引きこもりの受難

小桃沢ももみ

文字の大きさ
8 / 54

8 知ってたんですか?

しおりを挟む
 洋介達はお互いが濡れるのを気にし合いながら駐車場に向かい、車に乗った。急な雨で傘がない人の方が多く、皆頭を何かで覆いながら小走りに車へ向かうのに精一杯で、男二人の相合傘に変な顔はしない。寧ろ感じたのは傘があって羨ましいなあという視線だった。
 星が濡れないようにと洋介は運転席側までついて行き、中に入るのを傘を差して待ってたら恐縮された。
 雨足は大分強い。ドアを開けている時間の分だけどんどん車の中も濡れていく。助手席側のドアを開けると洋介は急いで身体だけ中に入れてから、ドアを閉める前に素早く外に突き出したままの傘を振るって水を切った。綺麗な車内が濡れたら悪いと。だが洋介のコートは思ったより濡れていた。弾いてはいたが水滴が残っているのだ。これは不味いと腰を浮かせてジーパンのポケットから洋介がハンカチを出すより早く、星はダッシュボードのグローブボックスを開けてフェイスタオルを取り出した。

 「二枚あるので、どうぞ」
 「どうも。ごめんね、シート濡らしちゃって」

 受け取って、コートを拭く。星も拭きながら車のエンジンをかけ、ヒーターを入れていた。
 
 「大丈夫です。放っておけば乾きますし。流石に冷えましたよね。シートもあったかくなるようにしましたので、少々お待ち下さい」
 「え? この車、シートも温まるの?」
 「はい。オープンカーなんで。シートヒーターがついてるんです。冬でもオープン出来るようにって」
 「ははあ。すげえ」

 オープンカー凄えな。それなら一度は冬にオープンしてドライブしてみたいなと洋介は言ってしまいそうになった。二度目はねえ。うん、二度目はねえ。口に出す前に立ち止まれて良かった。

 「どうしましょうか? これから」
 「帰りませんか? 星さんだって、ここから東京まで車でしょ? 雨も止みそうにないし、寒いし」
 「そうですね……」

 ちょっと星の声のトーンが下がった気がした。昼を食べて、動物園。三時間ちょっと。それでさよならなんて、東京からわざわざ車で来た人に酷い仕打ちだろうか。星は、洋介のどこが気に入ったのだろうか。次はないと考えている事を勘付いてくれただろうか。どのちみち、別れる時にちゃんと言うつもりだが。
 良い子だが、洋介はゲイではない。まあ、星は第三の性を持つ男性だからゲイからすると、本当の男じゃない対象外、っていう場合もあるらしいけど。それは兎も角、そもそも洋介には結婚したいという気持ちがもう無い。片や星は二十七だ、第三の性を持つ人間が結婚し難いと言われていても、これだけイケメンなら将来さきはあるだろう。今日会った感じだと、性格も良い。ここで自分が断っても、良い人に出逢える筈だと洋介は思った。
 案外楽しかった。そんなに気を遣わなかったし。男同士な分、女性と違って気楽だった。星は若いのに浮ついていないからか、年齢差もそんなに気にならなかった。でもやっぱり次はない。

 「御自宅まで送りましょうか?」
 「え? いやいや」

 それはマズイ。今日で最後と言い難くなる。

 「電車で帰るんで」

 最寄駅の駐車場に車を停めてある。だから電車で帰らないと。親の車だが。

 「ああ、駅前に駐車場があるんでしたっけ。そこまで車で送りましょうか?」
 「え?」

 駐車場の中でアイドリングしながらの会話で、洋介は驚かされた。
 最寄駅の駅前に親が月極め駐車場借りているのだ。毎日は使わないが、数少ないコインパーキングを探すより楽だと。田舎だから値段もそう高くない。だがその話を洋介は星にしていない……。
 そうか、そうだよ。お袋と星さんはメアド交換してたんだ。そしてお袋は星さんと連絡取ってるようだったと洋介は気付く。「来週の土日空いてるみたい」って言ってたもんな。そうか、だからか。だから、俺の前の仕事の話とか訊かなかったんだ。だって、お袋から聞いて知ってた筈。なんだそうか、良い子だなって思ったけど、知ってるからか。がっかり、がっかりだよ星さん。いや、どうせ今日で最後だから別に構わないけどさ。

 「ああ、もしかしてうちの母に聞きましたか? そうなんです。駐車場に車を停めてきたんです。だから、もしお手数でなければ
 
 若干砕けてきていた口調を意図的に戻す。最後の「千葉駅迄送って頂けますか?」という部分は強調する為にゆっくりと強めに発音する。にっこりして見せたけど、自分でも目が笑ってないのが分かる。
 星の口が「あ」の形になって固まった。みるみる表情が強張る、どうやら洋介の意図を悟ったようだ。星と富士子が洋介を抜きにやり取りしていて、富士子が洋介の個人情報を事前に星に流していたのを、洋介がよしとしていないのも。

 「はい」

 俯きながら、星がナビを操作する。今度は動物公園から千葉駅に戻る為に。
 ごめんね、俺は嫌な奴だ。年下の君に感じが悪くて。頑張れば、頑張ればまだちゃんとした大人の態度をとる努力が出来るかもしれない。我慢して、我慢すれば。別れ際まで感じ良くするなんてこと、今の俺でも頑張って我慢すれば出来たかもしれないけど、もうなんか力が湧いて来ないんだ。無理だよ。身体が重い。やる気とか空元気とか、そういうのが全部どっかに吸い取られていく気がする。
 洋介は星を見ないように前を向いた。フロントガラスに落ちてくる雨粒達。機械的に拭っていくワイパーと流れて行く水滴の動きだけに神経を集中させる。帰りたい。隣の星の存在を意識しないように思考を飛ばす。
 もうここに居たくない。帰ったら富士子がうるさく今日のことを訊いてくるだろう。うんざりだ。けれどここには居たくない。帰りたい。けどその帰りたい場所は実家だろうか? 自分にとって実家は完全なる安全地帯ではない。安らげない。けど外よりはマシ。
 何だって、俺は今日こんな所にノコノコ出て来てしまったんだろう。上手くいかないなんて、ただの意味のない時間になるって分かりきっていたのにな。何かを期待していたんだろうか? 期待なんかしたって無駄だって分かり切ってたのにな。バカみたいだ。本当に俺はバカだ。変な期待したせいで、星にも嫌な思いをさせた。富士子が何を言ったって、最初から断っておけば良かったのに。
 洋介は溜め息吐きたくなったが、それだけは隣の星の為にと、何とか我慢した。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...