用済み令嬢は廃嫡王子に愛される

石田空

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廃嫡王子と呪いの刻印

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 マクシミリアンはハーヴィーに用意された解毒薬を飲んだあと、すぐに横たわってしまった。そのままピクリとも動かなくなったことに、セレストはハラハラする。

「あのう……殿下はいったいなんの呪いに当てられて……?」
「殿下が廃嫡された経緯に、彼に発症した呪い。どうしても長い話になってしまいますが……」

 アイリーンに言われ、セレストは彼に視線を落とす。
 マクシミリアンは口を開くと苛立って毒しか吐き出さなかったが、黙って横たわる姿は驚くほど整っていた。

(こんなに綺麗な人が、廃嫡されるほどひどい呪いにかかっているなんて……でも。王族が呪い……?)

 そんなことがあるんだろうか、とセレストは疑問に思った。
 元々この国の王族は、かつて魔族に制圧されていたこの国を平らかに治めた勇者の末裔のはずだ。そんな魔族に強いはずの勇者の末裔がかかる呪いなんてあり得るんだろうか。
 セレストがそんなことを疑問に思っている中、ハーヴィーが「ハハハ」と笑った。

「どうも魔族が強過ぎたせいで、呪いのメカニズムの解析もずいぶんと遅れちゃったんですよねえ。この国の開祖に勇者と聖女がいたおかげで呪いの解析が進んだんですけど……これを発表すると困る人が多過ぎたせいで、呪い関連は全て神殿に丸投げされちゃってねえ……おかげで呪いをひた隠しにして死ぬ人が多過ぎるんですよねえ。困った困った」
「ハーヴィー。もう少し言い方を考えなさいな。彼女は」
「ええ、ええ。存じておりますよ。サラ様といえば立派な踊り子であらした。そんな方が足から呪われて死に至るなんて、そんなひどい死に方したなんて」

 ハーヴィーの言葉に、セレストは驚いて彼を見た。

「……呪いって、結局なんなんですか? どうして……お義母様は死ななければならなかったんですか? それに、殿下は……」
「まあまあ。とりあえず、最初はなにから説明すればいいですかねえ。建国伝説から話すとなったら、本当に無茶苦茶長い話になっちゃうんですけど」
「ハーヴィー。要点だけ説明なさい……とは言うのは簡単ですが、なにがわからないかわからないと説明もままなりませんね。では最初に、呪いの正体ですが」

 アイリーンが答えようとすると、ハーヴィーは混ぜっ返す。

「でもいきなり呪いの正体なんて言ったら、普通は混乱しますよ? 先に魔族の話をしたほうがよくないですか?」
「……それでは結局建国伝説から語らなくてはいけませんが。まあ、仕方ありませんね」

 呪いの正体を聞こうとしたら、何故か建国伝説から語られることになってしまった。
 そうは言えども、建国伝説なんてオグレイディ国に住んでいたらほとんどの人間は知っている話である。

「魔族に制圧されていたこの国を勇者が平らかにして、魔族も魔王も滅ぼした……という話ですよね? それでも助けられた国民は皆魔族の隷属の呪いをかけられていたから、聖女が呪いを封印するしかなかったと」
「はいはい。一応表向きはそうなってますねえ。でもまあ、呪いが二種類あったって話は、表では語られてましたっけ?」
「ええっと?」

 呪いが二種類。そうハーヴィーに言われて、セレストは助けを求めるようにアイリーンに視線を向ける。アイリーンは呆れた顔で「ハーヴィー」と声を上げた。

「……呪いですが、魔族の隷属の呪いの他にもうひとつ。魔王の呪いというものが存在しています。勇者は多くの魔族を倒し、魔王を討伐したことで、大陸中で謎だった魔族の正体や彼らの持つ呪いの研究に着手することができました。聖女や神官、解呪士などが総動員で研究が進められ、呪いの正体と魔族の正体が判明したんです」
「……魔族の正体ですか」
「ええ。聖女が隷属の呪いをかけられた人々を解呪できずに封印だけしたと言いましたね? できる訳がないんですよ。魔族は生まれるものではなく、魔族はなるものだと判明したんですからね」
「……え?」

 途端にセレストは肌が粟立つのを感じた。
 今まで、建国伝説は勇者が魔王を倒したものと簡単に思っていたが、現実はもっと込み入ったものだったのだ。
 アイリーンは淡々と続けた。

「隷属の呪いは、本来は魔族に服従するものではありません。魔王に服従するものです。魔王が命令を発したら最後、隷属の呪いをかけられた人々は一斉に魔族に転じます。その呪いはマナのレベルで施されていて、とてもじゃありませんが人間の解呪士では解呪不可能な代物で、聖女であっても呪いが表に出ないように封印に留めること以外できませんでした」

 この世界の人間は全てマナから生まれている。そのマナレベルから呪われ、魔族になってしまう因子を持たされているとなったら、たしかにもうこんなものを解呪できるのは人間では無理だ。神でも呼ばない限り、マナの解呪なんてできる訳もない。
 だが。この話に一点疑問が生まれた。セレストは尋ねる。

「なら……魔王は? 建国伝説の上でも、魔王が滅ぼされたとは出てないんですけれど」
「ええ。隷属の呪いは魔王がいなければ成立しません。魔王も魔族と同じく、魔王として生まれるのではなく、魔王になるものなんですよ。そして殿下ですが」

 眠って横たわる彼は、アイリーンやハーヴィーが熱心にセレストに教育を施していてもなお、目覚める気配がない。
 どこが呪われているのか、セレストではぱっと見わからなかったが、ハーヴィーが彼の銀糸の髪に触れると、前髪を掻き分けたのだ。

「あ……」

 そこには一本の線が存在した。うっすらと産毛が生えているそれは、閉じた目にも見えた。その産毛をハーヴィーは撫でる。

「殿下にはうん十年ぶりに魔王の呪いが発症してねえ……解呪士が何十人束になっても、未だに呪いを解呪する術がないんですよねえ。だからと言って、今代は聖女もいないんで、封印することもできない。だから皆で頑張って殿下のお世話をして、呪いがこれ以上深まらないように塞き止めること以外できないんですよねえ」
「ま、魔王……!?」
「はい、怖がるの禁止ー」

 ハーヴィーにあっさりと言われ、思わずセレストは口元を手で押さえた。ハーヴィーは「うんうん」と頷く。

「魔王の呪いの解呪方法は未だに不明なんですけどねえ。呪いを深化させる方法も抑える方法ももう確立してるんですよね。魔王の呪いは恐怖や畏怖によって深化し、発症者を魔王に至らせるけれど。愛を与え続ければ呪いは抑えられます」

 それは建国伝説以前から、漠然と言われている解呪方法であった。
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