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第二章
泥中蓮花《九》
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その炎は見た目とは違い、驚く程に冷たかった。焚き火などの赤い炎とは違い青白い炎がたつと言うことは、火力が高いことにほかならない。
だが、自分達が立つ薄氷の地面から昇り立つ炎は李子の背丈を優に超え、そこに立つ者の身体を包み込む程に高く燃え上がっていると言うのに、熱さはまるで無い。ただ、薄氷の上を漂う冷気が炎に姿を変えたかのように、身も凍る程に冷たかった。
そんな冷たい炎でも、少しでも気を抜けば我が身が燃え上がることはわかる。目の前で燃え盛る妖魔達のように。玄奘達から見れば、薄氷が広がる大地の中央に、まるで炎の海が割れたような道が現れ、そこに立つ沙麼蘿の後ろに須格泉や琉格泉、李子や金角銀角達がいるのがわかる。
だが、その道を作るように割れた場所に炎がないわけではない。ただ、メラメラと燃え上がる青白い炎は全体的にあるが、あの道のように見える場所だけが、他の燃え盛る場所よりは炎が少なく見えると言うだけだ。
「あれって、熱いのかなぁ」
炎の中に佇む沙麼蘿や金角や銀角達を見て、思わずと言うように悟空は呟いた。
「見た目は氷のように冷たくは見えますが、少しでも気を抜けば、アレは確かに燃え上がるでしょうね」
悟空の独り言のような呟きに答えたのは八戒だった。金角や銀角、李子達は何でもないことのようにあの炎に入ってはいるが、沙麼蘿本人以外にとってあの炎の中に入ることは命懸けの行為だろう。
それでもあの中に入り闘えるのは、その身に確固たる信念を持っているからだ。敵を蹴散らし玄奘一行に恩を返して、じいちゃんや両親、産まれたばかりの妹が待つ蓮花洞に大手を振って帰る。また、哪吒太子が自ら選んでくれたこの任務を完璧に完了させ、兄弟姉妹が待つ天上界へと戻る。その想いの強さが、彼等に炎の海に自ら入り闘うための闘志を与えるのだ。
玄奘達の視界一面に広がる炎の海の両端から、押し出される様に妖魔の山の上から小さな妖魔達がこの地に降り立ってくる。炎の海が割れたことで、ことさら大きな妖魔達以外は端へ端へと追いやられ、それが山の様になり一番上を行く小さな妖魔達は炎の海に触れる前に此方に辿り着く。
「来るぞ!」
「任せろ!!」
玄奘の声に悟浄が走り出す。既に左右に別れ前方に行った悟空が如意金箍棒を振り回し、八戒がその手に持つ弓から箭を雨のように降らせていく。
そして此方に近づいてくる妖魔達に向かって悟浄が刀を振るう。悟浄の刀は、ただの刀ではない。刀首に、姉の魂を心行くまで吸い込んだ焔魂が埋め込まれた宝具だ。ましてやその刀身は、父の魂を吸い取り妖刀から姿を変えた刀。悟浄が手に持ち願えば、その刀は如何様にも変わる。
悟浄が一振りした途端、刀が赤い炎に包まれて触れた妖魔達を斬りながら燃やして行く。姿形は小さな妖魔だが、その数は徐々に多くなっていくようにも感じられる。
「任せて大丈夫だな」
ただ一人結界の前に立っていた玄奘は、中にいる月亮に向かって呟く。月亮は、同じ三蔵と言うにはまだ余りに幼く戦う力も大人達に比べれば格段に弱い。それでも、月亮が今武器として持つ鞭は、あの天上の桜を見つけ出すために必要な、白黄桜の鍵だ。
「うん、大丈夫だよ」
月亮は、しっかりと頷いて答えた。李子が哪吒太子の命により玄奘一行につけられたのは、兄弟姉妹が多く子供の面倒みが上手な闘える女仙と言うだけの理由ではない。
李子が本来闘うために使う武器は、手首にはめた腕釧だ。この腕釧は月亮が持つ腕釧と同様に鞭に変わる。李子が行うのは、子供達の面倒をみるだけではない。まだ鞭が不慣れな月亮に、その使い方を教えるためでもあった。
双剣を手にした玄奘が前に出て行く。今はまだ悟空や八戒、悟浄の手だけでたりているように見えるが、すぐにも小さな妖魔が隠れるように音もたてず近寄り牙を剥いて来るはずだ。
目の前で繰り広げられる闘いを、力ないまるで泥の中に咲く一筋の光の花のような人々は、身を寄せ合いながら見つめていた。此処にいる人々は、おそらく邪神達に理由もなく襲われ奪い取られることに慣れてしまっているのだろう。ただただ声を殺し、全員で物陰に隠れるように建物の中から視線だけを外に向けている。
「来た」
それは、小さな小さな鼠くらいの妖魔だ。だがその目は吊り上がり、口から出る牙だけが異様に大きい。八戒の雪華弾を掻い潜り、悟浄の足元を潜り抜け、玄奘の双剣を飛び越えて結界へと走り寄る。
「これは、お姉ちゃんが張った結界ですよね!」
「えぇ、そうです」
花薔仙女の声に、月亮の鞭が踊るようにして動き出す。
「僕なら、いける!」
通常結界は、人も攻撃も何も通さないものだ。それは敵味方共に関係ない。ただ一部の力のある神仏が張った結界のみ、味方の身体だけは自由に通り抜けができると言われている。だがそれでも、攻撃だけは通さないものだ。故に、敵に攻撃したければ結界の外に出る必要があった。
しかしこれは、沙麼蘿が作り出した結界だ。あの炎の海の中で李子や金角や銀角が戦えているのなら、自分も行けるはずだと月亮が右手を振るい上げる。どんなに幼くとも、闘う女仙である李子から毎日指導を受けているのだ。
月亮の鞭が結界をいとも簡単に抜け、小さな妖魔の体を弾き飛ばした。この小さな妖魔が一匹や二匹ならいい、だがそれが百や二百、またそれ以上の数で迫って来るなら大きな脅威だ。少しづつ激しさを増し迫ってくる妖魔を、ただただ聖宮達は黙って見つめることしかできない。
「数が、多すぎる」
更にその数を増す妖魔達に、結界の中で呟いた花薔仙女の声が誰にも聞き取られることなく消えて行った。
********
如何様→どのようにも、どんなふうでも、と言った意味の表現
掻い潜る→巧みにすばやく物の下や間を通る。困難や危険のあるところをうまく通り抜ける
次回投稿は、12月7日か8日が目標です。
だが、自分達が立つ薄氷の地面から昇り立つ炎は李子の背丈を優に超え、そこに立つ者の身体を包み込む程に高く燃え上がっていると言うのに、熱さはまるで無い。ただ、薄氷の上を漂う冷気が炎に姿を変えたかのように、身も凍る程に冷たかった。
そんな冷たい炎でも、少しでも気を抜けば我が身が燃え上がることはわかる。目の前で燃え盛る妖魔達のように。玄奘達から見れば、薄氷が広がる大地の中央に、まるで炎の海が割れたような道が現れ、そこに立つ沙麼蘿の後ろに須格泉や琉格泉、李子や金角銀角達がいるのがわかる。
だが、その道を作るように割れた場所に炎がないわけではない。ただ、メラメラと燃え上がる青白い炎は全体的にあるが、あの道のように見える場所だけが、他の燃え盛る場所よりは炎が少なく見えると言うだけだ。
「あれって、熱いのかなぁ」
炎の中に佇む沙麼蘿や金角や銀角達を見て、思わずと言うように悟空は呟いた。
「見た目は氷のように冷たくは見えますが、少しでも気を抜けば、アレは確かに燃え上がるでしょうね」
悟空の独り言のような呟きに答えたのは八戒だった。金角や銀角、李子達は何でもないことのようにあの炎に入ってはいるが、沙麼蘿本人以外にとってあの炎の中に入ることは命懸けの行為だろう。
それでもあの中に入り闘えるのは、その身に確固たる信念を持っているからだ。敵を蹴散らし玄奘一行に恩を返して、じいちゃんや両親、産まれたばかりの妹が待つ蓮花洞に大手を振って帰る。また、哪吒太子が自ら選んでくれたこの任務を完璧に完了させ、兄弟姉妹が待つ天上界へと戻る。その想いの強さが、彼等に炎の海に自ら入り闘うための闘志を与えるのだ。
玄奘達の視界一面に広がる炎の海の両端から、押し出される様に妖魔の山の上から小さな妖魔達がこの地に降り立ってくる。炎の海が割れたことで、ことさら大きな妖魔達以外は端へ端へと追いやられ、それが山の様になり一番上を行く小さな妖魔達は炎の海に触れる前に此方に辿り着く。
「来るぞ!」
「任せろ!!」
玄奘の声に悟浄が走り出す。既に左右に別れ前方に行った悟空が如意金箍棒を振り回し、八戒がその手に持つ弓から箭を雨のように降らせていく。
そして此方に近づいてくる妖魔達に向かって悟浄が刀を振るう。悟浄の刀は、ただの刀ではない。刀首に、姉の魂を心行くまで吸い込んだ焔魂が埋め込まれた宝具だ。ましてやその刀身は、父の魂を吸い取り妖刀から姿を変えた刀。悟浄が手に持ち願えば、その刀は如何様にも変わる。
悟浄が一振りした途端、刀が赤い炎に包まれて触れた妖魔達を斬りながら燃やして行く。姿形は小さな妖魔だが、その数は徐々に多くなっていくようにも感じられる。
「任せて大丈夫だな」
ただ一人結界の前に立っていた玄奘は、中にいる月亮に向かって呟く。月亮は、同じ三蔵と言うにはまだ余りに幼く戦う力も大人達に比べれば格段に弱い。それでも、月亮が今武器として持つ鞭は、あの天上の桜を見つけ出すために必要な、白黄桜の鍵だ。
「うん、大丈夫だよ」
月亮は、しっかりと頷いて答えた。李子が哪吒太子の命により玄奘一行につけられたのは、兄弟姉妹が多く子供の面倒みが上手な闘える女仙と言うだけの理由ではない。
李子が本来闘うために使う武器は、手首にはめた腕釧だ。この腕釧は月亮が持つ腕釧と同様に鞭に変わる。李子が行うのは、子供達の面倒をみるだけではない。まだ鞭が不慣れな月亮に、その使い方を教えるためでもあった。
双剣を手にした玄奘が前に出て行く。今はまだ悟空や八戒、悟浄の手だけでたりているように見えるが、すぐにも小さな妖魔が隠れるように音もたてず近寄り牙を剥いて来るはずだ。
目の前で繰り広げられる闘いを、力ないまるで泥の中に咲く一筋の光の花のような人々は、身を寄せ合いながら見つめていた。此処にいる人々は、おそらく邪神達に理由もなく襲われ奪い取られることに慣れてしまっているのだろう。ただただ声を殺し、全員で物陰に隠れるように建物の中から視線だけを外に向けている。
「来た」
それは、小さな小さな鼠くらいの妖魔だ。だがその目は吊り上がり、口から出る牙だけが異様に大きい。八戒の雪華弾を掻い潜り、悟浄の足元を潜り抜け、玄奘の双剣を飛び越えて結界へと走り寄る。
「これは、お姉ちゃんが張った結界ですよね!」
「えぇ、そうです」
花薔仙女の声に、月亮の鞭が踊るようにして動き出す。
「僕なら、いける!」
通常結界は、人も攻撃も何も通さないものだ。それは敵味方共に関係ない。ただ一部の力のある神仏が張った結界のみ、味方の身体だけは自由に通り抜けができると言われている。だがそれでも、攻撃だけは通さないものだ。故に、敵に攻撃したければ結界の外に出る必要があった。
しかしこれは、沙麼蘿が作り出した結界だ。あの炎の海の中で李子や金角や銀角が戦えているのなら、自分も行けるはずだと月亮が右手を振るい上げる。どんなに幼くとも、闘う女仙である李子から毎日指導を受けているのだ。
月亮の鞭が結界をいとも簡単に抜け、小さな妖魔の体を弾き飛ばした。この小さな妖魔が一匹や二匹ならいい、だがそれが百や二百、またそれ以上の数で迫って来るなら大きな脅威だ。少しづつ激しさを増し迫ってくる妖魔を、ただただ聖宮達は黙って見つめることしかできない。
「数が、多すぎる」
更にその数を増す妖魔達に、結界の中で呟いた花薔仙女の声が誰にも聞き取られることなく消えて行った。
********
如何様→どのようにも、どんなふうでも、と言った意味の表現
掻い潜る→巧みにすばやく物の下や間を通る。困難や危険のあるところをうまく通り抜ける
次回投稿は、12月7日か8日が目標です。
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