猫の夢

鈴木あみこ

文字の大きさ
7 / 22

病院へ行く

しおりを挟む

 私、誰かと話してた…あれは誰?
 黒い目の、男の子……。懐かしい感じがする…何処かで会った?
 最近、夢から覚めると、何かを忘れてるような感覚がする。考えても思い出せずため息を一つつくと、髪に指を通した。

 ***

 今日は病院に行く日。
 調子が良いから、一人で向かう。
 車の免許は取ったが、運転はあまりしない。薬の量が増えて眠くなったり、突然の頭痛に襲われたりして危ないから。
 いつもはお母さんが車で送ってくれる。
 お母さんは一年前からテレワークで仕事をしている。
 私の病状が悪くなると同時にテレワークに切り替えた。
 丁度、勤めていた会社が試験的にテレワークの導入を決めて、育児中の人や、介護を必要としている人と同居している社員が数人希望を出したらしい。
「もうずっと長いこと働いてたから、専業主婦に憧れてるの」
 と、笑いながら話してくれたけど、お母さんは仕事をしている時はとても生き生きしてる事は見ていて分かる。

 本当に私の為に、申し訳ない…。

 今日はどうしても出社しなければならないらしくて、朝、心配しながら出て行った。
 具合が悪かったら連絡するからと約束した。

 でも、私の体調はとても良い。
 だから、一人でも大丈夫。
 体調が良いと気分も良い。
 予約は午前中だから急いで支度をする。
 髪形はお気に入りのショートボブ。内側に巻いてふわっとさせる。
 天気も良く、日差しも暖かいからピンクサーモンのフレアスカートに決めて、白いフリンジニットを合わせてタイツを穿く。
 必需品の大判のストールを持ってブーツを履けば防寒は完璧。
 診察だからメイクはしないで乾燥防止のリップだけ。
 もともとメイクはそんなにしないから、たいして大して変わらないんだけどね…。

 外に出た瞬間、呼ばれたような気がして、振り向くと黒猫が木の上から見ていた。
 吸い込まれそうな大きな目。
 黒猫は、視線を外さずじっと見てくる。
 右耳の三日月の白い模様を見ると、心が騒ぐ。

 なんだろう?

 暫くは目が離せなかった。はっとして、時間を確認すると駆け足でその場を去った。
 ギリギリ間に合いバスに飛び乗り、空席に腰を下ろす。小春日和の暖かい日差しが気持ちよくて寝そうになってしまった…。

 ***

 診察が終り会計も終り、処方箋を無くさないように鞄の奥に忍ばせて、院内にある花屋さんを覗きに行った。
 正面入り口から受付を抜けた所に、大きな花屋さんがある。切花は勿論、植木鉢も売っている花屋さん。
 チョコレートコスモス。シュウメイギク。ポットマム。
 お世話は出来ないから買わないけど、花を見るのは好きだ。季節を感じる事ができるし、見るだけで癒されるでしょ?
 この病院は大きな総合病院で、色々な施設が併設されている。
 コンビ二、ATM、カフェ、レストラン。小さいけど本屋さん。
 同じ敷地内には託児所もある。
 花屋さんの隣にあるカフェは特にお気に入りで、全体的にブラウンをベースとした清潔感ある空間に、アンティーク調のテーブルと椅子がゆったりと置かれ、窓際にはグリーンが光を浴びている。小さいながらもキッチンカウンターがあり、黒板やグラスが並べられていて、奥には見せ収納として調理用品が順序良く並べられている。
 足を踏み入れた瞬間、院内という事を忘れそうになる。
 メニューはドリンク、ケーキ、サンドウィッチと少ないけど種類は豊富で、ケーキセットはドリンク付きで500円とリーズナブルだし、お茶は全てノンカフェインだ。
 各席は少ないから土日は混雑しているが、平日は空いているので入院中は気が滅入った時など、気分転換に何度も訪れた。

 でも、今日は少し歩きたい気分だから、病院近くのカフェで季節のランチを食べて、ショッピングセンターに行って服を見る予定…。計画を軽く練る。
 調子が良いって本当に素敵だ。

 その時。

 ビクッと足が止まった。
 花屋さんを挟んでカフェの向こう。30mほど先のエレベーターが開くと、忘れたくても忘れられない中学校の同級生、石山咲江いしやまさきえが降りてきた。
 小さな顔に細い目と団子鼻の特徴的な顔は間違えようがない。
 中肉中背の体格は昔から変わってなくて、大きなお腹を覆う派手な色使いのマタニティドレス。隣には旦那さんだろうか? 年上で、気は弱そうだが優しそうな感じの男性が、咲江を守るように寄り添っていた。
 とっさに、院内に設置されている大きなパキラの木の後ろに隠れた。
 毛先をぎゅっと握り締める。落ち着け、私!

『咲江が結婚するんだって。おめでた婚だよ。旦那は10歳上らしい。来月Y市に引っ越すって』

 もう、何ヵ月も前に純子から聞いた言葉が蘇る。
 Y市はここから2時間ほどかかる、これから偶然に会うことはないだろうとほっとしていた。
「臨月で、帰ってきてるのか…この病院で産むんだ…」

 …吐き気がする。
 大きな不快感が渦巻く。
 いじめのリーダー。
 苦しかった日々。
 許せない。
 足に根が生えたように動かない。
 指先が微かに震える。
 見たくもかった…。咲江が旦那さんに、頼りきっているような顔から目が反らせない。
 二人は寄り添うように正面入り口から出ていった。
 それを見送り、やっと足を動かす事ができた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮妃よ、紅を引け。~寵愛ではなく商才で成り上がる中華ビジネス録~

希羽
ファンタジー
貧しい地方役人の娘、李雪蘭(リ・セツラン)には秘密があった。それは、現代日本の化粧品メーカーに勤めていた研究員としての前世の記憶。 ​彼女は、皇帝の寵愛を勝ち取るためではなく、その類稀なる知識を武器に、後宮という巨大な市場(マーケット)で商売を興すという野望を抱いて後宮入りする。 ​劣悪な化粧品に悩む妃たちの姿を目の当たりにした雪蘭は、前世の化学知識を駆使して、肌に優しく画期的な化粧品『玉肌香(ぎょくきこう)』を開発。その品質は瞬く間に後宮の美の基準を塗り替え、彼女は忘れられた妃や豪商の娘といった、頼れる仲間たちを得ていく。 ​しかし、その成功は旧来の利権を握る者たちとの激しい対立を生む。知略と心理戦、そして科学の力で次々と危機を乗り越える雪蘭の存在は、やがて若き皇帝・叡明(エイメイ)の目に留まる。齢二十五にして帝国を統べる聡明な彼は、雪蘭の中に単なる妃ではない特別な何かを見出し、その類稀なる才覚を認めていく。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...