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第一章
残花、その名残を 《二》
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「やはり、どこか具合が悪いのだろう花韮」
「違うッ! 違うわ!」
父の言葉に、涙目になりながら花韮は叫ぶ。このままでは自分達親子が進む道は、家族の命を奪う未来しかない。“悟浄を守らなければ”、その思いだけが花韮を動かす。“父さん…”そう言おうとして、花韮が胸元を押さえた。
“ドクリ”と心臓が音をたて、花韮の意識が薄れていく。華魂が花韮の意識を閉じ込め、この身体を支配しようとしているのだ。こんなところで華魂に身体を奪われてしまったら、父にありもしないことを吹き込み、天上の桜を奪い取るために悟浄を襲わせるに決まっている。
「花韮、大丈夫か!?」
「父さん…、お願い。思い出して…!」
花韮は必死にそれだけを告げると、踵を返し走り出した。途中、人気のない場所で花韮は崩れ落ちる。荒い息をつきながら両手をついて立ち上がるさまは、先ほどの花韮と何一つかわりない。だが、その瞳の彩りはあきらかに違う。
「いつまでも、本当にしぶといこと。でも、」
花韮は起き上がると、ニヤリと笑った。
「それも最後のあがき、この魂はもうすぐ尽きる。そして、この身体は全て私のもなになる」
花韮の胸元に埋め込まれた華魂は大きい。この大きさならば、次には宝具を作り出すことも可能だ。この華魂を花韮の父親に渡した邪神の若様の狙いは、最後の魂を吸わせ最上位にもなるであろう宝具を作り出すこと。
最後に吸わせる魂が鬼神の血筋ならば、さぞや良い宝具が出来上がるはずだ。それを使って天上の桜を奪い取り、天界に攻めこむ。その企みに、花韮や父や悟浄は巻き込まれたのだ。いや、玄奘一行も共に巻き込まれた。
「刻は満ちる、楽しみね。フフフフ」
花韮は一人笑う。華魂にとっても良質な魂はご馳走であり、自らの力を増幅させる道具のようなもの。“あぁ、早くこの魂を食らいつくしたい”、花韮は笑いながらその場を後にした。
「どうしたんです、玄奘」
宿屋でもくもくと朝食を食べていた玄奘に、八戒が声を掛ける。次の街へ行くために早い時間に立つと言っていた玄奘だが、なぜか今はその気配もない。だが何時にもむして、苛立ちだけが見えた。
「嫌な予感がする」
玄奘は箸を置きそう呟くと、少し離れた場所に座る沙麼蘿を見た。だが、沙麼蘿はそんな玄奘の視線を気にとめることはない。
「ぴゅ、ぴゅ!」
“夜中に、大きな火球が現れたからね!”、身振り手振りで玉龍が言うと、“火球?”と八戒が呟く。その時、ふと玄奘は立ち上がり沙麼蘿に近づくと
「お前の考えは」
と、問うた。沙麼蘿はそっとその場で顔を上げ、玄奘を見つめる。そして、少し離れた場所で何やら騒いでいる悟浄と悟空を見た。“玉龍”と沙麼蘿が言えば、“わかった”と玉龍が悟浄達のところにトコトコと走って行き、その後を琉格泉が歩く。琉格泉は沙麼蘿と悟浄の中間地点で立ち止まると、静かにその場に伏せた。その時、琉格泉の動きに連動するかのように空気が揺れ、向こうの音がたち消える。
「旅立てばいい」
それは、ともすれば冷たい言い方だった。まるで、仕方のないことだ諦めろとでも言っているかのような。
「玄奘、見誤るなよ。刻を間違えれば、悟浄と花韮が会うことはもう二度とない」
「そう…か……」
一瞬、ほんの一瞬、玄奘の顔が歪んだ。あの日、自分の目の前で儚く消えた玉英を思い出して。その玄奘の左手が、自分の左の耳朶につけられた小さな丸い水晶の耳トウに触れる。
これから悟浄に起こる出来事は、あの日の自分を遥かに凌駕するだろう。何故なら、悟浄は最も残酷な方法で姉と父親を失うのだから。
「待って下さい、二人共何を話しているんですか」
二人の会話に何か不穏なものを感じ、近くにいた八戒が声を上げた。その声に沙麼蘿は
「覚えているか、八戒。見ぬが仏、聞かぬが花だ」
と、以前八戒に言った言葉を再び紡いだ。これから起こる悲劇は、悟浄だけでなく見ている玄奘や八戒や悟空の心をも深くえぐるだろう。何一つできず、ただ見ていることしかできない、自分達の無力さを思い知って。
「それでも、会わせてやれ。お前が、最後に玉英に会えたことを、後悔していないのなら」
今の沙麼蘿に言えることは、それだけだ。華魂や妖刀に全てを吸いとられれば、悟浄の姉や父親は身体はおろか魂まで全て、何一つ残らず消え去ってしまうのだから。
「これ、オレのー!」
「待て、皆さんでどうぞって言われただろう」
「ぴゅーっ!」
琉格泉が立ち上がったことで空気が揺れ、遮断されていたように聞こえなかった悟浄達の声が聞こえてきた。沙麼蘿が玉龍に、悟浄の気を引いてこちらに意識が向かないようにしてくれと視線だけでつげていたため、悟浄達はこちらの様子には気づいていない。
「お前達、何を騒いでいる。準備はいいか、行くぞ!」
隣街へ行く決心はついた、例えそれが悲劇しか生み出さなかったとしても。玄奘は知っている、最後にかわすその言葉だけでも、きっと悟浄の心は少なからず救われるはずだ。あの時の自分のように。他に何一つ、救われることがなかったとしても。
********
踵→かかと
見誤る→見方をまちがえる。見てそれと判定できない
儚い→消えてなくなりやすい。もろくて長続きしない
凌駕→他をしのいでその上に出ること
見ぬが仏、聞かぬが花→知れば気を病むようなことでも、知らなければ平静でいられるということのたとえ
次回も一回お休みをいただき、次の更新は16日か17日が目標です。
「違うッ! 違うわ!」
父の言葉に、涙目になりながら花韮は叫ぶ。このままでは自分達親子が進む道は、家族の命を奪う未来しかない。“悟浄を守らなければ”、その思いだけが花韮を動かす。“父さん…”そう言おうとして、花韮が胸元を押さえた。
“ドクリ”と心臓が音をたて、花韮の意識が薄れていく。華魂が花韮の意識を閉じ込め、この身体を支配しようとしているのだ。こんなところで華魂に身体を奪われてしまったら、父にありもしないことを吹き込み、天上の桜を奪い取るために悟浄を襲わせるに決まっている。
「花韮、大丈夫か!?」
「父さん…、お願い。思い出して…!」
花韮は必死にそれだけを告げると、踵を返し走り出した。途中、人気のない場所で花韮は崩れ落ちる。荒い息をつきながら両手をついて立ち上がるさまは、先ほどの花韮と何一つかわりない。だが、その瞳の彩りはあきらかに違う。
「いつまでも、本当にしぶといこと。でも、」
花韮は起き上がると、ニヤリと笑った。
「それも最後のあがき、この魂はもうすぐ尽きる。そして、この身体は全て私のもなになる」
花韮の胸元に埋め込まれた華魂は大きい。この大きさならば、次には宝具を作り出すことも可能だ。この華魂を花韮の父親に渡した邪神の若様の狙いは、最後の魂を吸わせ最上位にもなるであろう宝具を作り出すこと。
最後に吸わせる魂が鬼神の血筋ならば、さぞや良い宝具が出来上がるはずだ。それを使って天上の桜を奪い取り、天界に攻めこむ。その企みに、花韮や父や悟浄は巻き込まれたのだ。いや、玄奘一行も共に巻き込まれた。
「刻は満ちる、楽しみね。フフフフ」
花韮は一人笑う。華魂にとっても良質な魂はご馳走であり、自らの力を増幅させる道具のようなもの。“あぁ、早くこの魂を食らいつくしたい”、花韮は笑いながらその場を後にした。
「どうしたんです、玄奘」
宿屋でもくもくと朝食を食べていた玄奘に、八戒が声を掛ける。次の街へ行くために早い時間に立つと言っていた玄奘だが、なぜか今はその気配もない。だが何時にもむして、苛立ちだけが見えた。
「嫌な予感がする」
玄奘は箸を置きそう呟くと、少し離れた場所に座る沙麼蘿を見た。だが、沙麼蘿はそんな玄奘の視線を気にとめることはない。
「ぴゅ、ぴゅ!」
“夜中に、大きな火球が現れたからね!”、身振り手振りで玉龍が言うと、“火球?”と八戒が呟く。その時、ふと玄奘は立ち上がり沙麼蘿に近づくと
「お前の考えは」
と、問うた。沙麼蘿はそっとその場で顔を上げ、玄奘を見つめる。そして、少し離れた場所で何やら騒いでいる悟浄と悟空を見た。“玉龍”と沙麼蘿が言えば、“わかった”と玉龍が悟浄達のところにトコトコと走って行き、その後を琉格泉が歩く。琉格泉は沙麼蘿と悟浄の中間地点で立ち止まると、静かにその場に伏せた。その時、琉格泉の動きに連動するかのように空気が揺れ、向こうの音がたち消える。
「旅立てばいい」
それは、ともすれば冷たい言い方だった。まるで、仕方のないことだ諦めろとでも言っているかのような。
「玄奘、見誤るなよ。刻を間違えれば、悟浄と花韮が会うことはもう二度とない」
「そう…か……」
一瞬、ほんの一瞬、玄奘の顔が歪んだ。あの日、自分の目の前で儚く消えた玉英を思い出して。その玄奘の左手が、自分の左の耳朶につけられた小さな丸い水晶の耳トウに触れる。
これから悟浄に起こる出来事は、あの日の自分を遥かに凌駕するだろう。何故なら、悟浄は最も残酷な方法で姉と父親を失うのだから。
「待って下さい、二人共何を話しているんですか」
二人の会話に何か不穏なものを感じ、近くにいた八戒が声を上げた。その声に沙麼蘿は
「覚えているか、八戒。見ぬが仏、聞かぬが花だ」
と、以前八戒に言った言葉を再び紡いだ。これから起こる悲劇は、悟浄だけでなく見ている玄奘や八戒や悟空の心をも深くえぐるだろう。何一つできず、ただ見ていることしかできない、自分達の無力さを思い知って。
「それでも、会わせてやれ。お前が、最後に玉英に会えたことを、後悔していないのなら」
今の沙麼蘿に言えることは、それだけだ。華魂や妖刀に全てを吸いとられれば、悟浄の姉や父親は身体はおろか魂まで全て、何一つ残らず消え去ってしまうのだから。
「これ、オレのー!」
「待て、皆さんでどうぞって言われただろう」
「ぴゅーっ!」
琉格泉が立ち上がったことで空気が揺れ、遮断されていたように聞こえなかった悟浄達の声が聞こえてきた。沙麼蘿が玉龍に、悟浄の気を引いてこちらに意識が向かないようにしてくれと視線だけでつげていたため、悟浄達はこちらの様子には気づいていない。
「お前達、何を騒いでいる。準備はいいか、行くぞ!」
隣街へ行く決心はついた、例えそれが悲劇しか生み出さなかったとしても。玄奘は知っている、最後にかわすその言葉だけでも、きっと悟浄の心は少なからず救われるはずだ。あの時の自分のように。他に何一つ、救われることがなかったとしても。
********
踵→かかと
見誤る→見方をまちがえる。見てそれと判定できない
儚い→消えてなくなりやすい。もろくて長続きしない
凌駕→他をしのいでその上に出ること
見ぬが仏、聞かぬが花→知れば気を病むようなことでも、知らなければ平静でいられるということのたとえ
次回も一回お休みをいただき、次の更新は16日か17日が目標です。
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