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第5章 ルネッサンス攻防編
第629話 ステファノの標的は倍の距離にしてもらう。
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「第1試合は火属性だ。20メートル先の標的に火魔術を当ててその威力を競う。そちらでは火魔法と呼ぶのだったな? 的を外したら、もちろん負けだ」
標的としてつるされていたのは全身鎧の胴体部分だった。頭部と手足はついていない。大きな亀か、コガネムシに似ていなくもない。
鉄素材の鎧はもちろん不燃性だ。火魔術の的としてはダメージの入りにくい相手であった。
「面白い。競技者の工夫が見どころじゃな」
競技そのものを楽しもうというマランツだったが、競技ルールにサレルモ師の抜け目なさが発揮されているのを感じ取っていた。
(術の発動速度や持続時間を評価の対象から外しとる。そこでステファノにかなう奴はおらんからな)
「協会長、競技方法についてこちらからも注文をつけて構いませんか?」
「……公平なものであれば」
競技の内容が明らかになったところでドリーが口を開いた。サレルモ師は警戒しながらもドリーの申し出を聞くことにした。
「競技は交互に行うことにし、ステファノを後攻にしてほしい」
「それでは相手の手の内が見られる後攻が有利では?」
サレルモ師はピクリと眉を上げて言った。実際には、術の内容をすぐに変えられるものでもない。術行使を見られたからといって取り立てて不利になるものでもないのだが、ここはけん制のためにも抗議をしたのだ。
「代わりと言っては何だが、ステファノの標的は倍の距離にしてもらう」
「何っ! 倍だと?」
40メートルの距離から標的を攻撃するということだ。それができるのは一握りの天才だけであった。
「それなら術をまねしても無駄であろう?」
「むう」
距離20メートル用に最適化した術では距離40メートルをカバーできない。誰にとっても明らかなことだ。
「それでは後攻が圧倒的に不利ではないか?」
自分たちが有利になる話なのだが、あまりにも不自然な申し出にサレルモ師は聞き返さずにいられなかった。
「他意はない。折角の機会なので魔術師協会精鋭の手練をじっくりと拝見したいと思いまして。なあ、ステファノ」
「はい。優れた術を勉強させてもらえるのはありがたいことです」
ドリーはともかく、ステファノにまったく他意はない。純粋にこの機会を喜んでいた。
ドリーはにんまりとほほ笑んで、締めくくる。
「それにこいつにとって40メートルはいつものことなので。不利にはなりません」
「ぬっ! そうか……」
サレルモ師はドリーにいいようにあしらわれている感覚を覚えたが、それをぐっと飲みこんだ。彼女が仕込んだ策はまだ残っている。焦ればドリーの術中に陥るだけだ。
「よかろう。そちらの要求を取り入れよう。左のレンジを距離40メートルに!」
標的の位置が調整され、いよいよ競技が始まることになった。
ステファノが王国魔術競技会準優勝者だということもあり、5人の選抜メンバーは「挑戦者」という面持ちだった。協会長の見守る前で技を競うからには失敗は許されない。緊張するなというのが無理だった。
一番手の挑戦者は赤ら顔の中年男だった。ガボンと名乗った魔術師は火魔術のスペシャリストだ。
「炎よ。炎よ。炎よ。火炎流――行け!」
短杖を掲げ頭上でぐるぐると回し、ガボンは標的に向かって思い切り腕を振った。
すると、短杖の先から炎が飛び出し、みるみる太い炎の帯となった。オレンジ色に燃える火炎流はコルク抜きのようならせんを描きながら標的に襲いかかった。
轟々と音を立てながら、火炎の流れは金属鎧にしばらく注ぎ続けた。炎を浴び続けた胴の中程は、真っ赤に焼けて内側に凹んだ。
そのままでは標的へのダメージが検分できない。標的は温度が下がるまでしばらく放置された。
ようやく手を触れられるほどになったところで、サレルモ師とマランツ師立ち合いの下、ダメージの検証が行われた。金属鎧の中央部が直径約25センチの範囲で陥没し、最も大きいところで5センチも分厚い装甲がへこんでいた。
「なかなか見事な火魔術じゃな。単発の火球ではなく、つながった火炎の流れを飛ばしたことで威力を増しておった。炎にらせんを描かせたところも効果範囲の拡大に結びついておる」
マランツは素直に賛辞を贈った。20メートルという距離では標的にダメージを通すこと自体、簡単ではない。飛ばした炎に十分な勢いを持ち続けさせるには、「燃焼」という現象の理解と精緻な術式が必要だった。
「次はそちらの番だな。ステファノがどんな術を見せてくれるのか、楽しみだ」
サレルモは表情を変えずに言った。
ガボンに比べてステファノは倍の距離である40メートル先の標的を狙わなかればならない。術の難易度がはるかに上がる。
40メートルの彼方に有効な炎を届かせること。確実に的を捉えること。その上で、ガボンを上回る威力を確保しなければならない。しかもそれを、火魔法単体で成し遂げなければならなかった。
(土魔法か風魔法との複合魔法なら威力は増すが……それは封じられておるからの)
圧縮や空気補給などの威力増大手段が使えない。これは火炎の燃焼制御そのものの優劣が問われる競技条件であった。
(ふむ。火魔術の腕を競い合うにはよくできたルールかもしれん。但し、普通の術者の場合じゃが)
マランツはステファノが普通でないことを知っている。40メートルの距離がステファノの障害とはならないことを。
「では、ステファノ。魔術師協会のみなさまの前で標的を燃やしてみせろ。遠慮なくな」
唇は微笑みの形を作りながらも目だけは冷たい色のまま、ドリーはステファノを促した。
「一応お断りしておきますが、俺の火魔法はみなさんの火魔術とはちょっと違いますよ?」
やんわりと釘を刺しながら、ステファノが競技位置に進み出た。その足取りには何の気負いもなかった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第630話 生活魔法、『鍛冶屋の竈』!」
試射場に集まった魔術師協会のメンバーたちはステファノの一挙手一投足に注目していた。協会長でもある上級魔術師サレルモとほぼ互角に渡り合った男が目の前にいる。どんな術を使うのか、見逃すまいと目を凝らす。
多くの人間にとってステファノは初めて見る術者だ。どこにでもいそうなあか抜けない若者は、今からどんな術を使うのか? どんな詠唱を行うのか? どのような魔術発動体を用いるのか?
試射場の期待と緊張が高まり切った時、ステファノはすっと両手を前に上げ、手のひらを前方に向けた。
両手の親指と人差し指で三角形の窓を作り、その中に標的の鎧を納めた。
……
◆お楽しみに。
標的としてつるされていたのは全身鎧の胴体部分だった。頭部と手足はついていない。大きな亀か、コガネムシに似ていなくもない。
鉄素材の鎧はもちろん不燃性だ。火魔術の的としてはダメージの入りにくい相手であった。
「面白い。競技者の工夫が見どころじゃな」
競技そのものを楽しもうというマランツだったが、競技ルールにサレルモ師の抜け目なさが発揮されているのを感じ取っていた。
(術の発動速度や持続時間を評価の対象から外しとる。そこでステファノにかなう奴はおらんからな)
「協会長、競技方法についてこちらからも注文をつけて構いませんか?」
「……公平なものであれば」
競技の内容が明らかになったところでドリーが口を開いた。サレルモ師は警戒しながらもドリーの申し出を聞くことにした。
「競技は交互に行うことにし、ステファノを後攻にしてほしい」
「それでは相手の手の内が見られる後攻が有利では?」
サレルモ師はピクリと眉を上げて言った。実際には、術の内容をすぐに変えられるものでもない。術行使を見られたからといって取り立てて不利になるものでもないのだが、ここはけん制のためにも抗議をしたのだ。
「代わりと言っては何だが、ステファノの標的は倍の距離にしてもらう」
「何っ! 倍だと?」
40メートルの距離から標的を攻撃するということだ。それができるのは一握りの天才だけであった。
「それなら術をまねしても無駄であろう?」
「むう」
距離20メートル用に最適化した術では距離40メートルをカバーできない。誰にとっても明らかなことだ。
「それでは後攻が圧倒的に不利ではないか?」
自分たちが有利になる話なのだが、あまりにも不自然な申し出にサレルモ師は聞き返さずにいられなかった。
「他意はない。折角の機会なので魔術師協会精鋭の手練をじっくりと拝見したいと思いまして。なあ、ステファノ」
「はい。優れた術を勉強させてもらえるのはありがたいことです」
ドリーはともかく、ステファノにまったく他意はない。純粋にこの機会を喜んでいた。
ドリーはにんまりとほほ笑んで、締めくくる。
「それにこいつにとって40メートルはいつものことなので。不利にはなりません」
「ぬっ! そうか……」
サレルモ師はドリーにいいようにあしらわれている感覚を覚えたが、それをぐっと飲みこんだ。彼女が仕込んだ策はまだ残っている。焦ればドリーの術中に陥るだけだ。
「よかろう。そちらの要求を取り入れよう。左のレンジを距離40メートルに!」
標的の位置が調整され、いよいよ競技が始まることになった。
ステファノが王国魔術競技会準優勝者だということもあり、5人の選抜メンバーは「挑戦者」という面持ちだった。協会長の見守る前で技を競うからには失敗は許されない。緊張するなというのが無理だった。
一番手の挑戦者は赤ら顔の中年男だった。ガボンと名乗った魔術師は火魔術のスペシャリストだ。
「炎よ。炎よ。炎よ。火炎流――行け!」
短杖を掲げ頭上でぐるぐると回し、ガボンは標的に向かって思い切り腕を振った。
すると、短杖の先から炎が飛び出し、みるみる太い炎の帯となった。オレンジ色に燃える火炎流はコルク抜きのようならせんを描きながら標的に襲いかかった。
轟々と音を立てながら、火炎の流れは金属鎧にしばらく注ぎ続けた。炎を浴び続けた胴の中程は、真っ赤に焼けて内側に凹んだ。
そのままでは標的へのダメージが検分できない。標的は温度が下がるまでしばらく放置された。
ようやく手を触れられるほどになったところで、サレルモ師とマランツ師立ち合いの下、ダメージの検証が行われた。金属鎧の中央部が直径約25センチの範囲で陥没し、最も大きいところで5センチも分厚い装甲がへこんでいた。
「なかなか見事な火魔術じゃな。単発の火球ではなく、つながった火炎の流れを飛ばしたことで威力を増しておった。炎にらせんを描かせたところも効果範囲の拡大に結びついておる」
マランツは素直に賛辞を贈った。20メートルという距離では標的にダメージを通すこと自体、簡単ではない。飛ばした炎に十分な勢いを持ち続けさせるには、「燃焼」という現象の理解と精緻な術式が必要だった。
「次はそちらの番だな。ステファノがどんな術を見せてくれるのか、楽しみだ」
サレルモは表情を変えずに言った。
ガボンに比べてステファノは倍の距離である40メートル先の標的を狙わなかればならない。術の難易度がはるかに上がる。
40メートルの彼方に有効な炎を届かせること。確実に的を捉えること。その上で、ガボンを上回る威力を確保しなければならない。しかもそれを、火魔法単体で成し遂げなければならなかった。
(土魔法か風魔法との複合魔法なら威力は増すが……それは封じられておるからの)
圧縮や空気補給などの威力増大手段が使えない。これは火炎の燃焼制御そのものの優劣が問われる競技条件であった。
(ふむ。火魔術の腕を競い合うにはよくできたルールかもしれん。但し、普通の術者の場合じゃが)
マランツはステファノが普通でないことを知っている。40メートルの距離がステファノの障害とはならないことを。
「では、ステファノ。魔術師協会のみなさまの前で標的を燃やしてみせろ。遠慮なくな」
唇は微笑みの形を作りながらも目だけは冷たい色のまま、ドリーはステファノを促した。
「一応お断りしておきますが、俺の火魔法はみなさんの火魔術とはちょっと違いますよ?」
やんわりと釘を刺しながら、ステファノが競技位置に進み出た。その足取りには何の気負いもなかった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第630話 生活魔法、『鍛冶屋の竈』!」
試射場に集まった魔術師協会のメンバーたちはステファノの一挙手一投足に注目していた。協会長でもある上級魔術師サレルモとほぼ互角に渡り合った男が目の前にいる。どんな術を使うのか、見逃すまいと目を凝らす。
多くの人間にとってステファノは初めて見る術者だ。どこにでもいそうなあか抜けない若者は、今からどんな術を使うのか? どんな詠唱を行うのか? どのような魔術発動体を用いるのか?
試射場の期待と緊張が高まり切った時、ステファノはすっと両手を前に上げ、手のひらを前方に向けた。
両手の親指と人差し指で三角形の窓を作り、その中に標的の鎧を納めた。
……
◆お楽しみに。
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