用済み令嬢は廃嫡王子に愛される

石田空

文字の大きさ
7 / 14

亡き義母の形見

しおりを挟む
 その話を聞き、「そういえば」とセレストは自身の荷物を漁った。
 サラからもらったものについて、なにも聞いていなかったのだ。

「……私の亡き義母が、これを渡したら神殿は無下にはしないと言われたんですが……」

 形見の品である譜面は、音楽の知識に乏しいセレストではなにがなんだかわからないものであり、神殿に見せればいいとだけ教わっていたが。
 それを見せた途端にアイリーンは言葉を失い、逆にハーヴィーは「ああ!」と目を輝かせた。

「すごいよ、これ! 失われた聖女の歌の譜面だ! 一部分は今でも賛美歌として神殿で歌われているけれど、半分以上は消失していたからねえ!」
「……なんでそんなものを、義母は持っていたんでしょうか?」
「サラ様はたしか、娼館出身だったよねえ?」
「はい」
「娼館には、魔族を産んだからという理由で捨てられた人々が大勢いたからねえ……」

 魔族の隷属の呪いは、魔王に隷属の呪いだと聞いた。彼女たちがその呪いを受けて魔族を増やし続けていたのだとしたら、増やしたくないものを増やし続けた挙げ句に国から見放されてしまったのだから、気の毒としか言いようがなかったが。
 それにアイリーンが「ハーヴィー、言い方をもう少し考えなさい」と咎めてから、言葉を続けた。

「……神殿側もずっと娼館に送られた女性たちのケアをずっと続けてきました。そんな彼女たちにかけられた呪いを封印するために、当時の聖女様も尽力なさったのです。娼館は今も昔も、芸事ができる方が大勢いらっしゃいましたから、彼女の歌を譜面として残せる方もいらっしゃったのでしょうね。おかげで娼館は今でも聖女様の歌のおかげで、呪いを自力解呪できる方々が大勢いらっしゃいます」
「そうだったんですか……」
「でもこれだけ長い譜面は初めて見ましたよぉ。これ、さすがに形見ですから取り上げることはしません。たた写し取って研究してもいいですかねえ?」
「ええ……どうぞ。あのう」

 セレストはおずおずとアイリーンに尋ねた。

「なんですか?」
「……殿下にこの歌を歌ったら、彼のためになりますか?」
「ええ。殿下は普段、呪いの深化を抑えるために、ストレスを溜めぬように寝てばかりですが。寝過ぎたら寝られませんからね。そのせいでまたストレスを溜めるという悪循環が発生してらっしゃいます。どうか歌ってあげてください」
「わかりました。ありがとうございます。あのう」
「まだなにか?」
「……すみません、私は譜面が読めません。読み方を教わってもよろしいですか?」
「……もちろんです」

 こうして、神殿に到着してからセレストが最初にしたことは、神殿の案内に、自分の仕事を覚えること、そして巫女長直々に譜面の読み方と歌い方を教わることだったのだ。

****

 セレストは久々にまともにベッドに横たわることができた。
 この三年間はサラの介護のために、彼女の近くにいなくてはいけなくて椅子で寝ることが多く、満足に眠ることができなかった。
 神殿のベッドは貴族のものと比べると硬くて寝づらいものだったが、横になることすら稀だった三年間を思えば、横になれるだけで満足だった。
 セレストは今日一日のことを思う。
 いきなり家を追い出されて神殿に入れられた以上、前と同じく呪われた人々の世話をするのだろうと覚悟を決めていた。しかし蓋を開けてみれば、様子が違う。
 続いて廃嫡されてしまったマクシミリアンについて思いを馳せた。美しい容姿であったが、全身から怒りが滲み出た人。王子として大切に育てられていたのが一転して呪われた人間、魔王になるかもしれないおぞましい存在として城を追われた彼の怒りや絶望は、義母の呪いが発症してからどんどん人が周りから消えていったセレストではなかなか想像だにできなかった。セレストのように諦観の念を持っていなかったからこそ、あれだけ激しく怒り、恨むことができるのだろう。マクシミリアンは存外苛烈な人だと、セレストは思った。
 明日から彼の世話をしなければならないと思うと、身が竦んだが。

(でも……私の居場所はもうここにしかないから……お義母様の歌がどこまで届くのかはわからないけれど)

 セレストはせいぜい王立学園の音楽の授業でくらいしか歌ったことがなく、アイリーンから譜面の読み方を教わってなんとか歌えるようになったが、その聖女の歌でどれだけ彼の怒りを冷ますことができるのかは不明瞭だ。

(頑張ろう。私にはそれしかないから)

 セレストはそう祈るような思いで眠りに付いた。
 久々に彼女は、夢すら見る暇もなく、ぐっすりと眠ったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇帝陛下!私はただの専属給仕です!

mock
恋愛
食に関してうるさいリーネ国皇帝陛下のカーブス陛下。 戦いには全く興味なく、美味しい食べ物を食べる事が唯一の幸せ。 ただ、気に入らないとすぐ解雇されるシェフ等の世界に投げ込まれた私、マール。 胃袋を掴む中で…陛下と過ごす毎日が楽しく徐々に恋心が…。

真面目な王子様と私の話

谷絵 ちぐり
恋愛
 婚約者として王子と顔合わせをした時に自分が小説の世界に転生したと気づいたエレーナ。  小説の中での自分の役どころは、婚約解消されてしまう台詞がたった一言の令嬢だった。  真面目で堅物と評される王子に小説通り婚約解消されることを信じて可もなく不可もなくな関係をエレーナは築こうとするが…。 ※Rシーンはあっさりです。 ※別サイトにも掲載しています。

公爵令嬢のひとりごと

鬼ヶ咲あちたん
ファンタジー
城下町へ視察にいった王太子シメオンは、食堂の看板娘コレットがひたむきに働く姿に目を奪われる。それ以来、事あるごとに婚約者である公爵令嬢ロザリーを貶すようになった。「君はもっとコレットを見習ったほうがいい」そんな日々にうんざりしたロザリーのひとりごと。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

【百合】Liebe

南條 綾
キャラ文芸
人と一線引いた少女のお話 あの時あなたを助けた時から気になった。 あなたにあって私の景色が色が付いた

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

キズモノ令嬢絶賛発情中♡~乙女ゲームのモブ、ヒロイン・悪役令嬢を押しのけ主役になりあがる

青の雀
恋愛
侯爵令嬢ミッシェル・アインシュタインには、れっきとした婚約者がいるにもかかわらず、ある日、突然、婚約破棄されてしまう そのショックで、発熱の上、寝込んでしまったのだが、その間に夢の中でこの世界は前世遊んでいた乙女ゲームの世界だときづいてしまう ただ、残念ながら、乙女ゲームのヒロインでもなく、悪役令嬢でもないセリフもなければ、端役でもない記憶の片隅にもとどめ置かれない完全なるモブとして転生したことに気づいてしまう 婚約者だった相手は、ヒロインに恋をし、それも攻略対象者でもないのに、勝手にヒロインに恋をして、そのためにミッシェルが邪魔になり、捨てたのだ 悲しみのあまり、ミッシェルは神に祈る「どうか、神様、モブでも女の幸せを下さい」 ミッシェルのカラダが一瞬、光に包まれ、以来、いつでもどこでも発情しっぱなしになり攻略対象者はミッシェルのフェロモンにイチコロになるという話になる予定 番外編は、前世記憶持ちの悪役令嬢とコラボしました

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

処理中です...