飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第3章 魔術覚醒編

第120話 世界は光をまとい、ステファノの前にあった。

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 ネルソン邸の人々に送られてステファノは朝靄の中を出発した。馬車の便がない訳ではなかったが、あえて徒歩での旅立ちであった。

 旅の目的は『現象を観ること』であり、『イデアのリンクを探すこと』であった。馬車の車内で時を過ごすより、一歩ごとに変わる景色を眺め、目に映る物にギフトを働かせるべきであろうと考えたのだ。

 幸い天気には恵まれて、今日からは晴れが続きそうだった。

「雨なら雨も役に立つ。水のイデア、風のイデアを感じられるかもしれないからな」

 そんな風にすべての物事が自分にとって意味を持つなどと、ステファノは今まで考えたことはなかった。
 まるで世界と初めて対面したような気持ちにさせられる。

「今までもったいないことをしていたなあ。わかっていれば、もっと一日一日を大切にしたのに」

 年寄りのような感懐を口にしながら、ステファノはゆっくりとしたペースで歩を進めた。
 ステファノがゆっくり歩くのには理由がある。「念誦ねんじゅ」にペースを合わせるためであった。
 
「念誦」とは「無声詠唱」に続いてステファノが工夫した誦文しょうもんのやり方である。
「無声詠唱」では声を出さずに口中で誦文を行ったが、「念誦」では口さえ動かさず心の中で成句を唱えるのだ。

 成句を唱えている以上、「無詠唱」ではなく「誦文」は行っていると解釈した。心の中で成句を「念ずる」。
 故に「念誦」と名づけた。

「念誦なら他人からは黙っているだけに見える。自分だけに聞こえる声をイメージするんだ」

 ゆっくり歩くのは念誦の練習を兼ねているからであった。念誦は意外に難しく、集中を切らせるとイメージが途切れてしまった。

「何で上手く行かないんだろう? 無声でも誦文なら歩きながらできるのに……」

 特にやり易いのは「いろは歌」であった。鼻歌のように歌うと、声に出さなくともギフトの発動ができた。
 この時は集中などしない。正に鼻歌交じりなのだ。

「ああ、そうか。念誦も鼻歌のつもりでやってみるか?」

「いろは歌」を頭の中で歌う。これならできそうだ。

(いろはにほへと~ ちりぬるをわか~)

 初めは形だけで良い。マルチェルの型稽古もそうであった。やがて「形」に「意」が籠る。
 その次に「意」が「形」を為す。迂遠なようだがそれで良い。

 最初から上手くできるはずがない。

 歌っていることを忘れるくらい、「いろは歌」を繰り返した。

 やがて街道は人里を離れた。左手には遠くに森が見え、右手は茫漠たる荒地であった。
 だんだん明るくなる空が景色を浮かび上がらせる。

 左頬を撫でるのは森から荒地へと吹き抜ける風だ。かすかに落ち葉が朽ちた腐葉土の香りが混じっている。
 まだカブトムシは捕れるかなあと、子供の頃を懐かしむ。

 その間も、歌は脳裏に鳴り続けていた。

(この分ならイケそうだ)

 ステファノは「歌」に「始原の光」を載せる。「始原の光」がドイルの言うようにステファノの「イド」であるならば、それは「歌っている自分」であり、「歩いている自分」でもあり、「ギフトを使う自分」でもある。

 過去から未来の間に、無数のステファノがこの街道を歩いている。「ステファノ」という無数の点が連なって歩いている。同時に。

 それを見ている「ステファノ」もいる。見ている自分はどこにいる?

 それが恐らく「始原の光」であり、ステファノの「イド」であった。

(どれでもいいや)

 歩くと言う単調な行為に、念誦するという単調な行為を合わせて来たことが、ステファノの意思まで平坦にした。

(どれも俺なら、どれでもいいじゃないか)

 存在の中心には「自分」がいる。それで良い。そうしよう。

 イメージの中で赤い光が焦点を結んだ。だが見る対象は赤い光ではない。
 赤い光が対象を「観る」のだ。

 ほた、ほた、ほたと自分の足が街道と接している。接地の度に大地の固さと凹凸が足裏に伝わって来た。
 左頬を森からの風が撫で、産毛うぶげがくすぐったく震える。

(ああ、すこぉーし色がついているのか?)

 足元からは薄っすらとした「青」の光が上がり、頬をくすぐる風は「藍色」のきらめきを散らしていた。
 それは向こう側が透けて見える薄さであり、目の焦点を変えると見失ってしまう薄皮一枚のイメージであった。

 蜉蝣かげろうの羽根を透かして世界を観るような……。

「そうか。世界イデアはそこにあったんだ」

 自分はいつも世界それを見ていたはずだった。見ていて観ていなかった。
 いや、観ていることを忘れていた。

(色は匂へど~)
 
『風よ、匂え』

 歌いながらそう念ずれば、森から藍の波動が地表を滑って来る。色濃くうねる場所は「つむじ風」か?

(散りぬるを~)

『散れ』

 歌に合わせてふと念ずれば、藍のうねりがふわりと滑らかに変わった。

「へえ。『微風そよかぜの術』かな、これが」

 ステファノは2つめの初級魔術を身につけたつもりであったが、そんなはずはなかった。「つむじ風」はまだ50メートルも先にあったのだから。
 初級魔術はおろか、中級魔術であってもそんな遠方に働く物はなかった。

「やっぱり、街を出たくらいの場所で見つけられるのは初級魔術の『因果』止まりだね」

 自分が何を為したかをわかっていないステファノは、的外れな納得をしながら「念誦」の練習を続けるのであった。

 ◆◆◆

 その2人に出会ったのは街を離れて1時間ほど歩いたところであった。

 道の中央で馬車が横向きに止まっている。
 まだ日が昇って1時間かそこらであり、休憩をするには早すぎる。

 そもそも街道の真ん中で馬車を停めるなど迷惑行為であり、まともな御者のやることではなかった。
 考えられるのは馬車の故障か、馬の怪我、御者の急病などだが……。

 辺りには停まっている馬車の他に人も獣も見えなかったので、ステファノは近づいて様子を見ることにした。

「おはようございます。どうかしましたか?」

 馬の側でおろおろと立ったり屈んだりしていたのは、ステファノよりも年若く見える少女だった。

「えっ? あなたは誰?」

 少女が警戒して馬の陰に隠れようとするので、ステファノは近づくのを止めて両手を広げて見せた。

「この通り武器も持たない旅人だよ。道の真ん中に馬車を停めて困っているようなんで声を掛けたんだけど……」
「あっ、そ、そうなんだけど……」

 少女はステファノを信じて良い物かどうか迷っているようだった。馬車の造作、来ている洋服の仕立てなどを見るとそこそこの金持ちではなかろうか。少なくともステファノのような貧乏人ではなさそうだった。

「俺はネルソン商会で働くステファノと言う。信用できないならこのまま進むけど、手助けが必要なら言ってくれ」
「そ、そんなこと。口先だけでは信用できないわ」

 少女は馬の陰から顔だけのぞかせて、言葉を投げつけてきた。
 ステファノはちょっと面倒になり掛けたが、ふと思い出して道具袋をまさぐった。

「これが見えるかい?」

 取り出したのはネルソンに与えられた遠眼鏡であった。少女に見えるよう、獅子の紋章を前に向ける。

「ほら? ネルソン商会の紋章に見覚えはないかい?」

 目を細めて紋章を見定めようとしていた少女は、気が急いたのか一歩、二歩とステファノに近づいてきた。

「それって、おじさまの物じゃない?」

「おじさま」とはネルソンのことであろう。そう解釈したステファノは頷いて見せた。

「旦那様に頂戴した物だよ」

 よく見てごらんと少女に遠眼鏡を手渡してやると、ようやく警戒が解けたのであろう。少女は肩を震わせて泣き出した。

「う、うう、うっ。馬車が壊れて動けなくなってしまったの。わたしには直せないの。えーん……」

 背中を撫でてやりたいが、少女を怯えさせると話がしにくいと思い、ステファノは手を出さずに少女が落ちつくのを待った。

「うっ、ごめんなさい。どうしたら良いか、わからなくて」

 ようやく話ができるようになった少女は、ステファノに遠眼鏡を返して事情を説明した。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第121話 これもまた「身心一如」。世の中に無駄なことなどない。」

「やり直しって無駄のように見えるけど、1度できたことだからね。2度目はきっと、1度目よりも簡単にできるさ」

 行きと帰り、街から1時間の道程をステファノは2度通ることになった。2度目は逆向きに馬車で行く。

「逆から見たらこんな風に見えるのか。馬車で走るとこんな感じなんだ。そう思って進めばちっとも飽きないよ」
「ふーん……」

 ローラはまだ納得できなかったが、ステファノが言う「物の見方」が自分とステファノの間にある「差」なのだろうと、何となく感じた。
 
 ……
  
◆お楽しみに。
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