用済み令嬢は廃嫡王子に愛される

石田空

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夜明けを目指して

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 ハーヴィーの言葉に、セレストは目を見開いた。

「……勇者がこの国をつくったのは、貴族に持ち上げられてと聞きましたが。勇者と聖女と旅をしていた面々は、皆大陸に?」
「ええ。この国から離れました。魔族の研究をしたいと伝えたら、貴族たちも聖女の行く末を口外しないことを条件に出されたようですね。ですが、他大陸でも、未だに魔王の呪いの解呪に成功した例はありませんが……どうなさいますか?」

 セレストは考えた。

(もう、私にはなにも残されてない。大したことはできないし、なにもないからこそ、マクシミリアン様のお世話係になった……あの方は私にだけは少しだけ優しい……他大陸に渡れば、まだできることがあるのでは?)

 既に勇者が冒険していた頃とはなにもかもが違う。
 昔は存在していたとされる、各地に冒険者を募って仕事の斡旋していたような冒険者ギルドは存在せず、せいぜい考古学ギルドや商人ギルドが点在するばかり。
 国や貴族により、呪いだって神殿に運ぶこともされずに放置されてばかり。
 その代わり、各地に騎士団が発足され、他大陸に移動するまでは安全に旅ができるようになったはずだ。
 しばらく考えてから、セレストは尋ねる。

「マクシミリアン様が神殿から出ては、神殿に迷惑をかけませんか?」
「そうですねえ。その辺りはアイリーンさんに頑張ってもらいましょうか。あの方が巫女長でよかった。うちの神官長を黙らせることのできる唯一の方ですから」
「……一応確認しますが、神官長様のお考えは……」
「あの人もかーなり難しい立場ですよ。神殿としては、きちんと呪いの正体を公表した上で、呪いの発症者は身分問わずに神殿に来てほしいんですが、神殿の経営も貴族の寄付によって賄われているものが大半です。平民の信者たちの寄付だけじゃ、ここは成り立たないんですよ」
「なるほど……」

 貴族ほど因習に振り回され、どうにかその中で行動しようとするものはいない。それをセレストは身を持って知っているため、なんとも言えなかった。
 神殿も経営に大量に運び込まれる発症者たちの介護を思ったら、貴族たちの寄付は切って離せぬものだったのだろうと。

「……なにからなにまで、ありがとうございます。私、マクシミリアン様と相談して、行ってみようと思います」
「そりゃよかった」

 ハーヴィーはニコリと笑った。

「殿下、元々が真っ当が過ぎるからこそ、怒り狂って自ら魔王に堕ちようとしている方だから。それが引き戻せる人に会えてよかったですよ」
「……私、出会ったばかりでまだ、なにもしてはいません」
「知ってます? 人って理由がないと意外と走れないんです。自分の立場や環境に不平不満を言いながらその場にとどまっているのがほとんどですから」

 それにセレストはなんとも言えない顔になった。
 そもそも彼女は、既に我が身ひとつしか抱えられるものがない。失って困るものがそれしかないのだから。
 ハーヴィーはにやにや笑いながら続けた。

「しょうもない理由でもね、走れる人に見つけてもらえた。殿下は幸運なんですよ」
「……そう、だといいんですが」

 それだけ言って、セレストはマクシミリアンの朝食を取りに行った。
 きっとベッドから逃げ出したことを怒るだろうし、旅に出ようなんて突飛なことを言い出したらもっと怒るだろうと思いながら。

****

 地下のマクシミリアンの部屋に朝食を持っていくと、彼はベッドに膝を立てて座りながら、明後日の方向を見ていた。

「失礼します……朝食お持ちしました」
「ずいぶんと機嫌がいいね。僕から離れられたから?」
「そんな意地の悪いことは考えていません。あなたを助ける術について、ハーヴィー様と考えていただけです」
「僕を助ける?」

 マクシミリアンの表情は途端に歪んだ。それにセレストがあまり恐怖を覚えないのは、三年もの間、呪いのせいで半狂乱になったサラの暴力を一身に浴び続けた弊害だろう……セレストには自覚があまりないが、彼女自身も魔王候補のお世話役になって恐怖を覚えない程度には、心の柔い部分がすっかりと削げ落ちてしまっている。
 セレストは頷いた。

「はい。他大陸では、魔族の研究が進んでらっしゃると伺いました……神殿では、呪いの対処まではできても、聖女のように呪いの因子を封印することも、奇跡の力で呪いを完全に解呪することもできないと」
「今代、聖女はいない。それは他大陸でも同じはずだ」
「ですが。研究が進んでますし、呪いに対する偏見もないと伺っています。それならば……試してみる価値はございませんか?」

 マクシミリアンはきゅっと唇を噛んだ。

「……僕は既に廃嫡された身だ。魔王にでもならない限り、僕は君になにも与えることはできない。僕はなにも持ってはいないのだから」
「あら奇遇ですね。私も今後生大事に持ち歩いているのは己の身ひとつですよ。マクシミリアン様とお揃いですね」
「君は僕を助けて、なんの価値がある?」
「理由なんてございません」

 ハーヴィーが先程言っていたことだった。セレストは、崇高な動機や展望なんてない。しょうもない理由どころか、理由なんてものすら持ち合わせていない。
 ただ、マクシミリアンを助けたいと思っただけだった。
 マクシミリアンは少しだけ驚いて、彼女をまじまじと見た。セレストは苦労に苦労を重ね、神殿に入るまでまともに眠れていなかったせいで、肉は不自然に削げ落ちてしまっていた。この年頃の女性ならば、もう少し頬がふっくらと柔らかそうなのに、セレストはとげとげとした雰囲気を醸し出している。
 だが、なぜか彼女は発光している。それは理不尽な目に合っても己を卑下しなかったせいなのか、無理矢理いろんなものを奪われ続けてもなお立ち続けた矜持なのか。
 それは磨かれてない宝玉の原石のようで好ましい。

「そう。なら賭けをしようか」
「……賭け、ですか?」
「君が僕の呪いを解けたら、僕は残っているもの全てを使って君が奪われたものを取り戻してあげる。でももし、君が頑張ってなお、僕の呪いが完成したら……そのとき、君は魔王の花嫁になってくれないかな?」
「……どちらにしても、あなたは私を離す気がないのでは?」
「そうだね、そうかもしれない。君の持っている宝玉が金剛石なのか、黒曜石なのか、わからないから。どちらなのか見届けさせてほしい」

 セレストはそれに少しだけ目を丸く見開いた。


 用が済んだからと神殿に送られてしまい、貴族としての地位も立場も失ってしまったセレスト。
 魔王の呪いにより、呪いの深化により魔王になることを受け入れてしまったマクシミリアン。
 賭けがどちらが勝つのかは、大陸を移動するまでを待たないといけない。

<了>
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