天上の桜

乃平 悠鼓

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第二章

雪中四友 〜蠟梅の咲く頃〜 《ニ》

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 平頂山へいちょうざんにある洞窟蓮花洞れんげどうの周りは雪景色。祖父が出て行った時には、まだ雪は降っていなかった。それでも、数日後から降り続いた雪で、山頂から中腹にかけてはすっかり雪に包まれいる。
 そして、蓮花洞の奥にある村の真ん中にある木々にも、雪が降り積もっていた。洞窟のその場所だけ、穴があいたように空が見える所がある。そこからは太陽の光が降り注ぎ、雨や雪も降り注ぐ。
 金角と銀角の祖父である千角せんかく大魔王は、洞窟の中で唯一季節が感じられるその場所に、季節ごとに実や花をつける木々を植えた。今はいくつかの木に、冬に蝋でできたような甘い香りの黄色い花を咲かせる蠟梅ろうばいの蕾が芽吹いている。

『蠟梅の花が咲く頃には生まれるわ』

 大きくなったお腹を撫で、母は優しい顔でそう言った。









「これは、私も聞いた話なのです。天上の桜、それは如何いかなる願いも叶えることができる天上界からの贈り物だと」

 女は、まるでうたを読むように金角と銀角に言った。

「てんじょうかいからのおくりもの?」
「いかなるねがいもかなえる?」

 二人はそう呟いてから、互いに顔を見合わせる。如何なる願いも叶えることができるのなら、両親とお腹の子も助けることができるのではないかと。

「天上の桜を持つ者は世界を制す。望むものは全て、手に入れることができる。世界も幸せも、家族の健康も」

 女はそう言って、二人に微笑みかける。

「今、人が大手を振って歩き、私達妖怪が逃げるように暮らしているのも、全ては人間が天上の桜を持ち、自分達が我が世の春を謳歌おうかしたいと願っているからなのだそうです」
「じゃぁじゃぁ、オレらがそのてんじょうのさくらをてにいれられたら」
「ぜんぶぜんぶオレらのおもいどおりになって、とうちゃんやかあちゃんやおなかのこもたすけることができるのか!」

 金角と銀角の言葉に、女ははっきりと

「はい、お父様とお母様、そしてお腹の中のお子を助けることも、全てがいとも簡単に叶うのだと思うのです。それだけはありません、全てが金角様と銀角様の思いのまま。お祖父様が造られたこの村を発展させることも、金角様と銀角様かこの世界の王になることも、全てが思いのままになるはずなのです」

 と、言った。女のその言葉に、金角と銀角は双眸そうぼうを輝かせる。

「そのてんじょうのさくらとやらは、どこにあるんだ!」
「どうやったら、そのさくらはてにはいるんだ!」

 矢継ぎ早に言葉を発する子供達に、女は言い聞かせるように言った。

「天上の桜を手に入れるには、三蔵が持つ “天上の桜の鍵” が必要なのだそうです」
「かぎ?」
「そっかー、たいせつなものにはかぎをかけてるもんな!」
「はい、左様さようでございます。鍵さえあれば、天上の桜のを知っている者に、心当たりがございます。その者から、天上の桜の話を聞いたのです」

 女の言葉に、金角と銀角は顔を見合わせうなずき合う。

「そのさんぞーはどこにいる」
「どこにいけばさんぞーにあえる」

 身を乗り出し、答えを聞けば今にも走り出しそうな二人の様子に、女の口角が上がった。

「金角様、銀角様。三蔵は今、この平頂山のふもとの街に向かっているのだそうです」
「ほんとか!」
「すぐそこだ!」
「はい。行かれますか、麓の街へ」
「いくにきまってるだろう! とうちゃんとかあちゃんをたすけるんだ!」
「じいちゃんと、やくそくしたんだ! とうちゃんとかあちゃんのこと、まかせろって!」
「それに、かあちゃんはみおもなんだぞ!」
「オレらのきょうだいを、まもるんだ!」

 両手をぐっと握りしめる子供達。女は “ご立派です。金角様、銀角様” と、二人を持ち上げるように言った後

「天上の桜の鍵を持つ三蔵の名は玄奘、玄奘三蔵でございます。仲間と共に麓の街にやって来るそうですから、相手は一人ではございません。十分にお気をつけ下さい。三蔵一行は、見ればすぐにわかります。銀色の毛並みを持つ大神オオカミを連れているそうですから」

 と、三蔵一行について説明して行く。その言葉を、二人は “げんじょーだな” “オオカミといっしょなんだな” と、確認しながら聞いた。









「金角様、銀角様、お気をつけて。この洞窟がある場所は雪にもれおておりますが、麓にはまだ雪はふっていないでしょう。お父様とお母様のことは、お二人の活躍にかかっております。どうか天上の桜の鍵を持ち帰り、大王様と奥様をお助け下さい。無事のお帰りをお待ちしております」

 うやうやしく頭を下げる女に

「うん、いってくる!」
「とうちゃんとかあちゃんのせわ、たのむな!」

 幼い二人の兄弟は手を振って、洞窟から外へと出て行った。後には、優しげな表情からニヤリと不適に笑うような女の姿があたった。

 祖父がいて、村の長老達が眠っていなければ、この話に耳をかたむける者がいただろうか。わざわざ人間の街に行き三蔵一行と戦いを繰り広げ、天上の桜の鍵を奪い取る。そんな危険な真似をしなくても、もっと他の方法を長老達ならば知っいるのではないのか。
 そして、二人の子供達は知らない。鍵が一つだけではないことを。鍵一つでは、天上の桜を手に入れることはできないことを。

馬鹿ばかな子達」

 洞窟の中で、女の声だけが響き渡った。






********

芽吹く→樹木が芽を出す
如何なる→どのような
我が世の春→人生などにおける絶頂期、最も充実していたり、最も物事が思い通りに進んでいる時期、またはそのような状態などを意味する表現
謳歌→恵まれた幸せを、みんなで大いに楽しみ喜び合うこと
双眸→両方のひとみ
矢継ぎ早→間をおかずに次々と続けざまに事を行うさま。続けざまに連続してどんどんなどの表現
言い聞かせる→よくわかるように教え諭(さと)す。話して聞かせる
左様→その通り。そのよう
在り処→物のある場所。所在
うやうやしく→礼儀正しいさま
不適→適さないこと。また、そのさま


次回投稿は26日か27日が目標です。
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