引きこもりの受難

小桃沢ももみ

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19 忙しいんですか?

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 何処かへ行きたいなあと洋介は夢想する。
 実際は無理だ。海外にも日本にも行ってみたい場所はあるけれど、旅行するには金が掛かる。洋介は会社で働きたくない、もう二度と。毎月家に家賃兼食費として3万入れている、このまま働かずに今ある貯金で死ぬまで賄うには無駄遣いしないのが一番だ。だから旅行には行けない。実家にいるしかない。

 ある日、急に星が来なくなった。
 毎週のように顔を見せていたのにどうしたのだろうと、洋介は気になるが、富士子にも平介にも訊けない。二人は特に気にもしない様子で、いつも通りの生活を送っている。相変わらず富士子はお喋りだが、星が来ないことについてどころか、星の名前すら話題にしないので、どうしているのか知りようがない。けれど、断ったから自分には関係ない人だという態度を取った手前、自分からどうして星が来ないのか訊くわけにもいかず、洋介は悶々としている。
 最初は仕事が忙しいのかなと思っていた。洋介は気になっている。だが意地を張って訊けないで、いる。
 しょっちゅう星とメールしていたのに、最近富士子はやり取りしていないようだ。富士子のスマホのロックナンバーは知っている。機械が苦手な富士子に代わって、洋介が設定したから。リンちゃんの誕生日だ。自分のスマホが2階に置いてあって、ちょっとネットで調べたい時に上迄行くのがめんどくさかったりすると、「お袋ちょっとスマホ貸して」と借りることは良くある。富士子も時に気にせず「どうぞー」と貸してくれる。その時に、富士子が開いたままにしていたメールの受信画面が見えてしまうことがよくある。マナー違反だと思うので、見ないようにしているが、星の名前が繰り返し出て来て頻繁にやり取りしているのは知っていた。でも最近はどうなのだろう。今までは、星からメールが来たら、「真一君たら仕事で芸能人に会ったんだってー、凄くない?」とか内容を訊いてもいないのに教えてくれたりしたのに、最近はそれもない。星からメールは来ていないのだろうか。富士子のスマホは家にいる間は、ピアノの上に置いてある。洋介はチラリと、ピンクのスマホカバーがついた富士子のそれが居間のピアノの上に置きっぱなしになっているのを確認した。富士子は今席を外している。勝手に弄って星からメールが来ていないかチェックしても、多分富士子にはバレないだろう。けど、それは家族同士でもNGだと思う。ネットで調べるためにちょっと借りるのとは訳が違う。うん、ダメだ。
 洋介は悶々としている。何日か経ったが、二人の口から星の名前が出ることはない。もう会わないようになったのか。あんなに仲が良さそうにしていたのに、急に何で。星の仕事が忙しいだけなのだろうか。洋介は気になっている。だが意地を張って訊けないで、いる。
 
 とうとう洋介は自分のパソコンで星の会社のホームページを調べてしまった。夜の自室。会社のブログはこまめに更新されているが、スタッフが担当していて星が書いている訳ではなかった。会社のイベントや、季節の変わり目にオススメのハーブティーとかを紹介していて、星にお似合いのオシャレな雰囲気の会社だった。星個人の動向は分からない。社員の紹介ページにあった、星の写真を見ながら今どうしているのだろうと、洋介は考える。プロに撮ってもらったみたいな完璧な構図で椅子に腰掛けた、綺麗な笑顔の星は、知らない人みたいに見える。
 (そうだ、SNSとかやってないのかな)
 星みたいな若い人がやるSNSって何だろう。ツイッターやインスタグラム? あと、なんか動画のやつもあるよな。けど、海外の友達が多そうだからやっぱりフェイスブックは抑えてるかな? 洋介もフェイスブックのアカウントは持っている。もう10年以上更新してないけど。
 そう考えて、洋介は俺、何やってんんだろうと自分に呆れた。まるでストーカーみたいじゃないか。断ったのに、自分には関係ない人だって態度をしたのに。
 (やっぱり止めよう)
 その日は、ノートパソコンをすぐに閉じた。
 
 しかし2週間経っても星は姿を見せなかった。相変わらず、富士子達は全く星の話をしない。
 (幾らなんでもおかしくないか。他の相手を紹介してもらったとか)
 洋介はあの、HKD47の担当者の女性を思い出した。やり手そうだった。
 (星さんは結婚して子供を産みたいんだよな。まだ若いんだし)
 そう考えると、悶々としてしまい、とうとう思いたってフェイスブックで星の名前を検索した。
 すぐに星のアカウントを見つけた。結構マメに投稿している。内容は、仕事の活動内容が多いがたまに美味しかったパンについて書いていたりするのが微笑ましい。必ず英語と日本語を併記しているのが流石だ。友達の数が信じられないくらい多くて、アメリカの友達なのか、半分くらいが外国人だ。
 (げ)
 平介と釣りに行った時の写真がアップされていた。写真の二人はすごく楽しそうで、星の友人達も「すごく楽しそう」「彼は誰?」「ここは何処?」などとコメントしている。それに対する星の返事も楽しそうで、平介との釣りが本心で楽しかったと伺われた。
 (あ)
 富士子との写真もあった。二人で歌舞伎を観に行った時のものだ。ただ、富士子とは後ろ姿で、平介とは違い富士子の顔は分からないようになっていた。「彼女はとてもシャイだから」と書いてあったので、恐らく富士子が顔を見せるのは嫌がったのだろう。
 (ああ、なんか、本当に楽しかったんだな)
 しかしその投稿も2週間前でぱったりと止まっていた。
 (出張とかかな? けど、海外から投稿している時もあるよな)
 過去の投稿とかをスクロールして見てしまう。気がつくと、夜中の2時をとっくに過ぎていて、慌てて洋介はパソコンを閉じた。

 「なあ、お袋、星さん最近どうしてるの?」

 3週間目の終わり、平介がいない時を見計らって、とうとう洋介は富士子に尋ねた。凄く勇気がいった。何気ない風を装うのに、だいぶ時間がかかった。

 「は?」

 なのに富士子は洋介が急に宇宙語でも話し出したかのような顔をした。そして、何も答えずに何処かへ行ってしまった。

 (へ?)

 富士子にそんな態度を取られたのは初めてで、洋介はどうしていいか分からなかった。その場でウロウロしていると、どすどすと地響きたてる勢いで戻ってきた富士子は、テーブルの上にバンと叩きつけるように本を置いた。

 「これでも読みなさい!」
 「え?」

 富士子が持って来たのは、その昔、洋介が出版社に勤めていた時に編集を担当した本だった。
 
 
 

 
 

 
 
 
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