アリーシャ・ヴェーバー、あるいは新井若葉と、歴史の終わり

平沢ヌル

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8章 未来への布石

8章4話 遺構発掘技術 *

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【新帝国歴1140年7月10日 アリーシャ(あるいは若葉)】

 ヴィルヘルミーナ様を客室に案内してから少し後のことだ。今は彼女はゲストルームに案内されて、召使に身仕舞いをしてもらっているはずだ。
「……さて、と」
 執務室に戻った私は心の中だけで腕まくりをする。今着ているドレスは裾が広がっていて、腕まくりをするような形にはなっていないのだが。
「エックハルトを呼んできていただけない? 彼、今日は登城しているはずだから」

「話はそれだけですか」
 エックハルトはいたく不機嫌だった。もう39になるこの男だが、大人気ない態度はあまり昔と変わることがない。違いはと言えば、均整が取れた完璧な美丈夫だった昔と比べると、やつれて不健康な雰囲気が漂っていることと、職名が変わって、公宮外で仕事をすることが増えたことだろう。
「……ごめんなさいね。でも、私としても譲れない線なの」
 私たちが話し合っているのは、ヨハンの義足のこと、その問題を解決するための手段だ。

 私にはどうにも、ヨハンが足のことで引け目を感じすぎているようにも思えてしまう。特に、結婚という人生の一大事において。愛する人が片足を失ったとして、それで愛せなくなるような女性とは結婚しなくていい。だけどまあ、現に今愛していない人をこれから愛せるか考えたときに、片足がないことは障害になるだろうか。あるいは、一時は愛していると思っても、その熱が冷めるときに、足の問題は顔を出すのだろうか。それは人間として、それから男性としての総合力勝負になるのだろうけど、彼がそれに自信がないのであれば仕方ない。
 とにかく私は、彼に自信を持ってもらいたい。我が弟ながら、ヨハンは誰に恥じることもない立派な男性だ。足のことがなければというより、足のことを気にして背を丸め、縮こまるようなことがなければ。
  だから、彼の問題を解決できる手段を用意したい。そのためには高性能な義足が必要だ。
 この世界の現代の技術では、義足は木製で、形状重視の重い義足か、軽い代わりにまるで杖のような先端をしている義足か、そのどちらかになる。鉄製では重すぎる、この時代はまだそんな時代なのだ。
 そう。この時代の、人間の技術なら。
 つまり私がエックハルトに持ちかけているのは、『遺構』からの発掘技術で、軽くて歩きやすい義足をヨハンのために開発することだ。
 
「遺構の発掘技術を、そんなことに使っていいんですか」
 予想通り、エックハルトはにべもなく撥ね付けてくるのだ。そんな彼に、私は抗弁する。
「そんなことではないわ。別に、ヨハン一人のために発掘技術を私物化しよう、そんなことではないの」

 そう、遺構発掘技術の利用を検討する上で、このエックハルトが最大の問題だったのだ。しばらく前からリヒャルトの側近ではなくて、政務官となっていたエックハルトだけど、彼の職務にはランデフェルト公国内での遺構発掘技術、『遺物』管理も入っているのだ。そしてエックハルトは、この仕事についてはやたらと厳格で、どんな利用も基本的には許可しない。
 遺構発掘技術を利用するべきか否か。私達はまだ、その結論を出しかねていた。だけどいずれは考えないわけには行かない。だから、これを機会に決断すべきかもしれない。私はそんな考えだったが、エックハルトは違っていた。

「私もそんなことは申し上げていません。遺構の技術が人間の歴史に何をもたらしてきたのか、そして今後もたらすのか、あなたが一番よくご存知のはずでしょう。だから、――」
 少しの間の沈黙。それから小さな溜息を一つ吐くと、エックハルトは口を開くのだ。
「『システム』は、その機能を停止した。違いますか」
 エックハルトの鋭い視線。それに、私の視線が交錯する。
「……そうね。ちゃんと言葉にできるのか、分からないのだけど」
 私は息を吸い込み、少し沈黙する。それから。

「『システム』は、答えを知っていたわけじゃない。何が正しいのか、どうすれば未来の人々が生き延びられるのか。私も知らない。それはこれからの私たちが、苦労して見つけ出すしかない。そして遺構の技術があってもなくても、犠牲とともに人間の歴史は進展していって、何処かにたどり着く。私たちにできるのは、目の前のことを理解しようと努め、できる限り賢いやり方で改善しようと努めること。どうか、理解していただけないかしら」

 私はエックハルトを見据えて、一言一言、慎重に発していく。
 だけど、エックハルトは。

「あなたは、彼女にどれだけ……!」

 そんな絞り出すような叫びの後、それからエックハルトは黙り込む。
 心なしか蒼ざめたその頬と、下に落とした視線。
「…………」
 その様子に、私も言葉に迷い、口籠もってしまう。



エックハルト・苦渋 / 自筆




  何と言ったらいいのだろう。だって彼は、エックハルトは、まだ。それにこの私――アリーシャである私は、こんな彼にかけてやれる言葉を持たないのだから。
 それが『彼女』なら? 私が彼女であるのなら。でも、それは何を意味することになるのだろうか。それに彼女は――『私』は――私は、もう。



 やがて、エックハルトは踵を返す。
「失礼しました。……私には理解できない、技術的詳細も、それから何もかも。人員と計画は、あなたが差配してください」
 去り際に彼は一言、冷然とした言葉を付け加える。
「責任者の署名が必要ならまたお呼びください。私はこれで」
 立ち去るその背中を見ながら、私は、心のある部分が痛むのを感じる。
 自分ではない自分の心。それは、今はもう自分でもほとんど見えなくなってしまった。角砂糖の溶け残りのような、でも心の奥底に確かに存在していて、小さく痛むその心。今ではもう、囁くようにしか聞こえなくなってしまったその声。




 ――エックハルト、エックハルト。
 ねえ私、ここにいるよ。ここにいるのに――
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