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8章 未来への布石
8章3話 ヴィルヘルミーナの悩み *
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【新帝国歴1140年6月10日 アリーシャ】
「ヴィルヘルミーナ様。……お綺麗です、今日も本当に」
ということで、私は今日は、公宮でヴィルヘルミーナ様をお迎えしている。ヴィルヘルミーナ様の今回の滞在では、ベアトリクスの誕生日の式典の頃まで滞在されて、それからまた出立されるという話だ。誕生日会はまだ1か月以上先なので、彼女にしては相当長い滞在ということになる。
そして今日はいつもの応接室ではなくて、庭にテーブルを出して、お茶とお菓子を持ってきてもらうことにしている。こんな風に使えるように宮殿の一角を改装してもらっているのだ。目の玉の飛び出るような贅沢まではつもりはないが、自分たちの住処をセンス良く、また清潔に保つのは大切だし、王侯としての振る舞いにも相応しい。
「……ありがとうございますわ、アリーシャ様」
対するヴィルヘルミーナ様は、どこかいつもの彼女の様子とは違っていた。衣装は相変わらず豪華で、またセンスがいい。だけど、少しの違和感を私は覚えている。
式典の準備もあって忙しい毎日でもあるけど、ヴィルヘルミーナ様とお会いする機会はそうそうない。私が彼女のことについて探りを入れるとしたら、この期間をおいて他はない。
しかし問題は、ヴィルヘルミーナ様がどうにも元気がないように見えることだ。この雰囲気だと、私の企みにヴィルヘルミーナ様がどの程度乗ってくれるかは分からない。だけどヨハンの人間観察は当てにならないし、私自身がヴィルヘルミーナ様の気持ちを探っておくことは大事なことだ。
そんな腹づもりで、私は口に出してみる。
「……ですからね。足のことで、ヨハンは人と壁を作ってしまっているようなのです。だから、どうにかしてその壁を取り除けるような、その方法を。ヴィルヘルミーナ様でしたら、どんなことを考えますか?」
私は自分の顔が曇りのない笑みとなるように、努めて表情を作る。
ヨハンに対するヴィルヘルミーナ様の気持ちを私が探っていることは口に出すはずもなく、そこだけは巧妙に避けて私は話を進めてみた。必要なことだけ伝わるように工夫して。
『分からないんだよ、経験したことない奴には。のろのろとしか歩けない自分を、周りの奴らがさっさと追い越していく感覚も。それから、全身に罅が入って割れていきそうな痛みのことも』
申し訳ないけど、ヨハンのこの言葉を、私はヴィルヘルミーナ様に伝えることにする。ヨハンが感じている躊躇は、本人が語っているよりも大きいことは、ヴィルヘルミーナ様が知っておく必要があると考えたからだ。
私はその言葉を口にする時、ヴィルヘルミーナ様の表情を観察していた。彼女は一瞬表情を歪めて眉間に皺を寄せ、でも理解したような顔だった。やがてヴィルヘルミーナ様は口にする。
「でもそれは、ヨハンの良い所なのではないかしら。そんな風に人の気持ちを先回りする男性を、わたくしは他に知りませんから。たとえそれが勘違いや考えすぎだったとしても、そのこと自体を変えたいとは思いませんわ、わたくしは」
そう語るヴィルヘルミーナ様は笑顔を浮かべていたけど、どこかしら引っ掛かりがあるようで。悲しそうと言った方がいいのだろうか。そろそろ私は、自分が厚かましい差し出し口をしていることを自覚しなければならない。
「あっあっ……」
ここに来て私は、貴婦人らしからぬ言い淀み方をする。そんな私の思いを知ってか知らずか、ヴィルヘルミーナ様は私に向かい、微笑んでみせるのだ。
「そうではないんですの、アリーシャ様。お伝えしていただいて、嬉しかったですわ。そうでは、ないんですの。その、ことでは」
途切れ途切れに、ヴィルヘルミーナ様は返答を返す。
「ヴィルヘルミーナ様。何があったんでしょうか?」
「…………」
やっぱりおかしい、そう思いながら私が彼女を観察していると、ヴィルヘルミーナ様は椅子の上で背を丸めて、膝の上で拳を握っているのだ。その肩が震えているようにすら、私には見えている。
「あっあっ……ごめんなさい。あの……その」
「申し訳ございませんわ。アリーシャ様に話していいことなのか、それとも悪いことなのか、今のわたくしには判断がつきませんの。ですから」
しどろもどろになる私に、ヴィルヘルミーナ様は微笑んで見せる。
「…………」
私は首を傾げる。今日のヴィルヘルミーナ様はなんというか、全くヴィルヘルミーナ様らしくない。一つだけ言えることは、この状態の彼女にヨハンの件で重ねてお願いするのは、きっと迷惑だろう。
「……ヨハンのことはええと、すみません。本来は、私たちの間で解決しなければならないことですから。それより、ヴィルヘルミーナ様もお忙しい中、余計なお話をしてしまって申し訳ありませんでした。この話は、また今度」
そんな結論は先送りの形で、このお茶会はお開きになりそうだった。
「……みっともないところをお見せしましたわね。そろそろ、わたくしはお家に帰ろうかと思います」
お家、とは、例のお店の上の階にあるヴィルヘルミーナ様のために用意された住居のことだろう。こんな今のヴィルヘルミーナ様を一人にするのは忍びない。公都滞在中のヴィルヘルミーナ様が一人にならないようにヨハンが気を配っていれば良かったのだが、あの朴念仁のことだからそういうところでは気が利かないし、どうも嫁入り前の女性とおかしなことになったと思われないように注意している節がある。
まあ、それは正しいのだけど。正しいのだけど、ヨハン、あの弟は一体なんなんだろう。皮肉屋で斜に構えているようで変なところで生真面目だし、どうしようもなく頭が硬いところもあるし。
だとしてももう大人なのだから、女性への優しい気遣いを、変な意図を含むことなく自然な形で示すことができてもいいはずだ。
「ヴィルヘルミーナ様。今晩はお家じゃなくて、こちらに泊まって行かれませんか? 心地よい部屋を用意しますから」
ヴィルヘルミーナ様の心配事はなんなんだろう。もし事業のことだったら、出資者である私たちには是が非でも話してもらうべきかもしれない。だがなんとなく、そういう雰囲気でもなかった。
とにかく、ヨハンのことはヴィルヘルミーナ様には頼れないようだ。だから、私が自分の力でなんとかするしかない。
「ヴィルヘルミーナ様。……お綺麗です、今日も本当に」
ということで、私は今日は、公宮でヴィルヘルミーナ様をお迎えしている。ヴィルヘルミーナ様の今回の滞在では、ベアトリクスの誕生日の式典の頃まで滞在されて、それからまた出立されるという話だ。誕生日会はまだ1か月以上先なので、彼女にしては相当長い滞在ということになる。
そして今日はいつもの応接室ではなくて、庭にテーブルを出して、お茶とお菓子を持ってきてもらうことにしている。こんな風に使えるように宮殿の一角を改装してもらっているのだ。目の玉の飛び出るような贅沢まではつもりはないが、自分たちの住処をセンス良く、また清潔に保つのは大切だし、王侯としての振る舞いにも相応しい。
「……ありがとうございますわ、アリーシャ様」
対するヴィルヘルミーナ様は、どこかいつもの彼女の様子とは違っていた。衣装は相変わらず豪華で、またセンスがいい。だけど、少しの違和感を私は覚えている。
式典の準備もあって忙しい毎日でもあるけど、ヴィルヘルミーナ様とお会いする機会はそうそうない。私が彼女のことについて探りを入れるとしたら、この期間をおいて他はない。
しかし問題は、ヴィルヘルミーナ様がどうにも元気がないように見えることだ。この雰囲気だと、私の企みにヴィルヘルミーナ様がどの程度乗ってくれるかは分からない。だけどヨハンの人間観察は当てにならないし、私自身がヴィルヘルミーナ様の気持ちを探っておくことは大事なことだ。
そんな腹づもりで、私は口に出してみる。
「……ですからね。足のことで、ヨハンは人と壁を作ってしまっているようなのです。だから、どうにかしてその壁を取り除けるような、その方法を。ヴィルヘルミーナ様でしたら、どんなことを考えますか?」
私は自分の顔が曇りのない笑みとなるように、努めて表情を作る。
ヨハンに対するヴィルヘルミーナ様の気持ちを私が探っていることは口に出すはずもなく、そこだけは巧妙に避けて私は話を進めてみた。必要なことだけ伝わるように工夫して。
『分からないんだよ、経験したことない奴には。のろのろとしか歩けない自分を、周りの奴らがさっさと追い越していく感覚も。それから、全身に罅が入って割れていきそうな痛みのことも』
申し訳ないけど、ヨハンのこの言葉を、私はヴィルヘルミーナ様に伝えることにする。ヨハンが感じている躊躇は、本人が語っているよりも大きいことは、ヴィルヘルミーナ様が知っておく必要があると考えたからだ。
私はその言葉を口にする時、ヴィルヘルミーナ様の表情を観察していた。彼女は一瞬表情を歪めて眉間に皺を寄せ、でも理解したような顔だった。やがてヴィルヘルミーナ様は口にする。
「でもそれは、ヨハンの良い所なのではないかしら。そんな風に人の気持ちを先回りする男性を、わたくしは他に知りませんから。たとえそれが勘違いや考えすぎだったとしても、そのこと自体を変えたいとは思いませんわ、わたくしは」
そう語るヴィルヘルミーナ様は笑顔を浮かべていたけど、どこかしら引っ掛かりがあるようで。悲しそうと言った方がいいのだろうか。そろそろ私は、自分が厚かましい差し出し口をしていることを自覚しなければならない。
「あっあっ……」
ここに来て私は、貴婦人らしからぬ言い淀み方をする。そんな私の思いを知ってか知らずか、ヴィルヘルミーナ様は私に向かい、微笑んでみせるのだ。
「そうではないんですの、アリーシャ様。お伝えしていただいて、嬉しかったですわ。そうでは、ないんですの。その、ことでは」
途切れ途切れに、ヴィルヘルミーナ様は返答を返す。
「ヴィルヘルミーナ様。何があったんでしょうか?」
「…………」
やっぱりおかしい、そう思いながら私が彼女を観察していると、ヴィルヘルミーナ様は椅子の上で背を丸めて、膝の上で拳を握っているのだ。その肩が震えているようにすら、私には見えている。
「あっあっ……ごめんなさい。あの……その」
「申し訳ございませんわ。アリーシャ様に話していいことなのか、それとも悪いことなのか、今のわたくしには判断がつきませんの。ですから」
しどろもどろになる私に、ヴィルヘルミーナ様は微笑んで見せる。
「…………」
私は首を傾げる。今日のヴィルヘルミーナ様はなんというか、全くヴィルヘルミーナ様らしくない。一つだけ言えることは、この状態の彼女にヨハンの件で重ねてお願いするのは、きっと迷惑だろう。
「……ヨハンのことはええと、すみません。本来は、私たちの間で解決しなければならないことですから。それより、ヴィルヘルミーナ様もお忙しい中、余計なお話をしてしまって申し訳ありませんでした。この話は、また今度」
そんな結論は先送りの形で、このお茶会はお開きになりそうだった。
「……みっともないところをお見せしましたわね。そろそろ、わたくしはお家に帰ろうかと思います」
お家、とは、例のお店の上の階にあるヴィルヘルミーナ様のために用意された住居のことだろう。こんな今のヴィルヘルミーナ様を一人にするのは忍びない。公都滞在中のヴィルヘルミーナ様が一人にならないようにヨハンが気を配っていれば良かったのだが、あの朴念仁のことだからそういうところでは気が利かないし、どうも嫁入り前の女性とおかしなことになったと思われないように注意している節がある。
まあ、それは正しいのだけど。正しいのだけど、ヨハン、あの弟は一体なんなんだろう。皮肉屋で斜に構えているようで変なところで生真面目だし、どうしようもなく頭が硬いところもあるし。
だとしてももう大人なのだから、女性への優しい気遣いを、変な意図を含むことなく自然な形で示すことができてもいいはずだ。
「ヴィルヘルミーナ様。今晩はお家じゃなくて、こちらに泊まって行かれませんか? 心地よい部屋を用意しますから」
ヴィルヘルミーナ様の心配事はなんなんだろう。もし事業のことだったら、出資者である私たちには是が非でも話してもらうべきかもしれない。だがなんとなく、そういう雰囲気でもなかった。
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