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第二章
夕景山の揺籃歌《十一》
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「八戒、一緒に連れてくのか」
「いいえ悟空、それはできません」
そう言って、八戒は一人首を振った。
「そっか。でも寂しがるだろうな、八戒に会えてとっても喜んでたもんな」
「泣くんじゃねぇか、この通りベッタリだからな」
「えぇ…、それでも」
悟空と悟浄は、八戒の両横で兄にしがみつくようにしてスヤスヤと眠っている幼い弟妹を見つめる。例え、どんなに泣き叫ばれたとしても、この戦いしかない天上の桜を見つけ出す旅に連れて行くわけにはいかない。
「玄奘。申し訳無いのですが、一時戦列を離れます。明陽達を長老の元に連れて行き、預けたら直ぐに戻って来ますので」
「それで、いいのか」
「どう言う、意味ですか」
八戒は、玄奘の真意を測り兼ね尋ねた。
「このまま、お前も弟や妹と共に去り一緒に暮らす未来もあると言うことだ」
「玄奘、それは!」
「この天上の桜を巡る戦いは、これから一層熾烈を極める。そこに、命の保証はない。弟妹達を置いて戻ってきたお前が、再び弟妹達に会うことができるとは限らない。その時、お前のその幼い弟妹達がどうなるのか、考えているのか」
玄奘の言葉に八戒は、己の指に輝く指環に視線を落とす。
「私…は。親を奪い取られた弟妹達のため、死んでいった両親や村人のため、敵を取ると、そう決めたのです。その決意には、少しの揺らぎもない。戻って来ます、必ず!」
「そうか。ならば、何も言うことはない。好きにしろ」
暗がりの中、野宿をしている玄奘達は、眼の前に灯る焚き火の明かりを見つめる。本当ならば、あの八戒の親族がいる村で数泊してから西へと向かう予定だった。
たが、叔母一家のことや神隠しの真実が暴かれたことで、玄奘達はあの村で宿泊することはやめ夕景山を通って西へ行くことにした。そのため、村を出てしばらく歩いた場所で野宿となった。
「けどよ、ちゃんと話してやれよ。二人には」
「えぇ、わかっています」
悟浄の言葉に、八戒はコクリと頷いた。まだ幼いからといって、心地よい言葉を並べ立て言いくるめるつもりも、嘘をつくつもりもない。よく話し合おう、八戒はそう思っていた。
「で、この人達は」
悟空が見つめる先には、玄奘一行の隣で眠る親子の姿。八戒の叔母一家が住む村を出てすぐに、後を追うようにやって来た親子。
先ほどとは違い幼子を連れたその女は、琉格泉ではなく玄奘の前にひれ伏して願い出た。夕景山の麓の街まで一生に行かせて欲しいと。
神隠しの真実を知り、女は子供を抱きかかえ急ぎ家へと戻った。売られた子供を捜し出す旅に出るためだ。とは言え、どうしたらいいのかはまったくわからない。
女は、同じ村から夕景山の西の麓にある大きな街の大店に下働きとして働きに出た知り合いを訪ねてみることにした。小さな村で生きることしか知らず学もない自分とは違い、大きな街で働いている知り合いなら何か方法がわかるかも知れない、そう思ったからだ。
だが夕景山の西にある大きな街まで行くには、身一つと言うわけにはいかない。幼子の着替や僅かな旅支度は必要だ。そう思い戻った家の前では、舅が風呂敷包みを持って待っていた。
『話は聞いていた、あの子らを捜しに行くんじゃろう。これを持って行きなさい』
『これ…、は』
渡された包の中には子供の着替と女の着替、そして女が仕事の合間に皆で食べられるようにと作っていた握り飯と、僅かな金子が入っていた。
『義父…さん』
『これくらいしか用意してやれんが、あの子らを売って受け取った金子や、その金子で買ったもんだ。受け取りたくはないかもしれんが、お前さんが生んだ子の代金だ。一番受け取る権利がある。すまんかった、本当にすまんかった。あの時儂が止めておけば、こんなことにはならんかった』
舅は深々と頭を下げると
『はよ行け、引き止められる前に。いいか、この辺はまだいいが、夕景山の方に行くなら気をつけろ。あっちは盗賊がでる、自分達だけでは行くな。夕景山に行く商人や旅人を探して、一緒に連れてってもらえ。そうすりゃ、少しは安心だ。気をつけて行け、達者で暮らすんだぞ』
まだ幼い孫の頭を撫で、舅は泪を浮かべ二人を見送った。これで、働き者の優しい嫁も可愛い孫も失った。いや息子が最初に孫を売ったその時に、既に失っていたのかも知れない。
舅には自分の兄や姉の記憶はないが、売られたのだと聞いたことがある。それは、舅が嫁として迎えた姑の家も同じだった。ただ、舅と姑の間には息子が一人しか産まれなかったため、自分達が子を売ったと言う経験はない。
親子三人なら、贅沢さえしなければ普通に暮らして行けた。それが息子に嫁が来て子が増えれば、何かにつけて物入りになってくる。そんな時、嫁が二人目の孫を産んだ。
“よその家でもやってるんだ、子を売ろう” そう最初に言ったのは息子だったか姑だったか。その言葉に舅は戸惑った。あの時、“やめよう” その一言が言えていれば、何かが違っていただろうか。
女は村を出てすぐに、先の道を進む大神の姿を見つけ駆け寄った。もし夕景山の方に行くのなら一緒に連れて行って欲しいと、玄奘達の前にひれ伏して頼んだ。
八戒には、それが人事のようには思えなかった。一つ違えば、売られた子供は明陽や桂英だったかも知れない。あの叔母一家なら、やりかねないと思っていたからだ。
“夕景山までなら、いいですよね。旅は道連れ世は情け、と言いますし” そんな八戒の言葉もあり、夕景山までの道のりを共に進むことになった。
野宿となった場所で火をおこし、手持ちの食事を取る。途中
『母、父は。爺と婆は』
と、幼子が家族を恋しがって泣いた。女は泣く子を抱きかかえ
『ごめん、ごめんね。父や爺や婆にはもう会えないんだよ。彼処にいたら、いつかお前も売られてしまうんだ。母と一緒にいられなくなるんだよ。兄ちゃん達を捜しに行こう』
と、共に泪を流しながらあやしていた。玉龍がスッーとやって来て、その小さな身体で子供をあやしたことで幼子はすぐに泣き止んだが、これからこの親子が進む旅は並大抵のことではないだろう。
幼子を連れ育てながら、売られた我が子を捜す。二人が生活するにも子を買い戻すにも金子がいる。この女に、その金子が用意できるのか。問題は山積みの旅になるはずだ。
“これ、使いな” 夜の冷たい風が吹き抜ける中、着の身着のままのような姿で出てきたであろう女に、悟浄は自分の外套の予備を差し出した。
大柄の悟浄の外套なら、女が子供を抱えて寝ればすっぽりと身体を覆うことができる。まだこの時期の夜の寒さは、女子供には厳しいものがある。眠る幼子を抱きかかえ、女は “ありがとうございます” と、何度も悟浄に頭を下げていた。
静かに寝息を立てる親子と八戒の弟妹達を見つめ、玄奘達は暗がりの中に見える夕景山へと視線を移した。この先にいったい、どんな未来が待ち受けているのかと。
********
あれ、夕景山まで行けなかった(T_T)
戦列を離れる→戦闘を行うための集団から抜け出ること
真意を測り兼ねる→実際には何を考えているのか分からないさま。本心が読み取れない様子
熾烈→勢いが盛んで激しいこと。また、そのさま
大店→大きな商家。大商店
舅→夫または妻の父
姑→配偶者の母
物入り→費用のかかること。また、そのさま
人事→自分には関係のないこと。他人に関すること。よそごと
旅は道連れ世は情け→旅では道連れのあることが心強く、同じように世を渡るには互いに情をかけることが大切である
あやす→機嫌をとってなだめすかす
並大抵のことではない→性質や状態が通常の範囲を超えているさま
次回投稿は、少しお盆休みをいただいて25日か26日が目標です。
「いいえ悟空、それはできません」
そう言って、八戒は一人首を振った。
「そっか。でも寂しがるだろうな、八戒に会えてとっても喜んでたもんな」
「泣くんじゃねぇか、この通りベッタリだからな」
「えぇ…、それでも」
悟空と悟浄は、八戒の両横で兄にしがみつくようにしてスヤスヤと眠っている幼い弟妹を見つめる。例え、どんなに泣き叫ばれたとしても、この戦いしかない天上の桜を見つけ出す旅に連れて行くわけにはいかない。
「玄奘。申し訳無いのですが、一時戦列を離れます。明陽達を長老の元に連れて行き、預けたら直ぐに戻って来ますので」
「それで、いいのか」
「どう言う、意味ですか」
八戒は、玄奘の真意を測り兼ね尋ねた。
「このまま、お前も弟や妹と共に去り一緒に暮らす未来もあると言うことだ」
「玄奘、それは!」
「この天上の桜を巡る戦いは、これから一層熾烈を極める。そこに、命の保証はない。弟妹達を置いて戻ってきたお前が、再び弟妹達に会うことができるとは限らない。その時、お前のその幼い弟妹達がどうなるのか、考えているのか」
玄奘の言葉に八戒は、己の指に輝く指環に視線を落とす。
「私…は。親を奪い取られた弟妹達のため、死んでいった両親や村人のため、敵を取ると、そう決めたのです。その決意には、少しの揺らぎもない。戻って来ます、必ず!」
「そうか。ならば、何も言うことはない。好きにしろ」
暗がりの中、野宿をしている玄奘達は、眼の前に灯る焚き火の明かりを見つめる。本当ならば、あの八戒の親族がいる村で数泊してから西へと向かう予定だった。
たが、叔母一家のことや神隠しの真実が暴かれたことで、玄奘達はあの村で宿泊することはやめ夕景山を通って西へ行くことにした。そのため、村を出てしばらく歩いた場所で野宿となった。
「けどよ、ちゃんと話してやれよ。二人には」
「えぇ、わかっています」
悟浄の言葉に、八戒はコクリと頷いた。まだ幼いからといって、心地よい言葉を並べ立て言いくるめるつもりも、嘘をつくつもりもない。よく話し合おう、八戒はそう思っていた。
「で、この人達は」
悟空が見つめる先には、玄奘一行の隣で眠る親子の姿。八戒の叔母一家が住む村を出てすぐに、後を追うようにやって来た親子。
先ほどとは違い幼子を連れたその女は、琉格泉ではなく玄奘の前にひれ伏して願い出た。夕景山の麓の街まで一生に行かせて欲しいと。
神隠しの真実を知り、女は子供を抱きかかえ急ぎ家へと戻った。売られた子供を捜し出す旅に出るためだ。とは言え、どうしたらいいのかはまったくわからない。
女は、同じ村から夕景山の西の麓にある大きな街の大店に下働きとして働きに出た知り合いを訪ねてみることにした。小さな村で生きることしか知らず学もない自分とは違い、大きな街で働いている知り合いなら何か方法がわかるかも知れない、そう思ったからだ。
だが夕景山の西にある大きな街まで行くには、身一つと言うわけにはいかない。幼子の着替や僅かな旅支度は必要だ。そう思い戻った家の前では、舅が風呂敷包みを持って待っていた。
『話は聞いていた、あの子らを捜しに行くんじゃろう。これを持って行きなさい』
『これ…、は』
渡された包の中には子供の着替と女の着替、そして女が仕事の合間に皆で食べられるようにと作っていた握り飯と、僅かな金子が入っていた。
『義父…さん』
『これくらいしか用意してやれんが、あの子らを売って受け取った金子や、その金子で買ったもんだ。受け取りたくはないかもしれんが、お前さんが生んだ子の代金だ。一番受け取る権利がある。すまんかった、本当にすまんかった。あの時儂が止めておけば、こんなことにはならんかった』
舅は深々と頭を下げると
『はよ行け、引き止められる前に。いいか、この辺はまだいいが、夕景山の方に行くなら気をつけろ。あっちは盗賊がでる、自分達だけでは行くな。夕景山に行く商人や旅人を探して、一緒に連れてってもらえ。そうすりゃ、少しは安心だ。気をつけて行け、達者で暮らすんだぞ』
まだ幼い孫の頭を撫で、舅は泪を浮かべ二人を見送った。これで、働き者の優しい嫁も可愛い孫も失った。いや息子が最初に孫を売ったその時に、既に失っていたのかも知れない。
舅には自分の兄や姉の記憶はないが、売られたのだと聞いたことがある。それは、舅が嫁として迎えた姑の家も同じだった。ただ、舅と姑の間には息子が一人しか産まれなかったため、自分達が子を売ったと言う経験はない。
親子三人なら、贅沢さえしなければ普通に暮らして行けた。それが息子に嫁が来て子が増えれば、何かにつけて物入りになってくる。そんな時、嫁が二人目の孫を産んだ。
“よその家でもやってるんだ、子を売ろう” そう最初に言ったのは息子だったか姑だったか。その言葉に舅は戸惑った。あの時、“やめよう” その一言が言えていれば、何かが違っていただろうか。
女は村を出てすぐに、先の道を進む大神の姿を見つけ駆け寄った。もし夕景山の方に行くのなら一緒に連れて行って欲しいと、玄奘達の前にひれ伏して頼んだ。
八戒には、それが人事のようには思えなかった。一つ違えば、売られた子供は明陽や桂英だったかも知れない。あの叔母一家なら、やりかねないと思っていたからだ。
“夕景山までなら、いいですよね。旅は道連れ世は情け、と言いますし” そんな八戒の言葉もあり、夕景山までの道のりを共に進むことになった。
野宿となった場所で火をおこし、手持ちの食事を取る。途中
『母、父は。爺と婆は』
と、幼子が家族を恋しがって泣いた。女は泣く子を抱きかかえ
『ごめん、ごめんね。父や爺や婆にはもう会えないんだよ。彼処にいたら、いつかお前も売られてしまうんだ。母と一緒にいられなくなるんだよ。兄ちゃん達を捜しに行こう』
と、共に泪を流しながらあやしていた。玉龍がスッーとやって来て、その小さな身体で子供をあやしたことで幼子はすぐに泣き止んだが、これからこの親子が進む旅は並大抵のことではないだろう。
幼子を連れ育てながら、売られた我が子を捜す。二人が生活するにも子を買い戻すにも金子がいる。この女に、その金子が用意できるのか。問題は山積みの旅になるはずだ。
“これ、使いな” 夜の冷たい風が吹き抜ける中、着の身着のままのような姿で出てきたであろう女に、悟浄は自分の外套の予備を差し出した。
大柄の悟浄の外套なら、女が子供を抱えて寝ればすっぽりと身体を覆うことができる。まだこの時期の夜の寒さは、女子供には厳しいものがある。眠る幼子を抱きかかえ、女は “ありがとうございます” と、何度も悟浄に頭を下げていた。
静かに寝息を立てる親子と八戒の弟妹達を見つめ、玄奘達は暗がりの中に見える夕景山へと視線を移した。この先にいったい、どんな未来が待ち受けているのかと。
********
あれ、夕景山まで行けなかった(T_T)
戦列を離れる→戦闘を行うための集団から抜け出ること
真意を測り兼ねる→実際には何を考えているのか分からないさま。本心が読み取れない様子
熾烈→勢いが盛んで激しいこと。また、そのさま
大店→大きな商家。大商店
舅→夫または妻の父
姑→配偶者の母
物入り→費用のかかること。また、そのさま
人事→自分には関係のないこと。他人に関すること。よそごと
旅は道連れ世は情け→旅では道連れのあることが心強く、同じように世を渡るには互いに情をかけることが大切である
あやす→機嫌をとってなだめすかす
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