アリーシャ・ヴェーバー、あるいは新井若葉と、歴史の終わり

平沢ヌル

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7章 ヴィルヘルミーナ様の夢のお店

7章6話 舞踏会と、動かない足 *

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【新帝国歴1135年10月30日 ヨハン】

 なんだかんだで、舞踏会の日まではあっという間だった。
 それまでの準備期間、ヴィルヘルミーナたちは何かと立ち働いていたらしいが、俺にはあまり関係はなかった。そもそも俺がいる必要はないんじゃないかと思ったが、出席はしなければならないらしい。
 
 舞踏会の主役はヴィルヘルミーナだ。彼女は今晩は光沢のある金茶色と銀灰色のドレスで、それがシャンデリアの灯りに照らされて、まるで本物の金と銀で出来ているかのようだ。そのドレスの姿で舞踏場でくるくると踊っている。彼女のお相手は、その場の幾人もの殿方だ。特にエックハルト様、彼は、ヴィルヘルミーナを引き立てる役に進んで立ち、その役割を完璧にこなしている。

 俺はといえば、一応は正装して、俺は階上から舞踏場を見下ろしていた。俺の足では踊ることなどできないのだから、こうして眺める以外にすることなどない。
 アリーシャと違って俺は別に、そこまでダンスが苦手というわけじゃなかった。と言って、ダンスが俺の人生で重要な位置を占めていたこともなかったから、そのこと自体はそこまで気にしているわけでもない。だが、これでいいのか、よかったのか。俺はやっぱり考えないこともない。俺の右足の痕跡と、今そこにあるものについて。とうに傷はふさがっているものの、醜い傷跡と縫合の痕は残っているし、義足が当たる箇所が擦れてまた新しい傷を作ることもある。それを敢えて人に見せることはないし、また話題にすることもないが、そのことは常に意識のどこかにはあるのだ。

 そういえばアリーシャはどうしているのだろうか。俺は彼女らの方に目を走らせる。
 アリーシャも舞踏場が見渡せる階上から、下の様子を見守っているようだ。どうやら彼女は妊娠中のようで、特別に設えられた席に腰かけて寛ぐのが今晩の彼女の役目みたいだった。そして、その傍らの席にはリヒャルト公が腰かけていて、お互いに視線を交わし、こちらには聞こえない二人の会話に興じているようだった。
 その様子を見ていると、姉ももう、すっかり人妻だ。俺たちが子供時代を過ごした、あの郊外の家で家族と暮らしていた頃とはすっかり変わってしまったような気が、俺にはしている。

 俺はまた、あの先日のアリーシャの奇妙な言動について思い返している。
 結局、アリーシャが何をどれだけ知っているのか、そしてそれをなぜ知っているのか、それを俺は、まだ知らないままだ。
 それが知りたくないかと言われたら嘘になる。だが、同時に知りたくないような、知ってはならないような気持ちも、どこかでしていないことはない。
 俺がそれを知ってしまったら、アリーシャを同じアリーシャだとは思えなくなってしまったら。そうなったときに、俺が自分で自分の言葉の責任を負うことができるとも、俺には思えない。
 アリーシャが、今までのアリーシャと同じ、昔から変わらないアリーシャなのかどうか。それは、結局は自分が判断するしかないことだ。それについては俺は、彼女を信じることにしたのだ。
 また知識を得たこと自体、そして立場が人を変えるということもある。俺だって全てが始まる前、16歳の頃の自分と同じ人間とは言い切れない。そしてアリーシャは俺とは比べ物にならないほど、様々な変転を経てきたのだ。公妃という地位に就いてから、姉はだんだん深慮遠謀を働かせる人間になったようだった。

「ヨーハーン」
「わっ! ……なんだ、ヴィルヘルミーナか」
 後ろから恨めしげな声がかけられ、俺は不意を突かれる。
「なんだじゃありませんわ! せっかく舞踏会にいらしているのに、踊りもしないでずっとアリーシャ様に見とれているんですもの!」
「見とれてるってなんだよ、いい加減にしろ」
 どうにもヴィルヘルミーナは、俺がアリーシャに過剰に関心を寄せていると思っているようだ。
「だって……せっかく」
 それだけ言って、ヴィルヘルミーナは頬を膨らませる。昔と比べると手足が伸びて大人びてきた印象のヴィルヘルミーナでも、そういう顔をしていると、まるで悪ガキのようだった。
「俺も、足がこんなじゃなかったら付き合ってやれたんだがな」
「あ……」
 俺は義足の方の足で二度、軽く床を踏み鳴らす。それに対してヴィルヘルミーナはどこか気まずそうな、後ろめたそうな顔をするのだ。
「俺のことはいいんだよ。これはお前の勝負所だろうが。こんなところで油を売っている場合じゃないだろう。せいぜい愛想を振りまいてこい」
 俺はそう言って、いい加減に手を振る。
「……分かってますわよ!」
 そう叫んで、また階下へとヴィルヘルミーナは降りていく。
 後ろを振り返ることもなく、優美に、そして堂々と、舞踏場に降りていくヴィルヘルミーナ。俺はただ、それを見送るだけにした。

「お前が掛け値なしの野蛮人ってことは、俺は分かっている。だが、そうでない振る舞いができるし、それを最大限活用して、これからも生きていくんだろう。だから、お前の力を発揮してこい。それが一番発揮できる場所で」
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