うちのAIが転生させてくれたので異世界で静かに暮らそうと思ったが、外野がうるさいので自重を捨ててやった。

藍染 迅

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第57話 封印するなら一番に「舌」にするニャ

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 俺とビリー・ジーンは、マンションの一室にいた。一瞬、長い夢から目覚めたのかと思った。
 そこは転生する前に俺が生活していたマンションそのままであった。

「クゥーン」

 しかし、こいつらがいる。マンションの部屋でシルバー・ウルフなんて肉食動物を飼った覚えはない。動物じゃなくてモンスターだけど。

「これは……」

 不安そうなビリー・ジーンの顔を見て、俺は逆に冷静になった。
 何がどうあれ、俺たちが生きていることに間違いはない。そこを疑ってしまっては、何も考えられなくなる。

「一遍、落ち着こうか?」

 俺はそう言って、お茶を入れることにした。
 元の「あの部屋」に戻ったとは思わないが、まったく同じに見えるなら同じように使えるかもしれない。

 電気ポットに水を入れ、電源を入れて湯を沸かす。後始末が面倒だから、インスタントコーヒーで良いわ。
 マグカップに顆粒のコーヒーをさりさりと入れ、湯が沸くのを待つ。

 俺がマイペースであることが伝わり若干安心したのだろう。ビリーとジーンは俺の足元で寝そべっている。
 だが、ピーピーと甲高い音を立てた電気ポットに驚き、ジタバタと床に足を滑らせた。

 ウチは敷物が無かったからね。

 ポンポンと2人の頭を叩いてやってから、マグカップに湯を注ぎ、ティースプーンでゆっくりかき混ぜる。
 熱々のインスタントコーヒーをふうふう言いながら音を立てて啜り、はあと息を吐いた。

「さて、これはどういう状況かなあ?」

 エンペラー・皇帝ペンギンの逆襲に遭い、巨大氷柱つららに襲われた。うん。
 氷柱は砕け、俺は衝撃波に襲われて塹壕の壁に叩き付けられた。はい。
 鎖骨と肋骨を少々、折りました。そうでした。

 ナノマシンのお陰で痛みはなく、現在、絶賛回復中です。

 でも、まだ手探りで継ぎ目がわかるね。確かに折れたことに間違いない。

 服がよれよれだし。

 塹壕の通路を氷津波が襲い掛かって来た。その通り。
 そうしたら、走馬灯ぐーるぐるで足元に黒い影。俺はビリー・ジーンを抱いて……。

 ちょっと待って。プレイバック、プレイバック!

 あの時死を覚悟したら時が停まったんだよね。俺の感覚としては。
 動かない世界の中で、足元に開いた「黒い影の円陣」。

 俺はそこに飛び込んだんだ。

 で、現在に至ると。ふーむ……。

「アリスさん、いる~?」
『いるもいないも、ナノマシンが仕事をしている以上、キミたちがいてボクがいる。南無アリス、偏照金剛』
「おお、いた~!」
『九州の地方自治体には用が無いニャ』

 アリスさんは異常事態でもマイペースだね。安心するわ。

「アリスさん、俺、迷子になっちゃったみたいなんだけど」
『確かにあっちの本体と連絡が付かなくなっているニャ』
「うん? 本体って?」
『美形ネコ型ロボットの方ニャ。今しゃべっているのはトーメー寄生チームニャ』

 寄生って。何か気持ち悪い。

「それじゃあ、本体側と連絡が遮断されているってことか。アンテナ立たないのね?」
『完全に圏外ニャ』
 
 うーん。一瞬で遠隔地に移動するわけないもんね。

「それじゃああれか。ここはダンジョン?」
『見た目はしょぼいニャが、そう考えるのが妥当ニャ』

 しょぼいとか言いなさんな。これとそっくりのところで晩年を過ごしたんだからさ。

「へえ、増田、いる~?」

 しーん。

「ダン・マスはいないみたいだね。増田もあっち側の石の中か」
『これはきっとあれニャ。トーメーがダン・マス・パワーに目覚めたニャ』

 やっぱりそういうことになりますかね? ビリー・ジーンをテイムした時に思うところはあったのよね。
 手応えというかつながりというかね。そういうものを従魔と感じるという。

「命の危機に直面して、眠っていた潜在能力に目覚めるって奴かな? お、俺の左手に封印せし黒龍がァ~って」
『封印するなら一番に「舌」にするニャ』

 ご飯が食べられなくなりますよ?

「さて、どうしたもんかね。元のダンジョンに戻るのが良いんだろうね?」
『アリスにゃん本体はあっちにいるニャから、合流するのが良さそうニャ』
「こっちのアリスさんがそう言うってことは向こうのアリスさんもそれを期待しているってことだね」

 ああ、ややこしい。早いこと、あっちに戻った方が良いね。さて、どうする?

「あー、俺の能力でここに来たということは、ここは俺が作ったダンジョンということだよね?」
『その可能性が高いニャ』
「地上に向けて出口を作れば良いわけだ。どうやって?」
『入る時はどうやったニャ?』

 あの時は、生命の危機だったからなあ。俺をかばって居残ったビリー・ジーンを見て、こいつらを何とか助けなきゃって思ったんだよねえ。

 そうしたら、黒い円陣が現れた。

「そうか。BJを守ろうって言うのはダン・マスとしての責任でもある。それを強く意識したからダンジョンが出せたのかもね」
「なるほどニャ。単に死に物狂いで逃げ道ができたというよりはカッコ良い説明ニャ」
「ダン・マスとしてのシチュエーションを再現したら、能力を発揮できるかもね」

 俺達が最初のダンジョンを攻略した時、増田はダン・マスとして俺達を地上に送ってくれた。

「よし!」

 おれは空になったマグカップを逆さにして床に置いた。

「ビリー! こいつを叩き壊してくれ」
「ぐる?」
「良いか、こいつはこのダンジョンのラスボスだ。こいつを倒せば地上に戻れる・・・・・・ぞ」

 首を傾げたビリーだったが、マスターである俺の命令を聞いて前足を持ち上げると、ダンとマグカップを叩き潰した。

 途端に俺の中には何とも言えない喪失感が溢れた。俺はその感情の波に押し流されながら、ダン・マスとしての能力を行使して命令した。

「ダンジョン・オープン!」

 マンションの壁が歪み、床がググっとせり上がってきた。突き上げるような衝撃と共に俺達は闇を通って光の中に現れた。

『地上への帰還を確認したニャ』

 本体との接続を検知したのであろう。分身アリスの声が脳内に響いた。

「どうやら本当に『ダン・マス』スキルが生えたみたいだな」

 俺はBJを引き連れてアリス達の許へ歩き出した。

「アリスさん、ただいま」
「ふむ。いまわの際にスキルを獲得するとは往生際の悪いジジイにゃ」

 アリスさんはあいさつ代わりにいつもの毒舌を俺にぶつけてきた。

「いやいや、アリスさん抜きで往生するわけにはいかないっしょ?」
「それで成仏がかなうのであれば文句は言わないニャ。いつでも浄土にどうじょニャ」

 分身と通信が復活したアリスさんは、俺が体験したダンジョン空間について知識を共有している。

「しかし、あれが俺のダンジョンだとすると随分変わってるね」
「どうみても生前のジジイ部屋ニャ」

 何だよ、ジジイ部屋って? そんな部屋はないぞ。風呂付1Kと言って下さい。

「ともかく前世の住処が再現されたことに間違いない。何だってそんなことになったかって話だよ」
「生き残るためにとにかく『死ぬという現実』から逃避した結果、元の部屋に逃げ込んだんじゃニャいか?」
「あの部屋が『現実逃避の象徴』だってこと? それも悲しいなあ」

 別に「逃げた」つもりであの部屋に住んでたわけじゃないんだよね。引き籠ってはいたけれど。
 それを世間では現実逃避って言うの? あらそうなの?

「それは置いといて。俺のダンジョンて1Kでお終いなのかな?」
「ふーん。それはおいおい研究すれば良いニャ」
「そうだな。先ずは目の前のダンジョンをちゃっちゃと攻略しちゃいますか」

 巨大氷柱はエンペラー・皇帝ペンギンの最後っ屁みたいなもので、後は魔力切れでかっすかすだったらしい。
 肉弾戦でストーン5に畳まれてしまったそうだ。うーん、物理最強!

 エンペラー・皇帝ペンギンがフロア・ボス扱いで、第3階層への入り口が開いたそうだ。助かるね。
 ついでに宝箱が出た? まだ開けてない?

 それは楽しみですな。箱の中身は何じゃろな?

 例によって爆弾処理班ことストーン5に開けてもらったところ、「高級燕尾服一式」が出てきた。

「アリスさん、これはちょっと苦しいと思います」
「『つばめ』って言ってしまってるからニャあ」

 ペンギン服ってのがあればぴったりだったけれど。

 なお、ボランティアとして名乗りを上げてくれたダイヤマンと戦列復帰したコビ1による試着の結果、このドロップ品はサイズ自動調整機構が内蔵されているので、誰が着てもピッタリだった。

 やったね! これで急な結婚式でも慌てずに済むよ。……。
 はい、売却決定――!
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