電車の男ー社会人編ー番外編

月世

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12-01

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〈加賀編〉

 助手席で倉知が「あ」と声を漏らした。
「何?」
「いえ、なんでもありません」
 ブレーキランプから目を離して、となりを見た。まっすぐ前を向いた倉知の横顔は、少し笑っていた。
 周囲を見回したが、なんの変哲もない光景がそこにある。
 晴れた空。信号待ちの車たち。厚手のコートやダウンジャケットを着た人々が、寒そうに歩道を歩いている。
 なんの「あ」だったのか気にならないわけじゃなかったが、すぐに忘れた。
 数分後、再び倉知が「あ」と言った。「えー」とか「そんな」とか「バカな」とか、一人でブツブツと騒ぎだしたので、さすがに気になって仕方がない。俺の視界にはごく普通の日常が映っているが、倉知には何かが見えているらしい。
「なんだよ、何が? なんかあった?」
「すごいです、こんなことあるんですね」
 倉知は興奮した口調で、前方を指差した。
「前の車ととなりの車、加賀さんの誕生日です」
「え」
 言われて気づいた。確かに両方「12-01」だ。CHILD IN CARのステッカーを貼った前の軽四と、右車線を走る赤のRX-8が同じナンバーだ。
「ほんとだ、すげえ偶然」
「一瞬嬉しくなったけど、よく考えたらちょっと嫉妬しますね」
「えー?」
「もしかしてこの人たち、加賀さんのファンなんじゃ」
「なんでだよ」
「ストーカーかもしれない」
「怖すぎ」
 はは、と笑ったが、倉知は笑わなかった。ちら、と助手席を見た。口元を手で覆い、何か考えているようだった。
 俺も車を買ったら加賀さんの誕生日をナンバーにします。
 もしくは。
 俺も加賀さんの誕生日のナンバーにしたいから、車買います。
 あたりだろうか。
「俺も」
 倉知が口を開いた。
「加賀さんの誕生日のナンバープレートが欲しいです」
「うん。ん? ナンバープレート? のみ?」
「別に車はいりません」
「ふはは、倉知君らしいわ」
 徹底して車というものにまったく興味がないのだ。そこが可愛い。
「ナンバープレートだけどうすんの?」
「部屋に飾るとか、トイレの壁に掛けるとか」
「へー」
「景観を損ねるから嫌だなあって思いましたね?」
「大正解」
「はっ、そうだ」
 閃いた、という様子で突然倉知が叫んだ。
「ご当地ナンバーってありますよね」
「あー、加賀? どうだろ。金沢ならありそうだけど」
「やっぱりもう自分で作るしかない。世界に一つだけのナンバープレートを」
「なんか倉知君面白いな。どうした?」
 テンションが高くて可愛い。褒められたのが嬉しかったのか、へへっと少年のように笑った。可愛い。抱きしめたり撫でたりいろいろしたいが運転中だ。
 勃起しそうなのを堪えて目を逸らし、「でも」と咳払いをする。
「うちの親父とナンバーかぶるけどそれはいいの?」
 父は歴代の車すべてを「12-01」で統一している。
 まだ幼い頃に、一度訊いたことがある。どうして俺の誕生日なのだと。父は、忘れないためだと答えた。成長するにつれ、そうではないことに気がついた。俺が大好きだから。それだけだ。
「お、怒られますか?」
「喜ぶんじゃない? わーい、おそろいだーつって」
「おそろい、恐縮です。俺も嬉しいです」
 いいな、と思った。俺は特に数字にこだわりを持つほうではないし、ナンバーなんてなんでもよかった。6とか4が不吉だとか、7がラッキーとか、どうでもいいタイプだ。
 でも無性に、いいなと思った。
「あー、なんかいいな。俺もナンバー変えようかな」
「いいですね、おそろい。三台並べたいです」
「なんでだよ、なんで俺だけ自分の誕生日なんだよ。俺も818にさせてよ」
「あっ、俺の? 俺の誕生日ですか?」
「当たり前じゃん」
 倉知が、ほう、と息をついた。
「なんか、いいですね。お互いの誕生日にするって」
「とりあえずお前は車を買うのが先決だな」
「そうだった」
 軽く笑い合う。そのあとで、倉知がこともなげに言った。
「まあ、買いませんけどね」
「買わないんかーい」
 二人の笑い声が、車内にこだまする。

〈おわり〉
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