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第一章 境界を飛び越えたんだが、もう俺は限界かもしれない

5. 本質はどこに

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‘‘あちら‘‘にはなくて、‘‘こちら‘‘にはあるから、普通は。もし、自分がそうでなかったとしたら、それは本当に大変なことになってしまっていただろうけど。そうである以上は、確率が0%に近いものだったとしても、やるしかない。あの子に気負わせてしまうのは本当に申し訳ないことだが、それでもこうするしかない。大丈夫さ、君なら。




「うーん、この辺りは中々いないのかもしれない」

ヤゼ村を抜け、そのまま地図通りに歩みを進めていた。目の前でこう言って首を傾げるネルが、それに同調するように悩ましい表情をするエナとリュカが、今の滝沢には心底奇妙に思えた。

『逃がさない』
『やめておけ、一人放っておいたって何ができるわけじゃない』

確かにそうだ。村ぐるみの大人数で強奪をやっていた盗賊団の、しかもそう年を重ねていない女一人で、これから同じようなことはできるはずもない。だけど、そういうことじゃないんだ、と滝沢は思った。女一人を逃がしても、それが人道的だと思えないのは、それ以外の全てを手にかけているから。相手が自分たちの命を狙っていたから、それを阻止するためにやった。彼らが、人の命を奪うことに快楽を覚えているわけではないというのは、分かっている。それでも、無表情でいることも、躊躇なく人を殺すことも、理解できなかった。今の自分は、‘こちら‘の普通にはなれそうにない。滝沢はそう思い、昔の自分もそうであった可能性に戦慄した。

「奇妙なのは、俺の方なのかもしれない」




「ダンジョン?」

ダンジョンに行こう。そう提案したネルに、エナは尋ねた。

「そう、ダンジョン。ダンジョンを巡って魔物を、ってのも、悪くはないだろう?」
「でも、ダンジョンに生息してる魔物って、ダンジョンから外に出ないじゃない。別に後回しでも良いでしょう?」
「ダンジョン内の魔物が外に出ないのは、生息数が少ないからだね。生息数が増えれば、だんだん窮屈になって、新たな場所を探しに行くはずさ」
「へえ、環境的な問題は?」

ネルの言葉に、滝沢は感心したような顔をして尋ねた。このまま黙っていると、怪しまれるのでは、と思ったためである。

「・・・魔物は知能の低いやつでも、わりとどこでだって生きていけるだけの能力を持っているからね。そりゃもちろん、ダンジョンは特殊な場所だから、そこでしか生きられない、っていうやつもいるとは思うよ。ただ、そんなのは一握りさ」
「ナツも知らなかったの?なんか意外。ナツ、何でも知ってそうなのに」

滝沢の質問とネルの答えを受け、エナはそう言って茶化すように笑った。俺、結構優秀だったのか。ちょっと今のはまずったかな。滝沢は思い、

「何でもは知らない。知っていることだけさ」

と言った。心の中で彼は、猫に魅せられないことを決めた。

「まあ、ダンジョンまでにはちょっと距離があるし、途中でロアってとこも通るみたいだし」
「また盗賊に狙われるとか、ないわよね」
「はは、そうなると困るな」

そう言い笑う三人に、いや笑い事じゃない、と滝沢は突っ込んだ。



ロアには、大丈夫そうだな、と思わせるだけの景観があった。ヤゼ村とはとても比べられないほどの大きさがあり、また、街並みも発展していた。滝沢は、賑わう様子を見て、ニレの町とそう変わらないな、と思った。

「今日は、村長に会わなくていいの?」
「今日のは村じゃなくて町だよ。でも、そうだね。証明書を長に提示すれば、タダで宿泊と食事を用意してもらえるよ、ってだけだし。あとちょっとの尊敬を受けるくらい。また盗賊に狙われるかもしれないっていうのに、それじゃあちょっとリターンが少なすぎるからね」

不思議そうに尋ねるリュカに、ネルはそう言い、笑った。

「ところで、何かあるみたいだ」

と滝沢の声を聞き、三人はその方向を向いた。見ると闘技場のような巨大な建造物があり、おそらくその中からであろう熱気がこちらにも伝わってくるほどだった。

「様子を見てくる」

と、ネルは言い、その方へと向かった。

「どうやら、闘技大会があるみたいだね。剣に限定されてるから、剣技大会っていうのかな。周りの街や村からも、エントリーしているみたいだ」

少しした後に人混みから戻ったネルは、そう語った。闘技場で何かあるっていうことはそういうような催しなんだろうなあ、と滝沢は予想していたので、さして驚きはなかった。むしろ滝沢にとって、その話を聞いたエナが目を輝かせていたことの方が衝撃だった。

「・・・エナ?」

思わずそう尋ねた滝沢の声も聞かず、エナはちら、とネルの方を見た。そして、ネルと目が合い、彼が頷いたのを見て、一目散に駆けていった。




「ふふん、似合っているでしょう?」
「ああ、すごく」

得意げにそう語るエナに、滝沢は呆れたような調子で答えた。参加者に支給されるものであろうか。鈍く銀の輝きを放つ鉄の鎧を纏い、エナは嬉しそうに笑っている。女に鎧が似合ってるか、なんて聞かれる日が来るとは、と滝沢は思った。

「鎧を着るのって、久しぶり。こうでないと、って感じがする」
「エナ強すぎて、着ないことが当たり前だったもんね」

リュカの言葉を聞き、え、そんなに?と滝沢は驚き、エナ、と彼女を呼んで言った。

「相手殺したり、とかやめてくれよ」
「あれ、そんなルールあった?」
「いや、知らないけど。でも、こんな大舞台で殺したりするのは、本当に洒落にならないって」
「そうかな。でも、これ真剣よ」

エナが剣を持ち眺めて言う。

「こ、こういうのは、殺さずに勝つ方が美しいんだよ!」
「そういうものなの?分かった。ナツがそこまで言うなら、そうする」

そう答え、エナは闘技場の中へと向かっていった。やっぱりエナ、斬る気だったのか。滝沢はそう思い、それを止めたことに安堵した。殺し合いの舞台の中ででも、仲間が目の前で人を殺すところだけは、見たくない。そう思うのは、俺のわがままなんだろうか。俺が、‘こちら‘では普通じゃないから。滝沢は、そう巡らせたところでネルに、

「おーい、何やってるんだい。早く観客席に行こう!」

と言われ、急いで向かった。



 天空に向け、開かれているのに、歓声が割れんばかりに場内に轟いた。

「おい、なんだあいつ、女だぞ」
「しかもガキ。笑わせてくれるぜ」

そのような罵声は、もうどこにも聞こえない。美しいブロンドの少女は、その剣技で観客を魅了した。柔らかな舞を見ているようなのに、気づけば戦いが終わっている。そのような有様で、まさに圧倒的、というに相応しいものであった。凄まじい。思わず滝沢は息を呑んだ。誰も殺さないでくれ、という願いに答えるように、全てをいなすように、彼女は片づけていった。

 隣に座る観客の、

「あんなの人間じゃねえよ」

という言葉に、滝沢は妙に印象深いものを覚えた。人を殺さないことがそうなのか。それが発言者の意図するものかどうかは分からなかったが、そうだとしたら、やはり‘こちら‘では、自分がが変わっている、おかしい、ということなのだろうか。



「流石だな」
「まあ、久しぶりに一対一でやれたし、運動にはなったわ」

決勝終了後、そう声をかけるネルに対し、エナは余裕の表情で答えた。彼女の言葉がハッタリの類では全くない、ということは、誰でもその試合を見れば容易に理解できることであった。

「賞金貰えたし、これで今日は美味しいもの食べよう」
「いいのか?エナが勝ち取ったものなんだから、自分の為に使えばいいんだよ」

美味しいもの、と聞いてエキサイトしているリュカを抑え、ネルは申し訳なさそうにした。

「いいのいいの、私も動いてお腹空いたし。それに、持ってても仕方ないわよ、こんなに。余っちゃう」

エナはそう言って、賞金の入った布袋を邪魔くさそうに見つめていた。
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