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第5章 ルネッサンス攻防編
第660話 恩を返させてもらおう。
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ウニベルシタス開校から5年がたち、ドリーとヨシズミの距離も縮まった。ドリーとしては魔法を学ぶ立場としてヨシズミを師として扱おうとしたが、それをヨシズミが嫌がった。
「弟子はステファノだけで沢山だッペ。聞きたいことがあれば教えッケド、師匠呼ばわりはごめんだッペ」
互いにウニベルシタスの講師であり、立場は同じ。「ヨシズミ」「ドリー」と気兼ねなく呼び合おうという話に落ち着いた。
といっても、ヨシズミの方は本人のいないところでは「ドリーさん」と呼ぶことが多いのだが。
(この2人での出張は初めてだな)
ヨシズミの後ろに続いて滑空しながらドリーは思った。
この前の王都行ではマルチェルとドイルが同行した。交渉事にはマルチェルが欠かせないとドリーも思う。
(ドイル先生やわたしでは穏便な対応という奴が難しいからな)
それについてはヨシズミも適格とは言えない。
(今回のミッションは交渉ではない。といって、戦争というわけでもないが)
言ってみれば「悪魔祓い」みたいな物であろうか。「憑き物落とし」と言ってもよい。
(ネルソン学長に言わせれば「治療行為」に他ならないのだろうな。うん、それで行くか)
作戦には「目標」が必要だ。何を持ってミッション成功と見なすか?
この場合の目標はプリシラから「憑き物」を落とすこと。それを第一目標とする。ドリーは自分のスタンスをそう整理した。
プリシラに憑りついた何者か、それを退治できれば言うことはない。だが、それは余禄だ。深追いは禁物。
プリシラを守ることを優先し、それに徹する。
(ステファノにはそれだけの借りがある。恩を返させてもらおう。手柄は要らぬ)
ドリーはプリシラを守る。相手が何者であろうと、自分の命を危険にさらそうと。
ステファノがここにいればそうするはずだった。ならば、ここにいる自分がそうするまで。
(蛇の目のドリー、いざ参る)
呪タウンを目前にしたドリーのイドが膨れ上がった。
(意気に燃えるか、結構なことだッペ)
後方から迫るドリーの気を感じ取ってヨシズミは冷静に自分の行動方針を確認した。
口実を設けてプリシラに面会し、疑われる前に憑き物を落とす。スピードが作戦の要であった。
相手がどれ程手ごわいかはわからない。返り討ちに会う危険もある。
戦いとはそういうものだ。ヨシズミには今更それについて動じるほど若くない。
(殺し合いは飽きるほどして来たッペ。どンだけ嫌でも避けられるモンじゃなかった)
罪のない人間1人を救う。戦に放り込まれることに比べれば、これほどわかりやすい目標はあるまい。
敵がどれ程強大な存在であろうと、人に乗り移った状態は仮の姿に違いない。十全の力を発揮できるものではないだろう。
(この命一つくれてやるつもりンなれば、崩せねェこともあんめェ)
ステファノと出会って生きがいを見つけ直した命だ。ここで使うのも悪くあるまいとヨシズミは腹の底で笑った。
それぞれに覚悟を決めた2人の魔法師は、無言のまま空を渡る風となって呪タウンへと急行した。
◆◆◆
「昨日の今日であわただしい話だな」
「毒のことで手掛かりが見つかったもンで、もう一度水瓶を検分させてもらえねェかと」
「構わないさ。今持って来させよう。ジョナサン、頼む」
ヨシズミとドリーを迎えてコッシュは当惑の色を示した。ドリーはともかくヨシズミはほぼとんぼ返りだ。ばたばたとしたあわただしさを感じるのは当然のことだった。
「そうそう。ステファノから預かってきたものがある。プリシラに渡したいので、呼んでもらえるか?」
「わかった。聞こえたか? プリシラをここへ来させてくれ」
ふと思い出したようにドリーはコッシュに言った。
コッシュは何も疑わず、部屋を出ようとしたジョナサンにプリシラへの言づけも頼んだ。
「手間をかける」
「いや、大したことでは。ステファノの奴、昨日自分で渡せばよかったろうに」
「何やらウニベルシタスに帰り着いてから思いついたんだそうだ」
ドリーはコッシュの疑問にあいまいに答えた。水瓶の再検分はあくまでも口実で、プリシラを呼び出すことが本命だ。
プリシラと対面できたら、あとは一気呵成に調伏を仕掛けることになっていた。
ドリーがきっかけを作り、ヨシズミと2人がかりでプリシラのイドを抑え込む段取りだった。
(2人でプリシラの気を引いてくれたら仕上げは俺がやります)
ドリーたちの耳にステファノが囁いた。ここに来る前から魔耳話器で遠話をつないである。この状態であれば、ステファノはサポリにいながらにして2人がいる場所に魔法の効力を及ばせることができた。
ステファノに託されたアミュレットがヨシズミの胸で揺れていた。
「お呼びでしょうか?」
水瓶より先にプリシラがコッシュの執務室にやってきた。顔見知りになっているドリーに眼だけで挨拶をする。サポリに引きこもりがちなヨシズミとはほとんど会う機会がなかった。
もちろんヨシズミがどんな人間かは、プリシラが知らなくともその精神を支配する「まつろわぬもの」が知っている。そんな様子を露ほど見せずに、プリシラは2人が来訪した目的に考えをめぐらせた。
「ステファノの言づけ」だけのためにこの2人がわざわざ訪ねてくるとは思えない。何かを怪しんで調べに来たのか?
(む? 魔力のうねり。遠話の魔道具をつないでいるな。ヨシズミの胸にあるアミュレットにも魔力を感じる)
入り口を入ったところで立ち止まるプリシラに、書類に目を通していたコッシュが目を上げて答えた。
「プリシラ、ドリーさんからお前に渡したいものがあるそうだ。ああ、ステファノからと言った方がいいか?」
「えっ? わざわざサポリからそのために? ステファノったら、昨日渡してくれたらよかったのに……」
頬を少しばかり赤くしてコッシュにお辞儀をすると、ジェーンは恥じらいを見せつつドリーに歩み寄った。
(……ドリーの懐にもう1つ魔力の塊が。あれを渡そうというわけか)
大方サポリから遠話でつながったステファノが術を飛ばしてくるのだろう。相手の手の内は見えた。
内心鼻を鳴らす思いで姑息な策をあざ笑いながら、恥じらう乙女の風情でジェーンはドリーの前に立った。
(逃がさんぞ、悪霊め)
にっこりと笑いながらドリーは懐に手を入れた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第661話 まさかラブレターじゃありませんよね?」
「これを読んでくれ。ステファノからプリシラに渡すように預かったものだ」
「えっ? 何が書いてあるのかしら?」
乙女の反応を装いながら、ジェーンは攻撃に備えた。
外面はあくまでもプリシラのまま、イドさえも元通りの殻を被ったまま、その内側で己のイドを操作した。
プリシラの魔視脳に取りついた己の本体をしっかりと守る。
……
◆お楽しみに。
「弟子はステファノだけで沢山だッペ。聞きたいことがあれば教えッケド、師匠呼ばわりはごめんだッペ」
互いにウニベルシタスの講師であり、立場は同じ。「ヨシズミ」「ドリー」と気兼ねなく呼び合おうという話に落ち着いた。
といっても、ヨシズミの方は本人のいないところでは「ドリーさん」と呼ぶことが多いのだが。
(この2人での出張は初めてだな)
ヨシズミの後ろに続いて滑空しながらドリーは思った。
この前の王都行ではマルチェルとドイルが同行した。交渉事にはマルチェルが欠かせないとドリーも思う。
(ドイル先生やわたしでは穏便な対応という奴が難しいからな)
それについてはヨシズミも適格とは言えない。
(今回のミッションは交渉ではない。といって、戦争というわけでもないが)
言ってみれば「悪魔祓い」みたいな物であろうか。「憑き物落とし」と言ってもよい。
(ネルソン学長に言わせれば「治療行為」に他ならないのだろうな。うん、それで行くか)
作戦には「目標」が必要だ。何を持ってミッション成功と見なすか?
この場合の目標はプリシラから「憑き物」を落とすこと。それを第一目標とする。ドリーは自分のスタンスをそう整理した。
プリシラに憑りついた何者か、それを退治できれば言うことはない。だが、それは余禄だ。深追いは禁物。
プリシラを守ることを優先し、それに徹する。
(ステファノにはそれだけの借りがある。恩を返させてもらおう。手柄は要らぬ)
ドリーはプリシラを守る。相手が何者であろうと、自分の命を危険にさらそうと。
ステファノがここにいればそうするはずだった。ならば、ここにいる自分がそうするまで。
(蛇の目のドリー、いざ参る)
呪タウンを目前にしたドリーのイドが膨れ上がった。
(意気に燃えるか、結構なことだッペ)
後方から迫るドリーの気を感じ取ってヨシズミは冷静に自分の行動方針を確認した。
口実を設けてプリシラに面会し、疑われる前に憑き物を落とす。スピードが作戦の要であった。
相手がどれ程手ごわいかはわからない。返り討ちに会う危険もある。
戦いとはそういうものだ。ヨシズミには今更それについて動じるほど若くない。
(殺し合いは飽きるほどして来たッペ。どンだけ嫌でも避けられるモンじゃなかった)
罪のない人間1人を救う。戦に放り込まれることに比べれば、これほどわかりやすい目標はあるまい。
敵がどれ程強大な存在であろうと、人に乗り移った状態は仮の姿に違いない。十全の力を発揮できるものではないだろう。
(この命一つくれてやるつもりンなれば、崩せねェこともあんめェ)
ステファノと出会って生きがいを見つけ直した命だ。ここで使うのも悪くあるまいとヨシズミは腹の底で笑った。
それぞれに覚悟を決めた2人の魔法師は、無言のまま空を渡る風となって呪タウンへと急行した。
◆◆◆
「昨日の今日であわただしい話だな」
「毒のことで手掛かりが見つかったもンで、もう一度水瓶を検分させてもらえねェかと」
「構わないさ。今持って来させよう。ジョナサン、頼む」
ヨシズミとドリーを迎えてコッシュは当惑の色を示した。ドリーはともかくヨシズミはほぼとんぼ返りだ。ばたばたとしたあわただしさを感じるのは当然のことだった。
「そうそう。ステファノから預かってきたものがある。プリシラに渡したいので、呼んでもらえるか?」
「わかった。聞こえたか? プリシラをここへ来させてくれ」
ふと思い出したようにドリーはコッシュに言った。
コッシュは何も疑わず、部屋を出ようとしたジョナサンにプリシラへの言づけも頼んだ。
「手間をかける」
「いや、大したことでは。ステファノの奴、昨日自分で渡せばよかったろうに」
「何やらウニベルシタスに帰り着いてから思いついたんだそうだ」
ドリーはコッシュの疑問にあいまいに答えた。水瓶の再検分はあくまでも口実で、プリシラを呼び出すことが本命だ。
プリシラと対面できたら、あとは一気呵成に調伏を仕掛けることになっていた。
ドリーがきっかけを作り、ヨシズミと2人がかりでプリシラのイドを抑え込む段取りだった。
(2人でプリシラの気を引いてくれたら仕上げは俺がやります)
ドリーたちの耳にステファノが囁いた。ここに来る前から魔耳話器で遠話をつないである。この状態であれば、ステファノはサポリにいながらにして2人がいる場所に魔法の効力を及ばせることができた。
ステファノに託されたアミュレットがヨシズミの胸で揺れていた。
「お呼びでしょうか?」
水瓶より先にプリシラがコッシュの執務室にやってきた。顔見知りになっているドリーに眼だけで挨拶をする。サポリに引きこもりがちなヨシズミとはほとんど会う機会がなかった。
もちろんヨシズミがどんな人間かは、プリシラが知らなくともその精神を支配する「まつろわぬもの」が知っている。そんな様子を露ほど見せずに、プリシラは2人が来訪した目的に考えをめぐらせた。
「ステファノの言づけ」だけのためにこの2人がわざわざ訪ねてくるとは思えない。何かを怪しんで調べに来たのか?
(む? 魔力のうねり。遠話の魔道具をつないでいるな。ヨシズミの胸にあるアミュレットにも魔力を感じる)
入り口を入ったところで立ち止まるプリシラに、書類に目を通していたコッシュが目を上げて答えた。
「プリシラ、ドリーさんからお前に渡したいものがあるそうだ。ああ、ステファノからと言った方がいいか?」
「えっ? わざわざサポリからそのために? ステファノったら、昨日渡してくれたらよかったのに……」
頬を少しばかり赤くしてコッシュにお辞儀をすると、ジェーンは恥じらいを見せつつドリーに歩み寄った。
(……ドリーの懐にもう1つ魔力の塊が。あれを渡そうというわけか)
大方サポリから遠話でつながったステファノが術を飛ばしてくるのだろう。相手の手の内は見えた。
内心鼻を鳴らす思いで姑息な策をあざ笑いながら、恥じらう乙女の風情でジェーンはドリーの前に立った。
(逃がさんぞ、悪霊め)
にっこりと笑いながらドリーは懐に手を入れた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第661話 まさかラブレターじゃありませんよね?」
「これを読んでくれ。ステファノからプリシラに渡すように預かったものだ」
「えっ? 何が書いてあるのかしら?」
乙女の反応を装いながら、ジェーンは攻撃に備えた。
外面はあくまでもプリシラのまま、イドさえも元通りの殻を被ったまま、その内側で己のイドを操作した。
プリシラの魔視脳に取りついた己の本体をしっかりと守る。
……
◆お楽しみに。
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