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第七話 旅のはなむけ

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「お待たせいたしました」
 ほどなくしてマルコが奥から戻ってきた。両手の上に衣装を載せた小僧を連れている。
「どうぞこちらにお着換えください」
 マルコはこれはいかがでしょう、こちらはどうでしょうなどと無駄な質問はしない。任された以上、店の信用にかけて最高の品を選ぶのが商人の矜持であり、それをとやかく言わないのが貴族の威厳であった。
「うん。部屋を借りるよ」
 小部屋を借りて、ジョバンニは身なりを替えた。現れたジョバンニは、大店の息子に見える程度には平民らしい様子になっていた。
「もう少し品を落とした方が道中安全なのですが――中身と外見が釣り合わないと、かえって人目を引いてしまいます」
「そういうものか。古着にしては、布地も仕立てもしっかりしているね」
 貴族のたしなみとして審美眼や物の価値について、ジョバンニは幼少期から教育されていた。
「恐れ入ります。なに、所詮平民の衣装でございます」
 ついと手を伸ばして、さりげなく着付けを直しながらマルコは答えた。
「衣装の他にこちらをお持ちください」
 マルコ自ら差し出したのは、地味な拵えの短剣であった。
「これをお腰に。人から良く見えるようにお差しください」
「なるほど。短くとも用心刀ということだね」
 平民となるジョバンニにランスフォード家として剣を持たせるわけにはいかない。丸腰で旅立とうとしている彼に対して、マルコからの心尽くしであり、はなむけであった。
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