天上の桜

乃平 悠鼓

文字の大きさ
9 / 205
第一章

出会い、そして西へ 《三》

しおりを挟む
※ 耳トウのトウと言う漢字が、スマホでは出なかった。




********

「ハムちゃん、あ~ん」

 三人の男達の横で、小さな女の子が、これまた小さな小さな生き物に、こまかに切った肉や野菜を与えている。
 女の子の名は鈴麗りんれい、この宿屋の娘だ。肉を出されたハムスターと言う生き物は、小さな口をいっぱいに開けて肉を頬張ると、ムキュムキュと美味しそうに噛み締めていた。

「面妖な……」

 丁香ていかは呟く。見た目は鼠に近いが、より丸く、何故か鞄を斜め掛けにし、何より怪しいのはだ。あのハムスターの周りには、神々しい程の氣が溢れている。

「アレは、西海龍王さいかいりゅうおうの息子です」
「何だって!」

 丁香が声を荒げたのも無理はない。普通、龍には出会わないものだ。その姿に、龍の欠片かけらも見いだせないとしても……。
 聞くところによると、やっと雨を降らせることができた、龍としては一人前と喜び勇んだのはいいが、勢い余って天上の宝の玉を割ってしまったらしい。何とかしようと自らの力を総動員した結果、力を使い果たし雨を降らせることができなくなったあげく、親に事の次第がばれ怒鳴どなられ、“下界で修行でもしてこい!”と、上界から突き落とされたらしい。

「なんと間抜けな」
「いや、それだけじゃない。力を使いすぎ、下界では龍の姿を保つこともできず、この地で初めて見たものに変化できるはずだっただが、その姿があまりにも小さすぎて龍魂りゅうこんが入りきらなかった。おかげで魂魄こんぱくが離ればなれになり、魄はハムスターの形となり魂は鞄に入れて持ち歩くはめになった。笑えると思いませんか、黄道士こうどうし
「笑えるってお前、あの小さな身体に入りきらなかったのなら、もっと小さなあの鞄には入らないだろう」

 それがあの鞄の中は、無限に広い空間が広がっているのです、と玄奘は言う。しかも、自分達の荷物もすべてあの中に入っていると言う。そして初めて見たハムスターが鳴かなかった為、鳴きかたがわからず適当に鳴いていると。
 本当にアレが龍なのか、と丁香は少々呆れた。

「ハムちゃん、人参も甘くて美味しいよ」
「ぴゅ」

 美味しい食べ物を沢山もらって、龍、いやハムスターはご満悦まんえつらしい。
 その近く、テーブルの横で伏せの状態で大人しくしているのは大神オオカミ。輝くばかりの銀色の毛並みに、神々しい氣を放っている。近寄り難い雰囲気ではあるが、たった一人、もっとも丁香が気になっていた人物には、甘えとも見える態度を見せていた。

「大神は言い伝えられる通り賢いが、それに匹敵するほどプライドも高い。人間の言うことなどは聞きはしない」
「そんな大神が、なぜ一緒なんだい」

 普段現れない大神が現れるだけでも信じられないことなのに、その大神が一緒に旅をしているとはどういうことか。

が現れて間もなくやって来て、それからずっとと一緒です」

 と玄奘が言う人物こそ、丁香が最も気になっていた人物。

「そのは、か。氣があまりにも禍々しく、けれども凄まじく神々しい。禍々しいものと神々しいものが交ざりあっている。あんなものは今まで見たことがない」
は、血の海から生まれ出たのです。私と、悟浄と、八戒の、混ざりあった血の中から生まれた、人でもなく、妖怪でもなく、神でもない生き物」

 そんなものがこの世界に、と丁香は言った。話を聞いただけでは、とても信じられるものではない。

「皆、信じられるのかい。お前の命を、世界を預けても、大丈夫なのかい」
「恐らく」

 玄奘は呟いた。それは、自信があるようにも、ないようにも、丁香には思われた。その時、ふとが窓の外を見つめた。

「玄奘、二週間程前に襲われた道廟は、あたしの弟子だった乾道けんどうのところだった」

 丁香のその言葉に、玄奘は睛眸ひとみを見開いた。自分のせいで、丁香の弟子を傷つけたのかと。

「あたしにとっちゃ弟子達もお前も、皆子供みたいなもんさ。どの子にも傷ついてほしくない。あの子はね、に襲われる中、神に祈ったそうだ。何故助けて下さらないのかと。意味もなく、何の罪もない者達が命を奪われているのに、と。その時、神から答えがあった。ナタ太子が現れたそうだ。ナタ太子の答えはこうだ。天上の桜とは何の関係もない道観や道廟が襲われることは、私としても赦しがたい。故に、天上の桜の鍵を持つ三蔵の一人を、私が護ると宣言しよう、と。これにより、あいつらの攻撃はあちらに向くだろう。だが、ナタ太子が護ると言った三蔵は、まだ僅か十歳の小坊主なんだよ」
「十歳……だと」
「訳は色々とあるんだろうが、お前も三蔵であることを隠さないとなると、あいつらの狙いは一気にお前の方に行くかもしれないよ。あちらにはナタ太子がいるが、お前には神の護りがない。それでも、偽らず行くの……」
「お前」
  
 丁香の話の途中で、いきなりが割って入ってきた。丁香はその相手を見る。年の頃は玄奘よりも僅かに上か。紫黒しこく色の長い髪をして、双眸は少し赤みがかった黒檀こくたん色。肌は白く、感情のない表情はとても冷たく感じられる。左の耳には紅玉ルビーと血赤珊瑚さんご耳トウピアス。左手中指には瑠璃ラピスラズリの指環。真っ赤な襦裙じゅくんを着て、こちらじっと見つめている。そして

「何故、玄奘や自分の弟子の身は案じるのに、お前は幾多の命を奪うまねをする」

 と言った。




********

神々しい→おごそかで気高い感じがすること、神秘的で尊い
魂魄→魂は精神を支える気、魄は肉体を支える気
禍々しい→悪いことが起こりそうな予感をさせること、不吉である
紫黒→紫がかった黒
黒檀→赤みがかった黒
襦裙→上は襦、下はスカート(裙)という装束





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

Another World-The origin

ファンファン
SF
現実に飽きた世界を、本物の「業」が震撼させる。 九十二歳、一之進。かつて国宝を打ち上げ、戦場を駆けた「生ける伝説」。 隠居した彼が手にしたのは、息子から贈られた最新のVRギアだった。 ステータス? スキル? そんなものは関係ない。 「本物」が振るう一撃は、物理演算さえも置き去りにする。 これは、役目を終えたはずの老兵たちが、電脳世界で再び「魂の火」を灯すまでの物語。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

処理中です...