引きこもりの受難

小桃沢ももみ

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16 お腹いっぱいですか?

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 ごめん、朝食だから、起きてと言い捨てると、嫌がる猫を抱え上げて、洋介は脱兎の如く逃げ出した。背後で星に話し掛ける富士子の声が聞こえるから、任務は達成したと思う。取り敢えず風太郎はまた星の元へ戻ってしまわないよう、洋介は二階の自分の布団に置いて来た。抗議の声をあげていたが、ドアを閉めて来たから諦めて寝ている筈だ。
 
 しばらくすると家族三人が待つテーブルに星が申し訳なさそうにやって来た。洋介が貸したスウェットのままで髪の毛には寝癖がついている。

 「すみません。寝過ごしてしまって」

 それから平介と富士子は着替えているのに、自分は寝巻きのスウェットのままなのを謝った。本当は着替えて来たかったのだろう。恐らく星の家では寝巻きで朝食をとったりはしない。きちんとした家の子に見える。

 「いいのよう、洋ちゃんだって寝巻きのままだし。あらやだ、そのスウェット毛玉だらけじゃない。こんなの真一くんに貸したの? 洋ちゃんもっといいのなかったの? ごめんなさいね、次は新品の買っておくから」

 と富士子が立ち上がって星を迎えに行く。上機嫌だ。明らかに声のトーンがいつもより高い。次なんてねえよ、だいたいそれ一番マシなやつだから、と洋介は心の中で毒付いた。星はしきりに恐縮している。

 「それにあたし達は、犬の散歩して来たからー。あら、ここ寝癖が付いているわよ」

 と富士子は馴れ馴れしく星の髪を撫で付けると、嬉しそうに肩にを押し洋介の隣に座るよう促した。
 席順は、丸テーブルの正面にテレビ、テレビが見易いようにスペースを取って、時計回りに富士子、星、洋介、平介だ。普段も富士子、洋介、平介の順で座っている。ーー因みに洋介は、星の席を自分から遠い、富士子の向こう側にしようとしたのだが、「ダメよう。ここテレビ見づらいんだから。それに台所にも近いし」と有無を言わさず富士子に直されてしまった。ーー
 平介に朝の挨拶をした後、星が洋介に会釈しながら席に着く。気まずいが、ここで嫌な顔を見せるほど洋介も大人気なくはない。ニッコリとまではいかないが引き攣った笑顔くらいは出来る。

 「それより、真一君はご飯とパン、どっちがいい?」

 富士子が上機嫌に尋ねる。家族以外の客に張り切った平介は、米を炊き、ホームベーカリーで食パンを焼いた。主食が二択、星は迷っている。そりゃそうだよなと他人事のように眺めている洋介は米を選んだ。だって肉だ、冷凍庫の肉をありったけ焼いたような肉祭りだ。パンより米に決まっている。
 食いしん坊の富士子は両方選んだので、星にも両方食べなさいよーと勧めた。寝起きで寝ぼけているのか、富士子の勢いに押されたのか、星も両方とももらうことにしたようだ。全員で頂きますして食べ始める。

 「このパンはお父さんが焼いたのよう。ホームベーカリーで」
 「ええ? すごいですね!」
 「なんも、材料を全部入れてスイッチ押すだけだ」

 口では謙遜しているが、ニマニマとした表情が隠せない平介である。

 「このジャムもねー、お父さんが庭の梅で作ったの。ちょっと酸っぱいけど美味しいわよ」

 と梅ジャムの瓶を薦めると流れで、今度はヨーグルトの話になる。

 「このヨーグルトもねえ、お父さんがヨーグルトメーカーに牛乳パックセットして作ったのよう。梅ジャム、これに入れると美味しいわよお」
 「ヨーグルトもお家で作れるんですか? それに……、お庭の梅の木?」
 「あるわよう。昨日の夜は暗かったから分からなかったでしょ、後で教えるわ」
 「すごいですねー」

 どの話にも素直に星が感心するので平介のニマニマが止まらない。いや、これも家電の力だぜ、親父が何かやった訳じゃねえよ、セットしてスイッチ入れるだけだ、と洋介は心の中でツッコむ。

 「それから、このフライドポテトはねえ、油使ってないのよ。これもお父さんがフライヤーで作ったの」
 「わあー」

 この流れは家族ではもう何度も繰り返されていて、洋介も行介も無反応。まだ幼いリンちゃんは理解出来ず食べるのに夢中だし、康子ちゃんも頑張って付き合ってはいるが流石に最初の頃ほど反応出来なくなって来ているので、星は二人にとって良い聞き役なのだろう。富士子が張り切って説明していく。

 「それからこのスープもねえ、お父さんが作った玉ねぎとじゃがいもを使ってるの。今はすごいのねえ、全自動でスープも作れちゃうのよ。あれ? スープじゃなかったわね、これ。何か洒落た名前だったと思うんだけど、何だっけ? ねえ、洋ちゃん」
 「ポタージュ」
 「そうそう、ポタージュ!」
 「じゃがいものポタージュ、大好きです!」

 電気屋に家電を見に行くのは、数少ない平介の趣味だ。特に調理家電が好きで、次から次へと買って来る。飽きたのや、新しいのに取って代わられたのは行介のウチへと流れて行く。
 そんなの、若い星が興味を持つ筈ないだろう、と洋介は思うが生来の性格なのか、気を遣っているのか、はたまた富士子の勢いに押されているのか、星がいかにも感心したように相槌を打つものだから富士子のお喋りは止まらない。

 「そうお? あ、そう言えばカレーもあったわね。お父さんが新しいお鍋を買って来てね、それも全自動で煮込んでくれるのよ。水なしで、作れれるやつ。何だっけ、水なし調理?」

 洋介がすかさず教える。

 「無水」
 「そうそう無水調理。すごいのよー美味しいのよー。あ、それからお父さんは餃子も得意でね。フードプロセッサーを買ったから、前より作るのが簡単になってね、よく作ってくれるの。カレーも餃子も凍らしてあるのよー。ちょっと解凍してこようかしら」
 「え? あ、ああ、あの、あの、ここにあるだけで大丈夫です」
 「ええ? でもお、若いから食べられるんじゃない?」
 「いえ、いえ、本当にここにあるだけで……」

 星が救いを求めるように洋介を見る。
 多分星は、サプリとかプロテインとか飲んでいて、野菜もオーガニックに拘ったりとかしてるようなタイプだと洋介は思う。一応父の家庭菜園も無農薬ではあるが、化学肥料は使ってる筈だ。多分、父にオーニックの概念を説いても理解できないだろう。「無農薬だから、オーガニックだろう?」って言いそうだ。それから定期的にジムに通って、摂生していそう。洋介も若い頃はそうだった。今はもう違うけど。もうそんな頑張る気力がない。けれど星は恐らくそれを無理なく一生続けていくことが出来る人種だと思う。
 だが平介と富士子は田舎の人間だ。全く違う。それに、量を出すのがもてなしだと思っている。たまのお客(それも若いイケメン)で興奮しきって浮かれている上に、星が丁寧に相手するものだから舞い上がっしまって浮かんだ宙から降りて来れない。
 洋介はめんど臭えなと思いながらも、宥め役になるしかない。
 
 「お袋、無理に勧めんなよ。星さんみたいな今時の若い人は、食べる量とか、食べる物とか気い使ってるんだよ。朝から親父とお袋みたいに、馬鹿みたいにモリモリ食べたりしねえんだよ」
 「あ! ダイエット中?」
 「いえ」
 「そうよね、こんなに痩せてるのにダイエットなんて必要ないわよね」

 通じねえな、と思っている洋介を他所に、富士子は星の肩のラインを気やすそうに撫でたあと、自分の腹を撫でた。

 「あたしなら分かるけどねえ」
 「あ。いえ……」

 星は何と言ってフォローしたら良いのか分からないようだ、料理を前に富士子の怒涛のお喋りに付き合わされて、食べたもんだか話したもんだか、判断が付かなくなっているのだろう。どう見ても富士子の腹は三段腹だが、いつもの星なら何か上手いこと女性を喜ばす切りセリフを言うような気がする。すっかり岬家のペースに呑み込まれてしまったらしい。
 可哀想だが、うっかりこの家に泊まっちまった星が悪い。まあ洋介は多少は助けてやらないでもない。

 「あんまりしつこくすんなよ。困ってるだろ」
 「あ、いえ! 全然そんなつもりはないです。寧ろ嬉しいです! 僕、一人暮らしなので、普段、朝からこんなにちゃんとした朝食を食べることがなくて」
 「あら、いつもどんな感じなの?」
 「ええっと、パンとコーヒーだけとか。あと、野菜スムージーだけとかですね」
 
 ほら、と洋介は思う。そのパンだって、東京のお洒落なベーカリーで買ったクロワッサンとか、ナッツとかドライフルーツがが入ってるやつとかだろ、と。

 「やだ、お洒落! 今風ね」

 と富士子も嬉しそうだ。はしゃぐその横で、会話の切り上げどころが分からない星は未だ食事に手を付けられないでいる。
 
 「いえいえ、そんな全然。ただ朝時間がなくって」

 しかしそんな事には気付かず、自分は箸と口を動かしながら富士子が首を傾げる。

 「スムージー、スムージーって何だったかしらね」
 「えっとスムージーは……」
 「もう、母さんの相手はしなくていいから、真一くんも早く食べなさい」

 とうとう見かねた平介が、テーブルの向こう側から手を伸ばし自分の箸で、星の取り皿に色々なおかずをぴょいぴょいと投げるように入れ始めた。星は驚いて目を丸くしている。

 「え? あ、はい、でも、あの」

 あと、この家には取り箸とかトングって概念がないからね、と洋介は心の中で星に説明していた。
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