死を恋う神に花束を 白百合を携える純黒なる死の天使【アルファポリス版】

高坂 八尋

文字の大きさ
71 / 167
二章 猟犬の掟

第7話 舞闘会

しおりを挟む



 ジェイドは早朝の会議が終わり、外廊下を歩いていると、ルークが慌ただしげに追い掛けて来ていた。相変わらず落ち着きの無い小僧だ、と小さく息を吐くと、仕方なく待ってやる。

「どうした、ルーク。後少しで任務に出る時間だぞ」

「隊長! 王が俺のこと、弱そうとか言うんですよ。俺だってゴーストの一員なのに」

「はあ? ヘルレアからしたら、皆、弱そうだろ。そんなことか、まったく。じゃあな」

「確かに、確かにそうなんですけど……待ってくださいよ。このままでは悔しいです」

「ルーク、ヘルレアに入れ込むなよ。いいか、お前はからかわれただけだ。痛い目を見るぞ」

 ルークの顔が赤く染まった。真に分かり易い。

「それは関係ありません。とにかく、俺が正式な影である事を示したいのです」

 ジェイドは眉根を寄せる。

 ルークは良くも悪くも若い。美しいヘルレアへ、直ぐに心を動かすのはよく分かる。しかし、ヘルレアとカイムの間に、横槍を入れられるのは困るのだ。ルークの若さは有利に働く可能性も無いとはいえない。ヘルレアは通説では十五才以下――ジェイドとしては、十三、四に見える――であるから、ルークの二十三才という年齢はけして悪くはない。むしろ、三十代半ばのカイムより魅力的に映るかもしれない。よりによって、ルークが王の番にでもなったら、ステルスハウンドは大混乱に陥るだろう。苦労が増えるのは簡単に想像出来る。

 だから、必要以上にルークとヘルレアを関わらせたくないのが本音だ。

「正式な影である事を示すとは、何をする気だ」

「それは勿論、王に相手をしてもらうんです」

「お前殺されるぞ。せめて誰かとの手合わせを見せるとか、そういう方向には考えがいかないのか」

「でも、今いる顔触れだと俺、まともにアピール出来ないと思うんです。そもそも隊長は強過ぎて無理だし、チェスカル副隊長は後が怖いし、ハルヒコはゴリラだし、俺の長所を殺しに来る人達ばかりなんです。見せ場を奪われるんですよ。王に直接打つかってみたら早いのではないかなと」

「手合わせは力量差前提で成り立つものだぞ。チェスカルはともかく」

「加減した手合わせで、王が俺の事を認めてくれるとは思えないんです。相手も本気になる程、拮抗した強さでないと。これは、悔しいですけれどハルヒコにまで劣っていると、言っているようなものですが」

 遠くから、少しだけ低い子供の様な笑い声が上がった。ジェイドとルークがそれに気を取られていると、ヘルレアがいつの間にか背後に立っていた。

 ジェイドは全くヘルレアの気配に気が付かなかった。

 二頭の猟犬イヌは反射的に後退あとじさっていた。二人の手は腰のホルスターへ無意識に添えられている。

「王よ、無駄に気配を消すな。風穴を開けているところだ。まあ、むしろ開けたいところだが」

「驚きました。こんなことが出来るなんて」

「ルーク、弱そうとかどうとか気にしているのか」

「気にするに決まっています。俺に取っては死活問題です。猟犬が弱いなどと言われて、プライドが傷付かないはずがありません。ですから王、俺と手合わせしてください。そうしたら俺が如何に優秀な影か分かる筈です。もう、弱そうとは言わせません」

「面白い。いいだろう、相手をしてやる。どこか人目がなくて広い場所はないか」

「訓練場があります。あそこなら人払い出来ますし、そもそもが早朝なので誰も居ません」

「待て、このどアホ共。何を勝手に決めている。ヘルレア、綺紋はどうなった。戻ってないならそのような状態で闘ってどうする。相手はルークだが、この小僧も一応猟犬の端くれだ。怪我でもされたら迷惑だ」

「綺紋など関係ない。ルークに怪我させられるわけがないだろう」

「王は俺を侮り過ぎです。カイム様に許可を頂ければいいですよね」

 ジェイドは頭を抱えた。




 猟犬の棲家にある訓練場は地下にある。訓練場の広さは館の三分の一程度という中々に広い面積がある。主に音を伴う武器類の練習場所に使われて、射撃訓練専用の階層も設けられている。

 訓練場の地下一階は多目的な運動場になっており、上層部には観覧席が設けられ、そこには耐防弾衝撃ガラスが張られているので、安全に観覧可能となっている。

 運動場の壁や床は灰白色をしている。特注品で耐久、耐刃、耐火に優れており特殊な訓練を行っても、褪せる事なく施工したばかりの状態に長期間保てる。

 更に気密性が高く外部へは一切音を漏らさない。

 ヘルレアとルークが訓練場の中心で、距離を置いて向き合っていた。ジェイドとカイム、チェスカルにハルヒコと、結局、ヘルレアを知る顔触れが集まって、二人を取り巻いている。

 ジェイドが隠し切れない溜息を一つ。

 カイムは弱い。押しに弱い。

 ヘルレアと交渉事で渡り合ったというのに、半端はんぱなどうでもいい件だと、ことごとく負けていく。

 カイムは王の声に折れた。ジェイドはこうなる事が分かっていた。完全に悪ノリしている王にカイムが勝てるとは思えなかった。

 他愛ない我儘や、甘えて来る相手を、カイムは甘やかしてしまう。また、ジェイドもそれをつい、諫められないのだから同罪なのだが。

 ヘルレアが手で、来るようにと軽く振る。

「ルーク来い。武器は何でも使っていいぞ。勿論、実弾入りの銃もだ。制限は設けない、設けなくていい環境のようだからな」

「本当にいいんですか」ルークがベルトからダガーを抜いて、カイムとチェスカルを見る。

「やり過ぎない様に」カイムは苦笑いしている。

「殺す気で行け」チェスカルは腕を組む。

「お前も言うようになったな」

 ヘルレアは半眼でチェスカルへ笑うと、ルークへ大きく手招きした。構わない、という合図のようだ。

 ルークはダガーを構えるとヘルレアへおどり掛かった。突き刺す形で頸動脈を狙う。ヘルレアは危ういところで首を反らすと、刃が引き切る前に首を戻した。

 ように、見えた――。

 ルークは瞬時に諸刃で切り付ける角度に変えて、削ぐように風切る速度で執拗に首を狙っていく。だが、ヘルレアはその度に首を僅かにらせているようで、当たった様に見えて触れてさえいなかった。

 焦れたのかルークはダガーに角度をつけて、肋骨の間から肝臓を狙い始めた。

 ダガーは正確に致命傷を狙っているが、ヘルレアの身体を皮一枚で滑り抜けて行く。えて王は危うい距離間を保っているようで、実のところ何の苦もなくルークの諸刃を避けている様だった。

 王は明らかに遊んでいるが、その遊びようはジェイド等観戦者には冷や汗ものだ。少しでも刃から視線がれば、ダガーがヘルレアを切り裂いて見える。ルークの腕で王が殺せるとは、当たり前だが思っていない。しかし、それをジェイド達が認識しているのを分かっていて、ヘルレアは危うい動きで動揺させているのだ。ルークではなくジェイド達を弄んでいる。

「あのガキ……、」

 ルークの動きは鈍らない。その刃は連撃も正確だった。王は刃を避けて、踊るようにステップを踏む。ルークは空かさず攻め込んで、何度も何度も致命傷を与えられる場所へ切り込んだ。

 だが、一掠りもしない。

「……まだやるつもりか」

「王が俺を、猟犬イヌと認めて下さるまで」

 ヘルレアがルークの背後に滑り込む。

「お前、なかなか呼吸が乱れないな」

「こんなの動いた内にも入りません!」

「妙だな、」

 ルークが身を返そうとした瞬間、王は微動作で彼を投げ飛ばした。ルークは床に叩き付けられる前に、猫よろしく、身を翻して直ぐに体勢を立て直す。

「なるほど……少しやってやるか」

 王が言うが早いか、瞬く間にルークへ迫って大きく張り飛ばした。まるで壁に引力が生まれたかのように、王からルークが遠ざかって行く。飛ぶ勢いが弱まると、直ぐに受身を取って起き上がった。かなり遠くまで飛ばされた。

 王も王だが、ルークも大概だ。

 ルークは自分の体の状態など一切感知せず、ヘルレアへ突っ走って戻っていく。王はそれを見ると、にんまり笑い、ルークの正面目掛けて突進する。

 ルークはそれでも速度を落とさなかった――生身の度胸試し。

 勿論ヘルレアが怯むわけもない。

 そして王は、おそらく打つかっても気にしない。トラック、電車、戦車、何でもいい――ルークは馬鹿だ。

 ジェイドは笑うしかなかった。

「ルークの奴、吹っ飛ぶかもな」

「これから任務なんですから、困ります」

「二人共、少しはルークの身を心配してあげなさい」カイムは肩を落とす。

 ルークは早かった。ヘルレアへ近づく程、加速して行くようだ。一瞬、踏み出す一歩が異常な滑らかさを見せる。彼の足元に、金の砂が絡まるようにして漂い始めて尾を引いた。ヘルレアは素早く反応して、遠く飛び退るようにして立ち止まっていた。

「止めるんだ、中止だ!」チェスカルは何の躊躇もなく、ヘルレアの前へ飛び出した。

 ジェイドは肩を怒らせて突っ走り、ルークへとラリアットを決めて、無理やり捕らえた。そのまま頭へ重い拳を落す。ルークはその強烈な一発で崩折れてしまい、頭を抱えて転がった。

「だから、言っただろう! 馬鹿野郎が。自分を律せない未熟者に、ヨルムンガンドと闘う資格はない。反省しろ。カイム、ぼけっと見ていないで叱れ」

 カイムが見かねたのか、ルークの手を取り起こしてやっている。

「確かにジェイドは間違っていないね。ヘルレアへ謝って来なさい。お赦しをいただけたら、僕もルークを赦そう」

 ヘルレアは面白そうにニヤつく。

「お前、人狼か。躾のなっていないけだものだな。あのままやり合ってたら、お前は挽肉になってるぞ」

 ルークは頭を抱えて屈み込んだままだ。

「すみません、ごめんなさい。もう、しません。ヘルレア、赦してください」

「まあ、ガキのやることだ、赦してやろう――結論、カイムよりは強いな。任務に行って来い、猟犬。骨は拾ってやる」

「――僕を巻き込まないでください」カイムは肩を落としていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
 現実に疲れ果てた俺がたどり着いたのは、圧倒的な自由度を誇るVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。  選んだ職業は、幼い頃から密かに憧れていた“料理人”。しかし戦闘とは無縁のその職業は、目立つこともなく、ゲーム内でも完全に負け組。素材を集めては料理を作るだけの、地味で退屈な日々が続いていた。  だが、ある日突然――運命は動き出す。  フレンドに誘われて参加したレベル上げの最中、突如として現れたネームドモンスター「猛き猪」。本来なら三パーティ十八人で挑むべき強敵に対し、俺たちはたった六人。しかも、頼みの綱であるアタッカーたちはログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク・クマサン、ヒーラーのミコトさん、そして非戦闘職の俺だけ。  「逃げろ」と言われても、仲間を見捨てるわけにはいかない。  死を覚悟し、包丁を構えたその瞬間――料理スキルがまさかの効果を発揮し、常識外のダメージがモンスターに突き刺さる。  この予想外の一撃が、俺の運命を一変させた。  孤独だった俺がギルドを立ち上げ、仲間と出会い、ひょんなことからクマサンの意外すぎる正体を知り、ついにはVチューバーとしての活動まで始めることに。  リアルでは無職、ゲームでは負け組職業。  そんな俺が、仲間と共にゲームと現実の垣根を越えて奇跡を起こしていく物語が、いま始まる。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

処理中です...