用済み令嬢は廃嫡王子に愛される

石田空

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元令嬢と廃嫡王子の食事

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 神殿について一日目の朝。
 その日の食事をセレストはマクシミリアンに運ぶこととなった。
 ミルク粥に果物。王族を思えばだいぶ質素なものだが、セレストからしてみれば、母の介護生活中にまともに食べられたことがなかったため、だいぶごちそうに思えた。
 ハーヴィーの解毒薬のせいでコンコンと眠り続けていたマクシミリアンも、朝になったら起き上がって、窓の外を睨み付けているようだった。その横顔はひどく美しく思えた。

「殿下、失礼します」

 マクシミリアンはちらりとセレストを見た。

「食事お持ちしました。そちらのテーブルに置きますね」
「……どうして」
「はい?」
「どうしてその手はそこまで荒れている?」

 それにセレストは自分の手を見た。
 三年間、彼女は自分の手のケアをしている暇なんてなかった。貴族令嬢であったら最低限されているような油脂を塗り肌を綺麗に保つことなど、常にタオルを絞り、身動きの取れないサラの面倒を見続けたセレストにはできないことだった。

(昨日は指摘しなかった癖に……)

 セレストは途端に気恥ずかしくなり、食事をテーブルに置くと、手を背中に隠してしまった。

「申し訳ございません。次回からは手袋を着けてきます」
「必要ない……すまなかった」
「……はい?」
「手を気を付ける暇がなかったのだろう?」

 それにセレストは驚いて目を見張った。
 マクシミリアンがひと目見て、セレストが手の手入れができないと見抜くとは思ってもいなかったのだ。

「どうしてそれを……」
「最初は気に食わなかったよ。どこぞから寄付金の高い女でも宛がう気かと。だが、寄付金高い女がこんなところに入れられる訳もなく、ましてや僕の世話役なんて無理だったな……家は?」
「……妹が婿を取って継ぐそうです」
「そうか。名前はなんという?」
「……妹の名前ですか?」
「君の名前だ」

 セレストは手を見せた途端に態度が軟化したマクシミリアンに戸惑った。
 父はサラが呪われた途端に逃げおおせてしまったし、葬式の時まで一度も顔を見せることはなかった。ライラは彼女の婚約者だったアーロンを奪ってしまったし、アーロンはセレストが呪われたサラの世話をしていたら、「捨てろ」の一点張りだった。
 人がひとり呪われただけで、こうも人間は変わってしまうのかと思っていたが。マクシミリアンの態度が変わったのは、自分と同じく呪いのせいで苦労したせいなんだろうか。

「……もう帰る家はありません。ただのセレストとだけ覚えてくださいませ」
「そうか、セレスト。僕も既に廃嫡された身だ。殿下と呼ぶ必要はない」
「では、なんと?」
「マクシミリオン。それでいい」
「……マクシミリオン様」
「本当は様もいらないが」

 そう言ったが、セレストは三年間で人の心変わりをさんざん見てきた反動で、人の情に飢えていたとようやく思い知らされた。
 彼が声をかけてくれた。それだけで少しだけ心が温かくなることを隠すことができなくなった。

「そこで食べるといい」
「……ありがとうございます」

 セレストはおずおずとマクシミリアンに勧められた席に浅く腰かけると、ふたりで静かに食事を食べはじめた。
 マクシミリアンの食事の動きは綺麗で、その上比較的よく食べる。

(この方はどうして、呪われているのかしら……呪いに理由なんてないんでしょうけど)

 セレストはそう思わずにはいられなかった。マクシミリアンは彼女の不躾な視線に気付いたのか、少しだけ口元を緩めた。

「どうしてここにいるのか、不思議で仕方ないという顔だな?」
「……申し訳ございません」
「別にいい。どうして王侯貴族は呪いを隠すようになったか知っているか?」
「……廃嫡や領地剥奪を免れるためと伺いましたが」
「もちろんそれもある。だが一番の理由は、相手に陥れられないためだ」
「それは」
「あいつは呪われている。そのひと言だけで、呪われていようがいまいが、言われたほうの信用は地に落ちる」

 そう淡々と言うマクシミリアンに、セレストは「まさか……」と言った。

「……まさかマクシミリアン様のそれは、嘘から出た誠、ということですか?」
「そうなるな」

 魔王の呪いを甘く見たどこかの誰かが、彼の廃嫡狙いで彼が呪われていると告発した。それで神官に確認させてみたら、隷属の呪いどころか魔王の呪いにかかっていて阿鼻叫喚。廃嫡どころの問題じゃなくなったというのが真相だろうか。あくまでセレストの憶測に過ぎないが。
 マクシミリアンは自嘲気味に口元を歪めた。
 端正な顔つきなのだ、本来はもっと自然に笑えただろうが。だが、人は感情を叩き落とされたことが一度でもあれば、笑顔に陰りが帯びるのもまたしかり。

「僕が魔王として覚醒するかどうかは、神殿側にも不明瞭なんだそうだ。僕自身も魔王として目覚めるっていう自覚はないからな」
「それは……」
「君が世話をしろと言われたのはこういう男だ。どうする? 怖いというのなら、ハーヴィーあたりにでも掛け合うが」

 言い方が露悪的なのに、セレストは考え込んだ。

(この人、私の手を見て、私が家で受けた仕打ちに気付いたから、巻き込まないように世話役を外そうとしている? それだとまるで……)

 まるで自分が覚醒するのを受け入れているように思える。
 セレストはきゅっと唇を結んだ。

「私に帰る場所はもうありません。どうかマクシミリアン様の傍に置いてください」
「僕を利用するのか?」
「……利用はしません。お世話は致しますが」
「そうか」

 その日、久々に食べたまともな朝食だったはずだが、セレストは結局ミルク粥の味を思い出せなかった。
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