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第5章 ルネッサンス攻防編
第543話 そういう時は『縛られても、縛らせるな』。それが極意だ。
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「まずは基本を教えよう。縄抜けとは『縛らせないこと』だ」
流派の極意は初伝にあり。その言葉がここでも正しいとするならば、「縛らせないこと」こそが縄抜けの極意ということになる。
「縛られなければ縄を抜ける必要がないからな。うかうかと縛られる奴は馬鹿だ」
「はあ」
あけすけな言い草に、さしものステファノも押され気味だった。
「ふふ。そう言っても、縄目を逃れられないことがある。押さえつけられたり、気絶させられたり、怪我をさせられたり、刃物で脅されたり」
「人質を取られたり、ですか?」
イドの鎧を持つステファノだが、抵抗を封じられる場面を想像することはできる。精神攻撃もその1つだった。
「そういう時は『縛られても、縛らせるな』。それが極意だ」
ジェラートはなぞなぞのような言葉を吐いた。
ステファノは一瞬俯いて考え込んだが、はっと顔を上げた。
「敵をだませということでしょうか?」
ジェラートは小さく頷いた。
「良い線だ。敵に『縛ったつもり』になってもらうのさ」
縛ったつもりだが、実は縛れていない。その状態を作り出すのが縄抜けの極意だと、ジェラートは言った。
ステファノは見たことがないが、手品師の芸にも縄抜けがある。
舞台上で客に自らの腕を縛らせ、一瞬でその縄から抜けるという芸だ。
本当に縛られていたら、一瞬で縄を抜けることなどできない。縛ったつもりが縛れていない。それが芸としての縄抜けだ。
「腕と腕の間に隙間を作る。角度を変えて、縄が張り詰めているように錯覚させる。簡単に言えばそういうことだよ」
「縛られる時はできるだけ大きくなれということですね」
「そうだ。大きく縛らせ、小さく抜ける。やることはそれだけさ」
縄を抜ける時は縛られる時とは反対に、できるだけ体を小さくする。小さく、そして柔らかく、しなやかに。
「関節の可動域は広い方が良いね。脂肪もなるべくつけないこと」
関節を外すという荒業もあるが、下手をすると体を痛める。手のひら、ひじ、肩、ひざ、くるぶし。関節の曲げ方で体の太さを変える方法の方が実用的だと言う。
「縄の滑りをよくする工夫も色々ある。油や水を垂らしたり、体との間に滑りのよい物を通したり」
肉に食い込むと縄は動かない。薄べらを挿し込んだり、糸を巻きつけたりして「皮」と「肉」を押さえつけて、縄の下をくぐらせる方法もある。
乾燥すると縄を形作る繊維が縮み、湿らせると逆に伸びる。水が手に入らなければ小便をかける方法もある。
「そうすると、俺がやったのは随分力づくの方法だったんですね」
ステファノが言うのは、「角指」で縄を断ち切った方法のことだ。
「時間に余裕があるなら悪い方法ではない。後ろ手の縄目を解くのは難しいからね」
「縛られる時、手はなるべく前で縛らせた方が良いということですね」
アメリカの司法機関では犯人を腹ばいに寝かせ、後ろ手に手錠をかけることが多い。抵抗や脱走を防ぐための措置である。
縛られる手が体の前にくるだけで、行動が格段に自由となる。
「そういうこと。後ろ手に縛られるくらいなら、自分から両手を揃えて体の前に差し出す方が良い」
ステファノが考え方を理解したところで、ジェラートは縄を抜けるための手足の使い方、体の動かし方を細かく教えた。
ステファノはそれを記憶し、縛られている状況を頭の中で再現しながら、想像上の縄から抜ける動きを練習した。
「いいかい。落ち着くことが大切だ。焦って力めば縄が皮膚に食い込む。そうなったら皮膚が充血して体が太くなる。ますます縄から抜けられなくなるからね」
呼吸を浅く、静かに行い。長く吐きながら脱力する。その時に体は一番小さくなる。
「全身に力を入れてはだめだよ。必要な部分にだけ力を入れるんだ。脱力と集中。脱力と集中だ」
形や動きを真似ることと違い、これは難しかった。静と動を同時に行うような――。
「套路か!」
「うん? 何だって?」
唐突なステファノの叫びを、ジェラートはいぶかしんだ。どういうことかとステファノに説明を求めた。
「なるほど。拳法の型ねぇ。ふーん。どんなものか、ちょっと見せてくれるかい?」
「人まねで良ければ」
ステファノに拒む理由はない。自分の発想を確かめる意味でも、ジェラートに套路を見てもらいたかった。
小屋の限られたスペースでも套路を練ることはできる。ステファノは静かに立ち上がり、呼吸を整えた。
丹田に魔核を練りながら、両手を体の前に持ち上げる。
実際にはステファノに「腕を持ち上げる」意識はない。魔核満ちる時、盃から酒があふれ出るように体は自然に動き出していた。
柔らかく緩やかな動きは水の流れか、肌を滑る羽衣か。羽毛のように軽く見えていた手足が、一瞬空気を斬り裂く。ステファノの套路はイドの高周波化により勁を発する。
拳法家であればその働きを「内気功」と呼んだであろう。
正確には武術家でないジェラートは気の動きを読み取ることはできない。しかし、表面的な動きを見極める目は持っていた。
露出したステファノの首筋、手首周辺、くるぶしに一瞬現れる稲妻のような緊張に、ジェラートは瞠目した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第544話 道は1つではないんだねえ。」
「驚いた。僕は専門家じゃないが、なかなかの腕前に見えるよ。修行を始めて1年だって? 大したもんだ」
掛け値なしでジェラートは言った。武術を学んでいると言っても1年未満だと聞いた。まねごと程度の腕前だろうと、ステファノの武術を侮っていたのだ。
「僕に武術の深奥はわからないが、仕事柄筋肉の使い方には敏感なんだ。弛緩から緊張へ一瞬で切り替わる、君の動きには一流の切れ味があるね」
「そこですか。俺の場合は武術の実力よりも、イドの制御から来るものですね」
……
◆お楽しみに。
流派の極意は初伝にあり。その言葉がここでも正しいとするならば、「縛らせないこと」こそが縄抜けの極意ということになる。
「縛られなければ縄を抜ける必要がないからな。うかうかと縛られる奴は馬鹿だ」
「はあ」
あけすけな言い草に、さしものステファノも押され気味だった。
「ふふ。そう言っても、縄目を逃れられないことがある。押さえつけられたり、気絶させられたり、怪我をさせられたり、刃物で脅されたり」
「人質を取られたり、ですか?」
イドの鎧を持つステファノだが、抵抗を封じられる場面を想像することはできる。精神攻撃もその1つだった。
「そういう時は『縛られても、縛らせるな』。それが極意だ」
ジェラートはなぞなぞのような言葉を吐いた。
ステファノは一瞬俯いて考え込んだが、はっと顔を上げた。
「敵をだませということでしょうか?」
ジェラートは小さく頷いた。
「良い線だ。敵に『縛ったつもり』になってもらうのさ」
縛ったつもりだが、実は縛れていない。その状態を作り出すのが縄抜けの極意だと、ジェラートは言った。
ステファノは見たことがないが、手品師の芸にも縄抜けがある。
舞台上で客に自らの腕を縛らせ、一瞬でその縄から抜けるという芸だ。
本当に縛られていたら、一瞬で縄を抜けることなどできない。縛ったつもりが縛れていない。それが芸としての縄抜けだ。
「腕と腕の間に隙間を作る。角度を変えて、縄が張り詰めているように錯覚させる。簡単に言えばそういうことだよ」
「縛られる時はできるだけ大きくなれということですね」
「そうだ。大きく縛らせ、小さく抜ける。やることはそれだけさ」
縄を抜ける時は縛られる時とは反対に、できるだけ体を小さくする。小さく、そして柔らかく、しなやかに。
「関節の可動域は広い方が良いね。脂肪もなるべくつけないこと」
関節を外すという荒業もあるが、下手をすると体を痛める。手のひら、ひじ、肩、ひざ、くるぶし。関節の曲げ方で体の太さを変える方法の方が実用的だと言う。
「縄の滑りをよくする工夫も色々ある。油や水を垂らしたり、体との間に滑りのよい物を通したり」
肉に食い込むと縄は動かない。薄べらを挿し込んだり、糸を巻きつけたりして「皮」と「肉」を押さえつけて、縄の下をくぐらせる方法もある。
乾燥すると縄を形作る繊維が縮み、湿らせると逆に伸びる。水が手に入らなければ小便をかける方法もある。
「そうすると、俺がやったのは随分力づくの方法だったんですね」
ステファノが言うのは、「角指」で縄を断ち切った方法のことだ。
「時間に余裕があるなら悪い方法ではない。後ろ手の縄目を解くのは難しいからね」
「縛られる時、手はなるべく前で縛らせた方が良いということですね」
アメリカの司法機関では犯人を腹ばいに寝かせ、後ろ手に手錠をかけることが多い。抵抗や脱走を防ぐための措置である。
縛られる手が体の前にくるだけで、行動が格段に自由となる。
「そういうこと。後ろ手に縛られるくらいなら、自分から両手を揃えて体の前に差し出す方が良い」
ステファノが考え方を理解したところで、ジェラートは縄を抜けるための手足の使い方、体の動かし方を細かく教えた。
ステファノはそれを記憶し、縛られている状況を頭の中で再現しながら、想像上の縄から抜ける動きを練習した。
「いいかい。落ち着くことが大切だ。焦って力めば縄が皮膚に食い込む。そうなったら皮膚が充血して体が太くなる。ますます縄から抜けられなくなるからね」
呼吸を浅く、静かに行い。長く吐きながら脱力する。その時に体は一番小さくなる。
「全身に力を入れてはだめだよ。必要な部分にだけ力を入れるんだ。脱力と集中。脱力と集中だ」
形や動きを真似ることと違い、これは難しかった。静と動を同時に行うような――。
「套路か!」
「うん? 何だって?」
唐突なステファノの叫びを、ジェラートはいぶかしんだ。どういうことかとステファノに説明を求めた。
「なるほど。拳法の型ねぇ。ふーん。どんなものか、ちょっと見せてくれるかい?」
「人まねで良ければ」
ステファノに拒む理由はない。自分の発想を確かめる意味でも、ジェラートに套路を見てもらいたかった。
小屋の限られたスペースでも套路を練ることはできる。ステファノは静かに立ち上がり、呼吸を整えた。
丹田に魔核を練りながら、両手を体の前に持ち上げる。
実際にはステファノに「腕を持ち上げる」意識はない。魔核満ちる時、盃から酒があふれ出るように体は自然に動き出していた。
柔らかく緩やかな動きは水の流れか、肌を滑る羽衣か。羽毛のように軽く見えていた手足が、一瞬空気を斬り裂く。ステファノの套路はイドの高周波化により勁を発する。
拳法家であればその働きを「内気功」と呼んだであろう。
正確には武術家でないジェラートは気の動きを読み取ることはできない。しかし、表面的な動きを見極める目は持っていた。
露出したステファノの首筋、手首周辺、くるぶしに一瞬現れる稲妻のような緊張に、ジェラートは瞠目した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第544話 道は1つではないんだねえ。」
「驚いた。僕は専門家じゃないが、なかなかの腕前に見えるよ。修行を始めて1年だって? 大したもんだ」
掛け値なしでジェラートは言った。武術を学んでいると言っても1年未満だと聞いた。まねごと程度の腕前だろうと、ステファノの武術を侮っていたのだ。
「僕に武術の深奥はわからないが、仕事柄筋肉の使い方には敏感なんだ。弛緩から緊張へ一瞬で切り替わる、君の動きには一流の切れ味があるね」
「そこですか。俺の場合は武術の実力よりも、イドの制御から来るものですね」
……
◆お楽しみに。
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