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第5章 ルネッサンス攻防編
第646話 ふうん。おかしな話ね。
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「ふふふ。相変わらずせっかちね。久しぶりに会うんだから、お茶くらい落ち着いて飲みなさいよ」
プリシラは大人の女性に成長していた。健康的な溌溂さはそのままに、女性らしいしなやかさを備えている。その落ち着きは時として同世代であるはずのステファノをどぎまぎさせる。
頬に散ったそばかすが少女時代と同じ人物であることを思い出させるが、自分より年下であることを忘れそうになるステファノだった。
「う、うん。すごい発明なんで早く教えたかったんだ。少し落ち着くとするよ」
ステファノは自分に言い聞かせるようにして、プリシラが入れてくれた紅茶を口にした。ウニベルシタスで飲んでいるものと同じ茶葉だが、プリシラが入れるものは味わいが違う気がする。
「落ちついたら、この前来た時から今日までのことを教えて」
2人が再会する時は、こうしてお互いの身の回りで起きた出来事を報告しあう。プリシラの報告は自分の勉強状況について、それと商会の近況が主だった。
ステファノの方はウニベルシタスの近況報告だったが、発明品や新しい技術の報告が切れることはなかった。
「この間の話。マルチェルさん、ドイルさんとドリーさんが王立騎士団に『合同演習』に行ってね? その後、マランツ先生、ドリーさんと俺とで魔法師協会に出向いたんだ」
「どういうこと? 合同演習って何? 騎士団と魔法師協会って何か関係があるの?」
「それなんだけど、実はちょっときな臭い話があったんだよ」
ステファノは反ウニベルシタスの動きが王立騎士団に存在したという話をプリシラに教えた。さすがに「神の如きもの」と「まつろわぬもの」についての疑いには言及しなかったが。
「ふうん。おかしな話ね。イドの制御って騎士団の役にも立つんでしょう? それなのに、どうしてウニベルシタスに反対するのかしら?」
「うん。イドの制御の習得に苦労する人たちが反対しているらしいよ」
「いやね。そんなの逆恨みじゃない。相手にしなければいいのよ」
ウニベルシタスとも騎士団とも関りのないプリシラはずばりと反ウニベルシタス勢力を切り捨ててみせた。
いささか乱暴な気もするが、言われてみるとプリシラが正しい気がしてきた。
「イドの制御がいいものだったら、反対する人がいたってやがて広がっていくもんでしょ?」
「その通りだね」
利害関係のないプリシラの見方は単純だ。価値のあるものは残り、広がるはずだと。確かにその通りなのだろう。ステファノは目を開かされた思いがする。
反魔抗気党がウニベルシタスに反対したところで、ウニベルシタスでやるべきことは変わらない。正しいと信じる道を教え広めるだけである。
正しいことだという自信はある。
「何も恐れることはないんだね」
「そういうこと。でも、用心だけはしておいてね? 物騒なことはいつ起きるかわからないから」
「ああ。わかってる」
ステファノは無意識に手首の傷あとを撫でた。視野の端でそれを認めたプリシラの顔が一瞬曇る。
理不尽な暴力に苛まれた経験がステファノにはある。道理を守り、人を傷つけぬように生きていても、争いに巻き込まれることがある。
悲しいことではあるが、それもまた事実だった。
「構内には『結界』を引いてあるし、職員には護身具を身につけてもらっているよ。もちろん俺も」
「刃物も魔法も跳ね返せるのよね?」
「対抗しにくい精神攻撃も護身具が防御してくれるよ。――でも、こういうものを隠れて使われたら防げないかも」
ステファノは今回持参した品物の1つを取り出した。
「うわあ。随分細い針ね」
「旦那様の発案で作った、医療魔法用の魔法発動具さ。魔鍼て言うんだ」
「治療に使うものなんでしょ?」
「そうだけど……悪用すれば人を攻撃することにも使える」
ステファノの言葉を聞いて、プリシラは魔鍼に伸ばしかけていた手を引っ込めた。
「こんなに細くても、武器になるのね」
「うん……。魔法に使えば人を体内から破壊できる」
部屋の空気が重くなった。
目の前に人を殺せる道具がある。そう知ってしまったら、人はうまく笑えなくなる。
だが、それは魔鍼に始まったことではない。ここはネルソン商会だ。少量で人を殺せる毒薬をいくつも置いている。
毒薬も魔法で防げない攻撃の1つだった。
「結局、人の悪意から完全に身を守る方法はないんだよ」
「――そうかもしれないわね」
針1つとってもそうだ。魔法発動具として使わなくても、毒を塗れば人を刺し殺すことができる。
考えられる用心をした後は、できるだけ人を近づけぬようにすることしかやれることはない。お互いに気をつけよう。2人にはそう言い交わすことしかできなかった。
「何だか暗い話になっちゃったね。明るい話もあるんだよ? 新しい魔法を工夫したんだ」
「へえ、どんな魔法?」
気分を変えようとするステファノの意図をくんで、プリシラは明るい声で問いかけた。
「まあ見ていてごらん」
ステファノは用意しておいた薬草を小皿の上に置いた。興味深げに見守るプリシラの視線の先で、ステファノの右手が薬草の上にかざされる。
「生活魔法『結氷』! そして『解氷』!」
薬草が一瞬白く凍りついたと思うと、次の瞬間にはばらばらの粉になって皿の上に広がった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第647話 これなら加工が楽になるわね。」
「えっ? 何をしたの?」
目にしたものが理解できず、プリシラは息を飲んだ。
「えと、まず一瞬で凍らせて、それから一瞬で水分を飛ばしたんだ」
ステファノはたった今使った魔法のことを、そう説明した。
「結氷~解氷」。やっていることは急速冷凍乾燥だ。
……
◆お楽しみに。
プリシラは大人の女性に成長していた。健康的な溌溂さはそのままに、女性らしいしなやかさを備えている。その落ち着きは時として同世代であるはずのステファノをどぎまぎさせる。
頬に散ったそばかすが少女時代と同じ人物であることを思い出させるが、自分より年下であることを忘れそうになるステファノだった。
「う、うん。すごい発明なんで早く教えたかったんだ。少し落ち着くとするよ」
ステファノは自分に言い聞かせるようにして、プリシラが入れてくれた紅茶を口にした。ウニベルシタスで飲んでいるものと同じ茶葉だが、プリシラが入れるものは味わいが違う気がする。
「落ちついたら、この前来た時から今日までのことを教えて」
2人が再会する時は、こうしてお互いの身の回りで起きた出来事を報告しあう。プリシラの報告は自分の勉強状況について、それと商会の近況が主だった。
ステファノの方はウニベルシタスの近況報告だったが、発明品や新しい技術の報告が切れることはなかった。
「この間の話。マルチェルさん、ドイルさんとドリーさんが王立騎士団に『合同演習』に行ってね? その後、マランツ先生、ドリーさんと俺とで魔法師協会に出向いたんだ」
「どういうこと? 合同演習って何? 騎士団と魔法師協会って何か関係があるの?」
「それなんだけど、実はちょっときな臭い話があったんだよ」
ステファノは反ウニベルシタスの動きが王立騎士団に存在したという話をプリシラに教えた。さすがに「神の如きもの」と「まつろわぬもの」についての疑いには言及しなかったが。
「ふうん。おかしな話ね。イドの制御って騎士団の役にも立つんでしょう? それなのに、どうしてウニベルシタスに反対するのかしら?」
「うん。イドの制御の習得に苦労する人たちが反対しているらしいよ」
「いやね。そんなの逆恨みじゃない。相手にしなければいいのよ」
ウニベルシタスとも騎士団とも関りのないプリシラはずばりと反ウニベルシタス勢力を切り捨ててみせた。
いささか乱暴な気もするが、言われてみるとプリシラが正しい気がしてきた。
「イドの制御がいいものだったら、反対する人がいたってやがて広がっていくもんでしょ?」
「その通りだね」
利害関係のないプリシラの見方は単純だ。価値のあるものは残り、広がるはずだと。確かにその通りなのだろう。ステファノは目を開かされた思いがする。
反魔抗気党がウニベルシタスに反対したところで、ウニベルシタスでやるべきことは変わらない。正しいと信じる道を教え広めるだけである。
正しいことだという自信はある。
「何も恐れることはないんだね」
「そういうこと。でも、用心だけはしておいてね? 物騒なことはいつ起きるかわからないから」
「ああ。わかってる」
ステファノは無意識に手首の傷あとを撫でた。視野の端でそれを認めたプリシラの顔が一瞬曇る。
理不尽な暴力に苛まれた経験がステファノにはある。道理を守り、人を傷つけぬように生きていても、争いに巻き込まれることがある。
悲しいことではあるが、それもまた事実だった。
「構内には『結界』を引いてあるし、職員には護身具を身につけてもらっているよ。もちろん俺も」
「刃物も魔法も跳ね返せるのよね?」
「対抗しにくい精神攻撃も護身具が防御してくれるよ。――でも、こういうものを隠れて使われたら防げないかも」
ステファノは今回持参した品物の1つを取り出した。
「うわあ。随分細い針ね」
「旦那様の発案で作った、医療魔法用の魔法発動具さ。魔鍼て言うんだ」
「治療に使うものなんでしょ?」
「そうだけど……悪用すれば人を攻撃することにも使える」
ステファノの言葉を聞いて、プリシラは魔鍼に伸ばしかけていた手を引っ込めた。
「こんなに細くても、武器になるのね」
「うん……。魔法に使えば人を体内から破壊できる」
部屋の空気が重くなった。
目の前に人を殺せる道具がある。そう知ってしまったら、人はうまく笑えなくなる。
だが、それは魔鍼に始まったことではない。ここはネルソン商会だ。少量で人を殺せる毒薬をいくつも置いている。
毒薬も魔法で防げない攻撃の1つだった。
「結局、人の悪意から完全に身を守る方法はないんだよ」
「――そうかもしれないわね」
針1つとってもそうだ。魔法発動具として使わなくても、毒を塗れば人を刺し殺すことができる。
考えられる用心をした後は、できるだけ人を近づけぬようにすることしかやれることはない。お互いに気をつけよう。2人にはそう言い交わすことしかできなかった。
「何だか暗い話になっちゃったね。明るい話もあるんだよ? 新しい魔法を工夫したんだ」
「へえ、どんな魔法?」
気分を変えようとするステファノの意図をくんで、プリシラは明るい声で問いかけた。
「まあ見ていてごらん」
ステファノは用意しておいた薬草を小皿の上に置いた。興味深げに見守るプリシラの視線の先で、ステファノの右手が薬草の上にかざされる。
「生活魔法『結氷』! そして『解氷』!」
薬草が一瞬白く凍りついたと思うと、次の瞬間にはばらばらの粉になって皿の上に広がった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第647話 これなら加工が楽になるわね。」
「えっ? 何をしたの?」
目にしたものが理解できず、プリシラは息を飲んだ。
「えと、まず一瞬で凍らせて、それから一瞬で水分を飛ばしたんだ」
ステファノはたった今使った魔法のことを、そう説明した。
「結氷~解氷」。やっていることは急速冷凍乾燥だ。
……
◆お楽しみに。
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