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第5章 ルネッサンス攻防編
第648話 こんたどごろ見でも面白ぐねべに。
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「あれっ? サルコじゃないか!」
すごまれて怯むどころか、ステファノは懐かしさに声を上げた。
そこにいたのは、初めてネルソン商会に来たステファノを同僚として迎えてくれたサルコだった。
「ん? 何だ、馴れ馴れしぇな。誰だ、おめだば?」
「俺だよ、ステファノだよ! 久しぶりだね」
「……ああ、ステファノが。変わらねな」
サルコは頭の天辺から足元までステファノをじっくり眺めまわすと、手拭いでしたたる汗を拭った。
「どうした? 何の用だ?」
近くにいた若者がサルコから柄杓を受け取り、鍋の世話を引き継いだ。湯を沸騰させている間はかき回し続けないといけないようだ。
「サポリからいろいろ納品に来たんだ。それで、窯場を見学させてもらいたいと思って」
「こんたどごろ見でも面白ぐねべに。暑いだけだべ」
サルコは口下手で客の相手をするのに向いていない。ネルソンはそれを見て、製剤の現場に彼を配置した。
辛抱強く、生真面目なサルコの性格は地味な作業を長時間続けなければならない裏方に向いていたのだ。
「今やっていたのは抗菌剤の抽出作業かい?」
「おお、そだ。まだまだ夕方くらいまで煮込まねばなんね。それがどした?」
「うん。その抽出作業の時間短縮ができないかと思って」
ステファノはまず乾燥粉砕具を取り出して、その使い方をサルコに説明した。
「ふうん。随分と容易ぐ、粉になるな。これ煮るのが?」
キノコを細かくするだけなら他にも方法はある。しかし、乾燥粉砕具を使えば細胞を破壊しつつ均一に粉砕することができる。薬効成分抽出に最も適した方法なのだ。
素材を粉砕することで抽出時間は半分以下になるだろう。
「それだけじゃない。もう1つ工夫があるんだ」
ステファノはサルコと交代した若者がかき回している大鍋に近づいた。大鍋がかけられている竈は魔道具である。つまみを捻れば炎を出さずに鍋を加熱することができる。
キムラーヤ商会が製造したものだった。
ステファノは傍らに置かれた大鍋の蓋に手をかざした。
「水と素材。それらにかかる因と果を結ぶ『時』を捉え、この世の外で道をつなげ。因と果を隣り合わせに」
ステファノは因果をつなぐ紐を想像し、それを折り曲げて因果を隣り合わせにした。そのイメージを術式に籠め、鍋蓋に付与する。
鍋蓋全体がかすかに白く光った。
「これでいいはずだ。この蓋を鍋に被せれば、一気に煮込みが終わるよ」
「本当が? どんたごどだ?」
戸惑いながらもサルコは鍋蓋を手に取り、大鍋に被せた。すると、蓋の隙間からぴかりと光が漏れたかと思うと、続けて大量の湯気が噴き出した。
「おっと! 噴ぎこぼれる!」
サルコは慌てて蓋を外した。
目の前が真っ白になるほどの湯気が上がり、今までとは比べ物にならないほどの臭気があふれ出す。
「おお! こえだば!」
「どうやらうまくいったみたいだ」
湯気が収まると鍋の中身が見えるようになった。しっかりと薬効成分が煮出されており、湯の色が濃い黄色に変わっている。
「本当だ! しっかり煮出しがでぎでら!」
サルコは鍋蓋を握りしめたまま、目を丸くして叫んだ。
本来は1日がかりの仕事が一瞬で終わってしまったのだ。驚くのが当たり前だった。
「乾燥粉砕具で材料を粉にしてから使えば、薬効成分をもっとたくさん抽出できると思うよ」
ステファノは呆然と立ち尽くすサルコに、魔道具を使った作業の要領を説明した。サルコは言葉もなく、繰り返し頷くことしかできなかった。
「すごいわね、ステファノ! こんな魔法も使えるんだ」
ステファノの魔法付与とその成果を目の前で見て、プリシラは感動をあらわにした。
「最近覚えたばっかりなんだ。時間短縮魔法――かな?」
「ふうん。よくわからないけど、すごそうね。卵が鶏になったりするのかしら?」
プリシラは顎に手を添えて小首を傾けた。
「それは……無理だね。生物には効かないし、複雑な変化をさせるのは無理なんだ」
「そうか。でも、その方がいいわね。魔法でお婆さんにされたら大変だもの」
当惑するステファノを見て、プリシラは笑った。
「ステファノ、この鍋蓋このまま使わせでもらってえのが?」
驚きに固まっていたサルコがようやく平静を取り戻して、尋ねた。
「もちろんだよ。仕事が楽になればいいんだけど」
「そだな。時間かげずに煮出しがでぎるようになるが、その分仕事量増えるえんた」
「それじゃ本末転倒だよ。出来高は上がるんだから、休みを増やして気楽に働いてほしいな」
「それもそうだが。まんず、あまり根詰めねようにするさ」
仏頂面が普通のサルコが、最後はわずかに笑みを見せた。
(相変わらず馬鹿正直っていうか、まじめだな。――裏方に回ってから以前より訛りが強くなった気がする?)
変わらないようで6年の歳月は人を変えている。笑顔を返しながらもステファノは、しみじみと過ぎ去った年月を感じていた。
◆◆◆
「それじゃあね、プリシラ」
「うん。ステファノ、また来てね。今日はありがとう」
軽く手を振って、ステファノは魔動車を始動した。昨日の内にサポリに持ち帰る品々を荷台に積みこんである。
滑空術のように半日でひとっ飛びとはいかないが、夕方にはサポリまで帰りつく予定だった。
走り出した魔動車とは逆の方向から、がっちりした人影がネルソン商会に近づいた。
「すまない。君はネルソン商会の人間かね?」
「はい、いらっしゃいませ。今日は何の御用でしょうか?」
プリシラは商売人の顔に戻って壮年の男に挨拶した。腰の剣と見事な立ち姿から見て、身分のある騎士に違いない。
「抗菌剤と毒消し、それに傷薬の仕入れについて相談したいのでやってきた。言い遅れたが、わたしは王立騎士団の団長を務めるシュルツという者だ」
シュルツは名乗りながらかすかにほほ笑んだ。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第649話 「イドの釘」は打ち込んだ。」
「王立騎士団のシュルツ様! これは失礼いたしました! ただいま奥へご案内いたします」
プリシラは深く頭を下げてから、シュルツを商談用の応接室へと案内した。自分では手に余るので、店主のコッシュを呼ぶつもりである。
部屋の入り口で若いメイドに紅茶を用意するように指示し、自分はシュルツを誘って応接室に入った。
「どうぞおかけください」
「うむ。休ませてもらおう」
「商会の主コッシュを呼びますので、よろしければ本日の御用向きを改めてお聞かせください」
……
◆お楽しみに。
すごまれて怯むどころか、ステファノは懐かしさに声を上げた。
そこにいたのは、初めてネルソン商会に来たステファノを同僚として迎えてくれたサルコだった。
「ん? 何だ、馴れ馴れしぇな。誰だ、おめだば?」
「俺だよ、ステファノだよ! 久しぶりだね」
「……ああ、ステファノが。変わらねな」
サルコは頭の天辺から足元までステファノをじっくり眺めまわすと、手拭いでしたたる汗を拭った。
「どうした? 何の用だ?」
近くにいた若者がサルコから柄杓を受け取り、鍋の世話を引き継いだ。湯を沸騰させている間はかき回し続けないといけないようだ。
「サポリからいろいろ納品に来たんだ。それで、窯場を見学させてもらいたいと思って」
「こんたどごろ見でも面白ぐねべに。暑いだけだべ」
サルコは口下手で客の相手をするのに向いていない。ネルソンはそれを見て、製剤の現場に彼を配置した。
辛抱強く、生真面目なサルコの性格は地味な作業を長時間続けなければならない裏方に向いていたのだ。
「今やっていたのは抗菌剤の抽出作業かい?」
「おお、そだ。まだまだ夕方くらいまで煮込まねばなんね。それがどした?」
「うん。その抽出作業の時間短縮ができないかと思って」
ステファノはまず乾燥粉砕具を取り出して、その使い方をサルコに説明した。
「ふうん。随分と容易ぐ、粉になるな。これ煮るのが?」
キノコを細かくするだけなら他にも方法はある。しかし、乾燥粉砕具を使えば細胞を破壊しつつ均一に粉砕することができる。薬効成分抽出に最も適した方法なのだ。
素材を粉砕することで抽出時間は半分以下になるだろう。
「それだけじゃない。もう1つ工夫があるんだ」
ステファノはサルコと交代した若者がかき回している大鍋に近づいた。大鍋がかけられている竈は魔道具である。つまみを捻れば炎を出さずに鍋を加熱することができる。
キムラーヤ商会が製造したものだった。
ステファノは傍らに置かれた大鍋の蓋に手をかざした。
「水と素材。それらにかかる因と果を結ぶ『時』を捉え、この世の外で道をつなげ。因と果を隣り合わせに」
ステファノは因果をつなぐ紐を想像し、それを折り曲げて因果を隣り合わせにした。そのイメージを術式に籠め、鍋蓋に付与する。
鍋蓋全体がかすかに白く光った。
「これでいいはずだ。この蓋を鍋に被せれば、一気に煮込みが終わるよ」
「本当が? どんたごどだ?」
戸惑いながらもサルコは鍋蓋を手に取り、大鍋に被せた。すると、蓋の隙間からぴかりと光が漏れたかと思うと、続けて大量の湯気が噴き出した。
「おっと! 噴ぎこぼれる!」
サルコは慌てて蓋を外した。
目の前が真っ白になるほどの湯気が上がり、今までとは比べ物にならないほどの臭気があふれ出す。
「おお! こえだば!」
「どうやらうまくいったみたいだ」
湯気が収まると鍋の中身が見えるようになった。しっかりと薬効成分が煮出されており、湯の色が濃い黄色に変わっている。
「本当だ! しっかり煮出しがでぎでら!」
サルコは鍋蓋を握りしめたまま、目を丸くして叫んだ。
本来は1日がかりの仕事が一瞬で終わってしまったのだ。驚くのが当たり前だった。
「乾燥粉砕具で材料を粉にしてから使えば、薬効成分をもっとたくさん抽出できると思うよ」
ステファノは呆然と立ち尽くすサルコに、魔道具を使った作業の要領を説明した。サルコは言葉もなく、繰り返し頷くことしかできなかった。
「すごいわね、ステファノ! こんな魔法も使えるんだ」
ステファノの魔法付与とその成果を目の前で見て、プリシラは感動をあらわにした。
「最近覚えたばっかりなんだ。時間短縮魔法――かな?」
「ふうん。よくわからないけど、すごそうね。卵が鶏になったりするのかしら?」
プリシラは顎に手を添えて小首を傾けた。
「それは……無理だね。生物には効かないし、複雑な変化をさせるのは無理なんだ」
「そうか。でも、その方がいいわね。魔法でお婆さんにされたら大変だもの」
当惑するステファノを見て、プリシラは笑った。
「ステファノ、この鍋蓋このまま使わせでもらってえのが?」
驚きに固まっていたサルコがようやく平静を取り戻して、尋ねた。
「もちろんだよ。仕事が楽になればいいんだけど」
「そだな。時間かげずに煮出しがでぎるようになるが、その分仕事量増えるえんた」
「それじゃ本末転倒だよ。出来高は上がるんだから、休みを増やして気楽に働いてほしいな」
「それもそうだが。まんず、あまり根詰めねようにするさ」
仏頂面が普通のサルコが、最後はわずかに笑みを見せた。
(相変わらず馬鹿正直っていうか、まじめだな。――裏方に回ってから以前より訛りが強くなった気がする?)
変わらないようで6年の歳月は人を変えている。笑顔を返しながらもステファノは、しみじみと過ぎ去った年月を感じていた。
◆◆◆
「それじゃあね、プリシラ」
「うん。ステファノ、また来てね。今日はありがとう」
軽く手を振って、ステファノは魔動車を始動した。昨日の内にサポリに持ち帰る品々を荷台に積みこんである。
滑空術のように半日でひとっ飛びとはいかないが、夕方にはサポリまで帰りつく予定だった。
走り出した魔動車とは逆の方向から、がっちりした人影がネルソン商会に近づいた。
「すまない。君はネルソン商会の人間かね?」
「はい、いらっしゃいませ。今日は何の御用でしょうか?」
プリシラは商売人の顔に戻って壮年の男に挨拶した。腰の剣と見事な立ち姿から見て、身分のある騎士に違いない。
「抗菌剤と毒消し、それに傷薬の仕入れについて相談したいのでやってきた。言い遅れたが、わたしは王立騎士団の団長を務めるシュルツという者だ」
シュルツは名乗りながらかすかにほほ笑んだ。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第649話 「イドの釘」は打ち込んだ。」
「王立騎士団のシュルツ様! これは失礼いたしました! ただいま奥へご案内いたします」
プリシラは深く頭を下げてから、シュルツを商談用の応接室へと案内した。自分では手に余るので、店主のコッシュを呼ぶつもりである。
部屋の入り口で若いメイドに紅茶を用意するように指示し、自分はシュルツを誘って応接室に入った。
「どうぞおかけください」
「うむ。休ませてもらおう」
「商会の主コッシュを呼びますので、よろしければ本日の御用向きを改めてお聞かせください」
……
◆お楽しみに。
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