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第4章 魔術学園奮闘編
第431話 これでもれっきとした魔獣だ。
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魔獣学のチャレンジテーマはステファノの意表を突いたものだった。
「こいつを懐かせて見せろ」
ひげ面の講師は、教卓に金網製のかごを置いた。
3人しかいない生徒はかごの周りに集まって、中を覗いた。
「ちっちゃ!」
「可愛い……」
「ハリネズミですか?」
真っ黒な顎髭を掻きながらエバンスという講師は問いに答えた。
「アンガス雷ネズミという。これでもれっきとした魔獣だ」
それにしても小さい。大人の親指ほどの大きさしかなかった。
全身を覆う針は純白で、尻尾は見えなかった。
「危険を感じると全身の針を逆立てる。刺さると痛ぇぞ? 気をつけろ」
針には返しがついていて簡単には抜けないらしい。
「雷ネズミというのは……?」
ステファノは雷という言葉に気を引かれた。
「うん。これでも魔獣だからな。いざという時は雷気を発して身を守ることができる」
「へえ。雷獣ですか?」
「そういうことだ」
覗き込まれて怯えたのか、雷ネズミはかごの奥に引っ込んでしまった。拳骨大の石の陰に身を隠している。
「あの黒い石を魔石と言う」
魔獣が住む地域にしか存在しない鉱石なのだとエバンスは言った。
「理屈はまだ解明できていない。魔獣は魔石の側でしか生きられないのだ」
「じゃあ魔石を持って来れば、魔獣を街に連れて来ることができますか?」
「そういうことだ。だが、一般に魔獣は自分の体より大きい魔石を必要とする」
「ああ、それじゃあ大きな魔獣を連れて来るのは大変ですね」
ステファノは人里で魔獣を見掛けない理由に納得した。
「もちろん犬より大きい魔獣など、危険すぎて連れ回せんがな」
エバンスは両手を広げてそう言った。
「その辺りの大きさになると、殺傷能力を持っているからな。たとえテイムされていても檻に入れる必要がある」
「テイムですか?」
聞きなれない言葉に別の生徒が反応した。
「簡単に言えば飼いならすことだ。魔獣の場合は普通の獣とは違い、特別な手順が必要だがな」
その手順とはこうだと言って、エバンスは魔示板に文字を書き連ねた。
「1、魔獣を屈服させる」
「2、魔獣に十分な大きさの魔石を与える」
「3、魔獣に名前をつけ、受け入れさせる」
3つの文章が魔示板に並んでいた。
「魔獣を屈服させるってのは、要するに力の差を納得させるってことだ。戦って押さえつけても良いし、威圧して屈服させても良い。1つだけ言っておくと、優しくしたからって魔獣は懐かないぜ」
エバンスはとろけそうな目で雷ネズミを見つめている女生徒に向けて言った。
「2つめが難しい。純粋な魔鉱石なんて、魔獣の生息地でもそうそう転がっていねぇからな。この魔石だって、つてをたどって入手したもんだ」
魔獣生息地では地中に大量の魔石成分が分布している。土地全体が魔石といっても良い。だが、十分な量の魔石を魔獣が生息する地帯で掘り集めるのは、命の危険を伴う仕事であった。
「今日はこの魔石を貸してやる。それを使ってテイムに挑戦するってわけだ」
髭を撫でながらエバンスは言った。
「えっ? こいつって先生がテイムしたんじゃないんですか?」
テイム済みの魔獣を別人がテイムすることができるのだろうか。ステファノは素朴な疑問を覚えた。
「良い質問だ。他人の使役獣を横取りすることはできねぇ。テイムの上書きは効かねぇってことだな」
「じゃあこいつはテイムされていないんですね」
「そういうことだ。はは、有り体に言えば失敗した」
エバンスは照れ臭そうに頭をかいた。
自分の失敗を率直に認める姿を見て、ステファノはそこはかとなく好感を抱いた。
「だから、俺はこいつの飼い主であっても主人ではねぇ。お前らの誰かがこいつのテイムに成功したら、単位に加えてこいつも譲ってやるぜ」
主なしの魔獣を連れ回すのはあまり良いことではないのだと、エバンスは告げた。
「えっ? ほしいっ!」
思わず声を発したのはさっきの女生徒であった。
「さて、お話はこれまでだ。1人ずつ順に、テイムにチャレンジしてもらおう」
エバンスはもう1人の男子生徒、次に女生徒を指名してトライさせたが、雷獣を屈服させることさえできなかった。1人は掴もうとした手を針に刺され、もう1人は魔力を練り始めたところで、伸ばした手を雷気で弾かれてのけ反った。
「わははは。まあそうなるな。針は無理に抜こうとするなよ。傷口が汚くなって直りが遅くなるからな。俺が手当てしてやるからちょっと待ってろ」
女生徒が受けた雷気はそれほど強いものではなく、精々びんたを食らった程度の衝撃であった。もっとも彼女にとっては十分強かったらしく、すっかりしょげ返って涙をにじませていた。
「さて、最後はお前だ。無茶をするなよ。雷獣が暴れると怪我が大きくなるからな」
エバンスの警告に頷き、ステファノは静かに手袋を脱いで両手をかごの中に入れた。
「ステファノの名において告げる。我が魔核の一部をお前に授けよう」
ステファノはエバンスが用意した魔石には触れずに、ただ自分の両手を差し出した。
ステファノの言葉を聞き分けたように、雷獣はピクリと鼻先を持ち上げると、空気の匂いを嗅ぐそぶりを見せた。
「我が魔核に宿るは虹の王なり。汝、ナーガの眷属となるや?」
エバンスや2人の生徒には見えていないが、両手の間には凝縮された陰気と陽気が互いを追って渦を巻いていた。
雷獣はその渦に引き付けられるように近づき、震えて這いつくばった。
思わぬ展開に、エバンスは固唾を飲んで見入っていた。
ステファノは雷獣を挟むように両手を差し出し、雷獣に魔核を重ねた。
「受け取れ、我が魔力。新しきナーガの眷属、その名は『雷丸』!」
バリッと音を発して、両手の間から稲光が走った。オゾン臭があたりに漂う。
「お前、何をした……」
呆然と口を開けたエバンスの見つめる中、ステファノはゆっくりとかごから手を引き抜いた。
その手の上には、雷丸と名づけられた雷獣がちんまりと収まっていた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第432話 ああ、ちなみにそいつは雑食だ。」
「これで良いんでしょうか? おとなしくなりましたよ。こいつって何を食べさせたら良いんですかね?」
「それ、それ……」
「テイムした後はかごに入れなくても良いでしょうか?」
驚きが一回りしたのだろう。エバンスはごしごしと両手で顔を擦り、息を吸い込んだ。
「驚いたぜ。まさか成功する奴がいるとはな」
「思いつきでやってみたら、うまくいきました」
「何を思いついたのか知らないが、魔石も使わずにテイムする奴なんて初めて見たぜ」
ステファノはエバンスが貸してくれた魔石に手を触れなかった。
……
◆お楽しみに。
「こいつを懐かせて見せろ」
ひげ面の講師は、教卓に金網製のかごを置いた。
3人しかいない生徒はかごの周りに集まって、中を覗いた。
「ちっちゃ!」
「可愛い……」
「ハリネズミですか?」
真っ黒な顎髭を掻きながらエバンスという講師は問いに答えた。
「アンガス雷ネズミという。これでもれっきとした魔獣だ」
それにしても小さい。大人の親指ほどの大きさしかなかった。
全身を覆う針は純白で、尻尾は見えなかった。
「危険を感じると全身の針を逆立てる。刺さると痛ぇぞ? 気をつけろ」
針には返しがついていて簡単には抜けないらしい。
「雷ネズミというのは……?」
ステファノは雷という言葉に気を引かれた。
「うん。これでも魔獣だからな。いざという時は雷気を発して身を守ることができる」
「へえ。雷獣ですか?」
「そういうことだ」
覗き込まれて怯えたのか、雷ネズミはかごの奥に引っ込んでしまった。拳骨大の石の陰に身を隠している。
「あの黒い石を魔石と言う」
魔獣が住む地域にしか存在しない鉱石なのだとエバンスは言った。
「理屈はまだ解明できていない。魔獣は魔石の側でしか生きられないのだ」
「じゃあ魔石を持って来れば、魔獣を街に連れて来ることができますか?」
「そういうことだ。だが、一般に魔獣は自分の体より大きい魔石を必要とする」
「ああ、それじゃあ大きな魔獣を連れて来るのは大変ですね」
ステファノは人里で魔獣を見掛けない理由に納得した。
「もちろん犬より大きい魔獣など、危険すぎて連れ回せんがな」
エバンスは両手を広げてそう言った。
「その辺りの大きさになると、殺傷能力を持っているからな。たとえテイムされていても檻に入れる必要がある」
「テイムですか?」
聞きなれない言葉に別の生徒が反応した。
「簡単に言えば飼いならすことだ。魔獣の場合は普通の獣とは違い、特別な手順が必要だがな」
その手順とはこうだと言って、エバンスは魔示板に文字を書き連ねた。
「1、魔獣を屈服させる」
「2、魔獣に十分な大きさの魔石を与える」
「3、魔獣に名前をつけ、受け入れさせる」
3つの文章が魔示板に並んでいた。
「魔獣を屈服させるってのは、要するに力の差を納得させるってことだ。戦って押さえつけても良いし、威圧して屈服させても良い。1つだけ言っておくと、優しくしたからって魔獣は懐かないぜ」
エバンスはとろけそうな目で雷ネズミを見つめている女生徒に向けて言った。
「2つめが難しい。純粋な魔鉱石なんて、魔獣の生息地でもそうそう転がっていねぇからな。この魔石だって、つてをたどって入手したもんだ」
魔獣生息地では地中に大量の魔石成分が分布している。土地全体が魔石といっても良い。だが、十分な量の魔石を魔獣が生息する地帯で掘り集めるのは、命の危険を伴う仕事であった。
「今日はこの魔石を貸してやる。それを使ってテイムに挑戦するってわけだ」
髭を撫でながらエバンスは言った。
「えっ? こいつって先生がテイムしたんじゃないんですか?」
テイム済みの魔獣を別人がテイムすることができるのだろうか。ステファノは素朴な疑問を覚えた。
「良い質問だ。他人の使役獣を横取りすることはできねぇ。テイムの上書きは効かねぇってことだな」
「じゃあこいつはテイムされていないんですね」
「そういうことだ。はは、有り体に言えば失敗した」
エバンスは照れ臭そうに頭をかいた。
自分の失敗を率直に認める姿を見て、ステファノはそこはかとなく好感を抱いた。
「だから、俺はこいつの飼い主であっても主人ではねぇ。お前らの誰かがこいつのテイムに成功したら、単位に加えてこいつも譲ってやるぜ」
主なしの魔獣を連れ回すのはあまり良いことではないのだと、エバンスは告げた。
「えっ? ほしいっ!」
思わず声を発したのはさっきの女生徒であった。
「さて、お話はこれまでだ。1人ずつ順に、テイムにチャレンジしてもらおう」
エバンスはもう1人の男子生徒、次に女生徒を指名してトライさせたが、雷獣を屈服させることさえできなかった。1人は掴もうとした手を針に刺され、もう1人は魔力を練り始めたところで、伸ばした手を雷気で弾かれてのけ反った。
「わははは。まあそうなるな。針は無理に抜こうとするなよ。傷口が汚くなって直りが遅くなるからな。俺が手当てしてやるからちょっと待ってろ」
女生徒が受けた雷気はそれほど強いものではなく、精々びんたを食らった程度の衝撃であった。もっとも彼女にとっては十分強かったらしく、すっかりしょげ返って涙をにじませていた。
「さて、最後はお前だ。無茶をするなよ。雷獣が暴れると怪我が大きくなるからな」
エバンスの警告に頷き、ステファノは静かに手袋を脱いで両手をかごの中に入れた。
「ステファノの名において告げる。我が魔核の一部をお前に授けよう」
ステファノはエバンスが用意した魔石には触れずに、ただ自分の両手を差し出した。
ステファノの言葉を聞き分けたように、雷獣はピクリと鼻先を持ち上げると、空気の匂いを嗅ぐそぶりを見せた。
「我が魔核に宿るは虹の王なり。汝、ナーガの眷属となるや?」
エバンスや2人の生徒には見えていないが、両手の間には凝縮された陰気と陽気が互いを追って渦を巻いていた。
雷獣はその渦に引き付けられるように近づき、震えて這いつくばった。
思わぬ展開に、エバンスは固唾を飲んで見入っていた。
ステファノは雷獣を挟むように両手を差し出し、雷獣に魔核を重ねた。
「受け取れ、我が魔力。新しきナーガの眷属、その名は『雷丸』!」
バリッと音を発して、両手の間から稲光が走った。オゾン臭があたりに漂う。
「お前、何をした……」
呆然と口を開けたエバンスの見つめる中、ステファノはゆっくりとかごから手を引き抜いた。
その手の上には、雷丸と名づけられた雷獣がちんまりと収まっていた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第432話 ああ、ちなみにそいつは雑食だ。」
「これで良いんでしょうか? おとなしくなりましたよ。こいつって何を食べさせたら良いんですかね?」
「それ、それ……」
「テイムした後はかごに入れなくても良いでしょうか?」
驚きが一回りしたのだろう。エバンスはごしごしと両手で顔を擦り、息を吸い込んだ。
「驚いたぜ。まさか成功する奴がいるとはな」
「思いつきでやってみたら、うまくいきました」
「何を思いついたのか知らないが、魔石も使わずにテイムする奴なんて初めて見たぜ」
ステファノはエバンスが貸してくれた魔石に手を触れなかった。
……
◆お楽しみに。
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