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第一章
出会い、そして西へ 《一》
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※本編始まります。三蔵一行の出会いから始めるか、旅の途中から始めて追々出会いを書いていくのか考えて、追々書いていくことにしました。でないと、また血の出る話になるので、本編の始まりは平和に穏便に。話の中にハムスターが出てきますが本物のハムスターではないので、あの鳴き方になっています。
*********
「お客さん、うちの宿は部屋が広くて綺麗なんですよ。ぜひ泊まってくださいよ」
「お客さん、うちの宿は大きな風呂があって疲れがとれますよ。泊まっててくださいよ」
「うちの宿はとーっても料理が美味しいんですよ。サービスしますから泊まっててくださいな」
街道沿いで西側と北側の山に大きな道観があるここは、行き交う商人や道観へ向かう人々で賑わっていた。
そんな中、一際目立つ旅人一行をめぐり、宿屋の客引き達が熾烈な闘いを繰り広げていた。そんな中
「うわぁぁー、大きなワンちゃん!!」
と一軒の宿屋から、七歳くらいの女の子が走り寄ってきて、その場に座っていた一頭の獣に抱きついた。
「ふわぁぁー、モフモフ」
輝く銀色の毛並みに頬を擦り寄せて、ニパッと笑う女の子。
「まぁ、鈴麗駄目よ! 大きなワンちゃんじゃないのよ、大神様なの。離れなさい!」
「おおかみさま?」
宿屋の客引きをしていた鈴麗の母親は、一行が連れる大神に飛び付いた我が娘を見て驚き言った。
その昔、仏神達は神の使いとして大神や天女を下界に送った。人間達は大神や天女を敬い、時に尊んだ。だが今は、大神や天女達が下界に降り立つことはない。その姿を見ることなど、ありえないと言っていい。
そんな中、普通の灰色の毛並みの狼とは違い、体高は五尺ほど。キラキラと銀色に輝く見事な毛並みをし、体型は狼よりもガッチリとして太い。その姿を見れば、客引き達は一行を取り合わずにはいられない。
立派な大神様を連れられているのだ、凄い人物に違いない。宿屋に泊まってもらえれば、大神様が泊まられた宿屋として箔がつく。是非とも宿泊して欲しいのだ。
「ぴゅ」
そんな白熱した争いの最中に、小さな鳴き声が聞こえた。鈴麗は、鳴き声がした方向、大神の頭の上を見て一瞬固まった。そして
「ふぉぉぉぉ、なにこれ~!」
と声をあげた。それは、小さな小さな生き物。鼠に似ているようだが丸っとしていて、白色に金色の毛が交ざっている。こんな小さな生き物なのに、何故か右肩から左側に向けて、これまた小さな小さな鞄を斜め掛けしているのだ。
「おっ、ハムスター見るの初めてか」
鈴麗の視線に合わせるように、一行の中で一番若い十四歳くらいの男の子が、しゃがんで話しかけてきた。
見たこともない琥珀色の髪の毛と双眸をした、でも人好きのする顔の男の子。髪の色が、少し前に道観に行った時に見かけたお猿さんみたいだと、鈴麗は思った。頭に着けた輪も変わっている。でも、優しそうな男の子。
「ハムスターはな、都の商人や金持ち達の間で今大流行りの愛玩動物なんだぞ。触ってみるか」
「いいの」
「大丈夫だと思うぞ。いいか、玉龍」
男の子が、ハムちゃんと言われるハムスターに声をかけると
「ぴゅ」
“いいよー”と、可愛く返事をするハムちゃん。
「こうやって両手を出してみ」
男の子の真似をして、まるで両手で水をすくいとるような形で差し出すと
「ぴゅ」
“行くよー”とハムちゃんが鳴いて、大神の頭から鈴麗の手の上へと飛び降りてきた。
「わぁぁぁ、かわいいー!!」
鈴麗は優しく、ハムちゃんに頬を擦り寄せる。ハムちゃんも小さな短い手を鈴麗の頬に押し当てて、顔をスリスリする。そのとき
「なんだい、誰かと思えば玄奘じゃないか」
突然聞こえた女性の声に、一行の中で先頭にいた、二十五歳くらいの濡羽色の髪と双眸をした若い男が振り返った。
「黄道士」
声をかけてきたのは、真朱色の衣に襟と袖の先は黒、全体に金の糸で刺繍が施された道袍を着て、冠巾も同じ色合の四十代の女性だった。
ここ、三扇地区の北側にある山中に白水観と言う道観を構え、この地区のみならずこの国全土の坤道の頂点に立つ女傑。
西側の山中にある翡翠観を構える、乾道の頂点に立つ季緑松と共に、二大巨頭と言われている道士、黄丁香である。
「相変わらず、辛気臭い服だねぇ」
玄奘の服装は、黒地の唐装長袖の上下。上着の裾には真っ赤な曼珠沙華の花の刺繍が施され、後ろ身頃の左側の一か所だけが真っ白の曼珠沙華になっている。まるで弔いのようではないか、と丁香は思う。
さて、と丁香は言うと
「玄奘はそっちの宿に泊まりな。あたし達はこっちの宿にしようかね」
と、客引き達の闘いに決着をつけた。えぇー、と選ばれなかった一軒の宿屋の客引きには
「あたし達の後ろに八人程の商人達がいたからね、その商人達を泊めたらいいさ」
と言った。
「玄奘、久しぶりに一瞬に食事でもしようじゃないか。ひとまず、宿で休息でもしようかね。行くよ」
道士の御付きと思われる弟子達を連れて、丁香は宿屋に入っていった。
「おかあさん、ハムちゃんとおおかみさまはうちにとまるの」
道士一行が向かいの宿屋に入ったのを見ていた鈴麗が、母親に声をかける。
「えぇ、そうよ。ハムちゃんも大神様も、うちに泊まって下さるの」
「やったー!」
喜ぶ娘を見ながら、さぁどうぞこちらへと案内されて、玄奘一行は本日の宿屋へと足を踏み入れたのだった。
********
道観→道教において出家した道士が集住し、その教義を実践し、なおかつ祭しょうを執行する施設
五尺→約115センチ
双眸→両方のひとみ
道士→道教を信奉し、道教の教義にしたがった活動を職業とするもの
濡羽色→烏の羽のような艶のある黒色
真朱色→少し黒みのある鈍い赤色
道袍→日本語読みでほういとしましたが、道士が着る服
冠巾→こちら読み方が違うかもしれません、道士がかぶる帽子
坤道→女性の道士
乾道→男性の道士
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「お客さん、うちの宿は部屋が広くて綺麗なんですよ。ぜひ泊まってくださいよ」
「お客さん、うちの宿は大きな風呂があって疲れがとれますよ。泊まっててくださいよ」
「うちの宿はとーっても料理が美味しいんですよ。サービスしますから泊まっててくださいな」
街道沿いで西側と北側の山に大きな道観があるここは、行き交う商人や道観へ向かう人々で賑わっていた。
そんな中、一際目立つ旅人一行をめぐり、宿屋の客引き達が熾烈な闘いを繰り広げていた。そんな中
「うわぁぁー、大きなワンちゃん!!」
と一軒の宿屋から、七歳くらいの女の子が走り寄ってきて、その場に座っていた一頭の獣に抱きついた。
「ふわぁぁー、モフモフ」
輝く銀色の毛並みに頬を擦り寄せて、ニパッと笑う女の子。
「まぁ、鈴麗駄目よ! 大きなワンちゃんじゃないのよ、大神様なの。離れなさい!」
「おおかみさま?」
宿屋の客引きをしていた鈴麗の母親は、一行が連れる大神に飛び付いた我が娘を見て驚き言った。
その昔、仏神達は神の使いとして大神や天女を下界に送った。人間達は大神や天女を敬い、時に尊んだ。だが今は、大神や天女達が下界に降り立つことはない。その姿を見ることなど、ありえないと言っていい。
そんな中、普通の灰色の毛並みの狼とは違い、体高は五尺ほど。キラキラと銀色に輝く見事な毛並みをし、体型は狼よりもガッチリとして太い。その姿を見れば、客引き達は一行を取り合わずにはいられない。
立派な大神様を連れられているのだ、凄い人物に違いない。宿屋に泊まってもらえれば、大神様が泊まられた宿屋として箔がつく。是非とも宿泊して欲しいのだ。
「ぴゅ」
そんな白熱した争いの最中に、小さな鳴き声が聞こえた。鈴麗は、鳴き声がした方向、大神の頭の上を見て一瞬固まった。そして
「ふぉぉぉぉ、なにこれ~!」
と声をあげた。それは、小さな小さな生き物。鼠に似ているようだが丸っとしていて、白色に金色の毛が交ざっている。こんな小さな生き物なのに、何故か右肩から左側に向けて、これまた小さな小さな鞄を斜め掛けしているのだ。
「おっ、ハムスター見るの初めてか」
鈴麗の視線に合わせるように、一行の中で一番若い十四歳くらいの男の子が、しゃがんで話しかけてきた。
見たこともない琥珀色の髪の毛と双眸をした、でも人好きのする顔の男の子。髪の色が、少し前に道観に行った時に見かけたお猿さんみたいだと、鈴麗は思った。頭に着けた輪も変わっている。でも、優しそうな男の子。
「ハムスターはな、都の商人や金持ち達の間で今大流行りの愛玩動物なんだぞ。触ってみるか」
「いいの」
「大丈夫だと思うぞ。いいか、玉龍」
男の子が、ハムちゃんと言われるハムスターに声をかけると
「ぴゅ」
“いいよー”と、可愛く返事をするハムちゃん。
「こうやって両手を出してみ」
男の子の真似をして、まるで両手で水をすくいとるような形で差し出すと
「ぴゅ」
“行くよー”とハムちゃんが鳴いて、大神の頭から鈴麗の手の上へと飛び降りてきた。
「わぁぁぁ、かわいいー!!」
鈴麗は優しく、ハムちゃんに頬を擦り寄せる。ハムちゃんも小さな短い手を鈴麗の頬に押し当てて、顔をスリスリする。そのとき
「なんだい、誰かと思えば玄奘じゃないか」
突然聞こえた女性の声に、一行の中で先頭にいた、二十五歳くらいの濡羽色の髪と双眸をした若い男が振り返った。
「黄道士」
声をかけてきたのは、真朱色の衣に襟と袖の先は黒、全体に金の糸で刺繍が施された道袍を着て、冠巾も同じ色合の四十代の女性だった。
ここ、三扇地区の北側にある山中に白水観と言う道観を構え、この地区のみならずこの国全土の坤道の頂点に立つ女傑。
西側の山中にある翡翠観を構える、乾道の頂点に立つ季緑松と共に、二大巨頭と言われている道士、黄丁香である。
「相変わらず、辛気臭い服だねぇ」
玄奘の服装は、黒地の唐装長袖の上下。上着の裾には真っ赤な曼珠沙華の花の刺繍が施され、後ろ身頃の左側の一か所だけが真っ白の曼珠沙華になっている。まるで弔いのようではないか、と丁香は思う。
さて、と丁香は言うと
「玄奘はそっちの宿に泊まりな。あたし達はこっちの宿にしようかね」
と、客引き達の闘いに決着をつけた。えぇー、と選ばれなかった一軒の宿屋の客引きには
「あたし達の後ろに八人程の商人達がいたからね、その商人達を泊めたらいいさ」
と言った。
「玄奘、久しぶりに一瞬に食事でもしようじゃないか。ひとまず、宿で休息でもしようかね。行くよ」
道士の御付きと思われる弟子達を連れて、丁香は宿屋に入っていった。
「おかあさん、ハムちゃんとおおかみさまはうちにとまるの」
道士一行が向かいの宿屋に入ったのを見ていた鈴麗が、母親に声をかける。
「えぇ、そうよ。ハムちゃんも大神様も、うちに泊まって下さるの」
「やったー!」
喜ぶ娘を見ながら、さぁどうぞこちらへと案内されて、玄奘一行は本日の宿屋へと足を踏み入れたのだった。
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道観→道教において出家した道士が集住し、その教義を実践し、なおかつ祭しょうを執行する施設
五尺→約115センチ
双眸→両方のひとみ
道士→道教を信奉し、道教の教義にしたがった活動を職業とするもの
濡羽色→烏の羽のような艶のある黒色
真朱色→少し黒みのある鈍い赤色
道袍→日本語読みでほういとしましたが、道士が着る服
冠巾→こちら読み方が違うかもしれません、道士がかぶる帽子
坤道→女性の道士
乾道→男性の道士
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