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44 フェロモンですか?
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洋介は、富士子が小畑さんと鈴木さんにお土産の入った袋を渡しながら中身の説明をするのを、離れた所から見ていた。
庭で三人を乗せるタクシーが来るのを待っている所だ。洋介の家は最寄りのバス停迄は徒歩30分、更にバスで15分。不便なのだ。駅迄なら車で直接行った方が断然早い。それだと20分で着く。
洋介に車で送らせますという富士子の申し出は、もう手配済みだからと断られた。
ぞっとする20分間の苦行を免れて洋介はほっとした。せめて富士子が居れば話し相手を任せられるのでマシだが、車は四人乗りだ。洋介一人っきりで、他三人相手なんて胃がネジ切れる。運転手だから会話しようとしなくていいと自分に言い訳はたつが、ずっと無言なのもダメな大人のようで気が引ける。富士子も引きこもり相手に酷な事を言う。
だが、富士子は手術したばかりだし、平介も老人だしで、此処は洋介が出張るしかないのは分かっている。婚活アドバイザーが間髪入れず断ってくれて良かった。後の二人も頻りに遠慮していたし。
「きゅうりと茄子とピーマンなの。お父さんが家庭菜園で作ったから、きゅうりは売ってるのと違ってこんなに大きくて太いんだけど、味は同じだから」
レジ袋一杯の野菜に目を白黒させている二人。その後ろでチャップスが犬小屋の中で恨めしそうに伏せているのが見える。いつもなら構って構ってと出て来て愛嬌を振り撒くのだが、婚活アドバイザーが苦手だからだろう。
「すごいです」
「こんなに沢山いいんですか?」
「食べきれない程あるのよー」
小畑さんと鈴木さんは口では喜んでるけど、本心はどうなんだろうか? 二人が電車で来たのなら、かなりの荷物になる筈。ゴツゴツと野菜の形が浮き出た白いレジ袋は、あまりにも庶民的でお洒落な二人の格好には似合わないし重そうだ。
婚活アドバイザーの分はない。公務員なので贈答品になってしまうから受け取る訳にはいかないと前回きっぱりと断られた。だから富士子も今回は最初から婚活アドバイザーの分は用意していない。
「それから、お菓子が余ったのも是非持って帰って下さいね。お父さんが出し忘れてたのだけど、海老煎餅もあったのよ」
えー、それなら海老煎餅だけあげて、落花生パイは残しておいてくれないかなあ、と洋介は追加で紙袋を渡す富士子が恨めしい。
「あの」
「はい?」
いつの間にか、婚活アドバイザーが隣に来ていた。
「今後、岬洋介様は、星真一様とどう向き合うおつもりですか?」
正直、まだ何も考えていなかった。来客が帰って落ち着いてからちゃんと考えようかと。
「えっと、どうしたらいいと思いますか?」
今訊かれて、ぱっと思い付くのはメールを送るくらい。でも婚活アドバイザーなら、もっと良いアドバイスをくれるかもしれない。
「まずは御自分で考えてみましょう」
なんだよ、教えてくれないのか。それじゃあなんの為にいるんだ。
「この先、もっと先も見据えるなら、まずは御自分で考えて頂く事が大切です。ご成婚迄辿り着きましたら、わたくしの仕事は終了でございます。ですが、お二人の関係はご成婚後も続きます。寧ろ本番と言えるでしょう。御成婚後はわたくしはアドバイス出来ません。ですから岬洋介様にまずは考えて頂き、それが間違えている時はアドバイスさせて頂きます」
「はあ」
お説ごもっともだけど、それはそれで、毎回採点されるみたいで嫌になりそう。そもそも洋介は恋愛関係が苦手だというのに……。
「如何でしょう?」
如何でしょうって何だよ、と不貞腐れたが、婚活アドバイザーはじっと洋介を見つめている。これはあれか、返事待ちか。
「とりあえずメールしてみようと思います」
「それでしたら、手紙を推奨させて頂きます」
「手紙」
「はい。メールには匂いがありません。ヒートの時には意中のお相手のフェロモンを求めますから、岬洋介様が実際に手を触れた物が届く事が望ましいでしょう」
「はあ」
匂い、匂いね。香を焚き染めるとか、そういうんじゃなくてフェロモンの匂い? でも、手紙なら郵便局を経由するから、間に何人か触る事になるけどそれでも匂いは残るんだろうか?
ああ、でも子供の頃に女子の間で流行ってた香り付きの便箋みたいに封筒に入れて送れば残るのか? なんか昔、そういうの貰った記憶が。
それにしても……、俺の匂い? よくわかんないけどあるのか? 親父臭じゃないよな? 違うと思いたいが。
洋介は思わず、自分の腕や手、着ているTシャツの襟元なんかを嗅いでしまった。
「恐らく星様からのご返事は、ヒートが落ち着く迄は不可能でしょう。一カ月程ご返事はないと思いますが、その間何通か送って差し上げては如何でしょう」
「何通かって、えっとそれは一方的にって事ですか?」
「はい。そうですね」
何通も送るなら葉書の方がいいか。そしたら沢山文章書かずに済むし。そんなに書く事が思いつかない。元気ですか?とか富士子と平介の話くらい。
「封書がよろしいかと」
まるで洋介の考えを読んだみたいだ。
「文面は短くとも構いませんが、封筒に入れて差し上げて下さい」
「それはえっと、やっぱりフェロモンの関係で?」
「はい」
正直、フェロモンは分からないけど、そしたら少しは可愛い便箋とか探してみるか。星はキャラクター物は好まなそうだが、可愛い動物とかは好きそうな気がする。女性じゃないから花とかは違うし。
この辺にそんな洒落た物が売っているお店なんかあっただろうか? 便箋の為に千葉駅迄出るのもな。そう言えば、田んぼのど真ん中にあるショッピングモールにロフトが入っていた気がする。覗いてみるか、と洋介は珍しく自分から買い物に行く気になった。
庭で三人を乗せるタクシーが来るのを待っている所だ。洋介の家は最寄りのバス停迄は徒歩30分、更にバスで15分。不便なのだ。駅迄なら車で直接行った方が断然早い。それだと20分で着く。
洋介に車で送らせますという富士子の申し出は、もう手配済みだからと断られた。
ぞっとする20分間の苦行を免れて洋介はほっとした。せめて富士子が居れば話し相手を任せられるのでマシだが、車は四人乗りだ。洋介一人っきりで、他三人相手なんて胃がネジ切れる。運転手だから会話しようとしなくていいと自分に言い訳はたつが、ずっと無言なのもダメな大人のようで気が引ける。富士子も引きこもり相手に酷な事を言う。
だが、富士子は手術したばかりだし、平介も老人だしで、此処は洋介が出張るしかないのは分かっている。婚活アドバイザーが間髪入れず断ってくれて良かった。後の二人も頻りに遠慮していたし。
「きゅうりと茄子とピーマンなの。お父さんが家庭菜園で作ったから、きゅうりは売ってるのと違ってこんなに大きくて太いんだけど、味は同じだから」
レジ袋一杯の野菜に目を白黒させている二人。その後ろでチャップスが犬小屋の中で恨めしそうに伏せているのが見える。いつもなら構って構ってと出て来て愛嬌を振り撒くのだが、婚活アドバイザーが苦手だからだろう。
「すごいです」
「こんなに沢山いいんですか?」
「食べきれない程あるのよー」
小畑さんと鈴木さんは口では喜んでるけど、本心はどうなんだろうか? 二人が電車で来たのなら、かなりの荷物になる筈。ゴツゴツと野菜の形が浮き出た白いレジ袋は、あまりにも庶民的でお洒落な二人の格好には似合わないし重そうだ。
婚活アドバイザーの分はない。公務員なので贈答品になってしまうから受け取る訳にはいかないと前回きっぱりと断られた。だから富士子も今回は最初から婚活アドバイザーの分は用意していない。
「それから、お菓子が余ったのも是非持って帰って下さいね。お父さんが出し忘れてたのだけど、海老煎餅もあったのよ」
えー、それなら海老煎餅だけあげて、落花生パイは残しておいてくれないかなあ、と洋介は追加で紙袋を渡す富士子が恨めしい。
「あの」
「はい?」
いつの間にか、婚活アドバイザーが隣に来ていた。
「今後、岬洋介様は、星真一様とどう向き合うおつもりですか?」
正直、まだ何も考えていなかった。来客が帰って落ち着いてからちゃんと考えようかと。
「えっと、どうしたらいいと思いますか?」
今訊かれて、ぱっと思い付くのはメールを送るくらい。でも婚活アドバイザーなら、もっと良いアドバイスをくれるかもしれない。
「まずは御自分で考えてみましょう」
なんだよ、教えてくれないのか。それじゃあなんの為にいるんだ。
「この先、もっと先も見据えるなら、まずは御自分で考えて頂く事が大切です。ご成婚迄辿り着きましたら、わたくしの仕事は終了でございます。ですが、お二人の関係はご成婚後も続きます。寧ろ本番と言えるでしょう。御成婚後はわたくしはアドバイス出来ません。ですから岬洋介様にまずは考えて頂き、それが間違えている時はアドバイスさせて頂きます」
「はあ」
お説ごもっともだけど、それはそれで、毎回採点されるみたいで嫌になりそう。そもそも洋介は恋愛関係が苦手だというのに……。
「如何でしょう?」
如何でしょうって何だよ、と不貞腐れたが、婚活アドバイザーはじっと洋介を見つめている。これはあれか、返事待ちか。
「とりあえずメールしてみようと思います」
「それでしたら、手紙を推奨させて頂きます」
「手紙」
「はい。メールには匂いがありません。ヒートの時には意中のお相手のフェロモンを求めますから、岬洋介様が実際に手を触れた物が届く事が望ましいでしょう」
「はあ」
匂い、匂いね。香を焚き染めるとか、そういうんじゃなくてフェロモンの匂い? でも、手紙なら郵便局を経由するから、間に何人か触る事になるけどそれでも匂いは残るんだろうか?
ああ、でも子供の頃に女子の間で流行ってた香り付きの便箋みたいに封筒に入れて送れば残るのか? なんか昔、そういうの貰った記憶が。
それにしても……、俺の匂い? よくわかんないけどあるのか? 親父臭じゃないよな? 違うと思いたいが。
洋介は思わず、自分の腕や手、着ているTシャツの襟元なんかを嗅いでしまった。
「恐らく星様からのご返事は、ヒートが落ち着く迄は不可能でしょう。一カ月程ご返事はないと思いますが、その間何通か送って差し上げては如何でしょう」
「何通かって、えっとそれは一方的にって事ですか?」
「はい。そうですね」
何通も送るなら葉書の方がいいか。そしたら沢山文章書かずに済むし。そんなに書く事が思いつかない。元気ですか?とか富士子と平介の話くらい。
「封書がよろしいかと」
まるで洋介の考えを読んだみたいだ。
「文面は短くとも構いませんが、封筒に入れて差し上げて下さい」
「それはえっと、やっぱりフェロモンの関係で?」
「はい」
正直、フェロモンは分からないけど、そしたら少しは可愛い便箋とか探してみるか。星はキャラクター物は好まなそうだが、可愛い動物とかは好きそうな気がする。女性じゃないから花とかは違うし。
この辺にそんな洒落た物が売っているお店なんかあっただろうか? 便箋の為に千葉駅迄出るのもな。そう言えば、田んぼのど真ん中にあるショッピングモールにロフトが入っていた気がする。覗いてみるか、と洋介は珍しく自分から買い物に行く気になった。
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