飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
166 / 694
第4章 魔術学園奮闘編

第166話 『柔』は受け身に始まる。

しおりを挟む
 研究報告会について知りたい点に関連した資料数点を持ち出して、ステファノは閲覧室に移動した。
 空いているデスクに持ち出した資料を並べ、自前のノートと筆記具を用意する。

 ステファノは資料を見比べながら疑問点に関するデータを、ノートに記録していった。
 データを整理してみると大雑把にではあるが、次のようなことがわかった。

 ・回次毎の報告件数は、魔術科5件に対して一般学科10件の比率であまり変動がない。
 ・チーム編成の人数上限は5人までと規則に定められている。
 ・チームに与えられたポイントは基本点であり、貢献度を評価して個人への付与ポイントを査定する。
 ・他のメンバーに対して貢献度が8割しかないと査定された場合、チーム基本点が5点であってもその個人に対する付与ポイントは4点になる。
 ・貢献度の査定は個人毎に行われ、教授会に指名された評価委員会が面接と参考資料を評価して決定する。
 ・過去の最高点は10点(10単位相当)であり、獲得者はドイルであった。
 ・一般学科からの報告案件を分類すると、軍事学が7割、政治学が2割、その他が1割という状況だった。

(研究報告会が課程修了に関する大きな近道であることは間違いないな)

 チーム内での貢献度査定が公平に行われるのであれば、スールーとサントスのチームに参加したとしても自分の業績を奪い取られるということはなさそうであった。

(評価の客観性を疑い出したら、単位認定そのものも疑わなくちゃならないからな。そこは信用するしかないだろう)

 しかし、思った以上に軍事テーマの比率が高かった。魔術科のテーマにしても5件中4件は戦闘魔術に関するもので、純粋に生活魔術(非戦闘魔術)に関わるものはせいぜい1件あるかないかであった。

(数年前までは戦争が続いていたわけだし、今だって小競り合いは日常的に発生しているからしょうがないのかな?)

 一旦納得したステファノは資料を返却台に戻し、図書館を後にした。

 そろそろ昼休みも終わりに近づいていた。ステファノは運動場を覗いてみることにした。
 広々とした運動場には土がむき出しになった部分と、緑の草に覆われた部分とがあった。

 昼休み直後の人影はまばらで、運動している人は少なかった。運動場を取り囲んで伸びている歩道をゆっくり歩きながら、ミョウシンと名乗った少年の姿を探す。

 大木の木陰になった部分、草の上でミョウシンは体を投げ出してはくるくる回っていた。

「あの、こんにちは」

 遠慮がちにステファノが声を掛けると、ミョウシンは草の上から身を起し、ステファノを認めて挨拶を返した。

「こんにちは。説明会の時に会った新入生ですね」
「はい、そうです。時間が空いたので、練習を拝見しに来ました」
「そう。護身術に興味があるのですか?」

 落ち葉を道着から払い除けながら、ミョウシンはステファノに近づいた。
 その顔がふと不審気になる。
 
「君は気配が薄い人ですね。近づいて来るのがわかりませんでした」
 
 言われてみてステファノは、図書館以来「隠形おんぎょう」を行っていたことに気がついた。目立たぬようにそっとイドを纏う量を薄めて行く。

「ご飯を食べたばかりで、そろそろ歩いていたせいかもしれません」
「そうですか。それにしてもそれだけ静かに歩けるのは、足腰がしっかりしている証拠でしょう?」

 ステファノの体を上から下へと眺めながら、ミョウシンは言った。

「最近1カ月は『型稽古』をやっていたので、少し足腰がしっかりしたかもしれませんね」
「型稽古ですか? それは何かの武術の?」
「はい。知り合いに武術に詳しい人がいて、身を護るための型を教わりました」

 ステファノがそう言うと、ミョウシンは興味に目を輝かせた。

「へえ。それはぜひ見たいものですね。披露してもらえないでしょうか?」
「はい。簡単な動きで良ければ」

 套路とうろはともかく、型演舞の動きはそれほど特殊なものではないとマルチェルに聞いていたステファノは、荷物を大木の根元に置くと草の上に移動してミョウシンに正対した。

 両足を肩幅に開き、静かに呼吸を整えると、ステファノは型に意識を集中した。

諸行無常いろはうた」の念誦は行わないが、自然とイドは繭となって体を覆っていた。
 重心を正中線に保ち、見えない敵の打撃を捌き、敵の体勢を崩し、投げる。組んで来る腕を払い、拳で胸を打つ。
 蹴って来ればいなし、掴んでくれば引き落として蹴りを返す。

 すべては流れの中で、流れを支配する意思の表れであった。

 静かに元の位置で動きを納めると、ミョウシンが頷いた。

「良く練られた型ですね。良い先生についていることが感じられます。ありがとう」

 ミョウシンは顔を綻ばせた。

「ありがとうございます。初心者なので師の動きは到底真似できませんが、これからも続けて行きたいと思っています」
「そうですね。型は繰り返すほどに、身について行くものですからね」

 ステファノはミョウシンの「術」について聞いてみた。

「大講堂で披露していた技はどのような『術』なのでしょうか?」
「あれは『柔』の基礎である『受け身』です」
「それにはどんな意味があるのでしょう?」

 ステファノが習った型演舞には受け身という概念はなかった。武術の体系としては存在するのであろうが、初心者が学ぶ基礎という位置づけにはされていないのだ。

「『柔』の技には、「投げ技」、「当身」、「ひしぎ技」、「締め技」があります。これは流派によって扱いが異なりますが、わたくしの流派ではこのように分けています。「受け身」とは「投げ技」を受けた際に体を守るための心得です」
「投げられた時のために『技』があるのですか?」
「はい。投げられても衝撃を上手く逃がすことができれば、その後も戦えます。投げられた側はそのように身を守ることが大切なのです」

 言葉よりも見本を見せましょうと言って、ミョウシンは草原に歩み出た。

「相手の攻撃で骨を折られてはもう戦えなくなります。骨と筋をいかに守るかが『護身』の課題です」

 そう言うと、ミョウシンは大講堂の舞台で見せていたように、地面に身を投げて背中からくるりと回った。

「今のが前回り受け身です。敵に投げられた時に衝撃を散らす技ですね。頭、肩、腰、背骨などの急所を守ります」

 立ち上がったミョウシンは、後ろに倒れながら両手で地面を叩いた。

「これが後ろ受け身。地面を叩くことにあまり意味はありません。手を突いてしまうと手首を傷める恐れがあるので、こうするのです」

「これが前受け身。二の腕の内側を使って衝撃を吸収します。同じく手を突かぬ用心が大切です」

「横受け身です。体の側面全体で衝撃を吸収します。肩や腰、頭を守ることが大切です」

 一通りの受け身を披露すると、ミョウシンはステファノの元に戻って来た。

「ありがとうございました。投げられた時の技から教えるというのは面白いですね」

 ステファノは素朴な感想を述べた。

「そうですね。初心者は投げられることが多いので、怪我を防ぐために先ず受け身から教えるのです」

 そう言われれば、確かに理に適っている。初心者は弱い。弱ければ投げられる。投げられたら怪我をするのだ。

「うん。見栄を捨てた、合理的な考え方ですね」

 ステファノが言うと、ミョウシンは自分が褒められたように顔を綻ばせた。

「わかってもらえますか? みんな派手な技を習いたがるので、受け身の大切さはなかなか理解されないのです」

 確かに大講堂でのデモンストレーションで、「タイル割り」や「板割り」を見せていたグループは歓声を浴びていた。

「ウチにはお見せする『型』というものが存在しないものですから」

 ミョウシンはため息をついた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第167話 初めての魔術訓練場。」

「各人、標的は見えるな。1番、左にそれた。失中。3番、脚。1点。7番、胴体。5点。以上、自分の目で確認しろ」
 
 係員は標的を順に確認した後、一言ずつで各人のポイントを告げた。どうやら的中個所によってポイントが異なるらしい。ダメージに換算した効果ポイントということであろう。

「すみません! ポイントの説明を求めて良いでしょうか!」
「うん? 構わんが、公式競技でもないのに必死になる必要はないぞ?」
「いえ、どこが悪いのか参考にしたいので」
「勉強熱心だな。お前は7番だな?」

 7番のブースはジローであった。
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

処理中です...