死を恋う神に花束を 白百合を携える純黒なる死の天使【アルファポリス版】

高坂 八尋

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三章 棘の迷宮

第36話 外界 不可知の深淵

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 ジェイドの横槍とも言える敵の銃殺。しかし、ヘルレアはそうした彼の行動を素っ気なく見遣っただけだった。何事も無かったようにして、ジェイドから離れて屈む。ジェイドは何か言うべきではないかと一瞬迷うが、凄まじい衝突音で考えは掻き消えた――自身の攻撃性は既に捻じ伏せられたようで、本能的な暴走はしなかったが――魍魎もうりょういたちもどきが自ら打つかり合っていたのだ。

 それが、地面へ降り立つと、死んだ同族を更に吸収融合して、一匹になってしまった。あまりにもスムーズに物事が変化したので、側にいる炎狗えんくすら反応が遅れて、一匹となった魍魎は、今までとは比べものにならない程早く空を走った。

 だが、鼬もどきはジェイド達の方へ見向きもせず、攻撃を仕掛けに移動したのでは無かった。魍魎の主人であろう、術者の元へ駆けていったのだ。

 そうして鼬もどきは、何の躊躇も無く術者の頭を鷲掴みにして齧り付くと、薄皮を剥がすように、髪諸共頭皮を全て毟り取った。

 咀嚼しながら術者の二の腕へ前足を掛ける。すると術者が倒れる床の周りから、獣やら人型に近い手が幾つも這い出てきた。頭を出すもの、手、前足でまさぐるモノ達が、肉を次々と毟り取っていく。白い脂肪が溢れ、鮮やかな血管や臓物が引き千切られ奪われる。凄まじい咀嚼音は飢餓を抱えていたかのように荒れ狂った。

 外道の手から漏れた血肉が、何の理由か飛沫しぶきを上げて沸騰している。直ぐに血肉がへばり付く骨が露出して、人体で最も大きな大腿骨が、籠もった音と共に両断された。

 それが蟻地獄に呑まれるかのように、床へとぐずぐず・・・・になって消えて行く。これはもう蟻地獄・・・ではない、本当の地獄へ堕ちた姿だった。

「うへ~、グロいね。まあ、でもさ、まだマシな方かな」オリヴァンがニヤニヤしている。

「あれが対価か……無残なものだ」

「術者が莫迦バカなんだ、仕方がないだろう。人間如きが外界不可触の禁を破るからだ。
 あのエルドとかいう奴だけではなくて、猟犬にもどうせ、その莫迦は大勢いるんだろう」

「争い事には外界術が不可欠だ。その才があれば取り立てられるのは必然――だがな、才能というだけあって、力を持っていて、尚且つ制御可能なほどの能力を有しているのは、それほど多くはいないはずなんだ。
 居たとしても、魍魎を降伏ごうぶくして使役できる人間など、更に限られる。エルドは特別だ」

「ブッサイクな学問だよね~『視える奴もいるが、その深淵は、輪郭すら知ることができない』そんでもって、一歩でも踏み込めば後戻りもできない。
 四凶に準ずれば魂すら実在前提で、それを貨幣のように取り引きするのは、当たり前なんだっていう世界なんだから。
 魂の存在を認めるってのが何より厄介だよね。地獄と背中合わせの人生、死は救いを与えない……おお、聖母よ!」

 オリヴァンは祈る仕草で天を仰ぐ。

 オリヴァこれンが〈聖母の盾〉の現教主なのだから、敬虔な信者達へ同情を禁じえない。

「魂の存在を認める、か――。お前、やっぱりかなにかだろ」

「プライベートな事はノーコメントだよん。あと、僕ちゃん情報屋だってのも忘れないでちょうだい」

「単なる人間の……いや、まあ、異常者だが、そうした情報屋が、外道に精通してたまる、か――ん? 異常者? 自分で何を言ってるか判らなくなってきた。異常者だからアリなのか」ヘルレアが渋い顔をしている。

 珍しくヘルレアは悩んでいるようで、算数を解こうと問題をこねくり回す子供のようで愛らしい。

「くだらない事で、オリヴァン殿に惑わされるな、王よ」

 オリヴァンはそうした一連のやり取りを嬉しそうに見ながら、気取っているのか自身の口元へ指を充てがう。

「んー? ようやっと俺氏の凄さが分かってきたかな。
 四凶の外法外道に、準ずる事ができる代表的な力といえば――神視じんし邪視じゃしに分類される瞳力系天与の器フォルトゥナだね。
 邪眼、魔眼、天眼、瞳鏡どうきょう、何でもいいけど、どれもが正道から逸脱したよこしまなものとされる……のが、世の常なのよ! 本当を言うと神視系の瞳力はまさに天与の器そのものなんだけど、能力も能力だから虐げられることが多い。神童なのにね、残念!
 は神視系みたいだけど……瞳鏡かな?」

 オリヴァンの饒舌さは、やはり四凶に通じている人間の言葉に聞こえてくる。

 しかし、

 エルちん――おそらくエルドのことだろうが、この二人はあまり接触したことが無い。戦闘時も居合わせたのは今まで皆無だ。今回初めてエルドが下した炎狗を見ただろうし、そうした魍魎を目視して、術者がいったいどんな能力を具えているのかなど、本来ならば四凶に準じていても、さすがに判らないはずだ。

 カイムも教えるはずがない。

 普通じゃない――。

 共に居れば居るほど、ヨルムンガンドの子であるという、恐ろしさが伝わって来る。

「お前ペラペラと、調子に乗りやがって」

「だって、ヘルレア王は雰囲気からして外道に疎そうだし。その場その場のノリで、外道と渡り合ってるとこあるでしょ」

 オリヴァンの意外な認識に、ジェイドはヘルレアをまじまじと見詰めてしまう。

「こんな外道の坩堝るつぼで戦った経験がないんだよ。そんなの当たり前だろう、悪いか! 知識がなくても何とかなるのがヨルムンガンドだ。
 攻撃性能世界第一位のゴリ押しで殲滅してやる」

「あ、本音言っちゃったねー可愛い。まだ、十幾つだもんね。しょうがないよね。お子様だよねー」

「可愛いって言うな!」

 確かに見た目はだけは可愛い。

「更に言わせてもらえば、別に特別な能力がどーたら無くたって、これくらい分かるさ。
 邪視のように見る方向が変われば、物事が変わるって一般論を言ってるだけだもの。
 でもさ、四凶に準じた術者が、魂という存在を認めていても、俺っちにとっては、そんなのうんこ・・・より実在性がないのよ。
 見ようとしなければ、それは無いものと同じさ。別の方角から見れば、単なるペテンなんだよね」

「そういうところが無駄に腹が立つんだよな、お前。天使が視えて排除したクセに、魂を認めない、ペテンだと抜かす。なら、お前は一体どこから見ているんだよ」

「カイムと同じ事を言うね、ヘルレア王。俺っちは、どこからも見ていないよ」オリヴァンは笑ってから、両手で目を塞いでしまった。

「どこからも見ていない……感受性零なら、でもさすがに天使をペテンの一種にするのは無理なのでは? 災害級なのですから」

「ジェイドちゃんこの世は広いよ、甘く見ない。実際のところ瞳力とは正反対の鈍感さを持つ人間も、また居るんだ――天使も形無しさ。
 でも、こちらも残念なことに遭遇する人間は、そうあるべくしてその地位に居ることが多い。俺っち達が代表的じゃないの。
 見たくなくても仕方なくそんな事ばかりさ……放っておいたら視えてるジェイドちゃん、してたでしょ。
 俺っちはムー君より優しいから、泣く泣く一役買ったのよ。
 畢竟ひっきょう、視える人間の前へ顕現する運命なんだよね、講釈終わり!」

 ヘルレアが気だるげに手をパチパチと叩いて「頼んでないのにご苦労さん」と、どうでもよさそうに、頭だけキョロキョロさせて何か部屋を調べている。

「オリヴァン殿が仰る通りで、何より外界術の入口が〈視える〉から始まる。この能力すら初歩の初歩。そうして視野を変えて視る事が出来ても、それだけで終ってしまう人間ばかりだ。
 だから、これだけ外界術が〈蜂の巣〉に蔓延している現状は、尋常の事柄ではない――それと、オリヴァン殿。それ程までに視覚を……立ち位置を、自由自在に切り替えられるのはあなただけだ」

「んー、そだね。じゃあ、特別な俺氏から助言。火薬庫で湿気しけたマッチを擦り続けてるみたい。いつ堕ちてもおかしくないよ。
 恐い恐い、もう行き着く先はリンボどころじゃないと思う、これ以上増悪すれば大穴が開く」オリヴァンは、わざとらしく両腕を抱えて震えてみせる。

「オリヴァン・リードはウゼえが、正直に言えば、外道は私の専門ではないから、ライブラで動いていた時の知識と感覚でしか、ものを語れない。
 大穴か……、おそらくそれが奴等の目的なんだろう。大穴が開くと何が起こるか――、」

「俺っちにもそこは分からんね。地獄より悪い何かが引き摺り出てくるかもしれない」

万古ばんこの神か……いや、さすがにありえないか」

「……万古ねえ、〈向こう側の女達〉に会えたりして。よかったねヘルレア王。母ちゃんかもしれない存在に再会できるよ」

「そんな不確定な奴等を簡単に親認定するな」

「でもさ、綺紋きもんの異能からして、どう考えても親っぽいよね。〈女達〉って云うくらいだから、男親はしらんから単為生殖とか? 究極のユリかな、かな?」

「知らん、訊くな」ヘルレアの声は拒絶というより、訊かれたことが単に面倒臭いような感じだった。

「やはり親については何も知らないのか?」

「ジェイドまで話題に乗っかって、興味を持つな。知らんもんは、知らん――大体な、何で〈女達〉が綺紋を持っているのが確定的とされているんだよ。そこから疑問を持て人間共。恒例、恒例、言い過ぎなんだよ」

「えー、便利じゃないの恒例。思考停止ばっちこい」

 ヘルレアとオリヴァンがくだらない言い争いを始めたが、止めに入らなければならないような危険な応酬ではなかった。もう、じゃれてるような穏やかさなので、ジェイドの視線は、自然喰われた術者へ移る。

 既に、遺体は屑肉しか残っておらず、魍魎の動きは鈍り始めていた。

 そして、馴染みのある気配に天井を仰ぐ。

『隊長、お気を付けください。魍魎共が自らの主を喰らい、汚れ過ぎました』それはエルドの声だった。

 更に、炎狗がジェイドへ視線を送って来たのに気付く。

「ジェイド殿、あの魍魎共は、悪さをします。殺すか、あるいは降伏しなければ」

 いつの間にか、術者の亡骸があったところには、影のように淡い、水溜りのようなものが揺らめいていた。

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