飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
531 / 694
第5章 ルネッサンス攻防編

第531話 そうか。天秤と名づけたか。

しおりを挟む
 ステファノは左半身に立ち、杖の先端を真後ろに向けた。石を包んだ革帯が地面すれすれに下がるまで、左手に近い石突き側の先端を持ち上げる。

 「色は匂えど 散りぬるをー」

 ステファノはギフト「諸行無常いろはにほへと」の成句を詠唱する。投擲という行為に没入するためだった。ステファノにとって成句詠唱は、最早「魔核マジコア錬成」と同義である。ステファノの体内に高周波化クロックアップされたイドが満ちる。

「んー」

 軽く息を吐き「阿吽あうん」の響きを載せながら、ステファノは杖を振った。肉体と長杖、そしてスリングが1つの存在として同調する。
 鍛え上げた速筋が必要な瞬間のみ収縮し、思考速度で杖を加速させる。

 残像さえぶれる速度で杖は垂直に立ち上がり、そこでぴたりと止まった。ピークに達した運動エネルギーが石に伝わったところで、杖に挟まれていた紐の先端が解放された。
 つぶては地面と水平に紐から撃ち出された。

びょう――」

 不定形の石は空気を斬り裂いて飛んだ。その方向は遠的の中心線に載っている。

「ガッ!」

 石は遠的の1メートル手前で地面に落ち、勢いのまま跳ね返って遠的が取りつけられた立木の幹を撃った。礫の衝撃で樹皮が細かい破片となって飛び散る。

「ふう。少しだけ石を放つのが遅かったようです」

 礫を飛ばした杖を左脚と共に引き戻したステファノは、残心を解きながらネオン師に告げた。

「うん。杖の扱いは見事だな。力みがどこにもない。後は工夫次第だ」

 それだけを言い残し、ネオン師はステファノを1人にした。

「工夫次第か。ふふふ、確かにその通りだ。レシピを活かすも殺すも、工夫次第だからな」

 要するに「さじ加減」というわけだと、ステファノは携えた長杖スタッフをひと撫でした。

「随分大きな匙だけど。大釜でスープを煮込んでいると思えばいいか?」

 とにかく練習を重ねるしかない。右だけでなく、左構えからも撃ち出せるようにしようと、ステファノは稽古を繰り返した。
 幸い杖を振るコツは体に染み込んでいる。修得が必要なのは杖を止めるタイミングだけだった。

 杖を使う投擲には利点もあった。右手に比べて左手が弱い弱点を補ってくれるのだ。
 遠心力と方向の精確性は杖の長さによって保証される。左からの投擲でも、ステファノはタイミングだけを突き詰めれば良かった。

(名前がないと不便だな。杖を使う投擲を何と呼ぼうか?)

 さすがに「右大匙みぎおおさじ」とか「左大匙ひだりおおさじ」では格好がつかない。何か形の似たものはないかと、ステファノは記憶を漁った。

「棒の上げ下げだから……『天秤』でいいか?」

 右から投げる技を「右天秤みぎてんびん」、左からの技を「左天秤ひだりてんびん」と呼ぶことにした。

 使い慣れた杖を活用したことが功を奏した。ステファノは「天秤」の使い方をその日の内に習得することができた。

 ◆◆◆

「そうか。天秤と名づけたか」

 夕刻、狩りから戻ったネオン師はステファノの投擲を検分して言った。
 100メートルの距離で天秤の命中率は9割を超えていた。紐だけで投げるよりも精度が上がっていた。

「今日で初伝は修了としよう。良く稽古したな」
「ありがとうございます。紐でも100メートルを外さないよう、もっと稽古します」

 天秤で当たるという感覚を得たステファノは、それを紐にも生かそうと考えた。極意は1つであるはずだった。

「この道場……と言うのもおこがましいが、ここで学ぶこともそろそろ終わりだな。後は1人でも修行できる」
「まだまだ工夫が足りないと感じますが」
「それは当然だ。やっと礫術の入り口に立ったところだからな。本当に技が身につくには何年もかかるさ」

 調理の技もそうだった。包丁の使い方を習ったからと言って、すぐに千切りの名人になれるものではない。
 何事も日々の積み重ねだった。

「今は足りないことがわかれば良い。不足を知れば、進むべき道はおのずと開かれる」
「動く的に当てるのは難しそうです」

 ステファノは「魔術試技会」のことを思い出していた。弓や槍を使うものも出場していたが、相手が動くと苦労している様子が見えた。
 20メートル、30メートルの距離でもあれなのだ。100メートルも先の標的が動けば、当てるのは相当に難しいだろう。

「その通りだ。それを教えるために、明日からは狩りに連れて行こう」
「先生のお供ですね」
「ははは。それ程大袈裟なものではない。食材を取りに行くだけさ」
「わかりました。よろしくお願いします」

 翌日は朝食後に山に入ることとなった。

 ◆◆◆

(山に入るなら、それなりの身支度をしないとな)

 ステファノは寝床に入り前に、翌日の準備をすることにした。
 そう言っても服は道着しかない。足元も履きなれた革靴で変えようがなかった。

(藪に入れば下ばえが当たるし、蛇や蛭が出るかもしれない)

 道着の下半身はくるぶしがむき出しで心許なかった。

(ゲートル代わりに手拭いを巻いておくか)

 道着のすその上から足首まで手拭いを巻きつけることにした。もう少し厚手の布があれば良かったが、ないよりはましだ。
 山菜やキノコ狩りの経験上、山蛭は厄介だと知っていた。足元ばかりでなく、木の上からもぽたぽたと降って来る。

(笠があれば被りたいが、頭はいつもの手拭いで良しとしよう)

 鉢巻にしている黒手拭いを広げて、頭巾の代わりとする。

「明日は肩にでも乗っていてもらおうかな」

 ステファノは雷丸いかずちまるに語りかけた。いつもは髪の中に潜り込んでいることが多いが、頭巾があってはそうはいかない。懐に入れると、転んだ時に潰しそうだ。

(上半身は道着の下に長袖の下着を着こむとするか。手首から先は手袋で守れるな)

 問題は首筋だった。仕方なく、これも手拭いを襟巻代わりに巻きつけることとした。

(泊まり込みになってもいいように、最低限の野営道具を背嚢に入れていこう)

 王都にやって来る時も野営しながら旅をしたステファノである。野営道具は元々背嚢に納まっていた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第532話 いえ、あれは異常なしの合図ですね。」

「今日もその恰好か……と言っても、それしかないか」

 翌朝、ステファノのいでたちを見てネオン師は頬に手をやった。

「山歩きは初めてでないな? 足元、襟元、袖口は覆ったようだ」
「手拭い頼みでいささか心許ないですが、気をつけて歩きます」

 イドの繭を薄くまとって、蛭などの害虫に備えるつもりだった。野生動物は気配に敏感なので、獲物に近づいたらイドを抑える必要がある。

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

【完結】魔法大戦 〜失われた古代魔法で無双する!〜

加瀬 一葉
ファンタジー
 王立魔法学校。高等部に編入してきた冴えない生徒ラフィト。エリートが集うこの学校で、辺境出身のラフィトは落ちこぼれの劣等生なのだが……。  実は彼は、失われたはずの古代魔法を操る一族の末裔。魔族の脅威が増す時代に、ラフィトは人類を救うことができるのか?  過去と現在が交錯する、魔法ファンタジー。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
リメイク先:「視線が合っただけで美少女が俺に溺れる。異世界で最強のハーレムを作って楽に暮らす」  ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...