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第1章 少年立志編
第5話 ステファノの真価。
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「こいつぁー……」
唸り込むとダールは、御者台の下の道具箱を開けに戻ってきた。
「どうして気付いた?」
ステファノに尋ねる勢いはむしろ鋭い。
「馬の足音が変わったと思って――」
「おめえ、そりゃあ……」
一瞬目を丸くしたダールであったが、金槌を手に急いで馬の許へ向かった。
足元から槌の音が響く。
「ほんの気持ち、蹄鉄が緩んでやがる」
悔しそうにも聞こえる声で、ダールが溢した。
「出発前に俺が見つけられなかったものを、素人のあんちゃんに言われるとはな」
御者台に戻ると、ダールは溜息をついた。
「たった今緩んだんでしょうから、出発前に見つけるのは難しいでしょう」
何でもないようにステファノは言った。
「今緩んだって……。どんだけ耳が良いんだ、おめえ」
呆れたように首を振る。
「まあ良くやった。放っといたら馬が脚を傷めちまう所だった。助かったぜ。晩飯を楽しみにして置きな。肉でも食わせてやるぜ」
その後は何事もなく初日の行程を走破して、1つ目の宿場町に到着した。翌朝の集合時間をもう一度確認した後、客も御者もそれぞれに宿屋へと向かった。
ステファノはダールと厩の片隅が今夜の宿だ。馬の世話、馬泥棒の見張りをしながら藁の上で寝る。宿屋のベッドなんて贅沢ができるはずもない。
馬に水を飲ませ、秣を食わせながら藁を丸めたブラシで全身を撫でてやる。蹄鉄の確認も怠らない。
馬の世話が終わり、背嚢を下ろして藁の上に腰を下ろした。ダールは既に横になってくつろいでいる。1日馬車で移動すれば、体はカチカチになっている。
「背中を揉みましょうか?」
「できるのか?」
「親父にやらされてたんで」
ステファノは手を拭うと、ダールの背を揉み始めた。
「すまねえな――」
ステファノも疲れているだろうにと、ダールは思った。
「水汲みに比べれば楽なもんです」
「飯屋の仕事も大変なんだな。楽な仕事なんかないってことか」
バンスにはからっきしだと言われるステファノではあったが、マッサージ程度では負担にもならないだけの腕っ節はあった。
「ああ、楽になった。もう良いぜ」
藁の上に戻ったステファノは、背嚢から紙の束、ペンとインク壺を取り出す。紙の束は自分で作ったノートだ。そこにカリカリと文字を書き込む。
「何やってんだ?」
寝たまま首だけを向けて、ダールがステファノの手元を見た。
「今日の分の覚書です」
「ふーん。字が書けるのか」
「お客さんに教わって」
馴染みの一人に学者様がいた。読み書きと覚書の大切さをステファノに教えてくれたのはその先生だった。ドイルというまだ若い先生はやがてどこかに引っ越していった。後で人に聞くと、名のある学者様だったらしい。
「それにしてもマメなこった」
仕事で疲れたらすぐ休みたい。それでも忘れない内に書き留めることが大切だと、ステファノは教わった。
「忘れちゃったらもったいないんで」
書き終わったページを乾かすと、ステファノは覚書を丁寧に油紙で包んだ。こうすれば雨に濡れてもインクが滲むことはない。
大切そうにそれを背嚢にしまい込むステファノを見て、ダールは言った。
「17だっけか?」
「はい。今日なったばかりだけど」
ダールは自分がその年だった頃のことを思い出そうとした。――ろくに思い出せなかった。
「けっ。俺が17の時分には親方に毎日殴られてたなあ。ひでぇ爺だった」
「うちは親父が親方だから。大分マシですね」
ステファノは苦笑した。気の荒い親父だが、バンスは理不尽な男ではない。殴るときはちゃんと理由があった。
「あんちゃんは歳の割にしっかりしてるってことよ」
「年上のお客さんの相手ばかりしてきたせいかな? 言うことが年寄り臭いとよく言われます」
「そうかもしれねえがな。蹄鉄の緩みに気がついたことといい、旅馴れるのが早いことといい、ぼさっとしててはああはいかねえ」
ダールは、うんうんと頷いては感心しているようだった。
唸り込むとダールは、御者台の下の道具箱を開けに戻ってきた。
「どうして気付いた?」
ステファノに尋ねる勢いはむしろ鋭い。
「馬の足音が変わったと思って――」
「おめえ、そりゃあ……」
一瞬目を丸くしたダールであったが、金槌を手に急いで馬の許へ向かった。
足元から槌の音が響く。
「ほんの気持ち、蹄鉄が緩んでやがる」
悔しそうにも聞こえる声で、ダールが溢した。
「出発前に俺が見つけられなかったものを、素人のあんちゃんに言われるとはな」
御者台に戻ると、ダールは溜息をついた。
「たった今緩んだんでしょうから、出発前に見つけるのは難しいでしょう」
何でもないようにステファノは言った。
「今緩んだって……。どんだけ耳が良いんだ、おめえ」
呆れたように首を振る。
「まあ良くやった。放っといたら馬が脚を傷めちまう所だった。助かったぜ。晩飯を楽しみにして置きな。肉でも食わせてやるぜ」
その後は何事もなく初日の行程を走破して、1つ目の宿場町に到着した。翌朝の集合時間をもう一度確認した後、客も御者もそれぞれに宿屋へと向かった。
ステファノはダールと厩の片隅が今夜の宿だ。馬の世話、馬泥棒の見張りをしながら藁の上で寝る。宿屋のベッドなんて贅沢ができるはずもない。
馬に水を飲ませ、秣を食わせながら藁を丸めたブラシで全身を撫でてやる。蹄鉄の確認も怠らない。
馬の世話が終わり、背嚢を下ろして藁の上に腰を下ろした。ダールは既に横になってくつろいでいる。1日馬車で移動すれば、体はカチカチになっている。
「背中を揉みましょうか?」
「できるのか?」
「親父にやらされてたんで」
ステファノは手を拭うと、ダールの背を揉み始めた。
「すまねえな――」
ステファノも疲れているだろうにと、ダールは思った。
「水汲みに比べれば楽なもんです」
「飯屋の仕事も大変なんだな。楽な仕事なんかないってことか」
バンスにはからっきしだと言われるステファノではあったが、マッサージ程度では負担にもならないだけの腕っ節はあった。
「ああ、楽になった。もう良いぜ」
藁の上に戻ったステファノは、背嚢から紙の束、ペンとインク壺を取り出す。紙の束は自分で作ったノートだ。そこにカリカリと文字を書き込む。
「何やってんだ?」
寝たまま首だけを向けて、ダールがステファノの手元を見た。
「今日の分の覚書です」
「ふーん。字が書けるのか」
「お客さんに教わって」
馴染みの一人に学者様がいた。読み書きと覚書の大切さをステファノに教えてくれたのはその先生だった。ドイルというまだ若い先生はやがてどこかに引っ越していった。後で人に聞くと、名のある学者様だったらしい。
「それにしてもマメなこった」
仕事で疲れたらすぐ休みたい。それでも忘れない内に書き留めることが大切だと、ステファノは教わった。
「忘れちゃったらもったいないんで」
書き終わったページを乾かすと、ステファノは覚書を丁寧に油紙で包んだ。こうすれば雨に濡れてもインクが滲むことはない。
大切そうにそれを背嚢にしまい込むステファノを見て、ダールは言った。
「17だっけか?」
「はい。今日なったばかりだけど」
ダールは自分がその年だった頃のことを思い出そうとした。――ろくに思い出せなかった。
「けっ。俺が17の時分には親方に毎日殴られてたなあ。ひでぇ爺だった」
「うちは親父が親方だから。大分マシですね」
ステファノは苦笑した。気の荒い親父だが、バンスは理不尽な男ではない。殴るときはちゃんと理由があった。
「あんちゃんは歳の割にしっかりしてるってことよ」
「年上のお客さんの相手ばかりしてきたせいかな? 言うことが年寄り臭いとよく言われます」
「そうかもしれねえがな。蹄鉄の緩みに気がついたことといい、旅馴れるのが早いことといい、ぼさっとしててはああはいかねえ」
ダールは、うんうんと頷いては感心しているようだった。
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