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第4章 魔術学園奮闘編
第194話 太極の玉、世界への窓を開く。
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(これは……初めて観る世界だ)
広すぎて、大きすぎてステファノのイドでは認識しきれない。何かを間に挟まなければ、直視することも手を触れることもできそうにない。
人の目には明るすぎる太陽のごとく。
「おそらくそのままでは君はイデアを認識できない。シェードを掛けないと眼を焼かれるだろう」
ドイルはそう予言した。
「たぶんシェードを得るまでイデアを観る目は開かないだろう。ギフトというシステムは誰かが与えたもののようだから、それくらいの気遣いはしてくれていると思う」
そうも言っていた。
ギフトを与えた誰か。それは「神のごとき者」とヨシズミが呼ぶ存在であろうか。
「慌てずにギフトと向き合うが良いよ。機が熟せば、ギフトは自ら花開く」
(そうか。シェードとは「物」ではない。俺に代わって世界と対話し、イデアを使役する「者」。それは……)
ステファノの周りで「世界」と見えていた黒々とした空間が、うぞりとうごめいた。
それは無数の星を散りばめた鱗を隙間なくまとった巨体であった。
宇宙とステファノの間にある者。それは真黒き夜の蛇、虹の王であった。
(お前はそこにいたのか……)
『是』
と、ナーガの答えがステファノの内面を震わせた。
最早ステファノは何も探す必要はない。「求めよ」とナーガがうねった。
(小さき火と小さき水。その力をここに)
ステファノの右手首から橙色の小蛇が這い出し、手のひらをめぐって指先を目指す。
左手首からは緑色の小蛇が躍り出、するすると指の頂点に向かう。
二匹の蛇は中指の先で絡まり合い、杖のごとく真っ直ぐになった。
「おおお。実にスムーズな魔力の発動ですね。量は少ないが、揺らぎがなく純粋です。中級クラスには届きませんが、小規模で高温の炎や純粋な水などを生み出せるでしょう。良くできました」
(ディオールさんには相当詳細に魔力の様子が見えているんだな。教室では十分に用心しよう)
ステファノは目を開いて集中を解いた。指先に集めた魔力が空中に四散する。
絡まり合った小蛇が、打ち上げ花火のように立ち昇り、やがて弾けて細かい光の粒となって宙に消えた。
それからディオール先生はステファノの瞑想を例に取り、クラスを回って生徒に瞑想を指導した。
それほど大きな変化はなかったが、おおむね各人とも魔力の錬成がスムーズになったようだ。
例外はあの賑やかな生徒で、ぶつぶつ言いながら丹田法に観想法を組み合わせていたが、静かになったと思ったら寝息を立てていた。
いつも力づくで魔力を呼び起こしていたので、静かな瞑想で眠くなってしまったらしい。
ディオールはトーマというこの生徒を咎めず、眠ったままに放置した。
「鼾さえかかなければ、クラスで寝ようと気にしませんよ」
声を低くして彼女は言った。
「もちろん授業態度は減点です。パフォーマンスも零点ですね」
ディオールの取り扱いは教師としてもっともではあったが、叱りつけられるよりも厳しい結果であった。
誰もが自分は居眠りしないようにしようと、肝に銘じた。
他の生徒が順番に指導を受ける間、ステファノは瞑想について考えていた。
(瞑想中に観えたあれが虹の王の本性なのだろうか? あれではまるで伝説の生き物のようだ)
大きすぎて頭さえどこにあるかわからなかった。ただうねうねととぐろを巻いて周りの空間を埋めていた胴体が観えただけである。
恐ろしさを感じなかったのが不思議であった。
ディオール先生の指導法を見る限り、通常は瞑想によって視覚化する「窓」から世界を認識し、その「視野内」にある魔力、すなわちイデアを呼び出すことが魔術の基本であるようだ。
なるほど、どこに開くかわからぬ「窓」次第で使えるイデア、因果の強さと質が左右されてしまう。
魔力は生まれながらに決まっていると言われる所以であった。
瞑想中に居眠りしてしまった少年は、瞑想で宇宙を認識することがあるのだろうか?
(今も寝てるね……。肝っ玉の大きさだけなら上級だ)
クラスの大半はいつもより良い結果が得られたようだ。異なる流派の方法論を組み合わせるという手法は、一定の合理性があるということになる。
彼ら魔術師は目隠しをして箱の中に手を入れているようなものだ。求める手の先に何が当たるかは偶然の出来事に近い。
何とか精度を上げようと、箱に空いた穴を必死に覗いて中身を見極めようとしているのだ。
そこにまた「資質」が絡んでくる。
ある者は「大きな穴」を空けることができる。より多くのイデアを見つける可能性があり、操作もしやすい。
ある者は「より良い視界」を得る。質の高いイデア、目的に会ったイデアを見つける可能性が上がる。
だが、それもこれも「箱庭」のように決められた狭い範囲での出来事に過ぎなかった。
与えられた「箱」の中に「火山」や「隕石」が収まっていることは滅多にない。
その滅多にない幸運を引き当てたのが、「上級魔術師」と呼ばれる人々であった。
(なぜ他の人は「窓は平面だ」と決めつけて掛かるのだろう?)
それもまた「神のごとき者」が仕込んだ罠なのであろうか?
(だとしたら、なぜ俺はそれに縛られていないんだろう? 「諸行無常」というギフトのせいだろうか?)
疑問に思うことはいくつもあった。ドイルやネルソンと、そしてヨシズミと話をしたかった。
(虹の王のことも聞いてみたい。一体あれは何なのだろう。ドリーさんが言うように自分の意思を持っているだろうか? だとしたら、俺は虹の王を手なずける必要がある)
いったいどれほどの力を有しているのか、ステファノには見当もつかない。この教室では危険で触れない。
訓練場で少しずつその力を見定めなければならない。
申し訳ないが、ドリーさんにはその作業につき合ってもらおう。1人では危険が大きすぎると思うステファノであった。
(今はこの瞑想法を自分の物にしよう。「窓」を開く感覚を磨くことが、魔力制御につながるはずだ)
ギフト「諸行無常」を使用する際は、イデアを呼び出すイメージで魔力を練って来た。今日習った瞑想法はこちらから「窓」を開いて探しに行く感覚に近い。
(そうか。だから呪文を詠唱してそのプロセスを短縮化しようとしているんだな)
ステファノもギフトを覚えたての頃は「誦文」を行うことで手順を意識せずにイドを活性化させていた。
今ではイドをほぼ常時活性化させており、特別な集中は必要としない。
虹の王は呼べばそこにある。
(「窓」の外にいたのも虹の王だった。呼び出す代わりに会いに行けば良いのか)
いつもの「盾」を作り出す際は、両手にイドをまとわせて「陰」と「陽」の両極を作り出していた。
「始原の赤」と「終焉の紫」。対立しながら、ひきつけ合い、入れ替わる。永遠の連環。
(「窓」も「陰」と「陽」が交わるところに開くのではないか?)
ステファノは右手に「始原の赤」をまとわせ、左手に「終焉の紫」をまとわせた。
目立たぬように机の下に手はおろしてある。
膝の上で手のひらを合わせ、瞑目する。陽気と陰気はお互いを引きつけ合い、ぐるぐると互いの周りを回る。
その有り様を上から見れば「太極図」であり、勾玉のような形で互いを追い掛ける光であった。
(「窓」は平面じゃない。「宇宙」との境界だ)
陽気と陰気の相克は立体となり、球面上を気が巡る。
ステファノはいつしか今日習った丹田式呼吸法を行っていた。
『丹田とは想像上の器官で臍の下の体内にあるとされています』
ディオール先生はそう言った。
今まさに、太極の玉はステファノの丹田にあった。赤と紫の光が溶け合うイドの玉は、ステファノの体内をゆっくりと登り頭頂に到る。
ヨシズミの世界で「魔視鏡」という装置が為すという「魔視脳」の刺激を、ステファノは自ら作り出した太極玉によって行っていた。
顔を覆っていたヴェールをはぎ取られたように、ステファノの目の前にイドの世界が広がった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第195話 不立文字。言葉にできないものをどうして伝えれば良いのか?」
太極の玉を作り出せなければ魔視脳を刺激することはできない。始原の赤と終焉の紫、陽気と陰気を同時に操れなければ真の「観想」には至れない。
(堂々巡りだ。俺はギフトの力で太極を得た。ギフトのない人にどうやってそれを伝えたら良い?)
不立文字。どんな言葉を尽くそうとも、認識の外にある真理を人に伝えることはできない。始めに自分のイドが観えなければステファノも太極の玉を得ることはできなかったろう。
(ギフトを持たぬ人にイドの認識を与えること、それがこの先アカデミーを出てからの俺の使命になる)
諸行無常というギフトを与えられた自分が進むべき道は、きっとそこにあるとステファノは信じた。
……
◆お楽しみに。
広すぎて、大きすぎてステファノのイドでは認識しきれない。何かを間に挟まなければ、直視することも手を触れることもできそうにない。
人の目には明るすぎる太陽のごとく。
「おそらくそのままでは君はイデアを認識できない。シェードを掛けないと眼を焼かれるだろう」
ドイルはそう予言した。
「たぶんシェードを得るまでイデアを観る目は開かないだろう。ギフトというシステムは誰かが与えたもののようだから、それくらいの気遣いはしてくれていると思う」
そうも言っていた。
ギフトを与えた誰か。それは「神のごとき者」とヨシズミが呼ぶ存在であろうか。
「慌てずにギフトと向き合うが良いよ。機が熟せば、ギフトは自ら花開く」
(そうか。シェードとは「物」ではない。俺に代わって世界と対話し、イデアを使役する「者」。それは……)
ステファノの周りで「世界」と見えていた黒々とした空間が、うぞりとうごめいた。
それは無数の星を散りばめた鱗を隙間なくまとった巨体であった。
宇宙とステファノの間にある者。それは真黒き夜の蛇、虹の王であった。
(お前はそこにいたのか……)
『是』
と、ナーガの答えがステファノの内面を震わせた。
最早ステファノは何も探す必要はない。「求めよ」とナーガがうねった。
(小さき火と小さき水。その力をここに)
ステファノの右手首から橙色の小蛇が這い出し、手のひらをめぐって指先を目指す。
左手首からは緑色の小蛇が躍り出、するすると指の頂点に向かう。
二匹の蛇は中指の先で絡まり合い、杖のごとく真っ直ぐになった。
「おおお。実にスムーズな魔力の発動ですね。量は少ないが、揺らぎがなく純粋です。中級クラスには届きませんが、小規模で高温の炎や純粋な水などを生み出せるでしょう。良くできました」
(ディオールさんには相当詳細に魔力の様子が見えているんだな。教室では十分に用心しよう)
ステファノは目を開いて集中を解いた。指先に集めた魔力が空中に四散する。
絡まり合った小蛇が、打ち上げ花火のように立ち昇り、やがて弾けて細かい光の粒となって宙に消えた。
それからディオール先生はステファノの瞑想を例に取り、クラスを回って生徒に瞑想を指導した。
それほど大きな変化はなかったが、おおむね各人とも魔力の錬成がスムーズになったようだ。
例外はあの賑やかな生徒で、ぶつぶつ言いながら丹田法に観想法を組み合わせていたが、静かになったと思ったら寝息を立てていた。
いつも力づくで魔力を呼び起こしていたので、静かな瞑想で眠くなってしまったらしい。
ディオールはトーマというこの生徒を咎めず、眠ったままに放置した。
「鼾さえかかなければ、クラスで寝ようと気にしませんよ」
声を低くして彼女は言った。
「もちろん授業態度は減点です。パフォーマンスも零点ですね」
ディオールの取り扱いは教師としてもっともではあったが、叱りつけられるよりも厳しい結果であった。
誰もが自分は居眠りしないようにしようと、肝に銘じた。
他の生徒が順番に指導を受ける間、ステファノは瞑想について考えていた。
(瞑想中に観えたあれが虹の王の本性なのだろうか? あれではまるで伝説の生き物のようだ)
大きすぎて頭さえどこにあるかわからなかった。ただうねうねととぐろを巻いて周りの空間を埋めていた胴体が観えただけである。
恐ろしさを感じなかったのが不思議であった。
ディオール先生の指導法を見る限り、通常は瞑想によって視覚化する「窓」から世界を認識し、その「視野内」にある魔力、すなわちイデアを呼び出すことが魔術の基本であるようだ。
なるほど、どこに開くかわからぬ「窓」次第で使えるイデア、因果の強さと質が左右されてしまう。
魔力は生まれながらに決まっていると言われる所以であった。
瞑想中に居眠りしてしまった少年は、瞑想で宇宙を認識することがあるのだろうか?
(今も寝てるね……。肝っ玉の大きさだけなら上級だ)
クラスの大半はいつもより良い結果が得られたようだ。異なる流派の方法論を組み合わせるという手法は、一定の合理性があるということになる。
彼ら魔術師は目隠しをして箱の中に手を入れているようなものだ。求める手の先に何が当たるかは偶然の出来事に近い。
何とか精度を上げようと、箱に空いた穴を必死に覗いて中身を見極めようとしているのだ。
そこにまた「資質」が絡んでくる。
ある者は「大きな穴」を空けることができる。より多くのイデアを見つける可能性があり、操作もしやすい。
ある者は「より良い視界」を得る。質の高いイデア、目的に会ったイデアを見つける可能性が上がる。
だが、それもこれも「箱庭」のように決められた狭い範囲での出来事に過ぎなかった。
与えられた「箱」の中に「火山」や「隕石」が収まっていることは滅多にない。
その滅多にない幸運を引き当てたのが、「上級魔術師」と呼ばれる人々であった。
(なぜ他の人は「窓は平面だ」と決めつけて掛かるのだろう?)
それもまた「神のごとき者」が仕込んだ罠なのであろうか?
(だとしたら、なぜ俺はそれに縛られていないんだろう? 「諸行無常」というギフトのせいだろうか?)
疑問に思うことはいくつもあった。ドイルやネルソンと、そしてヨシズミと話をしたかった。
(虹の王のことも聞いてみたい。一体あれは何なのだろう。ドリーさんが言うように自分の意思を持っているだろうか? だとしたら、俺は虹の王を手なずける必要がある)
いったいどれほどの力を有しているのか、ステファノには見当もつかない。この教室では危険で触れない。
訓練場で少しずつその力を見定めなければならない。
申し訳ないが、ドリーさんにはその作業につき合ってもらおう。1人では危険が大きすぎると思うステファノであった。
(今はこの瞑想法を自分の物にしよう。「窓」を開く感覚を磨くことが、魔力制御につながるはずだ)
ギフト「諸行無常」を使用する際は、イデアを呼び出すイメージで魔力を練って来た。今日習った瞑想法はこちらから「窓」を開いて探しに行く感覚に近い。
(そうか。だから呪文を詠唱してそのプロセスを短縮化しようとしているんだな)
ステファノもギフトを覚えたての頃は「誦文」を行うことで手順を意識せずにイドを活性化させていた。
今ではイドをほぼ常時活性化させており、特別な集中は必要としない。
虹の王は呼べばそこにある。
(「窓」の外にいたのも虹の王だった。呼び出す代わりに会いに行けば良いのか)
いつもの「盾」を作り出す際は、両手にイドをまとわせて「陰」と「陽」の両極を作り出していた。
「始原の赤」と「終焉の紫」。対立しながら、ひきつけ合い、入れ替わる。永遠の連環。
(「窓」も「陰」と「陽」が交わるところに開くのではないか?)
ステファノは右手に「始原の赤」をまとわせ、左手に「終焉の紫」をまとわせた。
目立たぬように机の下に手はおろしてある。
膝の上で手のひらを合わせ、瞑目する。陽気と陰気はお互いを引きつけ合い、ぐるぐると互いの周りを回る。
その有り様を上から見れば「太極図」であり、勾玉のような形で互いを追い掛ける光であった。
(「窓」は平面じゃない。「宇宙」との境界だ)
陽気と陰気の相克は立体となり、球面上を気が巡る。
ステファノはいつしか今日習った丹田式呼吸法を行っていた。
『丹田とは想像上の器官で臍の下の体内にあるとされています』
ディオール先生はそう言った。
今まさに、太極の玉はステファノの丹田にあった。赤と紫の光が溶け合うイドの玉は、ステファノの体内をゆっくりと登り頭頂に到る。
ヨシズミの世界で「魔視鏡」という装置が為すという「魔視脳」の刺激を、ステファノは自ら作り出した太極玉によって行っていた。
顔を覆っていたヴェールをはぎ取られたように、ステファノの目の前にイドの世界が広がった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第195話 不立文字。言葉にできないものをどうして伝えれば良いのか?」
太極の玉を作り出せなければ魔視脳を刺激することはできない。始原の赤と終焉の紫、陽気と陰気を同時に操れなければ真の「観想」には至れない。
(堂々巡りだ。俺はギフトの力で太極を得た。ギフトのない人にどうやってそれを伝えたら良い?)
不立文字。どんな言葉を尽くそうとも、認識の外にある真理を人に伝えることはできない。始めに自分のイドが観えなければステファノも太極の玉を得ることはできなかったろう。
(ギフトを持たぬ人にイドの認識を与えること、それがこの先アカデミーを出てからの俺の使命になる)
諸行無常というギフトを与えられた自分が進むべき道は、きっとそこにあるとステファノは信じた。
……
◆お楽しみに。
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