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元令嬢と廃嫡王子
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神殿に辿り着いたとき、セレストを迎えてくれたのは真っ白な巫女装束に頭をベールで覆った女性だった。年は亡くなったサラとそこまで変わらないように見える。
「初めましてセレスト。私がこの神殿の巫女長になりますアイリーンと申します」
「初めましてアイリーン、私は……」
「実家と縁を切った上で神殿に入ったと伺いました。早速ですが、あなたに任せたい仕事があるのです」
「……はい?」
それにセレストはキョトンとした。
神殿で働くことを基本的に奉仕活動と言う。しかし神に本気で使える形で神殿にいる巫女はごく一部……それこそアイリーンのように巫女長に登り詰めるほどに奉仕活動に身を費やしている女性は数少なく、大昔には存在したとされる聖女のような奇跡の力を持ち合わせている巫女はもっと少ない……、ここは王都に伝手がなく王城で働くことができないような中流貴族の女性が礼儀作法を覚えるために入ることがほとんどだ。
セレストのように実家と縁を切った上で神殿に入る人間というのは、当然ながら少ない。
(実家と縁を切った人間じゃないとまずいってことは……まさか汚れ仕事?)
実家と縁を切ってない貴族令嬢は、当然ながら神殿にしばし奉仕活動させた上で実家に戻されて良縁先に嫁いだり、働き口を斡旋されて働きに出るため、神殿での出来事は大概彼女たちの実家に筒抜けになる。
その実家に知られるとまずい話がある場合は、当然ながら実家と縁の切れている巫女を使う。それにセレストはうっすらと汗を掻いた。
(神殿では呪われた人たちの世話は巫女がすると言うけれど……さすがに貴族令嬢たちにさせる訳にもいかないから、私に多めに任せるってことなのかしら……でもいったいどこに向かってるのかしら。神殿ってそもそも、地下ってあるの?)
セレストはアイリーンの歩みがおかしいことに気付いた。
まるで周りに見つからないように、だんだん巫女も神殿の下働きもいないような道を選んで進んでいき、地下の奥へ奥へと向かっていくのだ。最初は緩やかな坂だったせいでセレストも気付かなかったが、さすがに空の色が全くわからない場所に進んでいき、昔ながらの脂の焦げる照明の道だけを進んでいったら勘付く。
やがて、脂の焦げるにおい以外に、かぐわしい香りが漂ってくることに気付いた。
ラベンダー、ローズマリー、セージ、ウッドローズ。そしてむせかえるほどの濃く強いバラの香りを嗅いだ途端に、セレストは目を奪われた。
神殿の地下の最奥。なんの部屋かわからない場所には方陣が描かれ、古代文字で大量に書き込みの施された床が見えてくる。
むせかえるような匂いの中、大きな寝台……セレストの知っている限り、あれだけ大きなベッドは王立学園在学時代に王都観光をしたときですら、見たことがなかった。
そこに横たわっている人がいた。
白いシャツに白いスラックス。髪は脂の焦げる灯りで照らされている限り、銀糸のようだった。顔立ちといい、体つきといい、あまりにも簡素な格好にしては彫刻のように整い過ぎている。
「殿下、あなたのお世話係を連れてきました」
「……またか」
アイリーンに声をかけられた男は、温度のない声で毒づいた。そしてセレストは、アイリーンの言った言葉にぎょっとした。
「アイリーン様……今、なんと?」
「彼はマクシミリアン様……オグレイディ国の王子でした」
「でした、とは?」
アイリーンは「まさか……」と喉がひどく渇くのに気付いた。
カラカラと喉が渇き、ひどく火照るのを感じる中、マクシミリアンと呼ばれた元王子はのそりと寝台から起き上がった。瞳の色は朝焼けによく似た紫色を帯びていた。
「呪われた王子など、いなかったことにするしかなかろうよ?」
「……っ!」
それにアイリーンは悲鳴を上げそうになったが、飲み込んだ。
セレストが王立学園に通っている中、王子の呪いの話はおろか、表立って彼が病気のために廃嫡になったという話すら聞いたことがなかった。彼女がサラの介護に当たり、世間から隔絶されていた三年間の内に出回った話だったのだろう。
王族から呪われた者が出た。そんな話が嘘でも出回ろうものならば、たちまち王都が混乱に満ちることくらいはわかりきっていた。元々が王族はこの国に根付いた魔族を全滅させた勇者の血筋なのだから、そんな彼らすら呪われたとなったら、当然ながら王族に対する求心力は落ちる。
だとしたら、病気ということで廃嫡するしかないというのは、わかる話であった。
(でも……)
セレストが困惑したのは、マクシミリアンの様子であった。
彼のやや寛げた胸元といい、顔、首筋、鎖骨……どこを取っても健全な男性の体であり、呪いの兆候というものが全く見受けられない。
怪我をしている、熱を出ているというのはもちろんのこと、サラのようなゴルゴーンの呪いとも呼ばれるような石化の兆候も見当たらないし、いったいなにを差して彼は呪われたことにされているのだろうか。
「ああ、もうお目通り済みましたかー?」
セレストの困惑と考察をよそに、この場に全くそぐわない脳天気な声が入ってきた。
真っ白な神官服を着てはいるものの、着ているというよりも着せられているようにしか見えない、ガバガバ具合だった。顔は童顔で、亜麻色の髪をひとつにまとめているという、雑な印象が拭えなかった。
それにアイリーンが「ハーヴィー!」と悲鳴を上げた。
「殿下の前で失礼ですよ」
「失礼しましたー。では殿下、煎じてきた解毒薬ですよ。お飲みください」
「……解毒したところで、呪いが消える訳ではなかろう」
「そう拗ねたことおっしゃらずー」
彼が持ってきた解毒薬の匂いで、ようやっとセレストはこの部屋を漂っていた匂いの正体に気付いた。全て呪いを打ち消すための薬草の匂いだったのだ。薬草も煎じ方がまずいと途端に悪臭と化すが、きちんとした調合をした上で煎じれば素晴らしい香りになる。
ハーヴィーと呼ばれた青年は、どうもマクシミリアンの優秀な解呪士らしかった。
「初めましてセレスト。私がこの神殿の巫女長になりますアイリーンと申します」
「初めましてアイリーン、私は……」
「実家と縁を切った上で神殿に入ったと伺いました。早速ですが、あなたに任せたい仕事があるのです」
「……はい?」
それにセレストはキョトンとした。
神殿で働くことを基本的に奉仕活動と言う。しかし神に本気で使える形で神殿にいる巫女はごく一部……それこそアイリーンのように巫女長に登り詰めるほどに奉仕活動に身を費やしている女性は数少なく、大昔には存在したとされる聖女のような奇跡の力を持ち合わせている巫女はもっと少ない……、ここは王都に伝手がなく王城で働くことができないような中流貴族の女性が礼儀作法を覚えるために入ることがほとんどだ。
セレストのように実家と縁を切った上で神殿に入る人間というのは、当然ながら少ない。
(実家と縁を切った人間じゃないとまずいってことは……まさか汚れ仕事?)
実家と縁を切ってない貴族令嬢は、当然ながら神殿にしばし奉仕活動させた上で実家に戻されて良縁先に嫁いだり、働き口を斡旋されて働きに出るため、神殿での出来事は大概彼女たちの実家に筒抜けになる。
その実家に知られるとまずい話がある場合は、当然ながら実家と縁の切れている巫女を使う。それにセレストはうっすらと汗を掻いた。
(神殿では呪われた人たちの世話は巫女がすると言うけれど……さすがに貴族令嬢たちにさせる訳にもいかないから、私に多めに任せるってことなのかしら……でもいったいどこに向かってるのかしら。神殿ってそもそも、地下ってあるの?)
セレストはアイリーンの歩みがおかしいことに気付いた。
まるで周りに見つからないように、だんだん巫女も神殿の下働きもいないような道を選んで進んでいき、地下の奥へ奥へと向かっていくのだ。最初は緩やかな坂だったせいでセレストも気付かなかったが、さすがに空の色が全くわからない場所に進んでいき、昔ながらの脂の焦げる照明の道だけを進んでいったら勘付く。
やがて、脂の焦げるにおい以外に、かぐわしい香りが漂ってくることに気付いた。
ラベンダー、ローズマリー、セージ、ウッドローズ。そしてむせかえるほどの濃く強いバラの香りを嗅いだ途端に、セレストは目を奪われた。
神殿の地下の最奥。なんの部屋かわからない場所には方陣が描かれ、古代文字で大量に書き込みの施された床が見えてくる。
むせかえるような匂いの中、大きな寝台……セレストの知っている限り、あれだけ大きなベッドは王立学園在学時代に王都観光をしたときですら、見たことがなかった。
そこに横たわっている人がいた。
白いシャツに白いスラックス。髪は脂の焦げる灯りで照らされている限り、銀糸のようだった。顔立ちといい、体つきといい、あまりにも簡素な格好にしては彫刻のように整い過ぎている。
「殿下、あなたのお世話係を連れてきました」
「……またか」
アイリーンに声をかけられた男は、温度のない声で毒づいた。そしてセレストは、アイリーンの言った言葉にぎょっとした。
「アイリーン様……今、なんと?」
「彼はマクシミリアン様……オグレイディ国の王子でした」
「でした、とは?」
アイリーンは「まさか……」と喉がひどく渇くのに気付いた。
カラカラと喉が渇き、ひどく火照るのを感じる中、マクシミリアンと呼ばれた元王子はのそりと寝台から起き上がった。瞳の色は朝焼けによく似た紫色を帯びていた。
「呪われた王子など、いなかったことにするしかなかろうよ?」
「……っ!」
それにアイリーンは悲鳴を上げそうになったが、飲み込んだ。
セレストが王立学園に通っている中、王子の呪いの話はおろか、表立って彼が病気のために廃嫡になったという話すら聞いたことがなかった。彼女がサラの介護に当たり、世間から隔絶されていた三年間の内に出回った話だったのだろう。
王族から呪われた者が出た。そんな話が嘘でも出回ろうものならば、たちまち王都が混乱に満ちることくらいはわかりきっていた。元々が王族はこの国に根付いた魔族を全滅させた勇者の血筋なのだから、そんな彼らすら呪われたとなったら、当然ながら王族に対する求心力は落ちる。
だとしたら、病気ということで廃嫡するしかないというのは、わかる話であった。
(でも……)
セレストが困惑したのは、マクシミリアンの様子であった。
彼のやや寛げた胸元といい、顔、首筋、鎖骨……どこを取っても健全な男性の体であり、呪いの兆候というものが全く見受けられない。
怪我をしている、熱を出ているというのはもちろんのこと、サラのようなゴルゴーンの呪いとも呼ばれるような石化の兆候も見当たらないし、いったいなにを差して彼は呪われたことにされているのだろうか。
「ああ、もうお目通り済みましたかー?」
セレストの困惑と考察をよそに、この場に全くそぐわない脳天気な声が入ってきた。
真っ白な神官服を着てはいるものの、着ているというよりも着せられているようにしか見えない、ガバガバ具合だった。顔は童顔で、亜麻色の髪をひとつにまとめているという、雑な印象が拭えなかった。
それにアイリーンが「ハーヴィー!」と悲鳴を上げた。
「殿下の前で失礼ですよ」
「失礼しましたー。では殿下、煎じてきた解毒薬ですよ。お飲みください」
「……解毒したところで、呪いが消える訳ではなかろう」
「そう拗ねたことおっしゃらずー」
彼が持ってきた解毒薬の匂いで、ようやっとセレストはこの部屋を漂っていた匂いの正体に気付いた。全て呪いを打ち消すための薬草の匂いだったのだ。薬草も煎じ方がまずいと途端に悪臭と化すが、きちんとした調合をした上で煎じれば素晴らしい香りになる。
ハーヴィーと呼ばれた青年は、どうもマクシミリアンの優秀な解呪士らしかった。
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