飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第2章 魔術都市陰謀編

第74話 万能の愚者。

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「俺が薬屋になるだと?」
「そうさ。君自身が薬を安く売れば良いのさ」
「だが、そんなことをしたらほかの薬屋が潰れてしまうと言ったじゃないか?」
値段だけ・・・・を下げたらね」

 そう言って少年は片目をつぶって見せた。

「君アカデミーじゃ薬学の天才って言われてるらしいじゃないか。だったら、『安く薬を作る方法』を開発して世間に公開するのさ。そうしたらみんなが薬を安く作れるようになる」
「安く薬を作る方法……」
「安い原料に変える。成分の抽出方法をより効率の良いやり方に変える。少量でも効果のある薬を開発する。保存の仕方を改良して、薬を長持ちさせる……。いくらでもやれることはあるだろう?」

 それをやりもしないで人のせいにしているから馬鹿だと言ったのだと、少年は悪びれずに言った。

「そんなどこにでもいる飲んだくれになるつもりかい、君は? そりゃ馬鹿々々しいさ」
「そうか……。俺は逃げを打っていたのか。自分では何もしようとせずに」

 少年に図星を突かれたから、ネルソンは腹が立ったのだ。

 ネルソンは猛烈な勢いで自分の頭を掻き始めた。

「うーっ。俺に出来るだろうか? 薬の値段に革命を起こすなんて」
「ギルモア侯爵家の後ろ盾があれば、できるんじゃないかな?」
「いや、俺はギルモアとは……」
「縁を切ったって? 良いじゃないか、他人だって。他人として支援してもらえば良いのさ」

 応援すべき理由を用意して上げれば良いじゃないか。少年は何とも簡単なことのように語り続けた。

「王家と王国。そうだねぇ、まず『王国軍』に恩恵があるなら、侯爵家として金を出す理由・・・・・・・・・・・・には十分じゃない? その上、庶民の暮らしに役立って国全体が豊かになるならば、言うことなしじゃないか……」

 ネルソン商会発足のプランは、10歳の少年・・・・・・が一夜の世間話として語ったことから始まった。

 ◆◆◆

「それはまた、とんでもない早熟というか天才というか……」
「その場にいたわたしも呆気に取られましたよ」

 アカデミーの入学年齢には20歳になるまでという上限が設けられているだけで、下限はない。能力としかるべき推薦さえあれば何歳であっても入学することができる。
 しかし、それは「そういうルール」というだけで、実際には12歳が入学の最少年齢とされていた。

「弱冠10歳にして入学を果たしたのは、後にも先にも彼だけでした――」

 名前はドイル。「万能の愚者」と呼ばれる天才であった。

「万能なのに『愚者』ですか?」
「元は『万能の天才』と言われていたんですがね。学問という学問は何でも一流になれるので」

 しかし、性格が悪すぎた。

「黙っていることができない性格でした。どんな権威にもひるまない。強者にも弱者にも手加減しない」

 その内、「あいつは頭は良いが中身は『愚者』に過ぎん」と陰口を叩かれるようになった。

「それで『万能の愚者』ですか?」
「最後は『愚者ドイル』とだけ言われていましたね。わたしが知っていたのは20年ほど前までですが」

 これは間違いなさそうだと、ステファノは思った。

「俺、その人を知っているようです」
「何ですと?」
「うちの客にドイルという学者様がいたんです。王都から流れて来たと言っていました」
「それだけでは本人とは限りませんが……」
「自分は愚者の代表だったと言っていました」
「ドイルだな」
「「……」」

 2人はそれぞれの思いで沈黙した。

 ステファノにとってみればドイルは恩人であった。自分に世界の仕組みを教え、自分を磨くことの大切さを示してくれた。
 マルチェルにしてみれば商会設立の功労者であった。彼とネルソンは、出会ってから事あるごとにドイルのアドバイスを求めた。マルチェルに商売を、いや経済を教えたのはドイルであった。

「これは旦那様にご報告しなければなりません」

 そう言いつつ、マルチェルは口の中で「何をやっているんだ、あの馬鹿は?」とつぶやいていた。

――――――――――
今回はここまで。
読んでいただいてありがとうございます。

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王子暗殺事件の黒幕は公国の貴族であるらしい。その正体を暴くためには、公国深く潜入捜査する必要があった。
ギルモアに「からす」あり。人の世の闇に棲み、人の噂をついばむと言う。

◆次回「第75話 ギルモアの鴉。」(10/11 17:50公開予定)

「あらそう? 公国にも渡り鴉は巣を作っているのね?」
「イエス、ミ・レディ」

 鴉とはギルモア家が私的にようする諜報部隊であった。その実働メンバーは同僚はおろか家族にさえ正体を明かさず、侯爵家のために一命を賭して潜入活動を行う。

 騎士団員となる以前、少年だったマルチェルは鴉としてギルモア家に飼われている身の上だった。
 ……

◆お楽しみに。
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