって、人形をつくる決断を下したのです」
「それがあなたなのね」
「はい……彼女は見違えるほど美しくなりました。美しく……おかげで旦那様は婚期を早める決断を下したのです」
「……ひとつ尋ねるけれど、あなたはエリノア様を守りたい?」
「あの方は私の愛しい人です。私が守らねば、あの人は死んでしまいますから……体は無事だとしても、心を守れる保証は、どこにもありませんから」

 私はダミアンの言葉を黙って聞き、考え込んだ。
 ……はっきり言って、あの家にいても、嫁ぎ先に行っても、とてもじゃないがエリノア様が幸せになれるとは微塵にも思わなかった。彼女は本当の本当に、婚姻統制に必要ないと判断されたことからは隔離されて育ったのだから。
 しかし隔離が過ぎて一般常識にも疎く、王都を出て生活できるとは思えない。だから私も最初は反対だった訳だし。
 ただ、ダミアンがあまりにも協力的だった場合は、できないこともない……ただこれには、エリノア様とダミアン、両者が力を合わせないと無理だ。

「わかりました。明日、一緒にエリノア様を迎えに行きましょう。あなたも休んでなさい。私は作業がありますから」
「ありがとうございます」

 我ながら、心ができたように思ってしまうが、あれは学習能力の賜物だ。人間、どんな物にも感情があるとわかったら、おのずとないがしろにはできなくなっているのだから。あれは執事に壊されかけたりした経験から来る、危機管理能力の学習結果だろう。
 そうは思っても。彼に心があると勘違いしているエリノア様も、彼女を守りたいダミアンのことも、どちらも救う方法を探してしまう。
 結果、私は魔方陣に歯車を置くと、魔力を注ぎ込みはじめた。
 これがいいほうに転がるか、悪いほうに転がるかは、神のみぞ知るだ。
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