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病院へ行く
しおりを挟む私、誰かと話してた…あれは誰?
黒い目の、男の子……。懐かしい感じがする…何処かで会った?
最近、夢から覚めると、何かを忘れてるような感覚がする。考えても思い出せずため息を一つつくと、髪に指を通した。
***
今日は病院に行く日。
調子が良いから、一人で向かう。
車の免許は取ったが、運転はあまりしない。薬の量が増えて眠くなったり、突然の頭痛に襲われたりして危ないから。
いつもはお母さんが車で送ってくれる。
お母さんは一年前からテレワークで仕事をしている。
私の病状が悪くなると同時にテレワークに切り替えた。
丁度、勤めていた会社が試験的にテレワークの導入を決めて、育児中の人や、介護を必要としている人と同居している社員が数人希望を出したらしい。
「もうずっと長いこと働いてたから、専業主婦に憧れてるの」
と、笑いながら話してくれたけど、お母さんは仕事をしている時はとても生き生きしてる事は見ていて分かる。
本当に私の為に、申し訳ない…。
今日はどうしても出社しなければならないらしくて、朝、心配しながら出て行った。
具合が悪かったら連絡するからと約束した。
でも、私の体調はとても良い。
だから、一人でも大丈夫。
体調が良いと気分も良い。
予約は午前中だから急いで支度をする。
髪形はお気に入りのショートボブ。内側に巻いてふわっとさせる。
天気も良く、日差しも暖かいからピンクサーモンのフレアスカートに決めて、白いフリンジニットを合わせてタイツを穿く。
必需品の大判のストールを持ってブーツを履けば防寒は完璧。
診察だからメイクはしないで乾燥防止のリップだけ。
もともとメイクはそんなにしないから、たいして大して変わらないんだけどね…。
外に出た瞬間、呼ばれたような気がして、振り向くと黒猫が木の上から見ていた。
吸い込まれそうな大きな目。
黒猫は、視線を外さずじっと見てくる。
右耳の三日月の白い模様を見ると、心が騒ぐ。
なんだろう?
暫くは目が離せなかった。はっとして、時間を確認すると駆け足でその場を去った。
ギリギリ間に合いバスに飛び乗り、空席に腰を下ろす。小春日和の暖かい日差しが気持ちよくて寝そうになってしまった…。
***
診察が終り会計も終り、処方箋を無くさないように鞄の奥に忍ばせて、院内にある花屋さんを覗きに行った。
正面入り口から受付を抜けた所に、大きな花屋さんがある。切花は勿論、植木鉢も売っている花屋さん。
チョコレートコスモス。シュウメイギク。ポットマム。
お世話は出来ないから買わないけど、花を見るのは好きだ。季節を感じる事ができるし、見るだけで癒されるでしょ?
この病院は大きな総合病院で、色々な施設が併設されている。
コンビ二、ATM、カフェ、レストラン。小さいけど本屋さん。
同じ敷地内には託児所もある。
花屋さんの隣にあるカフェは特にお気に入りで、全体的にブラウンをベースとした清潔感ある空間に、アンティーク調のテーブルと椅子がゆったりと置かれ、窓際にはグリーンが光を浴びている。小さいながらもキッチンカウンターがあり、黒板やグラスが並べられていて、奥には見せ収納として調理用品が順序良く並べられている。
足を踏み入れた瞬間、院内という事を忘れそうになる。
メニューはドリンク、ケーキ、サンドウィッチと少ないけど種類は豊富で、ケーキセットはドリンク付きで500円とリーズナブルだし、お茶は全てノンカフェインだ。
各席は少ないから土日は混雑しているが、平日は空いているので入院中は気が滅入った時など、気分転換に何度も訪れた。
でも、今日は少し歩きたい気分だから、病院近くのカフェで季節のランチを食べて、ショッピングセンターに行って服を見る予定…。計画を軽く練る。
調子が良いって本当に素敵だ。
その時。
ビクッと足が止まった。
花屋さんを挟んでカフェの向こう。30mほど先のエレベーターが開くと、忘れたくても忘れられない中学校の同級生、石山咲江が降りてきた。
小さな顔に細い目と団子鼻の特徴的な顔は間違えようがない。
中肉中背の体格は昔から変わってなくて、大きなお腹を覆う派手な色使いのマタニティドレス。隣には旦那さんだろうか? 年上で、気は弱そうだが優しそうな感じの男性が、咲江を守るように寄り添っていた。
とっさに、院内に設置されている大きなパキラの木の後ろに隠れた。
毛先をぎゅっと握り締める。落ち着け、私!
『咲江が結婚するんだって。おめでた婚だよ。旦那は10歳上らしい。来月Y市に引っ越すって』
もう、何ヵ月も前に純子から聞いた言葉が蘇る。
Y市はここから2時間ほどかかる、これから偶然に会うことはないだろうとほっとしていた。
「臨月で、帰ってきてるのか…この病院で産むんだ…」
…吐き気がする。
大きな不快感が渦巻く。
いじめのリーダー。
苦しかった日々。
許せない。
足に根が生えたように動かない。
指先が微かに震える。
見たくもかった…。咲江が旦那さんに、頼りきっているような顔から目が反らせない。
二人は寄り添うように正面入り口から出ていった。
それを見送り、やっと足を動かす事ができた。
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