飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第5章 ルネッサンス攻防編

第549話 師匠、これが俺の「千変万化」です。

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「はっきり言ってくれるな。俺たちが信用できないってか?」
「はい。旅先で偶然出会っただけの関りですから」

 ステファノは悪びれずそう答えた。おかしな言い分ではない。道中で出会った旅人が追剥に化けるなど、よくある話だった。
 それに、ステファノは一人旅だ。

「そちらは大勢ですし」

 普通に考えれば、危ない状況なのだ。袋叩きにされたら、命が危ない。

「そう言われるとな。口説きようがねえぜ」
「悪く思わないでください。ゴダールさんがどうこうでなく、旅の用心なので」
「むしろ薬を分けてくれたのができすぎなくらいか」

 目を尖らせかけていたゴダールだったが、ステファノの立場に立てばやむないことと受け入れた。

「わかった。これ以上無理強いはしねえ。どこかであったらいつでも声をかけてくれ。どこの町にも伝手つてはある。役に立てることもあるだろうぜ」
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」

 ゴダールが差し出す手をステファノは握り返した。ゴダールの手のひらは分厚くて、堅かった。

 そのままここで野営をしようとしていたゴダール一座だったが、ここで別れた方が良いだろうと、荷物を馬車に積み直した。眠っているアーチャーは、そのままポトスが抱き上げて馬車に運んだ。

「じゃあな、ステファノ。達者でな」

 一言残してゴダールは去っていった。

(用心しすぎたかな?)

 走り去る馬車を見送った後、ステファノは頬を撫でた。

(いや、これが普通のはずだ)

 嫌な奴と思われたかもしれないが、流されるのは良くないとステファノは思い直した。
 なまじ魔法や武術の心得があるため、ステファノが身の危険を感じることは少ない。仮にゴダール一座が総がかりで襲ってきたとしても、逃げ出すだけなら容易いだろう。

 だが、避けられる危険を避けずにいれば、いつかどこかで大怪我をする。上手の手から水が漏れることもあるのだ。

(「急がば回れ」と言うからな)

 日々の鍛錬と同じだな、とステファノは頬を緩めた。

(どれ、俺の方はこのまま野営をするとして、空いた時間は型のおさらいをしようか)

 杖術、縄術、鉄壁の型、套路、柔の受け身、礫術、そして捕縄術。ステファノは流れるように動きを連ねた。
 ただ体を動かすだけでなく、イドの高周波化オーバークロックを同時に行っている。

 さらに複数の型を組み合わせ、動きを複合する。縄術の流れで鉄壁の型に入り、防御の姿勢から套路の動きにつなげる。打ち込む姿勢から受け身を取り、立ち上がると同時に礫を放つ。

 得物をイドで作り出すことも鍛錬の一部だった。空の両手からイドで固めた空気のつぶてを放つ。
 礫は空中で弾けて、蛇尾くもひとでに変化する。

 ステファノは見えないイドの縄で敵を縛る訓練も行った。

(道具がなければイドを使う。魔視脳が使えなければ「内気ないき」を練る。何もなければ徒手で戦う)

 戦い方は無限に存在した。

(師匠、これが俺の「千変万化」です)

 夕暮れ時になるとステファノは鍛錬を終え、浄化魔法で身を清めた。明るさが残る間に生活魔法で夕食を調理し、食事を済ませる。浄化魔法を使えば、片づけは一瞬で終わる。

 陽が沈んでからは魔法の鍛錬を行う。高周波化オーバークロックでイドを活性化し、視覚や聴覚器官の感度を高める訓練をする。ネオン師の父クラウスと同様にステファノは暗視力を身につけ、魔術を使わなくても遠見ができるようになった。

 ステファノは遠眼鏡を必要としなくなった。肉眼で1キロ先の目標を視認し、魔法術式の対象とすることができた。たとえ夜の闇に覆われていてもだ。

 夜が深まれば、ステファノは人目をはばからずに魔法の訓練ができた。
 その最たるものが滑空術だ。

 街道を離れて木立に入ったステファノは、星空を見上げる。
 すうっと息を吸い込んだ次の瞬間、ステファノの体は空高く撃ち出されていた。

(土遁、天狗高跳びの術)

 高跳びの術で移動手段とするなら、制御のしやすさを考えて跳び上がる高さは精々10メートルだった。
 しかし、滑空術につなげるのであればどれだけ高く跳んでも不都合はなかった。

 ステファノの体は垂直に加速を続け、高度300メートルに達した。そこでステファノは上方への引力をキャンセルし、水平方向に自らを加速させた。
 と同時に、イドの翼をまとい、風魔法で揚力を発生させた。

 滑空術の構成は、土魔法(引力)、風魔法(揚力)、イド制御(翼形変化)である。これらに肉体姿勢の変化を組み合わせて空中機動を行うのであった。

 雷丸いかずちまるの挙動から、ステファノは基本的な経験値を共有していた。しかし、それを人間の体に置き換えるには実地でのすり合わせ訓練が必要だった。

 上昇、降下、旋回、宙返りなどの空中機動をステファノは繰り返し練習し、自分用の方法論を体に叩き込んだ。自転車の乗り方を覚えるように、何も考えなくとも体が動くまで反復する。

(これは……楽しいな。いつかすべての人が魔法を使うようになれば、空は人で一杯になるかもね)

 人々の魔視脳まじのうを開放させるのはまだまだ先のことだろう。それまではこの楽しみを人には見せられない。

 ステファノはほんの少し後ろめたさを感じながら、夜の空を散歩した。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第550話 旅をする意味がこういうところにもある。」

「これでいいかな」

 ステファノは峠道を塞いでいた倒木を土魔法で道の脇にどかした。
 強風が吹けば老木は倒れ、大雨が降れば土砂が崩れる。山の道が塞がるのはよくあることだった。

 魔法師の自分が通りかかったのも何かの縁だろう。ステファノはそう思って、障害物に出会う度に取り除いてきた。

(こういう作業も土魔法具があれば、簡単にできる)

 ……

◆お楽しみに。
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