死を恋う神に花束を 白百合を携える純黒なる死の天使【アルファポリス版】

高坂 八尋

文字の大きさ
54 / 167
一章 死の王

第35話 真実の行方

しおりを挟む
42


 約束の時間になって、エルヴィラとコニエルがカフェにやって来た。カフェと言っても、いつもエルヴィラと訪れている開放的なカフェではなくて、どちらかというと昔ながらの純喫茶店という感じで、席が個々に区切られている。

「呼び出してごめんなさい。今日はありがとう。コニエル、エルヴィラ」エマは立ち上がり、二人を席に促した。

 コニエルは猟犬として中肉中背で、ほとんどの兵士と同じように短髪だ。髪の色は濃い茶色で、肌の色素も濃い。彫も深く顎がしっかりしているので、兵士然としていて、勇壮という言葉がよく似合う。頭身の具合から些かゴツくも見え、ジェイド等と並んでも見劣りはしないだろう。

 そんな強さを感じさせるコニエルだが、確かに彼は、どこか疲れているような様子がある。そしてまた、どこか渋い顔をしていて、直ぐにでもそっぽを向いて帰ってしまいそうだ。おそらくエルヴィラに無理矢理連れて来られたのだろう。

 エマは二人と向かい合って座る。

「何を注文するの。私はコーヒー」エマが注文を告げると、エルヴィラとコニエルも同じものを選んだ。

 エマは流し目でメニューを見る。しかし、全く頭に入っていなくて、何度もページを繰る。まだか、まだかとコーヒーを待っていると、秋限定パフェの写真で手が止まった。

「ここのパフェ美味しいのよ。果物が沢山入ってて、クリームも山に……」

「エマ、俺は何をすればいい?」

「そうね。こんな話する事ないわよね――コニエルに聞きたい事があるの。あの日、私が館に居なかった時に、館を警備していたコニエルには何があったの?」

 コニエルが身体を一瞬だけ震わせた。

「何も無いよ、何も無い。普段通りに仕事をこなし終えたんだ」

 何も受け付けない。そのような物言いだった。エルヴィラがコニエルの腕を優しく握った。

「お願い。エマに話してあげて。あの子はずっと悩んでいるのよ。カイム様はまるでエマを排除するような扱いをしたの。エマも猟犬の仲間なのだから、除け者にされているみたいな今の状況に傷付いている」

「なら、尚更話せないじゃないか」

 唐突に語気を強めたコニエルに、エマとエルヴィラは息を呑んだ。これは尋常じゃないかもしれない。エルヴィラとコニエルの事だと、どこか楽観視している自分がいた。それがコニエルのこの反応では気楽なオチというのは望めなくなった。

 あ然としている二人に気付いたのか、コニエルは目を逸らした。

「二人ともごめん。俺は力になれない。エマも、もう何かあったか探るのはやめた方がいい――よけいに傷付く事になるかもしれない」

「そんな意味深な言い方して、エマの心を乱しておいて何も聞くなだなんて」

「エルヴィラも、もう何もするな……危険だ。カイム様が何故、隠そうとするのか分からないわけではないだろう」

「それでも知りたいの。私には何も保証がないから、ステルスハウンドに居ていいっていう証しがほしい。仲間でいたいの」

「ここで話したとカイム様に知られたら、俺は何も申し開きができない。誰にも知られてはならない。カイム様が何か仰られるまでは、沈黙を守り通すつもりだ」

「そう、分かった。ありがとうコニエル。もう、聞いたりしない。――私が間違ってた」

「エマ……それでいいんだ。何も自ら危険な目に合う必要ない」

「違うの、コニエル。私からカイムに直接聞こうと思う。隠れてこそこそ調べようだなんて、私らしくなかった。気になる事があるなら、本人に直接聞かないと」

「待ってくれ。どういうふうに聞くつもりだ。まさか俺や、エルヴィラの話を出すわけじゃないよな」

「それは積極的に話すわけではないけど。辻褄が合わないとカイムに疑われるから、何か言われた時は名前を出す事になるかもしれない」

「駄目だ。俺が関わった事は、絶対にカイム様に知られてはならない。でないと――別部隊で前線に立たされる」

「それってどういうこと……」エマは理由が分からず、次の言葉を躊躇っていると、エルヴィラがコニエルにしがみついた。

「あなた、王か綺士に会ったのね」

 コニエルは諦めたようにため息をついたが、エマにはまだ話が呑み込めない。

「エルヴィラには分かって当たり前か。同じ兵士だものな」

「私達兵士は綺士か王、特に王だけれど、出会って接触を取ると、前線で戦う資格ありとされて部隊を変えられてしまうの――王と出会って生きている事自体能力ありと判断されるから……コニエル、あなた王に会ったのではない?」

 エマは息を呑んだ。王が館に来た。それで全ての辻褄が合う気がした。館の異常な警備、エマの排除、カイムのあるかないかの微かな緊張。どれもが王を迎えた前後の残り香だとしたら。

「コニエルは本当に王に会ったの?」

「……もう黙ってはいられないか。そうだ俺は、王に、ヘルレアに会って話した。でも、ただそれだけだ」

「あの……でも、そんなこと。王の顔も知らないのに、どうして王だって分かったというの」エマはもう、自分が誤りを口にしていると分かっていた。しかし、探した言葉でこれ以上のものが見つからなかった。

「あれで王だって分からないなんて猟犬失格だ。会った時直ぐに分かった。あの蛍火のような真っ青の瞳。彫像のような滑らかで白い顔。そして何よりその挙動が尋常もなく静かだった。そこいらの子供だって普通じゃないって分かるさ」

「青い目と白い肌は王の特徴ね。王とは何を話したの?」

「道を聞かれた。どこから館へ入ればいいのかと。落ち着いた凄く静かな声だった。俺の口からは自然と警備に出会わない順路が出ていた。その瞬間だけ敵だとは思えなかった」

「あれは死……、死の王よ。あり得ない」

「本当に敵意を感じなかった。薄く消え入りそうな程に儚かった」

 エマには王と儚いという言葉を結び付けるのがどうにも納得できないのだ。エマは勿論、他のステルスハウンドに在籍する誰とも同じように、王とは会った事がない。それでも昔から伝わっている王の特徴を考えると、確かに目立たない方が難しいのではないか。艷やかな黒い髪に、抜けるような白い肌。燐光を放つ青い瞳。王が子供ならば、更に華奢な肢体。大人なら性的魅力が如実に現れた体躯となる。そういった特徴から、王が子供の頃ならば儚いという言葉が、似合わなくないかもしれないが、存在感まで失うような生き物のようには思えなかった。

「王は気配を消せるのだろう。目視の範囲ですら、それは可能らしい。まるで猫科の肉食獣だった。いや、それ以上か」

 エルヴィラは不安そうに手を胸へ添えていた。「王なら何が出来たって不思議じゃないわ」

「やっぱり、本物の王だというの。でも、どうして館に……?」

「あのねエマ、双生児は――ヘルレアはもうじき死ぬのよ。期限が来たの。つがいを持たない王の宿命だから」

 ――ならば決まっている。

 猟犬ではないエマでさえ、どういう事か分かる。

 エマは力を失って、テーブルへ伏せった。

「分かったろう。もうこの件は触れないでくれ。俺にも事情があるんだ……エルヴィラ、こんな状況ですまない、いや、こんな状況だからこそ言おう。エルヴィラ、結婚してほしい――許していただけるはず」

「コニエル……、」

「エマ、いくら俺達が猟犬だとしても、命が惜しい猟犬だっているんだ。そこを分かってほしい。全てを捧げられない猟犬もいるんだよ。だから前線に立つような真似はしたくないんだ」

 エマには何も言えなかった。エマはコニエルの言葉を非難出来る程、冷徹にはなれてはいないのだ。現にカイムに危険が迫れば、エマとて尋常ではいられない。何かあれば酷く心を乱して立ち直れないだろう。全てを投げ打って心血を注ぐのには、人方ならない覚悟と犠牲が必要なのだ。エマにはカイムを思う気持ちを、手放す事など出来はしない。コニエルがエルヴィラを思う気持ちも同じなのだ。

「ごめんなさい、ごめんなさ……」

 エマの眼から大粒の涙が止めどなく零れた。眼は開いているが瞳には何も映していない。

 ――これは罰だ。

 この痛みは、紛れもない罰なのだ。

 エマをあらゆる苦痛から、守ってくれていたカイムへの裏切り。隠されていたものを自らあばいてしまった罪は重く、エマをさいなむ傷は深い。

 だが、はたして知らずにいれば、それでよかったのだろうか。たとえエマの意思など介在できようはずもない事柄だとしても、知らずにいる事もまた罪ではないのか。カイムを慕っていながら、その優しさに、また、甘えようとしていた。

 結局、どちらを選んでも苦しい。

 それ以外、エマに道はないのだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

処理中です...