167 / 167
四章 表の無い硬貨
第13話 神の子か、悪魔の子か、
しおりを挟む
13
「ジゼルがそれを訴えて、しかも、本人は何も分かっていないかもしれない。そうなると……」エルドは眉根を寄せて、思考に視線を彷徨わせた。
カイムは執務室に、ジェイドとチェスカル、そして、天与の器を持つエルド――と、ルークを呼んでいた。
「ヨルムンガンドの伴侶に選ばれた、特別な子供だと、既に〈レグザの光〉は言っていた。だから、驚くべきことではないのかもしれないが、」
「あの時……カイム様にお伴して、初めてジゼルに会ったときは、俺でもさすがに天与の器だとは判りませんでした。天与の器というものは、見抜くのがとても難しいものなのです。情けないことですが、神視瞳鏡の俺でも、未だ能力を使いこなせていないので、看破不能でした」
ジェイドは、若いエルドが瞳鏡を掌握できていないことは理解している。なので、彼はそこには言及しなかった。「人外のヘルレアやランシズは、何も気付いていなかったのか」
「この件に関しては何もおっしゃっていなかった」カイムは腕を組んだまま、不作法に足を揺すり続けていた。
「ヘルレアの奴、わざと問題を残したままトンズラしやがったのか?」
「僕では何も確証が持てない」
「んー、あー、俺は一緒に居なかったので、詳しくは分かんないんすけど。外見で変なとこありませんでしたか」ルークが気の抜けた声で、明後日の方向を見やっている。
「元々が〈レグザの光〉から保護したものだから、外見的異常は間違いなくあった。また、ヘルレアからのご助成もなければ、今の状態に安定させられなかった」
「うえ、ヤバいっすねそれ。外界系統とも限らないかもしれません。どんな天与の器か判らないですよ。俺みたいな天犬やら、獄卒、逆にエルドみたいな神視、聖声みたいなとんでもないのまでありますからね。まだ、ちっちゃいみたいだし、能力が悪質なタイプだと、コントロール出来なくて、館ごとあっちに引きずり込まれるかも」
「あっちか……あっちね。けれど、やはりヘルレアは、問題無く子供だとおっしゃっていたものだから。でも、王は悪戯好きのようでいらっしゃるし……で、あっちって、どこ?」
エルドが不満気な顔をしていた。
「ルーク、余計に分かり辛いだろう。いい加減な言い方をするなよ。カイム様、あっちというのは――人間には到底分からない場所へまで、連れて行かれかねないということです。どこか特定の場所ではありません……それにしても、外界系では無い、か。確かに、力が強すぎて、裏から音を拾っているだけの可能性もあります」
「裏から拾う……やはり特殊能力は分かり辛いな」
「外界というのは人界の裏側、または表裏一体の影とも表現出来ます。もしジゼルが強力な天与の器を持っていた場合、どの能力傾向であったとしても、敏感に裏側の騒音を捉えられるのです」
「うーん、厄介だな。でも、女の子を拾っちゃったもんは、仕方がないし。俺、会いに行ってみましょうか……かなりヤダけど」
「それがいいかもしれないな。ルークも一緒に来てくれ」
「カイム本人が行く気なら、俺も付いて行こう」ジェイドが熟考から顔を上げる。
「いや、今回はルークの他に、チェスカルとエルドを連れて行く。あまり猟犬が多いと、彼女も怖がるだろうから――ジェイドは体格が良すぎる」
「カイムの傍に、いられないというのは避けたい」
「隊長! 俺だって、カイム様の盾になれますよ。天犬の俺の方がデカいですし」
「いや、そんな単純なことを言っているんじゃない。物理的な危害だけならルークが言うように、体格差でお前が有利になるだろう。だが、それで済めばいいが、天与の器は……正直、恐い。底が無い可能性だって十分ある。能力者であるお前達二人が、一番その恐ろしさを分かっているはずだ。だから素直にカイムを、未知の能力者の元へ行かせられない。どうしてもというのなら、俺も付いて行く――それは譲れない」
エルドとルークは見合ってしまった。
チェスカルが息を吐く。
「もっと大々的に動く方がいいのかもしれない……もう既に、拾った子供へ施しをするなどという範疇を超えたようです。内々で治めるような段階は過ぎました。仕事として正式に取り上げて解決いたしましょう」
「え、でも。そうなると……駄目なら、はっきり解決出来ないなら、殺さなきゃいけなくなるんじゃないっすか?」
「そういうことだ。それだけ危険な状況にあるんだ」
「俺、嫌ですから。最初っから殺しに行くつもりで仕事に当たるならいいけど、館に住んで、お世話し始めて……おまけにカイム様のこと、親父だと信じているんでしょう。そんなチビへ、牙なんて立てられない」
「働けないなら来るな、邪魔だ」
「静かに」カイムは猟犬共を、一頭、一頭、丁寧に見渡す。「チェスカルの言う通り、もう片手間に様子を観るには、危険性が高くなり過ぎた。けれど僕には、ヘルレアが意図的に危険を放置したとも思えない。今回のことは既にヘルレアの手から離れた物事だ。何を言い合っても、僕達が死力を尽くすしかない。結果がどうなろうと、それが猟犬としての力の限界と言い切れるまで、努力しよう。でなければ、ヘルレアへ顔向けが出来ない」
「シャマシュを残してくれたんだよな」ジェイドがぼそりと溢す。
「分かりました。でも……これ、知ってます? 『神の子か、悪魔の子か、』」ルークが拳を強く握り締めていて、小さく震えている。
“お恵みを授かったなら、白いおくるみで抱きましょう”
“影から這い出たなら、首を鋏で絶ちましょう”
“神の子か、悪魔の子か、判らぬ嘘付きは森に棄ててしまえ”
“拾われぬよう焼印を入れて”
“見知らぬ誰かが禍を拾わぬように”
“そうすればもう一度、生まれ直して帰って来てくれるから”
「どうにもならないなら、森に棄てますか? だけど、それならいっそ、首を鋏で切った方がいい」
「ルーク……、僕は何も棄てない。勿論、ジゼルについても、それは同じ。出来る限りのことはしよう――死の具現が残してくれた、幼い命なのだから」
「ジゼルがそれを訴えて、しかも、本人は何も分かっていないかもしれない。そうなると……」エルドは眉根を寄せて、思考に視線を彷徨わせた。
カイムは執務室に、ジェイドとチェスカル、そして、天与の器を持つエルド――と、ルークを呼んでいた。
「ヨルムンガンドの伴侶に選ばれた、特別な子供だと、既に〈レグザの光〉は言っていた。だから、驚くべきことではないのかもしれないが、」
「あの時……カイム様にお伴して、初めてジゼルに会ったときは、俺でもさすがに天与の器だとは判りませんでした。天与の器というものは、見抜くのがとても難しいものなのです。情けないことですが、神視瞳鏡の俺でも、未だ能力を使いこなせていないので、看破不能でした」
ジェイドは、若いエルドが瞳鏡を掌握できていないことは理解している。なので、彼はそこには言及しなかった。「人外のヘルレアやランシズは、何も気付いていなかったのか」
「この件に関しては何もおっしゃっていなかった」カイムは腕を組んだまま、不作法に足を揺すり続けていた。
「ヘルレアの奴、わざと問題を残したままトンズラしやがったのか?」
「僕では何も確証が持てない」
「んー、あー、俺は一緒に居なかったので、詳しくは分かんないんすけど。外見で変なとこありませんでしたか」ルークが気の抜けた声で、明後日の方向を見やっている。
「元々が〈レグザの光〉から保護したものだから、外見的異常は間違いなくあった。また、ヘルレアからのご助成もなければ、今の状態に安定させられなかった」
「うえ、ヤバいっすねそれ。外界系統とも限らないかもしれません。どんな天与の器か判らないですよ。俺みたいな天犬やら、獄卒、逆にエルドみたいな神視、聖声みたいなとんでもないのまでありますからね。まだ、ちっちゃいみたいだし、能力が悪質なタイプだと、コントロール出来なくて、館ごとあっちに引きずり込まれるかも」
「あっちか……あっちね。けれど、やはりヘルレアは、問題無く子供だとおっしゃっていたものだから。でも、王は悪戯好きのようでいらっしゃるし……で、あっちって、どこ?」
エルドが不満気な顔をしていた。
「ルーク、余計に分かり辛いだろう。いい加減な言い方をするなよ。カイム様、あっちというのは――人間には到底分からない場所へまで、連れて行かれかねないということです。どこか特定の場所ではありません……それにしても、外界系では無い、か。確かに、力が強すぎて、裏から音を拾っているだけの可能性もあります」
「裏から拾う……やはり特殊能力は分かり辛いな」
「外界というのは人界の裏側、または表裏一体の影とも表現出来ます。もしジゼルが強力な天与の器を持っていた場合、どの能力傾向であったとしても、敏感に裏側の騒音を捉えられるのです」
「うーん、厄介だな。でも、女の子を拾っちゃったもんは、仕方がないし。俺、会いに行ってみましょうか……かなりヤダけど」
「それがいいかもしれないな。ルークも一緒に来てくれ」
「カイム本人が行く気なら、俺も付いて行こう」ジェイドが熟考から顔を上げる。
「いや、今回はルークの他に、チェスカルとエルドを連れて行く。あまり猟犬が多いと、彼女も怖がるだろうから――ジェイドは体格が良すぎる」
「カイムの傍に、いられないというのは避けたい」
「隊長! 俺だって、カイム様の盾になれますよ。天犬の俺の方がデカいですし」
「いや、そんな単純なことを言っているんじゃない。物理的な危害だけならルークが言うように、体格差でお前が有利になるだろう。だが、それで済めばいいが、天与の器は……正直、恐い。底が無い可能性だって十分ある。能力者であるお前達二人が、一番その恐ろしさを分かっているはずだ。だから素直にカイムを、未知の能力者の元へ行かせられない。どうしてもというのなら、俺も付いて行く――それは譲れない」
エルドとルークは見合ってしまった。
チェスカルが息を吐く。
「もっと大々的に動く方がいいのかもしれない……もう既に、拾った子供へ施しをするなどという範疇を超えたようです。内々で治めるような段階は過ぎました。仕事として正式に取り上げて解決いたしましょう」
「え、でも。そうなると……駄目なら、はっきり解決出来ないなら、殺さなきゃいけなくなるんじゃないっすか?」
「そういうことだ。それだけ危険な状況にあるんだ」
「俺、嫌ですから。最初っから殺しに行くつもりで仕事に当たるならいいけど、館に住んで、お世話し始めて……おまけにカイム様のこと、親父だと信じているんでしょう。そんなチビへ、牙なんて立てられない」
「働けないなら来るな、邪魔だ」
「静かに」カイムは猟犬共を、一頭、一頭、丁寧に見渡す。「チェスカルの言う通り、もう片手間に様子を観るには、危険性が高くなり過ぎた。けれど僕には、ヘルレアが意図的に危険を放置したとも思えない。今回のことは既にヘルレアの手から離れた物事だ。何を言い合っても、僕達が死力を尽くすしかない。結果がどうなろうと、それが猟犬としての力の限界と言い切れるまで、努力しよう。でなければ、ヘルレアへ顔向けが出来ない」
「シャマシュを残してくれたんだよな」ジェイドがぼそりと溢す。
「分かりました。でも……これ、知ってます? 『神の子か、悪魔の子か、』」ルークが拳を強く握り締めていて、小さく震えている。
“お恵みを授かったなら、白いおくるみで抱きましょう”
“影から這い出たなら、首を鋏で絶ちましょう”
“神の子か、悪魔の子か、判らぬ嘘付きは森に棄ててしまえ”
“拾われぬよう焼印を入れて”
“見知らぬ誰かが禍を拾わぬように”
“そうすればもう一度、生まれ直して帰って来てくれるから”
「どうにもならないなら、森に棄てますか? だけど、それならいっそ、首を鋏で切った方がいい」
「ルーク……、僕は何も棄てない。勿論、ジゼルについても、それは同じ。出来る限りのことはしよう――死の具現が残してくれた、幼い命なのだから」
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
天城の夢幻ダンジョン攻略と無限の神空間で超絶レベリング ~ガチャスキルに目覚めた俺は無職だけどダンジョンを攻略してトップの探索士を目指す~
仮実谷 望
ファンタジー
無職になってしまった摩廻天重郎はある日ガチャを引くスキルを得る。ガチャで得た鍛錬の神鍵で無限の神空間にたどり着く。そこで色々な異世界の住人との出会いもある。神空間で色んなユニットを配置できるようになり自分自身だけレベリングが可能になりどんどんレベルが上がっていく。可愛いヒロイン多数登場予定です。ガチャから出てくるユニットも可愛くて強いキャラが出てくる中、300年の時を生きる謎の少女が暗躍していた。ダンジョンが一般に知られるようになり動き出す政府の動向を観察しつつ我先へとダンジョンに入りたいと願う一般人たちを跳ね除けて天重郎はトップの探索士を目指して生きていく。次々と美少女の探索士が天重郎のところに集まってくる。天重郎は最強の探索士を目指していく。他の雑草のような奴らを跳ね除けて天重郎は最強への道を歩み続ける。
第2の人生は、『男』が希少種の世界で
赤金武蔵
ファンタジー
日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。
あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。
ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。
しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる