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8 知ってたんですか?
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洋介達はお互いが濡れるのを気にし合いながら駐車場に向かい、車に乗った。急な雨で傘がない人の方が多く、皆頭を何かで覆いながら小走りに車へ向かうのに精一杯で、男二人の相合傘に変な顔はしない。寧ろ感じたのは傘があって羨ましいなあという視線だった。
星が濡れないようにと洋介は運転席側までついて行き、中に入るのを傘を差して待ってたら恐縮された。
雨足は大分強い。ドアを開けている時間の分だけどんどん車の中も濡れていく。助手席側のドアを開けると洋介は急いで身体だけ中に入れてから、ドアを閉める前に素早く外に突き出したままの傘を振るって水を切った。綺麗な車内が濡れたら悪いと。だが洋介のコートは思ったより濡れていた。弾いてはいたが水滴が残っているのだ。これは不味いと腰を浮かせてジーパンのポケットから洋介がハンカチを出すより早く、星はダッシュボードのグローブボックスを開けてフェイスタオルを取り出した。
「二枚あるので、どうぞ」
「どうも。ごめんね、シート濡らしちゃって」
受け取って、コートを拭く。星も拭きながら車のエンジンをかけ、ヒーターを入れていた。
「大丈夫です。放っておけば乾きますし。流石に冷えましたよね。シートもあったかくなるようにしましたので、少々お待ち下さい」
「え? この車、シートも温まるの?」
「はい。オープンカーなんで。シートヒーターがついてるんです。冬でもオープン出来るようにって」
「ははあ。すげえ」
オープンカー凄えな。それなら一度は冬にオープンしてドライブしてみたいなと洋介は言ってしまいそうになった。二度目はねえ。うん、二度目はねえ。口に出す前に立ち止まれて良かった。
「どうしましょうか? これから」
「帰りませんか? 星さんだって、ここから東京まで車でしょ? 雨も止みそうにないし、寒いし」
「そうですね……」
ちょっと星の声のトーンが下がった気がした。昼を食べて、動物園。三時間ちょっと。それでさよならなんて、東京からわざわざ車で来た人に酷い仕打ちだろうか。星は、洋介のどこが気に入ったのだろうか。次はないと考えている事を勘付いてくれただろうか。どのちみち、別れる時にちゃんと言うつもりだが。
良い子だが、洋介はゲイではない。まあ、星は第三の性を持つ男性だからゲイからすると、本当の男じゃない対象外、っていう場合もあるらしいけど。それは兎も角、そもそも洋介には結婚したいという気持ちがもう無い。片や星は二十七だ、第三の性を持つ人間が結婚し難いと言われていても、これだけイケメンなら将来はあるだろう。今日会った感じだと、性格も良い。ここで自分が断っても、良い人に出逢える筈だと洋介は思った。
案外楽しかった。そんなに気を遣わなかったし。男同士な分、女性と違って気楽だった。星は若いのに浮ついていないからか、年齢差もそんなに気にならなかった。でもやっぱり次はない。
「御自宅まで送りましょうか?」
「え? いやいや」
それはマズイ。今日で最後と言い難くなる。
「電車で帰るんで」
最寄駅の駐車場に車を停めてある。だから電車で帰らないと。親の車だが。
「ああ、駅前に駐車場があるんでしたっけ。そこまで車で送りましょうか?」
「え?」
駐車場の中でアイドリングしながらの会話で、洋介は驚かされた。
最寄駅の駅前に親が月極め駐車場借りているのだ。毎日は使わないが、数少ないコインパーキングを探すより楽だと。田舎だから値段もそう高くない。だがその話を洋介は星にしていない……。
そうか、そうだよ。お袋と星さんはメアド交換してたんだ。そしてお袋は星さんと連絡取ってるようだったと洋介は気付く。「来週の土日空いてるみたい」って言ってたもんな。そうか、だからか。だから、俺の前の仕事の話とか訊かなかったんだ。だって、お袋から聞いて知ってた筈。なんだそうか、良い子だなって思ったけど、知ってるからか。がっかり、がっかりだよ星さん。いや、どうせ今日で最後だから別に構わないけどさ。
「ああ、もしかしてうちの母に聞きましたか? そうなんです。駐車場に車を停めてきたんです。だから、もしお手数でなければ千葉駅迄送って頂けますか?」
若干砕けてきていた口調を意図的に戻す。最後の「千葉駅迄送って頂けますか?」という部分は強調する為にゆっくりと強めに発音する。にっこりして見せたけど、自分でも目が笑ってないのが分かる。
星の口が「あ」の形になって固まった。みるみる表情が強張る、どうやら洋介の意図を悟ったようだ。星と富士子が洋介を抜きにやり取りしていて、富士子が洋介の個人情報を事前に星に流していたのを、洋介がよしとしていないのも。
「はい」
俯きながら、星がナビを操作する。今度は動物公園から千葉駅に戻る為に。
ごめんね、俺は嫌な奴だ。年下の君に感じが悪くて。頑張れば、頑張ればまだちゃんとした大人の態度をとる努力が出来るかもしれない。我慢して、我慢すれば。別れ際まで感じ良くするなんてこと、今の俺でも頑張って我慢すれば出来たかもしれないけど、もうなんか力が湧いて来ないんだ。無理だよ。身体が重い。やる気とか空元気とか、そういうのが全部どっかに吸い取られていく気がする。
洋介は星を見ないように前を向いた。フロントガラスに落ちてくる雨粒達。機械的に拭っていくワイパーと流れて行く水滴の動きだけに神経を集中させる。帰りたい。隣の星の存在を意識しないように思考を飛ばす。
もうここに居たくない。帰ったら富士子がうるさく今日のことを訊いてくるだろう。うんざりだ。けれどここには居たくない。帰りたい。けどその帰りたい場所は実家だろうか? 自分にとって実家は完全なる安全地帯ではない。安らげない。けど外よりはマシ。
何だって、俺は今日こんな所にノコノコ出て来てしまったんだろう。上手くいかないなんて、ただの意味のない時間になるって分かりきっていたのにな。何かを期待していたんだろうか? 期待なんかしたって無駄だって分かり切ってたのにな。バカみたいだ。本当に俺はバカだ。変な期待したせいで、星にも嫌な思いをさせた。富士子が何を言ったって、最初から断っておけば良かったのに。
洋介は溜め息吐きたくなったが、それだけは隣の星の為にと、何とか我慢した。
星が濡れないようにと洋介は運転席側までついて行き、中に入るのを傘を差して待ってたら恐縮された。
雨足は大分強い。ドアを開けている時間の分だけどんどん車の中も濡れていく。助手席側のドアを開けると洋介は急いで身体だけ中に入れてから、ドアを閉める前に素早く外に突き出したままの傘を振るって水を切った。綺麗な車内が濡れたら悪いと。だが洋介のコートは思ったより濡れていた。弾いてはいたが水滴が残っているのだ。これは不味いと腰を浮かせてジーパンのポケットから洋介がハンカチを出すより早く、星はダッシュボードのグローブボックスを開けてフェイスタオルを取り出した。
「二枚あるので、どうぞ」
「どうも。ごめんね、シート濡らしちゃって」
受け取って、コートを拭く。星も拭きながら車のエンジンをかけ、ヒーターを入れていた。
「大丈夫です。放っておけば乾きますし。流石に冷えましたよね。シートもあったかくなるようにしましたので、少々お待ち下さい」
「え? この車、シートも温まるの?」
「はい。オープンカーなんで。シートヒーターがついてるんです。冬でもオープン出来るようにって」
「ははあ。すげえ」
オープンカー凄えな。それなら一度は冬にオープンしてドライブしてみたいなと洋介は言ってしまいそうになった。二度目はねえ。うん、二度目はねえ。口に出す前に立ち止まれて良かった。
「どうしましょうか? これから」
「帰りませんか? 星さんだって、ここから東京まで車でしょ? 雨も止みそうにないし、寒いし」
「そうですね……」
ちょっと星の声のトーンが下がった気がした。昼を食べて、動物園。三時間ちょっと。それでさよならなんて、東京からわざわざ車で来た人に酷い仕打ちだろうか。星は、洋介のどこが気に入ったのだろうか。次はないと考えている事を勘付いてくれただろうか。どのちみち、別れる時にちゃんと言うつもりだが。
良い子だが、洋介はゲイではない。まあ、星は第三の性を持つ男性だからゲイからすると、本当の男じゃない対象外、っていう場合もあるらしいけど。それは兎も角、そもそも洋介には結婚したいという気持ちがもう無い。片や星は二十七だ、第三の性を持つ人間が結婚し難いと言われていても、これだけイケメンなら将来はあるだろう。今日会った感じだと、性格も良い。ここで自分が断っても、良い人に出逢える筈だと洋介は思った。
案外楽しかった。そんなに気を遣わなかったし。男同士な分、女性と違って気楽だった。星は若いのに浮ついていないからか、年齢差もそんなに気にならなかった。でもやっぱり次はない。
「御自宅まで送りましょうか?」
「え? いやいや」
それはマズイ。今日で最後と言い難くなる。
「電車で帰るんで」
最寄駅の駐車場に車を停めてある。だから電車で帰らないと。親の車だが。
「ああ、駅前に駐車場があるんでしたっけ。そこまで車で送りましょうか?」
「え?」
駐車場の中でアイドリングしながらの会話で、洋介は驚かされた。
最寄駅の駅前に親が月極め駐車場借りているのだ。毎日は使わないが、数少ないコインパーキングを探すより楽だと。田舎だから値段もそう高くない。だがその話を洋介は星にしていない……。
そうか、そうだよ。お袋と星さんはメアド交換してたんだ。そしてお袋は星さんと連絡取ってるようだったと洋介は気付く。「来週の土日空いてるみたい」って言ってたもんな。そうか、だからか。だから、俺の前の仕事の話とか訊かなかったんだ。だって、お袋から聞いて知ってた筈。なんだそうか、良い子だなって思ったけど、知ってるからか。がっかり、がっかりだよ星さん。いや、どうせ今日で最後だから別に構わないけどさ。
「ああ、もしかしてうちの母に聞きましたか? そうなんです。駐車場に車を停めてきたんです。だから、もしお手数でなければ千葉駅迄送って頂けますか?」
若干砕けてきていた口調を意図的に戻す。最後の「千葉駅迄送って頂けますか?」という部分は強調する為にゆっくりと強めに発音する。にっこりして見せたけど、自分でも目が笑ってないのが分かる。
星の口が「あ」の形になって固まった。みるみる表情が強張る、どうやら洋介の意図を悟ったようだ。星と富士子が洋介を抜きにやり取りしていて、富士子が洋介の個人情報を事前に星に流していたのを、洋介がよしとしていないのも。
「はい」
俯きながら、星がナビを操作する。今度は動物公園から千葉駅に戻る為に。
ごめんね、俺は嫌な奴だ。年下の君に感じが悪くて。頑張れば、頑張ればまだちゃんとした大人の態度をとる努力が出来るかもしれない。我慢して、我慢すれば。別れ際まで感じ良くするなんてこと、今の俺でも頑張って我慢すれば出来たかもしれないけど、もうなんか力が湧いて来ないんだ。無理だよ。身体が重い。やる気とか空元気とか、そういうのが全部どっかに吸い取られていく気がする。
洋介は星を見ないように前を向いた。フロントガラスに落ちてくる雨粒達。機械的に拭っていくワイパーと流れて行く水滴の動きだけに神経を集中させる。帰りたい。隣の星の存在を意識しないように思考を飛ばす。
もうここに居たくない。帰ったら富士子がうるさく今日のことを訊いてくるだろう。うんざりだ。けれどここには居たくない。帰りたい。けどその帰りたい場所は実家だろうか? 自分にとって実家は完全なる安全地帯ではない。安らげない。けど外よりはマシ。
何だって、俺は今日こんな所にノコノコ出て来てしまったんだろう。上手くいかないなんて、ただの意味のない時間になるって分かりきっていたのにな。何かを期待していたんだろうか? 期待なんかしたって無駄だって分かり切ってたのにな。バカみたいだ。本当に俺はバカだ。変な期待したせいで、星にも嫌な思いをさせた。富士子が何を言ったって、最初から断っておけば良かったのに。
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