ポイ捨て令嬢はヘコたれない─白亜の守護神と共に世直しの旅に出ます─

石田空

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幽閉されし思惑

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 コンスタンスたちが下水道から王都に突入しようとしているその頃。
 王城内は奇妙な静けさに包まれていた。本来、王城を維持するには使用人たちがいくらでも必要だ。王城を掃除する使用人たち、洗濯をする洗濯婦たち、厨房には料理人たちが腕を振るい、国の経営のために、貴族たちが詰めて王と共に会議を進め、行儀見習いとして姫や妃の相手をする貴族令嬢たちがいる……。
 それだけの人が働いているはずの王城が、静けさに包まれるのは本来ならばあり得ないのだが。そこには王城内各地に設置されていた魔法石が動いているのが原因だった。

「……父上、まだお体大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。だが……妃は……」
「母上は既に気を失っておりますね……」

 城内で働く者たちは、無理矢理一カ所に集められ、その魔方陣の中に閉じ込められていたのだ。ときおり行儀見習いたちが食事を用意し、集められた人々に配るものの、だんだん厨房の食材が失われていっている……ここに商業ギルドが入れない以上、厨房の食材だってなくなって当然なのだ。
 彼らは命をギリギリのところまで吸われるたびに食事を与えられ、かろうじて息をしていた。だが。
 体が弱いものから順番にどこかに運ばれ行く。
 このままだと、城内の者たちが全滅するのは免れない。そう判断した第一王位継承者であるフレデリクは、行儀見習いのアンネに弟のイリスを任せてなんとか逃がし、使用人たちもなんとか逃がしていたのだ。
 あまりに皆を無理矢理逃がそうとしたせいで、とうとう王族は別室に入れられて、別の魔方陣の中に捕らえられていた。
 本来、妃は年不相応の美しさを誇る人なのだが、彼女は魔力の代わりに命を吸われ続け、だんだん年不相応に更け込みはじめていた。
 フレデリクはまだ美丈夫が歪むほどの異変はないが、既に栗色の髪は灰色になるほどに色が抜け落ちつつあった。いずれ肌には皺が刻まれ、体からは筋肉が失われて骨と皮になってしまうだろう。
 国王はそれでもまだ持っていた。この中で唯一魔力やマナの使い方を心得ているのは国王であり、マナは削れていっているものの、かろうじて国王の命までは刈り取られるのを防いでいた。

「アンネたちは、無事に逃げおおせたでしょうか。イリスも……」
「……ふたりの無事を信じよう。それに、この間から宮廷魔道士たちが騒がしい」
「地下にある漆黒の守護神の起動実験に王手がかかったのですか?」
「それもあるやもしれないが。この地に白亜の守護神が近付いているのかもしれない」

 それにフレデリクは息を飲んだ。
 本来婚約は煩わしいものだった。手紙のやり取りをし、その文面がいつも華やかで浮かれた、恋に恋する少女の手紙。彼女は本当に恋を知らないのだろうと、哀れみすら覚えていた。
 彼は他にも行儀見習いがいたし、他にも助けるべき人……それこそ魔力がほぼなく、命を削り取られるだけ削り取られてしまった母のような人……もいたのに、どうしてその中にアンネを混ぜてしまったのか。
 ……彼女を愛してしまったからだった。
 全く会ったことのない婚約者より、行儀見習いとして日々声をかけて話しかけられる位置にいる少女のほうが、恋に落ちるには早かった。
 悪いとはわかっていた。これは王族同士の婚姻であり、自分の身勝手でどうにかできるものではないと。だが。彼女には魔力がない。魔力のない中、母のように命を削られ過ぎて命を落としてしまうのが怖くなってしまったのだ。

「……アンネ」
「殿下?」

 彼女は気立てがよく、元々真面目で仕事のできる行儀見習いたちの中でも特に仕事熱心であり、妃の覚えもめでたいのは彼女くらいのものだった。
 その彼女を死なせたくないと思ったとき、フレデリクの気持ちは固まった。

「……弟を、逃がしてほしい」
「……! そんなことしたら、殿下たちのお命が……」
「今は執行猶予なだけだ。神殿から使者が来たら……私と父上は処刑されるだろう。弟は頭がよく、生きていればいずれこの国を救える。妄執に捕らわれた宰相や宮廷魔道士たちにだって絶対に負けない強い王になる。だから……一緒に逃げてほしい」

 王族を逃がしたとなったら、きっと宰相はそれを許さない。王族が味方を引き連れて戻ってきたとなったら、これはもう国の奪還という大義名分が立つため、神殿の介入を待つことなく、悪いのは宰相と裁かれてしまうからだ。
 その前に不慮の事故に見せかけて、残った王族が殺されてしまうかもしれない。
 アンネが目尻に涙を溜めて首を振った。

「できません……殿下が死んでしまうような真似は……!」
「弟を逃がして、君が生き残ってくれたらそれでいい! ……どちらも生き残ることができたら、そのときは共に生きよう?」

 それはできぬ相談だと、フレデリクはわかっていた。
 片や王族。国のために婚姻を結ぶ身。片や一介の貴族。行儀見習いの期間を終えたら、領地に戻って親の決めた縁談で嫁ぐ身。
 ここを離れてしまったら、ふたりが一緒になることはできないとわかっていたが、せめて今だけは恋の真似事をしてみたかった。
 アンネは涙を拭って、頷いた。

「食事の時間だけは、我々はある程度魔方陣から離れることができる。その間に隙をつくるから、弟と一緒に逃げなさい。逃げ道は……地下からなら、下水道に出られる。そこからなら、王都の外に出られるはずだ」
「……殿下。お気を付けて」

 できぬ相談だと思った。
 フレデリクはアンネと手を握り、名残惜しくも今生の別れを告げてから、イリスのほうへと足を向けた。アンネは始終涙を拭っていたというのに、イリスの目はこれから逃亡しないといけない子にしては冷ややかだった。

「兄上は義姉上に対して恥ずかしくはないのですか」
「……コンスンタンス殿については、申し訳なく思っている。今は行方不明らしいが……」
「そうです。普通に考えて、嫁いだ途端に襲撃を受けておそろしい思いをしていたでしょうに。それを無視して兄上は真実の愛とやらにうつつを抜かすのですか。あまりに彼女に対して礼がない」
「……彼女は、恋を知らぬ人だ。手紙だってずっともらっていたが。彼女は私とは知らぬ者との恋にばかり興じていた……もし彼女を見つけたら、どうか彼女をちゃんと国に送り返してあげなさい。うちの内戦に巻き込んでしまったようなもので、彼女にはどれだけ謝っても謝り足りない」
「それは兄上がするべき問題では?」
「……私は、残念ながらその時間はないよ」

 イリスは、フレデリクが死ぬだろうと既に覚悟を決めてしまっているのをどう見たのかは、彼にも判断ができなかったが。
 イリスは凜々しく言った。

「……わかりました。もし生き残った場合、僕が玉座をいただきます。そして、彼女が許してくれるのならば、義姉上も僕がいただきます」
「……正気かい?」

 イリスはたしかにフレデリクよりも才能に恵まれ、もしもフレデリクが死んだとしても安心して玉座を任せられる人物だが。彼はまだ十三であり、コンスタンスが子供扱いをしても仕方がないように見えるが。
 それにイリスは「ふん」と鼻息を立てた。

「姉上とは五歳しか離れていません。今は受け入れられなくても、五年経ったらそうも言ってられなくなるでしょう」
「……そうかい。彼女が許してくれるのならば」
「はい」

 弟を末恐ろしく思いながらも、食事の際に無理矢理絨毯を引っ張って宮廷魔道士たちを転がした。食事休憩の際に厨房裏の使用人たちの服を漁ると、それを着て逃げ出したアンネとイリスを見送りながら、フレデリクは両親と共に命を削られ続けていた。
 漆黒の守護神。
 かつてはドラゴンから国を守った伝説のゴーレムは、ドラゴンがなりを潜めてしまった現代となっては、人の命を食らって起動しようとする魔族の配下と言われても遜色のない古代兵器。
 彼らの命が尽きる時、それが起動する。
 それに対抗できるものなんてある訳がないと、それでも民の前で捨て鉢にならないように勤めるのが、フレデリクたち残された王族の戦いであった。
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