気まぐれで世界最強の大賢者は弟子の娘と旅をする。

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第一章

2話「少女は弟子になりたい」

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 それからジェラードが何百年ぶりかに考えるという基本的な人間の行動をしていると、あっという間に時は過ぎて厨房から何かを焼いたような良い匂いが漂ってきた。
 そしてその匂いが彼の鼻腔を軽く突き抜けていくと例えるならそれは、

「ああ、森に生える自然の恵みが一体となり、まるで全てはこの時の為に用意されたかのような芳醇な香りだ」

 全てはパイ料理の具材となるべく生まれてきたかのような、そんな感じにジェラードは匂いと共に感じ取っていた。……だがそれだけではない。

 このパイの香りは彼の在りし日の無数にある記憶の中一つを鮮明に蘇らせていたのだ。
 それはジェラードが初めて取った初代の弟子、シャロンの事だ。

 彼女もまたアナスタシアと同様にこうやってパイを時折作っていたのだが、その時のパイの匂いとほぼ一致するのだ。それは食欲が高ぶっているから錯覚しているとかではなく、ジェラード自身の嗅覚がそれを幾度の年月を超えても覚えていたのだ。

「早く食べてみたいものだ。シャロンの娘が作ったパイ料理を」

 そう彼が呟くと同時に厨房から銀の皿を両手に持ちながらアナスタシアが姿を現した。
 当然だがその皿の上には大きなパイ料理が湯気を立たせて鎮座している。

「言われた通りに置いてあった食材を全て使って作りました! 私の自信作ですっ! 名付けるなら【森の恵み焼き】と言った所でしょう!」

 ジェラードの目の前の机にパイ料理を置いて、自信気に彼女はそう言うと何とも分かり易い料理名だった。

「……そうか。その辺のネーミングセンスも親譲りと言ったところだな」

 しかしその料理名は嘗ての一番弟子が既に使っていた名だった事を彼は覚えている。
 ゆえにこれは……食べる前から最早分かっていた。

 彼女こそがシャロンの本当の娘であることを。
 そしてアナスタシアはジェラードの言った事に首を傾げて不思議そうな表情を浮かべている。

 だが今は抗えない食欲という人間の三大欲求に本能的に従おうと、ジェラードは彼女から渡されたナイフとフォークを使ってパイを裂いて食べ始める事にした。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「ふむ、実に美味なる食事だった。こんなにも人の情がこもった料理は……思いだせないが随分と久々だった事は確かだな」

 多少大きめなパイ料理をジェラードがものの二分程で完食すると、皿の上にナイフとフォークを置いて近くに置いてあった布で口元を拭いて食事の終わりを告げた。

「そうなんですか? ……じゃなくてですよ! これで私がシャロンの娘だって事を分かってもらえましたよね!?」

 その余りの食事の速さにアナスタシアは若干引いた表情を浮かべてい様子だが、特段彼が気にする程の事ではなかった。

「ああ、まあな。と言うより俺は最初からお前がシャロンの娘だと信じていたとも」

 料理を食べ終えたジェラードが一息つこうとする。

「……それは本当ですかねぇ? まあそれよりも弟子にしてくれるんですか! それとも駄目なんですか!? さぁさぁ答えて下さいよ!」

 アナスタシアは本来の目的を思い出したのか顔を近づけてきて弟子にするのかどうかを訪ねてきた。
 だが無論、彼は弟子を取ることに関しては消極的だ。例えそれが一番弟子の娘だったとしても。
 しかしこうして美味しい料理を態々作ってくれたのも事実だ。

 人間としては僅かな時間でもそれは貴重な時間だ。
 ゆえにその時間に見合った対価をジェラードは払う事にした。

「そうだな。まあまずはそこの椅子に座って話そうじゃないか。何故お前が俺の弟子になりたいのか。そこを聞かねば俺とて判断しかねる」

 ジェラードに椅子に座って話すように言う。

「そ、それもそうですね。すみません、いきなり取り乱してしまって……」

 アナスタシアは近づけていた顔を離して椅子に腰を下ろした。
 それから互いに何とも言えない間が流れ出すと、ジェラードは先に彼女が話してくると予想していて頬杖をつきながら待っていたのだが……。

「「…………」」

 アナスタシアの方は何を思ったのか急に喋らくなって固まってしまった。
 一体あの一瞬で何が起こったというのだろうか。

「お、おい大丈夫か? 急に固まってどうした?」
「いえっ! な、何というか急に……こう、改まって話すとなると緊張してきちゃいまして……。なんせ私の目の前に居る人は彼の王都の大賢者ですし……」

 どうやらアナスタシアは改めて面と向かって話し合う事になると、ジェラードの身分の高さに怖気ついている様子だった。だが彼女の言い分も分からなくはないのだ。
 
 この世界には二人の大賢者が居るが、王都側の魔術師達はジェラードを崇拝するほどに彼は高貴な存在なのだ。ゆえに王都の生まれの魔術師達にとって彼は憧れの存在であり神にも等しいのだ。
 ならばアナスタシアが怖気づくのも理由がいくだろう。

「まあ王都の所属の大賢者ではあるが、実際は名前だけ貸して今は自由にやっているただの放浪賢者だ。だからそんなに緊張しなくとも大丈夫だ」
「そうですか……。で、では私が魔女になりたい理由を聞いて下さいっ!」

 アナスタシアは太もも辺のローブをぎゅっと掴むと改めて顔を彼の方へと向けると自分が何故、弟子になりたいのか更に魔女になりたいかという理由を話し始めた。

 ジェラードは彼女が話す一言一言をしっかりと聞き頷く反応を見せると、彼にとってこれは何気ないが久々に人と会話という物をしたと感じた。

 ――そしてアナスタシアが魔女になりたい理由を纏めるとこんな感じであった。
 彼女は幼い頃から病弱でずっと家で過ごしていて、余り外に出たことがないらしいのだ。
 
 そして家にで過ごしていた時にシャロンがジェラードのもとで弟子をしていた時に色んな世界を見てきた事を話すと、その話に興味に衝撃を受けたらしく十五の誕生日を節目に自分も母親と同じ景色を見る為にジェラードのもとを訪ねたとのことらしい。
 
 つまりはシャロンがジェラードと一緒に旅をした時の思い出に感化されて、アナスタシアは彼の弟子になって色んな所へと行ってみたいのだろう。 
 だが外の世界は広すぎるゆえに危険も常に隣り合わせだ。

 だからこそ人々は魔力という素質があれば、魔法を他者から教わって攻撃の術と守りの術を覚えなければならない。
 確かにシャロンの娘であるならアナスタシアも魔法が使えてもおかしくはない。
 
 ならば自分自身が魔法の基礎を教えれば彼女も魔法の習得は可能だとジェラードは確信していた。なんせこの迷いの森を自力で突破した娘だ。
 それなりに根性やモチベーションも高いと見えるのだ。

「なるほど。話は大体理解できた。だが俺は弟子を取る事はないとだけ先に言っておく」
「そ、そんなぁ!? 私はやっと……自分がまだ見ぬ色んな景色が見れると思って……いたのに……」

 ジェラードから再度弟子は取らないという言葉を聞かされると、アナスタシアは顔を下に向けて若干涙混じりの声をしていた。だがそんな悲しげな反応は早計だと言わざる得ないだろう。
 何故なら彼自身もそろそろこの森から出て、新たな地へと趣たいと思っていた所なのだ。

「弟子は取らないが……そうだな。共に旅をする者としてなら、それも良いだろうな」
「……えっ。そ、それは一体どういう意味で……?」

 彼が頬を掻きながら呟いた言葉にアナスタシアは俯いていた顔を上げて聞き返してきた。
 だがやはり彼女は泣いていたようで、綺麗な瞳が真っ赤になって雫が頬を伝って落ちていくのが見て分かった。

「そのままの意味だ。アナスタシアよ、お前を俺の旅の同伴者としてやると言っているのだ」
「ほ、ほほ、本当ですか!? や、や、やった! これで私もお母さんみた「だが喜ぶのは早いぞ」えっ?」

 アナスタシアはジェラードから共に旅をしても良いと言われると、勢い良く椅子から立ち上がって両手を上げて喜んでいた。が……しかし、それも途中で彼が言葉を遮るまでの話だ。
 彼女は喜びの様子から一転して頭の上にクエスチョンマークが浮かび上がるが如く首を傾げている。

「まずアナスタシアには俺の同伴者として相応しい身分になってもらう必要がある。俺とて一応は王都の大賢者だ。そんな俺が十五歳の少女を引き連れて旅をしていたらロリコン賢者という不名誉な噂が流れてしまう恐れがあるからな」

 ジェラードが頬杖を辞めて両腕を組みながら言う。

「わ、私がロリだと言いたいのですか……ねえ。まあでも言いたい事は分かりますけど、具体的に何をどうやって身分を得れば良いんですか?」

 アナスタシアはロリと言われた事に不満なのか頬を膨らませて彼を睨みつけるように見てきた。
 しかし彼女が疑問に思っている身分をどうやって得れば良いのか。

 その答えは実に簡単な事で、魔法使いや魔女を目指しているのなら必ず持っていないけといけない”資格”があるのだ。つまりそれを所得してしまえばそれ相応の身分となる訳だ。
 
「なに至極簡単な事だ。それは王都が行っている魔術師試験に合格すれば良いだけのこと。無論だが実技と筆記があるが……シャロンの娘ならば当然、全て一位と言う偉業を成し遂げてくれないと困る」

 人差し指を上に向けながら彼が格好良い雰囲気でそれを言うと、アナスタシアは驚愕の事実を知ったかのように口をだらしくなく開けて呆然としていた。

「えーーっ!? お母さんって魔術師試験全て一位だったんですか!? そ、そんな話は一度も聞いたことがないですよぉ。それに試験って毎年問題のレベルが上がって今や何百万人と受けても合格者は手と足を使って数えられるぐらいですよ!」

 意外と魔術師試験について詳しい様子のアナスタシア。
 彼女が言っている事は概ね当たっていて毎年レベルが上がっているのは事実だ。
 それはより質の良い魔術師達を育成する為に難易度が上げられているのだ。

 酷い時には魔術師は純血でないと受験資格さえなかった時代もあるのだ。
 今は流石にそれは差別という事で廃止されているが。

「そうだな。まあやるかやらないかはお前自身が決めれば良い。だが一度やると決めたなら魔法の魔ぐらいなら教えてやる」

 ジェラードはアナスタシアが本気で魔術師の資格を取りに行くのであれば手を貸す訳ではないが、基礎ぐらいは教えてあげよと思っている。
 それは偏にパイ料理のお礼が含まれていたりする訳だが。

「ぐぬぬっ。や、やりましょう! やってみせますとも! …………どちらにせよ私には余り時間がありませんから」

 アナスタシアは口を一の字にして唸り声の様なものを発してくるとジェラードからの挑戦……いや、突きつけられた条件を了承した。
 ……だが彼女が最後に小さく呟いた声はしっかりと彼の耳には入っていた。

「ん? 何か言ったか?」

 だがジェラードは敢えて聞かない事にして難聴系キャラを演じる事にした。
 別に聞いた所で何がどうなる訳でもなく、個人間の問題は面倒事だらけだと彼は知っているのだ。

「いえ何もっ! さあ早速、筆記と実技を教えて下さいジェラード先生!」
「ああ、もちろんだ。しかし俺の特訓は地獄を見る事になる。ゆえに覚悟するんだな」
 
 アナスタシアから先生呼びされるとジェラードにとってその名称は満更嫌なものではなく、寧ろ中々に良いのではと微笑みながら言葉を返した。
 ――それからジェラードによる悪魔のスパルタ特訓が開始されたことは言うまでもないだろう。
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