妖精が見える三十路童貞の話

月世

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番外編

はじめてのバレンタイン

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〈成瀬編〉

 休みの日は、一日中雪といるようになった。
 本を読んだりテレビを眺めたり、それぞれ自分の好きなことをする。
 二人で料理をして、食べて、ゴロゴロして、たまに会話をして、なんとなくちょっかいを出しあって、キスをして、日が落ちるとセックスをするというのがお約束の流れだ。
 お互いにインドア派だ。退屈だとは感じなかった。
 壁一枚隔てた向こう側にいた、近くて遠い想い人が、今、隣にいる。肩が、触れあっている。こんなに幸せでいいのかと思った。
 ベッドの上で壁に寄りかかり、ぼんやりとテレビを眺めている雪の横で、タブレットの電源を入れた。ソフトを立ち上げ、途中になっていた線画を開く。
「あれ? 仕事?」
「いや、日曜は休み。これはただの趣味の絵」
「そっか、仕事以外でも描くんですね」
「仕事絵の息抜きに趣味絵描く絵描き、全然珍しくねーよ」
「あ、これなんとかってゲームのキャラ?」
 俺の肩に雪の頭がのっている。近い。シャンプーのいい匂いがする。ムラムラしたが、まだほとんど朝と言ってもいい時刻だ。さすがに盛るには早すぎる。
 タブレットの影で、ズボンの中に手を突っ込んだ。大きくなりつつあるブツを股の間に押し込んで挟み、脚を組む。雪は俺の挙動に気づいていない。画面にくぎづけだ。
「成瀬さんの絵、やっぱり可愛い」
「こんな顔なのに?」
「そんな顔なのに。根っから好きなんですね、お絵描き」
「二次絵、フォロワーが喜ぶんだよ」
「ツイッターですか? 俺もしようかな。そして成瀬さんをフォローする」
「絶対すんな」
「俺、成瀬さんのおっぱい、すごく好きです」
「は、な、なんだよ、いきなり。男だぞ」
 雪が「あ、そうじゃなくて」と申し訳なさそうに言った。
「絵のほうです。成瀬さんの描くおっぱいが好きなんです」
「……くそっ、ぬか喜びかよ」
「成瀬さんのおっぱいも好きですけど」
 俺の胸を揉みしだきながら「わお」と外国人のような感嘆の声を上げた。
「なんで漫画家なのに無駄にいい体してるんですか? これ筋肉ですよね」
 言いながら、揉むのをやめない。
「やめ、やめろって……、うっ」
 股の間に隠していたペニスが力強く起き上がる。まだ午前中だとか、どうでもよくなった。無邪気に胸筋を揉んでくる雪が可愛い。タブレットを放り出し、押し倒す。
「し、してもいいか」
「まだ明るいですよ」
「やっぱり、朝にするのはダメなのか? マナー違反か?」
「さあ、どうなのかな」
 首を傾げながら、雪の手はずっと胸を揉みしだき続けている。
「どんだけ揉むんだよ……、あー、うー、やべー、ちょっとこう、揉みながらここ、指で乳首くすぐってみて」
「こう?」
 シャツの上から雪の長い指が、俺の乳首を弾いた。
「うっ、そう、そんな感じ、両方やって」
「成瀬さん、股間がすごいことになってます」
 雪の太ももが、俺の股間をこすってくる。今すぐにでもイッてしまいそうだ。
「おっぱい揉まれたら、男でも気持ちいいんですね」
「気持ちいいっていうか……、うっ、いや、気持ちいいけど、これは、なんつーか、興奮して」
 押し倒している側がなぜか胸を揉まれるというのがなんとなくそそる。
「揉むほどないけど、俺のもやってみてください」
 雪が俺の手首を取った。服の下に突っ込まれて、指が素肌に触れるともうダメだった。
 トレーナーをめくり上げ、ハアハア言って、むしゃぶりつく。肉らしい肉のない、薄い胸板を撫でまわし、乳首を吸って甘嚙みすると、雪の腰が浮いた。
「あっ……、はっ、あ……っ、成瀬さんの手、好き、触られるの、すごい好きです」
 好きな奴が、俺の手を好きと言う。俺に触られるのが、好きだと言う。涙が出そうだ。
「雪、雪、もう止まんねー」
 雪のズボンに手をかけて、一気に膝までずり下げた。うおおおおと叫んでペニスに激しく頬ずりしてから顔を左右に振って、鼻先を裏筋にこすりつけると、雪が吹き出した。
「何、面白い」
 雪の笑顔は最高だ。可愛い。常に笑顔を振りまくような奴じゃないから、笑ってくれるといちいちガッツポーズをしたくなる。
 腹の上に頭を乗せ、勃起したペニスを観察していると、雪の手が俺の髪を撫でた。
「成瀬さん、恥ずかしいこと言ってもいいですか?」
「なんっ……」
 ぐほっとむせてから、慌てて身を起こして訊いた。
「なんだ? 言ってくれ」
「今、すごく、挿れてほしいんです」
 耳を疑い、息を止めた。
「俺、変なのかな。普通、もっと、夜とかにしたくなるんですか? 成瀬さんと二人きりになると、実はいつも結構早い段階で、その、セックスしたいってソワソワしてるんです」
 返す言葉が見つからない。ただただ、最高だと思った。
「それに今日は、朝から妖精がついてこなくて、それって、ねえ、そういうことかなって期待してしまって……、成瀬さん?」
 何も言わない俺を、雪はまっすぐ見上げてくる。俺が真顔なことに不安を覚えたのか、自分の恥ずかしい科白に我に返ったのか、にわかに頬を染め、腕で顔を覆い隠した。
「すいません、変なこと言いました」
「いや、最高だが? ちょっと顔を見せてくれ」
 止めていた呼吸を再開し、雪の脇腹を軽く突いた。
「無理……」
 照れている姿がめちゃくちゃに最高で、本当に、最高しか語彙が出てこなくなった。
 抱くことにした。
 カーテンの隙間からやわらかな日差しが差し込む日曜の朝。ギシギシと、ベッドが鳴る。雪はずっと顔を隠したままだった。喘ぎ声を上げないように、歯を食いしばっているらしかった。んっとか、んう、みたいな、可愛い声がたまらない。
 体位を変えずに、最初から最後まで正常位のままで一時間。雪は俺をあそこに咥えたまま、二回射精した。自分の射精回数はよく覚えていないが、コンドームの袋が三つ、落ちている。
 まるで十代だ。
 動かなくなった体を温めたタオルで丁寧にぬぐう。俺に身を任せる雪を、心底から愛しいと思った。
 ともすれば復活しそうになる下半身をいさめながら介護していると、点けっぱなしのテレビが言った。
「今日は、二月十四日。バレンタインです」
 振り向いた。カップルに街頭インタビューをしている。手作りがいいか、市販がいいか、という二択を迫っている。そうか、今日はバレンタインだ。
「雪」
 服を着せて布団をかぶせ、呼んでみた。
「んー……」
「ちょっと、コンビニ行ってくる」
「え、プリン? アイス?」
「食いたいのか?」
 キュンとした。身を起こした雪が、目をこすって言った。
「俺も行く」
「いい、一人で行くから寝てろ。アイスでもプリンでも買ってきてやるから」
 胸を押さえて手のひらを向けて制止すると、雪が「雪見だいふく食べたい」と言った。
「クソが!」
「え?」
「あんたは本当に、くっそ可愛い三十路だな! 雪見だいふくだと? 共食いか!」
「えーと、ツッコミが追いつかないです」
「待ってろ、買い占めてくる」
 ジャケットを羽織り、財布を持ってコンビニに走った。雪見だいふくをわしづかみにして次から次へとカゴに放り入れてから、我に返った。
 本来の目的を忘れるところだった。
 レジ前の通路の、一番目につく棚にバレンタイン用のチョコが並んでいる。今日はバレンタイン当日だが、それなりに在庫が残っていた。どれがいいんだ、と見比べていると、二人組の若い女が「自分用?」とクスクス笑いで背後を通りすぎた。
「恋人用だよ」
 チッと舌打ちをして言い返すと、女がやけに馴れ馴れしい口調で棚を指差した。
「迷ってるならこの一番高いやつにしたら」
「そうそう、値段がバロメーターの女子多いよね」
「女じゃねーし」
 なぜ正直に打ち明けたのか、そもそもなぜ会話をしているのか。
 ていうか、お前ら誰だよ。
「可愛い」
 可愛い可愛いと連呼しながら二人がコンビニを出ていった。明らかに年下の女に可愛いと評価され、まったくもって不可解だった。キャーッと外ではしゃいでいる二人から目を逸らし、再び棚に向き直る。
 あいつは値段なんて気にしないだろうが、高いほうが美味いはずだ。一番高くて、でも一番小さなパッケージを手に取った。
 どうせなら、来年は手作りにしたい。
 来年。
 まだ付き合って一か月程度のくせに、もう来年のことを考えてしまった。
 来年も、一緒にいられるのだろうか。俺は永遠に好きでいる自信があるが、嫌われる自信はもっとある。
 口が悪いし、職業はエロ漫画家だし、何よりも、男だ。しかも巨根で絶倫だ。やっぱり女がいいと捨てられたって、文句は言えない。
 こんなに幸せなのに。いつまでも続くとは限らない。
 買い物袋をぶら下げて帰宅し、玄関を開けると雪の靴がない。
 もしかして、今までの蜜月はすべて俺の妄想だったのか。
「雪……」
「おかえりなさい」
 背後から声がして、軽く飛び上がった。
「びびった」
「ちょっと隣に忘れ物取りに行ってました」
「あっそ。これ、今食う?」
 雪の胸にビニール袋を押しつけた。
「ありがとうございます。あ、本当に雪見だいふくたくさん入ってる。成瀬さんも食べる?」
「食う」
「じゃあ残り、冷蔵庫入れておきますね」
 冷蔵庫を開ける後ろ姿を見ただけで、めちゃくちゃ幸せだった。もうずっと、俺の家の冷蔵庫を開け閉めしていてほしい。
「あれ、これ」
 冷蔵庫のドアを閉めて、雪が袋から取り出したのは、チョコの箱だ。
「バレンタインだし、なんとなく」
 それを買うためにコンビニに行ったなんて、カッコ悪くて言えない。
「俺に?」
「当たり前だろ。他に誰がいんだよ」
 チョコの箱に顔面をうずめ、雪が肩を震わせた。
「ありがとうございます」
「あ? なんで笑ってんの」
「だって、これ」
 雪がスウェット下のポケットから、まったく同じチョコを取り出した。
「昨日、仕事帰りにそこのコンビニ寄ったんですよ」
 顔を見合わせた。ふっ、と笑ったのは、俺が先だった。雪が、つられたように笑いだす。
「あれ、ちょっと、どっちだっけ。こっち? まあどっちでも同じだけど、好きです、受け取ってください」
 笑いながら俺にチョコを差し出す雪を、抱きしめた。
「来年は、かぶらないようにしますね」
 腕の中で雪が言った。
 来年、と言った。
 脳内で、叫ぶ。
 ハッピーバレンタイン!

〈おわり〉
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